Bパート 1

 魔界の上空を常に覆う雷雲の下……。

 その建築物は、禍々まがまがしくもそびえ立っていた。


 およそあらゆる建築法も、時には物理法則すらも無視したような直線と曲線の入り混じる構造は、この巨大建築物が魔性の技によって造られたことを雄弁に物語っている。


 ――魔城ガーデム。


 魔界の象徴にして、魔人戦士たちが集う魔人族の総本山であった。

 その玉座の間に集いしは、魔人戦士の中でも頂点に位置する三人の将軍であるが、今日はいささか様相が異なる。

 何を語り合うでもなく……。

 それぞれがわら半紙のごとくもろく大きな紙束を手にし、そこにつづられた文字を一心不乱に追っているのだ。


「ふぅーむ……ダークドワーフが地上侵攻に立ち上がり、武具の増産に乗り出しただと?

 ――こいつは見逃せねえぜ!」


 刃金はがねたてがみを備えし獅子獣人と称するべき魔人……獣烈将ラトラが、興奮しながらそう口にした。


「毒の湿地帯で新種のユリが発見される……。

 あそこのユリは、根に猛毒があることで有名でしたな。新種ともなれば、あるいはホッパーめにも通ずるやもしれぬ……」


 果たして、人骨そのものといった体のどこで視覚を得ているのか……幽鬼将ルスカも、紙面を読みながらアゴをさする。


「フ……お主たち、この記事を見てみろ」


 一早く紙面を読み進めていた大将軍ザギが、ニヤリと笑いながら二人にそう告げた。

 それを受けて、両将軍はどれどれと人間の青年そのままといった姿の上司を挟み、彼が手にする紙面を覗き込んだのである。


「こ、これは……!?」


「何と……!?」


「そう……」


 三人の声が、一斉に唱和した。


「「「――カルガモの赤ちゃんが!?」」」


 その後もあれこれと話しながら三将軍は紙面を読み進め、ついには端から端までを読了せしめたのである。


「ふぅーむ。

 陛下が授けられた新たな力とはいえ、実際にこの目で見るまでは半信半疑だったが……。

 ――この新聞という読み物、実に興味深く面白い」


 大将軍ザギが、束ねられた紙をパアンと片手で弾きながら率直な感想を述べた。


「いかにも……陛下の知見にはこの幽鬼将、感服するばかりです」


「ああ、まさかこのオレが読み物へ夢中になっちまう日が来るとはな……」


 ルスカとラトラも、ザギの言葉に深くうなずき合う。


「それにしてもカッパーンよ……。

 この『新聞』なるものの印刷、というのは陛下から授けられた能力として……これだけの情報は、果たしてどのように仕入れたのだ?」


 ザギが視線を向けた先……三将軍に向平伏しているのは、一人の魔人戦士であった。

 カッパーンと呼ばれたその魔人戦士も、他に負けず劣らず異形の姿である。

 一見すれば直立したカバそのものと呼ぶべき姿をしているが、異彩を放っているのが身にまとっている鎧だ。


 その胸甲は、明らかに防御を目的とした作りになっていない。

 けん一つ一つに文字が彫り込まれた鍵盤と呼ぶべき代物になっており、下部には何かを吐き出すためのスリットが存在しているのだ。


 もしも勇者ショウがこれを目にしたならば、こう叫んだことであろう。


 ――タイプライター!?


