Aパート 4

 魔城ガーデムは玉座の間……。

 神聖にして不可侵なるこの場所が、数日前より濃密な闇の魔力で満たされているのは、気のせいではあるまい……。

 まして、この場に集うのは全魔人の頂点に立つ三人なのである。

 その点に関して、彼らが見まごうはずもなかった。


「身重の身でありながら、ブロゴーンはよくやってくれた……」


 定位置である玉座の傍らに立ちながら、大将軍ザギがそう満足げな声を漏らす。

 もはや、彼の隣にあるのはからの玉座であって空の玉座ではない。

 姿も声も見えぬ……。

 だが、確かに彼らの主はそこに座しているのだ。


「……その言葉を聞けば、志なかばに撤退することとなったあ奴めも喜びましょう。

 ――陛下の封印は、着実に弱まっておられる。

 ここは一つ、強い手を打ちたいところですな」


 ローブをまとった人骨魔人――幽鬼将ルスカが、そう追従ついしょうしてみせた。


「――へ!

 そう言うと思って、今日はとびっきりの奴を呼んであるぜ!」


 両拳を打ち鳴らしながら威勢よく言い放ったのは、刃金はがねたてがみを備えた獅子獣人と呼ぶべき魔人――獣烈将ラトラである。


「テメエの出番だぜ! バクラ!」


 ラトラは声を張り上げながら、自らが引き立てる魔人戦士の名を呼ぶ。

 果たして、獣烈将ほどの強者がそうまで言う魔人戦士とはいかなる者なのか……。

 ザギとルスカは、期待に満ちた眼差しを玉座の間入口へ向けた。


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


 およそ、十数秒ほども経っただろうか……。

 大将軍と幽鬼将の冷たい視線が、獣烈将に注がれた。


「うおっほん! ちょっと声が小さかったかな……。

 あー、あー……」


 獅子そのものと呼ぶべき顔面を、器用にもバツが悪そうに歪めながら喉の調子を整えるラトラである。


「テメエの出番だぜ! バクラ!」


 先ほどよりも心持ち大きな声で、ラトラがそう言い放った。

 果たして、獣烈将ほどの強者がそうまで言う魔人戦士とはいかなる者なのか……。

 気を取り直したザギとルスカは、期待に満ちた眼差しを玉座の間入口へ向けた。


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


 再び、十数秒ほども経っただろうか……。

 大将軍と幽鬼将の冷たい視線が、獣烈将に注がれる。


「えっと……その……なんだ……」


 しどろもどろとなるラトラだ。

 豪放磊落ごうほうらいらくさで知られる獣烈将であるが、さすがにこの状況は気まずすぎる。


「あー……キルゴブリンを何人か探しに行かせようか?」


「そ、そうですな。ひょっとしたら用でも足しに行ってるのかもしれませんし……」


 その様子があまりにかわいそうなので、ザギとルスカもフォローに回ってしまう。

 力こそ全ての魔界であり魔人であるが、こういう時に抱く情けの一つ二つは持ち合わせていた。

 だが、


「――その必要はない」


 ザギとルスカにとって聞き覚えのない声は、玉座の後背から響き渡ったのである。


「――何奴!?」


 大将軍は腰の魔剣に手をやりながら、鋭い視線をそちらに向けた。

 仮にも、ザギほどの男が寄り添い立っているのだ。

 いまだ主の封印が解けぬとはいえ、玉座に対しては虫一匹近づけぬ気概きがいを持って望んでいる。

 だが、その死線はたやすく踏み越えられた……。

 声の主が只者でないことは、その一事をもって知ることができた。


「俺が何者か……それは、先ほどラトラ殿が呼ばわれた通り……」


 ――コッ。


 ――コッ。


 ……と、硬質の足音を響かせながら、声の主が玉座の背後に広がる暗闇から姿を現す。


「どうかザギ殿もルスカ殿も臨戦態勢を解かれよ。

 これなるは、ほんの挨拶代わり……。

 栄光ある三将軍のお歴々に己が技量を示すことは、魔人戦士の誉れと心得たり……」


 その言葉に、ザギは魔剣から手を離し……。

 ルスカもまた、密かに発動寸前の状態で備えていた魔法を解除する。


 ――力こそ、全て。


 それは魔界における絶対のことわりである。

 ならば、意を突かれた方にこそ非があるのであり、いかに不遜ふそんな振る舞いであろうと咎めることはできなかった。


「――装魔砲亀そうまほうきバクラ。

 ……元より、呼ばれるまでもなく参着しております」


 バクラなる魔人が、ついにその姿を現す。


 ――装魔砲亀そうまほうき


 ……その二つ名にたがわず、亀の特質を備えているのだろう。

 バクラの全身は甲羅じみた甲殻で覆われており、まるで全身鎧を装備した騎士のごとき出で立ちであった。

