Bパート 5
「駄目です! 皆にも手分けして探してもらいましたが、ヌイさんの姿はどこにも見当たりませんでした!」
「そうか……おれの方も手の空いてる者に手伝ってもらったが、やはり見つからなかった」
あの後……。
会議室に乱入したサーシャさんから事情を聞いたおれは、すぐさまラグネア城中を探し回った。
だが、結果は空振りだ。
侍女が立ち入りそうな場所だけではなく、
サーシャさんを始め数人の侍女には、言ってみれば後宮と呼ぶべき男子禁制の場所を探してもらったのだが、そちらも空振りであったという。
「こうなった以上、城の中にはもう居ないと見るべきだが、しかし……」
可能性全てを検証して、残されたものが事実というのはシャーロック・ホームズの言葉だったか……。
ならば結論はこれしかないのであるが、それにしては捜索している間、気になった点が存在した。
「サーシャさんから逃げたという時間を皮切りに、一切の目撃情報がないのはどういうことだ……?」
このことである。
探しているのは一人の……しかもひどく目立つ容姿をした少女であり、このラグネア城では大勢の人間が働いていた。
さすがに城内の人間全てに聞き込みをおこなったわけではないとはいえ、誰一人としてヌイの姿を見た者がいないというのはどういうことか?
まるで、サーシャさんの視界から消えるなり空でも飛んで立ち去ってしまったかのような……。
あまりに
そして、ヌイの左腕に存在したという異様なケガ……。
おれの胸中には、得体の知れぬ不安が渦巻いていた。
「――ともかく、だ」
それを振り払い、おれは次なる行動を導き出す。
「城の中で見つけられない以上、街に出て捜すしかあるまい……。
おれは引き続いて街中を捜索するので、君はそのことをヒルダさんに伝え、通常の業務に戻ってくれ」
「はい……あの……」
責任を感じているのだろう……。
目尻に涙すら浮かべているサーシャさんの頭に、ぽんと手を置く。
「大丈夫。ヌイは必ずおれが見つけ出す。
――安心して待っていてくれ!」
「……どうか、お願いします」
深々と頭を下げるサーシャさんに背を向け……。
おれは城門に向かい、駆け出した。
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「こないだ、勇者様と一緒にうちの串揚げを食べてくれたお嬢さんかい? いやあ、見てないなあ。
まあ、目立つ娘っ子だからよ! 俺っちの方からも皆に声をかけみるよ!」
「すまん! 助かる!」
もしやと思い、出会った時の屋台にまで来てみたのだが……。
やはり、ヌイの姿は誰も見ていなかった。
ここだけでなく、道すがらに尋ねてみた人間全員が、城内の人間と同じように目撃していないのである。
――どこだヌイ……。
――どこにいる……。
すでに、太陽は中天を過ぎて傾きつつあり、気の早い者などは仕事を終えて一杯引っかけたりしていた。
ここは地球でなく、中近世程度の技術レベルしかない文明である。
人々が仕事を終えるのも、団らんの時を過ごすのも地球のそれとは比べ物にならないほど早い。
何故ならば、
そして今は、陽が落ちてしまえば闇夜が覆うだけではない……。
昨夜逃がした魔人が、新たな獲物を求めて徘徊する可能性大なのである。
行く当てもないだろうヌイが、そんな中をうろつく可能性があると考えれば気が気ではなかった。
ならば、今まで犠牲になった浮浪者などはどうでもいいのかと言えば、もちろんそんなことはないが……。
しょせん、おれの本質は小市民であり、親しい者が巻き込まれるとなれば心のありようは違ってしまうということだろう。
――いや。
――本当にそうだろうか……。
変身せずとも改造人間である己の身体能力を活かし、馬よりも早く通りを駆け抜け、路地裏を探し、道行く人々に声をかける。
そんな風にしていると、どうしても頭のどこか冷静な部分から声が聞こえるのを意識してしまった。
――イズミ・ショウよ。
――お前がもし本当にヌイが犠牲とならないか心配しているのならば……。
――何故、城門を預かる騎士たちに彼女が通らなかったか尋ねなかったのだ?
「くっ……!」
ラグネア城には、城門を除いて裏口の類は存在しない。
そして、城に出入りする人間の数は多いがここを預かる騎士たちはその全てに目を光らせており、ましてやヌイは非常に目立つ容姿をしているのだ。
ヌイが城から出て行ったのならば、確実に目撃されていたはずなのである。
……より正確に言うならば、普通の人間と同じように出て行ったのならば、だ。
……このおれや魔人が可能であるように、人間離れした身体能力で人目を忍び城壁を脱していなければ、だ。
己ならぬ己の声を振り払うために……。
ますます捜索へ没頭し、より早く足を目を動かし、聞き込みを続ける。
しかし、そうすればそうするほどその声は大きくなってくるのだ。
――時期の符合。
――王国民とはあまりにかけ離れた風貌。
――かたくなに明かそうとしない身元。
――そして……左腕に負っていたという不可思議なケガ。
考えまいとすればするほど、頭は勝手にパズルのピースを拾い上げて組み合わせてしまう。
そうして完成する絵は、まったく
――ヌイは。
――彼女の正体は……。
気がつけば、すでに陽は落ち闇夜が支配する時刻となっていた。
そうやって夜空を見上げているのは、おれ一人ではない……。
波止場の先端で、一人の少女が同じように満月を見つめていた。
少女が着ているのは、もうすっかり見慣れてしまった侍女服である。
キャラメル色の肌に輝くような銀髪を備えた彼女が月光に照らされると、まるでこの世の存在とは思えない美しさであった。
人間とは思えない、美しさであった。
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