第五話『鋼鉄の重騎士!』
アバンタイトル
――今、レクシア王国で最も忙しくしているのは誰であるか?
この問いを投げかけられれば、誰もが複数の名を挙げるだろう。
例えば、その一人が国の象徴たる巫女姫ティーナである。
だが、誰よりも忙しく働いているかといえばこれは否であった。
確かに姫君としては世界一多忙を極めているだろう彼女であるが、誰よりも忙しくしているようでは立憲君主制国家として立つ瀬がないというものだ。
ならば、勇者ショウがそうであろうか?
その答えもまた、否である。
各方面有力者への顔つなぎから人心を安らかなものとするための慰問活動、日頃の鍛錬や勉学、果ては
とはいえ、勇者に課せられた最大の使命は魔人との戦いであり、それに支障をきたすようでは本末転倒である。
無限の体力を持つかのような勇者であったが、その日程には疲労を溜め込まぬよう細心の注意が払われていた。
ならばならば、聖竜レッカこそがそうであろうか?
そんな訳はない。こいつはただ巫女姫ティーナや勇者ショウの周りをうろちょろして遊んでいるだけである。
その他、有力な議員や豪商などをも差し置いて最も忙しく働いていると断じられるのは、他でもない……。
騎士団長ヒルダこそが、そうであった。
そもそも、レクシア王国における騎士の業務は多岐に渡るものであり、自然、彼女に与えられる権限と業務も膨れ上がることとなる。
勇者ショウに言わせれば、それは警察と消防と自衛隊のトップを兼任するようなものだ。
当然、騎士団内でも各部署は細分化されており、それぞれにトップとなる役職者は存在するが、それでもヒルダが果たさなければならない仕事は数多い。
時計など開発されていない世界でありながら、分単位でスケジュール管理をするような生活をしてきたのが彼女なのである。
そこへきて、一連の魔人騒ぎだ。
騎士たちへの訓示や訓練……。
王都における二十四時間態勢での警戒網構築……。
市民の避難体制確立から、人心が荒れたことに対する警察能力の強化などなど……。
これらの突発的事案を処理しながら、自身も一人の騎士として鍛錬を怠らず時には竜を駆り哨戒にも出ているのだから、鉄の女と呼ぶ他にないであろう。
そんな彼女がひと息をつけるのは、太陽が沈み切った後……油皿を用いなければならぬような刻限となってからになる。
本人にしてみればまだまだ働きたいというのだから驚きだが、こればかりはいかんともしがたい。
勇者ショウから、故郷ではデンキという謎の力やガスを用いた証明器具が一般化して人々が夜遅くまで活動していると聞いた時、作れないかと至極真面目に聞いてしまった彼女なのである。
「勇者殿の世界がうらやましい……。
そういった道具があれば、夜勤の騎士たちもずいぶんと助かることだろうに……」
絵図で説明してくれたかの世界における夜の光景を夢想しながら、騎士団長室の椅子に深く腰かけた。
「とはいえ、無い物ねだりをしてみても仕方がない、か……。
予算も時間も人手も全ては有限……今ある物を可能な限り効率的に運用する他にないのだ」
すでに人払いは済ませており、彼女の言葉を聞く者はいない。
言ってしまえば盛大な独り言であるのだが、これは彼女の癖みたいなものである。
何しろ、一日の大部分を誰がしかへ指示を飛ばしながら過ごしているのだ。
このように、誰かへ語り聞かせるように独り言をつむいでいると考えもまとまりやすいのである。
「そう、今ある物を活用せねばならない……」
決然とした目で立ち上がると、背後を振り返った。
そこにあるのは、壁に飾られた国旗と……同じく壁に飾られているひと振りの斧である。
ただの斧ではない。
国旗と共に騎士団長の後背へ飾られていることからも分かる通り、この斧こそはレクシア王国騎士団を象徴する存在なのだ。
だが、前知識なくこれを見てそうであると判じられる者はいないだろう。
何しろ、そのこしらえは巨石を彫り込み斧の形へ仕立てたかのごときものなのである。
最初からこうだったわけではない。
千年前、対魔人の戦役では見るも美しき装飾が施された
そして現騎士団の前身となった戦士団の長は、先代勇者から授かったこれを振るって共に戦い、数多の魔人を葬り去ったのだ。
――
代々の巫女姫が受け継いできた
その力が今は失われているのもまた、
「――真なる戦士の覚悟に目覚めし時、
口伝として伝えられている言葉を復唱しながら、これを手に取る。
「――重い、な」
何しろ、彼女の頭部ほどもある刃を兼ね備えた大
その重量たるや尋常なものではなく、光の魔力で身体能力を強化していなければただ持つことすらままならないであろう。
だが、この重さは単純に物理的なものから感じられるのではない。
歴代騎士団長は、そのいずれもが五徳を備えし騎士の中の騎士だ。
彼女を次代の騎士団長として推挙してくれた先代騎士団長などその筆頭と呼ぶべき男であり、人物としての魅力であるならば勇者ショウと比べてもいささかも劣るところはないと断じることができる。
「私など、足元にも及ばぬ騎士の中の騎士たち……。
その誰もが、
その感触は石そのものであり、彼女の薄皮一枚切り裂くことはない。
「だが、やらねばならない……。
姫様に続き、私も勇者殿の力となる……いや。
――私自身が、並び立ち得る力を身に着けるのだ」
決意と共に己を握りしめる担い手へ、しかし、
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