Bパート 11

「願いましては――」


 ――パチリ!


 ――パチ! パチ! パチ!


 おれの出題に合わせて、特注のそろばんを弾く音が学習室に響く。

 孤児院の子供たちはいつも熱心に授業を受けてくれているが、今日は一段と表情が引き締まっており、常ならぬ緊張感を持って挑んでいることが分かる。

 その緊張感を生み出している源は、他でもない……。


 学習室の後ろで、ヒルダさんと共に授業参観しているティーナの存在である。

 国の象徴自らが、自分たちの学習風景を見に来ているのだ。それは気合も入るというものだろう。


 普段はそろばんという利器を得てすいすいと計算が進む喜びも感じられるが、今日ばかりは静寂と緊張感と共に授業が進行していった……。




--




「うん……みんな、よくがんばったな!

 以前と比べて、格段に計算力が向上しているぞ!」


 採点を終えた解答用紙を配りながら、おれは子供たちのがんばりをややオーバーに褒め称える。

 それを受けて、みんな一様にほっとした表情を浮かべているのだから、この子たちにとって今日が大一番であったことは疑いようもないだろう。

 満点の花丸をくれてやった子供の中には、この解答用紙を生涯の宝にしそうな勢いの子もいた。


「さあ! 勉強をがんばったみんなにはごほうびだ!

 今日は、お城で働いているお姉さんが特製の焼き菓子を用意してくれたぞ!」


 お行儀よくしていた子供たちだが、今ばかりはワッと歓声を上げる。

 王家の権威も、少年少女の食欲にはさすがに勝てぬということだ。


「さあ、入ってくれ!」


 おれは苦笑いを浮かべながら、入り口で待機している新人侍女に合図の声を送った。


「お邪魔……します……」


 山ほどのクッキーが乗せられた盆を手に学習室へ入って来たのは、他でもない――ヌイである。


「彼女はヌイお姉さんだ。みんな、ちゃんとお礼を言うようにな!」


 ――ヌイお姉さん、ありがとう!


 一斉に贈られた感謝の言葉に、普段は無機質な表情でいることも多いヌイは、褐色の肌をかすかに赤らめた。




--




「沢山あるから……取り合わないでね……」


「ミルクも……用意してるから……飲んで……」


「あ……こぼしちゃったの……? うん、大丈夫……あたしが綺麗にしたげる……」


 やや引っ込み思案じあんにも思える声音とは裏腹に……。

 旺盛な食欲を見せる子供たちの面倒を、ヌイはテキパキと見てやる。

 今の彼女は、異世界から渡り来た勇者などよりもよほど子供たちのヒーローだ。

 ……この姿を見れたのは、子供たちの計算力向上に並ぶ本日の成果だな。


「彼女……よく馴染んでいるようですね」


 ヒルダさんを学習室の後ろに待機させ、おれの隣でその様子を眺めていたティーナがそう話しかけてきた。


「ああ、まあ半分はお菓子の魔力という気もするが……あの年頃の子供だちというのは、どこの世界でもそういうものだろう?」


「ふふっ……ショウ様もそうだったのですか?」


「はは、想像にお任せするさ」


 少し格好つけてそう言っておく。

 実際のところ、おれがあのくらいだった時はどんなだったかな……? もう、古ぼけてしまってよく思い出せない。


「さておき、彼女……ヌイのことですが……」


 そこでティーナは、真っ直ぐにおれを見つめた。

 一国の象徴という重責を負っているが故だろう……その瞳には、年齢以上の聡明さと真実を見通す推察力が宿っていたのである。


「何か……わたしたちに隠していることがありませんか?」


「む……」


 おれは返す言葉を……言いよどむ。


 ――ショウさんはウソが下手ね。


 ――そんなんじゃ、女をだますなんて無理よ?


