Bパート 2
夜間に城門を固く閉ざすのは魔人の
「城門の開放、完了いたしました!」
直立不動の体勢で緊張しながらそう告げたのは、
「急な要請にも関わらず迅速な対応……感謝する!」
チーキュなる異世界流の挙手答礼をしながらそれに応じたのは、真紅のマフラーを夜風になびかせた戦士装束の青年――勇者ショウであった。
その身はすでに従者が変じた二輪の乗機――ドラグローダーにまたがっており、全身に戦意満ち満ちているのがはたから見ても感じられる。
「それにしても勇者殿……魔人族が街中に潜んでいるとは、誠なのか!?」
騒ぎを聞きつけ駆けつけた騎士団長ヒルダが、一同を代表してそう問いかけた。
これに対し、勇者は力強くうなずいてみせたのである。
「間違いない……奴らはこの王都に潜み、恐るべき企みを進行させている!
おれはその、確かな証拠を掴んだのです!」
「勇者殿が、そこまで断じられるとは……!」
城門を守備する騎士の一人が、思わずそうつぶやく。
日頃から積極的に訓練へ混じり、騎士たちと交流を持っている勇者の言葉だ。
その人柄と的確な分析力を知る騎士たちに、彼の言葉を疑う
それはヒルダもまた同様であったが、ひとまず確認のために問いかける。
「ところで、その証拠というのは……?」
「それは見せることができません!
――だが、確かな証拠です!」
――見せることはできない。
――それでいて確かな証拠。
哲学的な気配すら漂う矛盾した言葉に、ヒルダが首をかしげてしまう。
だが、疑いながらも勇者の瞳を見れば、その眼差しはどこまでも真っ直ぐで……この場を照らすかがり火にも負けない、正義の炎を熱く燃やしていたのだ。
「なんだかよく分からんが……なるほど、確かなようだな!」
だから結局、何がどう確かなのかサッパリ分からないままに勇者の言葉を受け入れたのである。
「勇者殿が出陣なされるぞ! 道を開けろ!」
「おう!」
「ご武運を!」
騎士団長の命に従い、当直の騎士たちが進路を開けた。
ドラグローダーの爆発的な走力に関しては、この場に居る誰もが知るところである。
『ちょっと暗いのう……ピカッとな!』
「うおおっ!?」
しかし、鋼鉄竜の頭部そのものといったフロントアーマーに備わる両目から、強烈な光が放てることは誰も知らなかったので、少し慌てて腰を引く者もいた。
「勇者殿! どうやら今夜は一雨きそうだ! くれぐれも気をつけられよ!」
流石に騎士団長の地位は伊達でなく、ヒルダのみは動じず勇者に天候の不良を伝える。
「承知しました! 後は任せてください!」
勇者はそれにうなずき、ローダーに後輪走行をさせながら暗雲覆う夜の王都へと発進したのであった。
――グオオオオオン!
