Bパート 1
「むごいな……」
早朝の王都路地裏……。
目の前にある光景は……到底、口にできるようなものではない。
それでも、あえてこれを言い表すならば……殺人現場、ということになるだろう。
……さもなくば、電車の人身事故現場だ。
無論、この世界に鉄道などというものは存在しない。
そして、人の手によりかような遺体を生み出すことは不可能である。
ならば、導き出される結論はただ一つであった。
「……この建物に住んでいる住民が、昨夜むごたらしい悲鳴を聞いた」
路地裏を形成する建物の内、住居兼商店といった
彼女ですらあまりの
「一体、何が起きているのか気になったが……あまりの恐ろしさに、朝がくるまでじっと息を潜めていたらしい。
そして、朝になり勇気を振り絞って外に出たら……この光景が広がっていたそうだ」
夜の間……。
その住民が抱いた恐怖たるや、計り知れないものがあるだろう。
それで、現場を確認しようとしたらこうなっていたのだ。
人を殺傷せしめるのは、何も実際の暴力だけではない。
住民の安否が気づかわれた。
「その住民は、今は……?」
「亭主はどうにか耐えたが、一緒に確認しようとした奥方が卒倒されてな……。
今は通報を受けて駆けつけた騎士の一人が付き添い、共に大神殿で静養されている」
「そうですか……」
ともかく、犠牲者が増える結果にならなかったのは不幸中の幸いである。
おれは両手を合わせて死者の冥福を祈り、あらためて現場を確認した。
「……どう考えても、人間の手で生み出せる惨状ではないのう」
ドラグローダーとしておれをここまで運んだレッカが、顔をしかめながら感想を口にする。
騎士の中でも胆力が低い者は、胃の内容物を吐き出すために一時離れているような現場であるが、本来は超大型の狩猟生物である彼女はこれに衝撃を受けることはなかった。
それでも嫌悪感を隠せずにいるのは、目の前にある光景が生物界にありえてはならぬ作為的な代物であるからだろう。
自然界において、獲物をもてあそぶ狩猟者というものはしばしば存在する。
だが、これは到底そんな
「……魔人族の仕業か」
この光景を生み出した存在の名を、苦々しい思いで吐き出す。
人間の手でできる犯行ではない以上、他の答えは存在し得なかった。
「間違いないだろうな」
ヒルダさんがうなずく。
「挑むのならば、正々堂々と主殿へ挑めばよいものを……卑劣な手段に訴えおって」
「だが、敵からすれば有効な手段であるのは間違いあるまい」
何やら敵のことを褒めているようで複雑な気分になるが、事実であるのだからこれは仕方がない。
「あくまでも、魔人族の目的は負の感情を集め魔人王を復活させることだからな。
脅威となりうる勇者殿へ直接戦いを挑まず、無力な人々を襲いそれを捻出させる……考えてもみれば、自明の理であるか」
「――ふん!
強者を自称しながら戦いを避けるとは、死肉を漁る肉食獣がごとき行為よ!」
それはおれにしろ、ヒルダさんにしろ同じ気持ちである。
いや、この場に駆けつけた騎士たち全員が同じ思いであるだろう。
自らが傷つき、苦しむことならばいくらでも耐えられる。
だが、手の届かぬところで力なき人々がこうも無残に殺されるというのは、とても耐え切れるものではなかった。
負の感情というものが目に見えるならば、この場にはさぞかし濃厚にそれが漂っていることであろう。
「とにかく、問題はこれにどう対処するかだ……。
まず思いつくところでは、敵が闇夜に乗じ殺害へ及んでいる以上、夜間での外出を制限することだが……」
釈迦に説法という言葉があるが……。
騎士団長たるヒルダさんならば、その程度のことはとうに思い付き、王都の人々へ徹底周知するための
だからちらりと顔色をうかがったのだが、彼女の顔は予想と違い深刻な色を浮かべていたのである。
「それに関してだが、一つ問題がある」
「問題が……?」
「ああ……」
ヒルダさんは少し言いづらそうにためらった後、観念するように続く言葉を口にした。
「遺体がこんな状態なので、まだ断言はできかねるが……。
殺された被害者というのは、どうやら、定住先を持たぬ……身元の不明な人物であるようなのだ」
「つまりは、浮浪者ということですか?」
「恥ずかしながら、な……」
おれの言葉に、ヒルダさんは少し恥じ入りながら目を逸らす。
彼女は騎士団長として、王都の治安を預かる身である。
直接的に経済や福祉へ関わる身ではないとはいえ、自らの
「分からぬのう……主殿が普段勉学を教えてやってる子供たちのように、どこぞ施設を作って面倒を見てやればよいではないか?」
「事はそう単純なものではないのさ……」
あっけらかんと言い放つレッカに、おれは苦笑いしながらそう
「聖竜であるお前に、いきなり分かれと言うのは酷な話だが……。
人間が働き、その日の
これはな? どこまでいっても、人間同士での競争であり、言ってしまえば蹴落とし合いでもあるのだ。
そうであるからには、必ず割を食う人間というものが生まれてしまう」
遥かな故郷に思いを馳せながら、おれはそう語る。
この問題に関しては、おそらく地球出身であるおれの方がより深刻に理解していることだろう。
どれほど高度に文明を発達させようと、人類はこの命題から脱却できぬのである。
「無論、そういった人をただ見捨てるだけではないのが人間の強さだ。お前が言った孤児院などは、その代表であると言えるだろう。
とはいえ、差し伸べられる手の数と長さには限界がある。
また……差し出されたからといって、その手を取ってくれるとは限らぬのがこの問題の難しさなのだ」
そこまで言うと、ヒルダさんの方を見やった。
「ヒルダさん、正直に話してほしい。
――今回殺害されたような階層の人々は、国が指導したからといって大人しく従ってくれるものだろうか?」
「難しい、な……」
おれの問いかけに、ヒルダさんは苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。
そしてその
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