Bパート 5

 その時、戦場にそびえ立ったそれを一言で表現するならば、


 ――光の尖塔。


 ……と、呼ぶ他にないだろう。

 地上から、遥か天空の彼方まで……。

 凄まじい光量を誇りながらも見る者の目を焼くことはなく、どこまでも暖かな光が伸びてこれを作り出しているのだ。


『これは……』


 ドラグローダーが。


「何という……」


 竜騎士隊を率いる騎士スタンレーが。


「奇跡だ……」


 そのかたわらで、一部始終を目撃したヒルダが。

 それぞれに、驚嘆の声を漏らす。


「馬鹿な……っ!?」


 敵の首魁しゅかいたるブロゴーンまでもが、一瞬戦いを忘れほうけたようにその光景へ見入っていた。


 光の源となっているのは一人の少女――巫女姫ティーナである。

 巫女の血を継ぐ者がいかな命を燃やしたとして、これほどまでに光の魔力を高めることはあたわないだろう。

 だが、その表情に無理をしている色はなく、そこからは勝利への確信のみが感じ取れたのである。

 自信の源となっているのは他でもない。

 彼女の手にしかと握られし、始祖伝来の聖杖せいじょうであった。


 その造形の、何と見事なことであろうか……。

 大神殿の壁画に描かれた聖杖せいじょうもまた美しかったが、現代に蘇った実物の美しさはまさしくものが違う。

 ラピスラズリの色合いに染められた本体は、しかし、見る角度によって微妙に色合いが異なり、まるで清らかな青空を固形物として留めているかのようである。

 細部に至るまで張り巡らされた金細工はそれそのものが様々な術法を呼び起こす万能の魔方文様もんようであり、今も新たな継承者の魔力を受け止め増幅し続けていた。


 ――巫女姫と聖杖せいじょう


 かつての世で初代巫女に振るわれていたそれが現代の子孫と一体になっている様は、まさしく伝説の復活そのものである。


「姫様……」


「ヒルダ、先の言葉は撤回します」


 悲壮な決意からではない……。

 ただ、なすべきことをなすために……。

 馬上で桃色の髪を揺らめかせながら、ティーナは再びやわらかな笑顔を忠臣に向けた。


「ここは、わたしに任せてください!」


 決然と言い放ちながら、本来の姿となった聖杖せいじょうを天にかざす。

 すると、おお……なんという神々しさであろうか!?

 ティーナから立ち昇る光の尖塔はその頂点部を変化させ、空に巨大な光の魔方陣を描いたのである。

 それは、ティーナが儀式の間に描いていた魔方陣を超大規模に形成しなおしたかのようであった。

 ならば、そこからもたらされる効力は言うに及ばぬ。


 光の雨が……。

 まるで流星雨のように天空の魔方陣から地上へ降り注ぐ。

 目ざとい者であったならば、そのうち一つがラグネア城に向かったのを目撃したかもしれない。


 光の雨が降り注いだ先は――戦場にたたずむかつての騎士たちだ。

 流星と化した光の粒子が、ブロンズ像と化した騎士ら一人一人を狙いあやまたず撃ち貫いてゆく……。

 だが、その先にもたらされるのは破壊ではない。


「おお……っ!?」


「な、何が起こったんだ……!?」


「姫様だ……!」


「姫様が、我らをお救い下さったに違いない!」


 まるで、時を巻き戻したかのように……。

 青銅魔人の呪詛でその身を青銅の塊へ変じていた騎士たちは、本来の姿を取り戻していったのである。


「おのれえええ……っ!?」


 その光景を、歯噛みしながら見ていたのは他でもない……ブロゴーンであった。

 それも当然のことであろう……。

 つい先ほどまで、初代巫女の血を引く小娘の魔法は自分に遠く及ばぬもののはずであった。

 それが今、噂に聞く聖杖せいじょうの力を完全に引き出し自慢の呪詛を解呪してみせたのである。


 しかも、当然のことながら解呪されたのは騎士たちのみであり、ブロゴーンが非道にも捨て駒としたキルゴブリンたちはブロンズ像と化したままであった。

 たった一人の少女が……その胸に宿した勇気が、戦場の様相を一変せしめたのだ。


「敵の主力は像になったままだぞ!」


「このまま一気に押し切ろう!」


 もはやこうなれば、指揮官たるヒルダの指示を待つまでもない。


 ――我らは巫女姫の加護と共にあり!


 復活した騎馬隊は一気呵成いっきかせいの勢いで、再度の突撃を敢行したのである。


「……ふう」


 全魔力を使い果たしたティーナは、その光景を見ながら愛馬の首にもたれかかっていた。

 一度は魔力のみならず、その命すらも燃やし尽くそうとした身である。

 自身初となる大魔法の負担は大きく、覚醒し羽のような軽さとなったはずの聖杖せいじょうも取り落とさぬのがやっとといった有様であった。


「姫様……お疲れ様です」


 ヒルダは自身の馬を寄り添わせ、そんな主の背中を支えてやる。


「ヒルダ……わたしはやりきりましたよ」


「ええ……ご立派です。

 ――あとは我らに、お任せください」


 そう言いながら、ヒルダは決然とした表情を戦場に向けた。

 確かに、敵の呪詛を解くことには成功した……。

 しかし、それを成した敵将はいまだ健在なのである。

 ならば、敵の打つ手はただ一つ……。


「――よくぞ! と、言っておこう!」


 再び戦場に朗々とした声を響かせながら、ブロゴーンが魔杖まじょうを構える。


「しかしながら、遠目に見ても貴様らが頼りとする巫女は疲労困憊こんぱい

 再度の呪いは、防ぐことも解くこともかなうまい!

 人間共よ! 再び絶望に飲まれるがいい!」


 精も根も尽き果てたティーナと違い、明らかな疲労の色こそ見せているもののブロゴーンにはまだ余裕があった。

 その証拠に、ブロゴーンは再び大規模な呪詛を振りまくべく頭部のヘビたちを逆立たせていたのである。


 だが、ブロゴーンは気づいていただろうか……。

 いつの間にか、戦場からドラグローダーが姿を消していたことを……。

 そしてラグネア城の方角から、一筋の彗星となってそれが舞い戻って来ていたことを……!


「ローダー――――――――――」


『――――――――――バーニング・ストーム!』


 彗星と化した竜翔機りゅうしょうきは上空から次々と火球を吐き出し、キルゴブリンらを爆散させていく。

 そして、そのままバイクモードへ変形し着地すると騎馬隊の先陣を切り、必殺の体当たりで、迎え撃とうとしたキルゴブリンらをなぎ払っていったのである。


 ――キー!?


 指揮官たる女魔人を守護していたキルゴブリンらの陣が、一気に崩れ去っていく。

 それを成したドラグローダーの背にまたがるのは、真紅のマフラーをなびかせし異形の勇者……。


「――帰って来たぞ!」


 もはや、壁と呼ぶのもおこがましいほどの薄さとなったキルゴブリンの陣容を前に……。

 横滑りに停車したドラグローダーの背で、ブラックホッパーが堂々と言い放った。

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