Bパート 10

 数日後……。

 装魔砲亀そうまほうきバクラにより深い傷を負わされた王都ラグネア南部は、復興に向け新たな一歩を踏み出しつつあった。


 かつて、斬風隼魔ざんぷうじゅんまハマラが暴れ回った際にも甚大な被害を負った南部であるが、此度こたびの被害規模はその時の比ではない。

 いまだガレキの撤去作業に目処めどがつかぬ建物群もそうだが、特に深刻なのは沈められた船舶の補償だ。


 バクラがロケットランチャーによって沈めた船の数は、実に五隻にも及ぶ。

 しかも、その内三隻はそれぞれ貿易や補給のために寄港していた、外国籍の大型帆船だったのだから始末が悪い。


 地球に照らし合わせるならば中近世程度の文明社会であり、当然ながら船舶保険などという考え方は存在しない。

 で、あるからレクシア王国としては、沈められた船の責任者たちから寄せられた陳情を無視することも可能ではあったのだが、それをしては国際的な貿易網から取り残されることになる。

 どう言いつくろおうが魔人の跳梁ちょうりょうを許したのはレクシア側の過失であり、それによる被害の補填ほてんすらしないのでは、諸々もろもろの不便があろうと王都ラグネアを航路から外す決断が下されることになるからだ。


 ただでさえ、魔人族復活の噂が各国に広まりつつあり、寄港する船舶の数も減少傾向にある。

 将来的な経済回復を見据え、レクシア議会が痛みを伴う決断を下したのは自明の理であると言えよう。


 とはいえ、補償すべきモノがモノである。

 大型帆船は、この世界における最新技術の結晶だ。

 単純に換算できるものではないが、地球で例えるなら護衛艦にも匹敵する規模の建造費がかかっている。

 当然ながら一度に全額を補償することなど不可能であり、今、レクシア議会はどのような形でそれを遂行していくか紛糾ふんきゅうしているのであった。


 言ってしまえば、今回魔人がおこなった攻撃は兵糧攻めに等しい。

 いかに王国騎士が精強であろうとも、台所を破壊されてしまってはどうにも立ちいかぬのである。

 それを思えば、直接的にほこを交えたブロゴーンの所業などはかわいいものであったと言えるだろう。


 そして今、おれは騎士見習いたちと共に、先日仮設された本陣を転用した炊事場で炊き出しの任にはげんでいた。

 勇者だのともてはやされようと、経済回復に対しては全く無力なおれである。

 昨日までは改造人間としての力を活かし、生きる重機としてガレキの撤去作業に従事していたのだが、それすらも一種の雇用政策としたい議会の方針に従い今は身を引いていた。


 まあ、ギガントホッパーに変身した上でと前置きされての撤去作業であったし、ハッキリ言ってしまえばあれも人々へのパフォーマンスであったわけだ。

 伝説にうたわれし戦士から受け継いだフォームで、復興作業に従事する……。

 それは人々を大いに沸かせ、特に男の子たちにはとても受けが良かったものだ……。

 逆に言うならそのくらいでしか役に立てないわけで、どこまで行っても本質的には単なる暴力装置でしかないというのは、改造人間が背負った宿命であると言えるだろう。


「勇者殿、お疲れ様だ」


 そのようなことを考えながら芋剥きに没頭していると、背中から声をかけられた。

 手を止め振り向けば、そこに立っていたのはヒルダさんである。


「ヒルダさんもお疲れ様です。

 ここには視察ですか?」


「ああ、机上きじょうの資料を見て指示を出すだけでなく、実際に現場を見ておくことも重要なのでな」


「良い心がけです」


 ここ数日のヒルダさんはもう、


 ――八面六臂はちめんろっぴ


 ……の働きと言うしかないだろう。

 いつぞや本人にも言ったことはあるが、騎士団長である彼女の役割は警察と消防と自衛隊のトップを兼任するようなものだ。

 ハッキリ言って、バクラが暴れ回っていた時よりも、奴を倒してからの方がはるかに忙しいはずである。

 その全てを涼しい顔でこなしながら、かつ、こうして現場の見回りにも来ているのだから、若いながらに大したものだ。


「隣、失礼する」


 と、ヒルダさんは感心しているおれの隣に立ち、山積みにされた芋を一つ掴むと懐剣かいけんでそれを剥き始めた。


「いいんですか?」


「少し時間に余裕があるのでな……。

 何、これでも見習い時代は何度かやったものだ」


 ――何度か?


 その言葉が少し引っかかりつつも、特に止める理由はないので好きにしてもらうことにする。

 二人でしばし、無言のまま芋を剥く。


「それにしても……」


 しばらくそうしていると、ヒルダさんが口を開いた。


「勇者殿にこうして下働きをしてもらうのは、何やら気が引けるな」


「何、おれがしたくてしていることです。

 こうして、当たり前のことで人々の力になりたいんですよ」


 それは偽らざる、心からの言葉である。

 思えば、おれは地球にいた時からずっとそれだけを願って生きてきた。


「当たり前のこと、か……」


 しばし手を止め、ヒルダさんはおれの言葉を反芻はんすうする。


「その当たり前のことしかできぬのが、私は今でも少し歯がゆいのだ」


「うん……」


 ヒルダさんが抱いた口惜しさ……。

 それを噛み締めながら、おれは続く言葉を口にした。


「おれは賢者というわけではない……。

 だから、ありきたりなことしか言えませんが……何事も、適材適所ということでしょう」


「適材適所、か……」


「当たり前のことで力になりたいとは言いましたが、それでもおれにできるのはこうして無理を通し、下働きに加えてもらうことくらいです」


「ふむ……」


 無理を通して、というおれの言葉をヒルダさんは否定しない。

 それなりに立場もあるおれという異分子が加われば、騎士見習いたちはかえってやりにくい部分もあると理解しているのだ。


「その逆も、またしかり……。

 まあ、ヒルダさんの芋剥きと同じようなものです。

 ――察するに、見習い時代は周囲から加わらぬよう止められていたのでは?」


 意地悪なおれの言葉に、ヒルダさんは手にした芋……の成れの果てと呼ぶべき小さな物体を見ながら顔を赤らめた。


「……確かに、諸先輩からは向き不向きがあるのだからと止められたものだな」


 照れながら、ヒルダさんはその物体を剥き終わった芋が納まるザルへ放り投げる。

 その顔は実に晴れ晴れとしたもので……実際のところ、彼女が剥いていたのは芋の皮ではなかったのかもしれなかった。

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