 ずいぶんと昔、ミドリさんに言われた言葉が脳裏へよぎった。

 センピなる卑劣な魔人を倒した後……。

 もはやルミナスの力で回復するほどの体力も残っていなかったおれは、ティーナの魔法で治癒してもらいながらヌイのいきさつについて――嘘をついた。


 ――ヌイから話を聞いたが、おれの推察とは違い貧困な家庭で暴力を受けて育ち家出して王都へ流れ着いた。


 ――腕のケガは、調理中に皆が見ていない所で火傷した。


 ……おおむね、このような内容である。

 我ながら、無理のある内容であると思う。

 特にケガに関してはティーナに癒してもらっており、負傷というものを見慣れている彼女にとっては見抜くことなどたやすかったであろう。

 その場で問いたださず、今日になるまで間を置き余人に声の届かぬところで聞いてくれたのは、彼女の配慮と優しさであるに違いない。


 よもや、ヌイが魔人であったと見抜いたわけではあるまいが……。

 不審さを感じずにはいられなかっただろう。


 どうしたものか……。

 正直に話すべきかもしれぬと思えるが、ヌイには……あくまで当たり前の少女として今後を生きて欲しい。

 これはおれのワガママであり、彼女に託した願いなのである。

 おれの夢を、継いで欲しいのである。


 しばし考えた末に……おれはティーナの優しさへ、甘えることにした。


「なあ、ティーナ?」


「はい」


「ああして、笑顔の花が咲いている……それで、良いではないか?」


 ティーナは思慮深げな顔をしながら、子供たちの世話を焼くヌイの方を見つめる。

 数分ほどそうしたのち嘆息たんそくを一つ置いて彼女はこう告げたのだ。


「そうですね……良しとしましょう」


 その苦笑いには、おれもまた苦笑いで応じる他になかったのである。




--




 魔城ガーデムは玉座の間……。

 獣烈将ラトラと幽鬼将ルスカに見守られながら、大将軍ザギは魔人王からたまわりし魔剣を引き抜いていた。

 その刀身に揺らめく邪気の、なんと強大なことであろうか?

 まるで、燃えさかる炎のような……。

 赤々とした輝きのほどは、かつて青銅魔人ブロゴーンが集めた時と比べてもそん色がない。


「――はあっ!」


 ザギが、これを空の玉座へと注ぎ込む。

 それは、無形むぎょうの圧力を伴ってそこに座す何者かへ、確かに吸収されたのである。


「もはや、陛下がいつ復活されたとしておかしくはない……」


 その言葉とは裏腹に……。

 ついに悲願が果たされようという時なのに、ザギが浮かべる表情はどこまでも苛烈であり、心の弱い者ならば睨みつけられただけで死にひんしそうな迫力を有していた。


「…………………………」


「…………………………」


 控える両将軍が、無言でその言葉を受け止める。

 ザギの――王を除く全魔人の頂点に立つ男の胸中に宿るのは、果たしてどのような感情であろうか……。

 ラトラとルスカであってすら、それを推し量るすべは存在しなかった。


「陛下――私の身勝手な振る舞いを、どうかお許し願いたい」


 空の玉座に向けひざまずきながら、ザギが許しをう。


「どうやらセンピが倒され、ウルファはいまだ勇者の首級を上げられずにおります……。

 妹の不始末は、我が不始末も同然……!」


 こうべを垂れながらそこまで言ったザギの胸に、黄色おうしょくの輝きを放つ光球が生み出された。

 そして、その光球が核となり、彼の全身に血流めいた光の奔流が走ったのである。

 しかも、妹と違いその奔流は一本ではない……。


 ――二本だ!


 黄色おうしょくの輝きが二筋の奔流となり、指の先に至るまでを走ったのだ!

 それがきっかけとなり、漆黒の鎧に身を包む戦士といった風貌の男は、魔人としての姿を露わにしていく……。


「次は――この黄光剣魔おうこうけんまザギ自らが出陣し、復活する陛下の下へ勇者の首を献上いたしまする!」


 今ここに、闇の宣誓は果たされた。

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