Aパート 3

 大理石か何かで造られた巨大な円卓に、贅を尽くした大皿の類がずらりと並ぶ……。

 我ながら貧相な想像力であると言わざるを得ないが、ともかく、それがこの世界に来るまで思い描いていた王侯貴族の食事というものだった。


 では、実際の――この世界におけるだが――王侯貴族の夕餉ゆうげはどのようなものであるか、ここで述べておこう。


 ――白身魚のフライ・ラビゴットソース添え。


 ――海藻のサラダ。


 ――玉ねぎのスープ。


 ――パン。


 ……以上である。

 何というか、ものの見事に一汁二菜だ。

 下手をしなくても、ちょっと意識の高い日本の家庭ならば余裕で皿の数は上回るであろう。


「なあ、ティーナ……?」


「はい、どうなさいましたか?」


 対面に座るティーナへ問いかける。

 想像を下回る質素さと言えば、レッカも含めたおれたち三人が座しているこの食卓もそうだろう。

 こしらえこそ見事で緻密ちみつな装飾も施されているが、その大きさは四~五人で囲めば満員という程度である。


 会食場所として選ばれた部屋も調度こそ見事だが全体的にこじんまりとしており、給仕を務める侍女の数もサーシャ――以前朝食を取りこぼしてしまった彼女――一人だけだ。

 別にお姫様へ憧れる童女というわけでもないが、ちょっとだけ夢が傷ついた気分である。


「いや、何。もしかしたら、おれが過分な贅沢を好まぬと聞いて遠慮でもしているのかと思ってな……。

 おれの想像する王族の食事風景と言えば、もっとこう……色々とすごいものだったから」


「ふふ……確かに夜会などを開けばその限りではありませんが、普段の食事などはこんなものですよ?

 もちろん、度重なる魔人襲来への予算補填目的で、王室予算を大幅に削減しているという事情もあります。

 ですが、それ以上に普段からあまり豪華なものを食べていては舌が疲れてしまいますし……食べきれない量の食事など用意しては、食べ物がもったいないですからね?」


 ぱちりと片目をつむってみせるティーナは、年相応の茶目っ気を感じさせた。

 結果的におれの意表を突く形となり、それが楽しく感じられたのかもしれないな。


「でも、わたしの方も少し意外に思っているんですよ?」


「ティーナもか?」


「ええ……。

 ショウ様は、お野菜をこれだけ使った料理をごく自然なものとして受け止めていらっしゃいますから……」


「む……」


 これには、汗顔かんがんの至りだ。

 ティーナが差しているのは、主菜である白身魚のフライ……これに添えられたラビゴットソースである。

 季節の野菜をふんだんに使ったそれは彩りも美しく、宝石のように皿の上で輝いていた。


 少しばかり知恵を働かせてみれば、すぐに分かったはずのことだ。

 この一皿は、レクシア王国においてかなり高級なそれである。


 ……かつて、英国王族の誘拐を目論んだコブラの野望を阻止するべく、仲間たちと共に渡英したことがあった。

 事件解決後、本場のアフタヌーンティーを楽しんでいる時にミドリさんが教えてくれたのだが、英国ではほんの一世紀くらい前までキュウリが希少な食材として扱われており、今でもそれを用いたサンドイッチは特別な品として愛されているのだという……。


 一世紀半ほど前の地球ですら、そうなのだ。

 技術レベルでそれに大きく劣り、しかも食料の多くを海産物に求めているレクシア王国で新鮮な野菜を振る舞うということの意味は、推して知るべしである。


「すまない……これは完全におれの見識が不足していた。

 思えば、これまでおれを会食に誘ってくれた方々も、どこかおかしな様子が見受けられたが……。

 あれは、野菜類への反応が薄いのをいぶかしんでいたのだな。悪いことをしてしまった」


 悪いことというより、ハッキリ言ってしまえば非礼であり無礼だ。

 おれの名はイズミ・ショウ。三十秒ほど前まで、レクシアで最ももてなし甲斐のなかった男である。


「ふふ……ショウ様が異界の出身であることは皆存じていますし、悪くは思っていないかと。

 そちらでは、野菜も簡単に手に入るのですね?」


「のー? 前置きも良いが、早く食べんか?