 だが、三将軍の目を欺き潜んでいたことからも分かる通り、亀という生物から想起される鈍重さは全くない。

 そのシルエットはどこまでもスマートであり、格闘でも舞踏でもそつなくこなせそうなきびきびとした有様であった。


 特徴的なのは、その右手に携えた品である。

 だが、果たしてそれを何と呼べばいいのか……。

 面識があるラトラはともかくとして、ザギとルスカにはそれが皆目見当もつかぬ。

 ともかく、見たままを述べるのならば、それは金属製の筒に取っ手を付けたかのごとき代物であった。


 筒の先端部に備わった穴の直径は、十センチに満たぬ程度であろう……。

 取っ手の付けられた部位から察するに、おそらくこれを握って肩に担ぐ形で使用するのだろうが……そんな構え方では戦槌せんついとして用いることままなるまい。

 また、取っ手と筒の境目辺りには指をかけて使うのだろうか……謎のかな細工が存在するのだが、これを見ても用途が全く想像できぬ。

 総じて、奇怪極まりない得物なのだ。


「ふむ……バクラよ。

 浅学せんがくを恥じる気持ちで聞こう。それはいかなる武具か、はたまた魔法に使う術具か?」


 先ほどまでの剣呑けんのんな空気は捨て去り……。

 ザギが、素直にそう問いかける。

 つい先日、ルミナスの力を得たホッパーにも虚像越しに言ったことではあるが……。

 魔人戦士として引き立てられし者たちの誇る権能は、多岐の二文字では言い表せぬほど種々様々である。

 故に、分からぬことを素直に尋ねるのは、彼らの統率者として必要不可欠な素質であった。


 イズミ・ショウが見たならば「テンガロンハットのようだ」と評するであろう頭部の甲殻を左手でついとなぞり、バクラがザギの方を見やる。


「これなるは……いかなる難敵をも一方的になぶり倒す我が相棒……。

 いや……さしずめと呼ぶべきか……」


 クックと笑うバクラをよそに、ザギとルスカが目を合わせた。


「ふむ……そもそも、先ほどからお主が口にしている『砲』というものが何なのか、ワシらには分からぬのだが……」


「無理もありますまい……」


 ルスカの問いに対し、バクラが恍惚こうこつとした目で玉座を見やる。


「つい先日……我が夢の中に陛下がお姿を現し、これなる武器のイメージと共に新たな権能をお授けになられたのです……!

 まっこと……素晴らしき体験であった……」


「――陛下が、だと!?」


「……左様」


 驚くザギに、バクラがうなずき返す。


「信じられないでしょうが、おそらくは本当でさあ。

 現に、こいつはこの武器を生み出せるようになりやがった。

 本来なら、戦いとは別の役割を期待して引き立てたこいつですが……元々の能力とこの武器が組み合わされば、さっきの言葉は大言でなくなりますぜ」


 ようやく解説の機会を得られたラトラが、ここぞとばかりにそう説明する。


「ふむ……陛下が……そうか……」


 ザギが口元を、にやりと歪めた。

 キルゴブリンがそうであるように、存在変換の力を用いて魔人に更なる力を与えることは封印された魔人王最大の権能である。

 現に、その恩恵おんけいを最も強く受けたのが他ならぬザギと彼の妹であるのだ。


「封印越しに魔人戦士へ力を与えるとは……いよいよ陛下の復活は近い!

 そして、これこそ陛下のおぼし召し!

 バクラよ! 望むだけのキルゴブリンを配下として与えよう! そやつらと、その力をもって見事勇者を討ち取って参れ!」


「言われずとも……」


 どこまでも不遜ふそんに、バクラがそう言い放つ。


「だが……数だけの足手まといは不要……。

 事は全て、この俺単騎で成し遂げてみせましょう……」


「ほう……?」


 自らが従えるキルゴブリンを数だけの足手まといと評された大将軍が、ぴくりと眉を吊り上げる。


「お三方の立場を考えれば致し方もありますまいが……。

 何かに頼る、という思考はその者を軟弱に致します……。

 現に、先ほどまで俺の潜伏に気づかなかったのがその証拠……」


「――おい! バクラッ!」


 怒声を上げたラトラを、ザギが手で制す。


「よせ、ラトラ……恥の上塗りをする気か?」


「し、しかし……!?」


「実際、こやつは我らの目を見事に欺いてみせた。

 ――よろしい! 戦果をもって自説の正しさを証明するがよい!」


「……御意ぎょい


 地上へ送り出されるべく、玉座の間中央へ歩んだバクラが尚も不遜ふそんな言葉を続ける。


「真の強者には、いかなる助力も不要……。

 それを皆様に、お見せいたしましょう……」


 こうして、新たなる尖兵せんぺいが地上に送り出されたのであった。

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