 ……と。


「ファッファッファッファッファ……」


 ――カタカタカタ。


 楽器のように軽快な音を立てて胸元の文字盤を打ち込みながら、ザギに問いかけられたカッパーンは笑ってみせた。


「ワガハイが夢の中に現れた魔人王様から授かったのは、印刷能力を持つこの鎧と擬態の力のみ……。

 したがって、ここに書かれている事柄は全て、ワガハイの創作となりますな」


 胸甲に存在するスリットから、新たに一枚の紙が吐き出される。

 そこに印字されている魔界文字を読めば、『驚愕きょうがく! 全てはねつ造記事だった!?』と書かれているのが分かるだろう。


「何!? そ、それでは……カルガモの赤ちゃんも!?」


「さよう……食いつきが良すぎてビックリいたしましたな」


「そ、そうか……」


 ザギを筆頭に、三将軍がしゅんとうなだれる。

 その落ち込みぶりは、見ていて気の毒となるほどであった。


「ファファファ、これなるは魔人王様から授かりし力と知恵の効果……。

 それらしく整えた嘘というものは、時に何の変哲もなき真実よりも耳目じもくを引き付けるものなのです。

 夢の中で、陛下はこれを悪貨が良貨を駆逐すると言っておられましたな」


「悪貨が良貨を駆逐する……さすがは陛下、含蓄がんちくがあるお言葉だ」


 気を取り直したザギが、カッパーンの言葉にうむとうなずく。


「ただでさえ、カッパーンめは四命復魔しめいふくまの異名通り四つの命を持つ魔人……。

 それに加えてこの能力……勇者めのうろたえる様が目に浮かぶようですな」


 ルスカが、表情など宿しようがなき頭蓋骨そのものの顔に確かな笑みの気配を宿しながらそう言った。

 余談だが、当の勇者はうろたえるどころの騒ぎじゃないのは読者諸兄知っての通りである。


「ファファファ……これはワガハイをお引き立て下さったルスカ様らしくもない。

 ――陛下から授かりし力は、これだけではございませぬ!」


 言うが早いか、カッパーンが鎧のスリットから猛烈な勢いで紙を吐き出す!

 四つもの命を持つという魔人にふさわしく、内包せし魔力量は他の追随を許さぬものであり、たちどころに人一人分ほどもある巨大な紙が吐き出された!

 しかも、今回紙面に踊っているのは文字ではない……。

 絵だ!

 王都ラグネアを歩けばどこででも見かけられそうな、平凡極まりない市井しせいの中年男性が等身大で描かれているのである!


「ファファファファファ……」


 不気味な笑い声を上げながら、カッパーンがそれを自らの前面に貼り付けた。

 すると……おお……いかなる魔性の技か!?

 ボフン、という音と共に絵の描かれた紙が煙となって消え去ると、それに包まれたカッパーンが人間の姿に変化したのである。

 その姿は、絵に描かれていた平凡な中年男性そのものであり、三六〇度いかなる角度から見ても違和感を覚えさせぬ。


「このように、姿を自在に変化させることができまする……しかも!」


 パンパン、と中年男性に変じたカッパーンが両手を叩く。


 ――キー!


 それに応じて、外で控えさせられていたのだろうキルゴブリンが玉座の間に入室してきた。


「このようにすると……」


 おそらく、本来はそこに鎧のスリットがあるのだろう……。

 中年男性と化したカッパーンの下腹辺りにある空間から、先程と同じく巨大な紙が出現する。

 そしてカッパーンはそれを手に取り、入室したキルゴブリンへと貼り付けたのだ。


「ファファファファファ……」


 ――キー!


 そこからは、先ほどの再現である。

 ボフン、という音と共に紙の変じた煙がキルゴブリンを包み込み、その姿を働き盛りな青年へと変じさせたのだ。


「おお!?」


「ほおう……他者の姿も変えられるのか?」


 ザギとルスカが、感嘆かんたんの声を上げる。


 ――キー!


 それを受けて、青年姿のキルゴブリンが嬉しそうな声で小躍りしてみせた。


「ファファファ……まあ、変えられるのは姿だけなので注意は必要ですがな。

 印刷した『新聞』を人間共へ配るための人手として、望む数をお与え頂きたい」


「ふむ……『新聞』か。陛下が名付けただけあって、あの読み物にふさわしき良い名だ。

 よかろう! カッパーンよ! キルゴブリン共を引き連れて勇者の悪評が書かれた『新聞』を配布し、あ奴めを孤立させるがいい!」


「――ははっ!?」


 大将軍の言葉に、人間の姿へ変じた魔人戦士がひざまずき答える。


「そうか……カルガモの赤ちゃんは嘘か……そうか……」


 ただ一人、獣烈将ラトラのみはがっくりと肩を落としながら何やらつぶやいていた。

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