Bパート 6

「現れたな、ブラックホッパー!」


 キルゴブリンらに守られながら、女魔人は帰還した勇者にそう吐き捨てた。


 ――勇者の復活。


 これそのものは、もはや意外と呼ぶには値しない事象である。

 何しろ、忌々しき当代の巫女は騎士たちにかけた呪いのことごとくを解呪してみせたのだ。

 ならば、勇者も同時に呪縛から解き放っていたのは至極当然のことである。


「勇者殿!」


「勇者殿がご帰還なされたぞ!」


「もはや、我らの勝利は揺るぎない!」


 停車したドラグローダーへならうように突撃の手を止めながら、結果的に後続する形となった騎馬部隊が勇者の後背で隊列を組む。

 いかに徒歩かちのキルゴブリン軍団とは相性が良いとはいえ、手傷を負っている者も多数見受けられたが、皆が皆、瞳を戦意に燃やしていた。

 勇者という存在が下々の者へ与える意気たるや、侮りがたいものがあるということである。


「――ふん」


 だが、その様子を見ながら尚、ブロゴーンはほくそ笑んでみせていた。

 ただでさえ、作物というものが育たぬ土壌の魔界に生まれた身だ。

 しかも、生まれついての強力な魔人戦士であるブロゴーンに、農業の経験などあるはずもない。

 しかしながら……、


「貴様ら人間が、作物に肥料を与えるというのはこのような心持ちか!?

 なるほど、これはなかなかに面白い!

 私もまた、これから収穫される負の感情に心が躍るわ!」


 今、女魔人はその一端を理解していた。


 ――奪わんとするならば、まずは与えるべし。


 勇者の復活によって人間共が希望を得たからこそ、そこから生み出される負の感情はより大きくなるのである。


「確かに、貴様らの戴く巫女が私と拮抗したことは認めてやろう……!

 だが、忘れたかっ!?

 すでに巫女は力尽き、次なる呪詛に抗じることなど不可能なのだ!」


 その言葉に、勢いづいていた騎士共がわずかにどよめいた。

 それを見て、臆病者とそしることはできぬ。

 再びブロンズ像となる未来を予見すれば、誰もが皆、そうなるに違いないのだ。


『主殿よ! どう戦う!?』


「当たらなければ、どうということもない……。

 ホッパーX攻撃に活路を見い出すぞ!」


「ふん、何をするつもりかは知らぬが、我が呪詛から逃れる手段などないわ……!」


 ――グオン!


 ――グオン! グオン! グオン!


 ドラグローダーの操縦桿を握ったホッパーが、戦場に爆音を轟かせる。

 それを余裕の表情で見やりながら、ブロゴーンが青銅化の呪詛を準備し始めた……その時だ!


「――むうっ!?」


 ホッパーの脳裏に、幻視ヴィジョンが閃いた。

 それは自身、全く予期していなかった新たな力の胎動であり、彼の体内に埋め込まれた輝石きせきリブラが宿主の苦境を打開すべく導き出した答えでもあったのである。


「――ティーナ!」




--




「――うっ!?」


 幻視ヴィジョンを見たのはまた、後方でヒルダに支えられる巫女姫ティーナも同様であった。

 彼女にそれを見せたのは、他でもない……。


聖杖せいじょう……? いえ、始祖様なのですか……?」


 困惑するヒルダをよそに、握りしめた始祖伝来の聖杖せいじょうを見やる。

 無論、言葉として返事が返ってくるわけもない……。

 だが、聖杖せいじょうは手の中でぶるぶると震え出し、先に大魔法を行使した時とはまた異なる新たな力を生み出しつつあったのである。


 それを見て、ティーナは直感した。

 聖竜レッカがそうであったように……。

 聖杖せいじょうにまつわる伝説もまた、進化しようとしていることを……。


「――ショウ様!」


 聖杖せいじょうが求めるままに、最後の力でこれを放り投げる。

 すると……おお……どうしたことか!?

 少女のか細き腕で投てきされたはずのそれは、矢弾のような勢いで最前線へと撃ち放たれていったのだ!




--




「――むんっ!」


 そしてそれは、最前線で魔人の軍勢と対峙するホッパーが伸ばした手にすぽりと収まる。


『これは……!?』


聖杖せいじょう……いや、初代の巫女よ。

 おれに、力を貸してくれるのか……?」


 驚いた声を上げるローダーにも取り合わず、自らの手を目がけて飛んできた聖杖せいじょうを見やった。


「それは、あの小娘が覚醒させた……。

 一体、何をするつもりだ!?」


 キルゴブリンに守られながら呪詛の構えを取っていたブロゴーンでさえも、あまりに唐突な出来事へ思わずそう問いただす。


「何をするつもりか、か……。

 ――教えてやろう!」


 相棒たるバイクの背から降り……。

 右手に聖杖せいじょうを握りしめたホッパーが、魔人の軍勢に向き合った。

 もはや、この力をどう引き出せばいいかは幻視ヴィジョンという形で伝えられている。

 後はそれを、実現するのみ!


「――ルミナス!」


 そして勇者は唱えた。

 新たな力を扱うための、キーとなる言葉を!

 同時に勇者の体へ、変化が巻き起こる!


 真っ赤だった両目が……胸部が……そして両手甲とすね当てに当たる部位が……。

 聖杖せいじょうと同色の、空そのものを閉じ込めたかのような青色に染まる。

 同時に肩当てに相当する甲殻は縮小し、上腕部と腰から太ももに至るまでの甲殻は皮膜状に変化を遂げていた。

 更に、絆の証である真紅のマフラーは黄色へとその色彩を変化させる。

 勇者ホッパーの、新たな姿がここに誕生した。


 しかも、変化を遂げたのは勇者だけではない。

 聖杖せいじょうもまた、同じである。

 長杖ロッドという形態こそ変わらぬものの、張り巡らされていた金細工は魔法文字ルーンに形を変え柄を一直線に走り抜く。

 更に、両端部には打突へ適した石突きが生み出され、柄の中央にはローダーの操縦桿にも似た小型のレバーが存在していた。


「勇者殿が……」


『青くなった!』


 騎士たちが……そしてドラグローダーが、その変化を端的に言い表す。


「貴様……それは一体!?」


 キルゴブリンに守られた女怪へ向け、ホッパーが朗々と名乗りを上げる。

 これこそが、新たに得たフォームの名……。


「おれは輝きの魔術師――ルミナスホッパー!」

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