……後に残ったのは、ドラグローダーの胴体からほとばしる爆音のみである。
「それにしても、結局、どんな証拠なのだろう……?」
その残響に身を震わせながら、ヒルダは結局解決しなかった疑問を口にした。
--
「変ンンンンン――――――――――身ッ!」
操縦桿から両手を離し……。
相棒たる
その状態で勇者ショウは己に内在する力を解放するための動作を完了させ、全身から爆圧的な光を放った。
まるで、地上に降りた太陽のような……。
そう錯覚させるほどにまばゆく、力強い光が収まった後でドラグローダーの操縦桿を握るのは、昆虫じみた漆黒の甲殻に全身を覆われた異形の戦士――勇者ブラックホッパーである。
『それで主殿! よく分からんままに繰り出したがどこへ向かうのじゃ!?』
「分からん!」
これのみは変身前と変わらぬ絆のマフラーをなびかせながら、ホッパーが力強くそう答えた。
「分からんが……必ず魔人族はいる! 草の根分けてでも探し出すぞ!」
実に堂々たる暗中模索宣言である。この場合、月明かりすら届かぬ雨雲の下なので文字通りの意味であった。
『えええええっ!?』
「済まんが文句はなしだ! 後でお菓子を買ってやる!」
『え!? マジで!? ならいいかのう!』
夜の王都を駆け抜ける一陣の風となり……。
ヘッドライト――この場合はアイライトと呼ぶべきか――の光と爆音をまき散らしながら、主従が駆け抜ける。
自動車というものに対して耐性を持たず、陽が沈めば後は寝るのみという生活を送る王都の人々にとって、それがちょっとした安眠妨害として働いたことは言うまでもあるまい……。
--
「ファファファファファ……ここが地上か。
なるほど、魔界とは空気の美味さが段違いよ」
王都の港湾施設群再整備計画に伴い……。
一時的に人が引き払った港の一角に、その者たちはどこからともなく――文字通り湧き出していた。
奇怪な笑い声を発する、平凡な中年男性を筆頭に……。
いかにも働き盛りといった年齢の青年たちが、二十人ばかりもその場に集っている。
「お前たちも、そうは思わんか?」
――キー!
中年男性の言葉に、青年たちが右手を上げながら耳障りな声を上げた。
もはや、語るまでもないだろう……。
中年男性の正体こそは、
そして、彼が率いる青年たちは大将軍ザギから借り受けたキルゴブリンたちである。
月明かりすら届かぬ夜闇の中であるが、魔人たちはいささかも不自由なく互いに意思疎通を果たしていた。
「ファファファ、元気が良くて大変結構!」
カッパーンが、でっぷりとした腹を揺すりながら愉快そうに笑う。
邪悪な魔人族とはいえ、中年男性と青年たちに変じているこの状況では、従業員の意気に喜ぶ
「しかし、お前たち……。
せっかく見事に化けたのに、『キー!』と言ってしまうと台無しになってしまうなあ。
どれ、朝が来るまでにちょっと『新聞』を配る練習でもしてみようかえ?」
――キー!
カッパーンの言葉に、キルゴブリンたちが勢いよく返事を返す。
求められなかったので仕方がないとはいえ、前回の戦いでは一切出番がなく、彼らもまた元気を持て余しているのだ。
「だから、それがまずいというのに……おや?」
苦笑いを浮かべるカッパーンが、異変に気付いて空を見上げた。
すると、ぽつり……ぽつり……と。
徐々に徐々に雨が降り始め、それは瞬く間に本降りへと変じたのである。
「ややややや!?
これはいかん! いかんぞ!?」
これを受けて、カッパーンが大いに慌てだす。
果たして何を慌てているのか……その答えはすぐに出た。
雨に打たれる中年男性そのものといったカッパーンの姿が、まるで水をぶちまけられた水彩画のようにドロリと歪み……溶けていってしまったのだ!
――キー!?
異変が生じたのはカッパーンのみではない。
人間の青年へと変じていたキルゴブリンたちの姿もまた、同じように溶け落ちつつあった。
そしてしばらくすると、人間への変身は完全に解け……カッパーンとキルゴブリンたちは本来の姿へと戻っていたのである。
彼らの足元には、ぐしゃぐしゃになった巨大な紙ゴミが散乱していた。
「うーむ、折り悪く雨が降ってしまうとは……。
言っていなかったが、ワガハイの変身は水が天敵でな……。
これに濡れると、たちどころに溶け落ちてしまうのだ」
――キー!
カッパーンを励ますように、キルゴブリンたちがグッと力強く両手を握る。
「そうか……そうだな。
ファファファ、いざ事へ及ぶ前に注意事項をその身で味わってもらえたのはむしろ
まさか、こんな夜遅くに運悪くブラックホッパーめがやって来るようなこともあるまいし……」
カッパーンが気を取り直してそう言ったが、しかし、
――ブロロロロロロロロロロッ!
死神の足音は、バイクのエンジン音という形でその場に近づいていたのである……。
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