 ワシはもう、お腹と背中がくっつきそうじゃ」


 おれの隣に座ったレッカが文句を言い……。

 食事が始まった。




--




 少女の姿に変身していても、本来は巨大な体躯たいくを誇るレッカだ。

 覚えたてのナイフとフォークで豪快に皿を平らげてはおかわりを要求する彼女を尻目に、おれとティーナは世間話という名の情報交換をしながらゆっくりと食事を進める。

 やがて話題は、本題であろう部分に差しかかった。


「それでショウ様、ヒルダのことなのですが……」


「うむ……」


 昼間の調練を思い出しながら、相槌を打つ。

 わざわざティーナがおれとレッカを食事に誘ったのは、これについて話したかったからだと見て相違あるまい。


「恥ずかしながら、昼間の立ち合いを拝見させて頂きました」


「ほう……見ていたのか? いや、国のために尽くす者たちの様子を見ておくというのは、感心な心がけだ」


「うむ! 窓越しで食い入るように見ておったぞ!

 こう、『デュフ――」


「――レッカ様? ソースがお召し物に跳ねていますよ?

 向こうで着替えましょう」


「うん? そうか? 分かった!」


 何か言いかけたレッカをいざなうと――ソースなんて跳ねてただろうか?――ティーナは一旦食事を中断して隣室に二人で入って行った。




--




(レッカのおびえる声)




--




「お前たち……一体どこから入って来たんだ?」


 いつの間にか部屋の隅へ入り込んでいたクワガタとカマキリとバッタを窓から逃がしてやっていると、ティーナと着替え終えたレッカが戻って来た。


「良かったな、レッカ。気をつけて食べるんだぞ?」


「はい、ワシは幸福です……」


 言われた通り、料理をこぼさぬよう気を付けているのだろう……。

 黙々と食事を続けるレッカをよそに、さっきの話を再開する。


「それでさっきの話なのですが……。

 わたしは武芸に詳しいわけではありません。

 ですが、ヒルダの様子がどこかおかしく感じられまして……」


「そうだな……」


 おれは水を一口含み入れて、どう言葉にしたものかを考えた。


「ありていに言ってしまえば、今、彼女は自分の殻を破るために暗中模索しているのだと思う」


「殻を……ですか?」


「そうだ。

 連日の魔人襲来に対して、彼女の立場で何も思わぬはずがない。

 これまで通りではいかぬ……その向上心と焦りが、太刀筋から見て取れた」


「あの時のわたしと、同じですね……」


 ティーナが思い出しているのは、おれがブロゴーンの呪いでブロンズ像と化していた間の出来事だろう。

 色々と、無理をさせてしまったと聞いている。


「ならば、あまり無理をしすぎないよう話した方が良いでしょうか?」


「いや、それも時と場合によるだろうな……」


 おれはあごに手をやりながら、自身も考えたことを言葉にした。


「努力し、もがきあがくということは基本的には悪いことではない。

 ヒルダさんの場合、立場もあるだろうが体調はきちんと管理しているしな。

 ならば、ここはそっと見守ってやるのも良いと思う。

 仮にその努力が実らなかったとしても、過程そのものが人を成長させることもあるのだから……」


「難しいものですね……」


「しゃくし定規にはいかぬものだ。人間というものは、な……」


「ショウ様ご自身も、過去そういった経験がおありなのですか?」


「おれか? ああ、数え切れぬほどにある。

 例えば……」


 昔のことを思い出しながら、食事を続ける。

 若者相手に思い出話を語り聞かせるというのは、なかなかに楽しい時間であった。

 まあ、


「何だか、お年寄りみたいな言い方をなさいますね」


 と、言われた時には空笑いを返しておいたが。

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