Aパート 3

 ――キー!


 その声にキルゴブリンたちが反応し、これまで戦っていた者たちまでもが後退し合流すると、二つに割れた。

 すると、今までキルゴブリンの人垣に隠されていた魔人戦士の姿が露わとなる。

 いや、こやつの姿を見て、一見で戦士であると断じれる者がいるだろうか……?


 それほどまでに美しい――女の魔人である。

 肌はおろか瞳孔に至るまでが青銅一色の姿は、まるで彫像が生命を得たかのようだ。

 しかし、彫像としてこれを形作れるならば、その職人は千年先まで名を讃えられること疑う余地もない。

 目鼻立ち……あるいは四肢の微細なラインに至るまで……。

 全てが完璧な、美女という概念を形に落とし込んだかのような姿なのだ。


 ――頭部以外は、の話であるが。


 その頭部にうごめいているのは……おお……何という恐ろしさだろうか。


 ――蛇だ。


 青く光り輝く鱗を供えた無数の蛇が、頭髪の代わりに頭部から直接生えているのだ!


 人知を超えた美しさと、見るも禍々しき異形との混在……。

 驚くべきなのは、二つの相容れぬはずの要素が意外なほどに調和を保っていることだろう。

 まさに――女怪!


 ただ美しいだけでも、恐ろしいだけでもこうはいかぬ……。

 両者を兼ね備える者のみがまとう凄味すごみを漂わせた女魔人が、キルゴブリンらの間から一歩歩み出た。


「貴様は……?」


 ドラグローダーにまたがった勇者が、いつでも動けるよう油断なく身構えながら尋ねる。


「…………………………」


 女魔人はそれに答えず、さらにもう一歩を踏み出す。

 そして右手をかざすと、そこに魔人らが姿を現す時にも似た霧状の闇が広がった。

 ただし、今度のそれは明らかな指向性を持っており、右手の中で女魔人自身の身長にも匹敵する長さの棒状を形作っていくのだ。

 闇は霧から固形へと転じ、この魔人が得意とするのだろう得物へと変わっていく……。


 果たしてそれは――長杖ちょうじょうであった。

 柄の隅々に至るまで精緻な……それでいて破壊的な衝動を感じさせる彫刻が彫り込まれており、先端には蛇の頭部を模した飾り付けがなされている。

 一見すれば美術品のようにも見える装いであるが、漂う無形の圧力は闇の魔力であると見て相違ない。


 その石突きを平原に突き立てながら、女魔人が高らかに自らの名を名乗る。


「我が名はブロゴーン! 幽鬼将ルスカが傘下の魔人戦士なり!

 ――ブラックホッパーよ! 愛するミネラゴレム様の命を奪った貴様は、私の手で倒す!」


「――ミネラゴレムだと!?」


『主殿よ? 知っているのか?』


「ああ……知っているも何も……」


 ローダーに答えながら、ブラックホッパーはブロゴーンの目をしかと見据えた。

 そして、無機物そのものな青銅の瞳に宿った感情を、確かに汲み取ったのだ。


「この世界に来て、おれが最初に倒した魔人の名だ」


 表情などうかがう余地もないホッパーの異貌いぼうに、決然としたものが宿る。

 そして勇者は竜翔機りゅうしょうきから降りると、ブロゴーンに対して向き合った。

 そうさせたのは、戦士として決して逃れられぬ引力の働きである。


 青銅の魔人と異形の勇者……十分な距離を置いた両者が、にらみ合うようにたたずむ。

 だが、熟練の戦闘者として油断なく身構えるホッパーも気づいていなかった。

 己がもはや、必至ひっしの状態であることに……!

 その事実を察知していたのは、このマナリア平原にただ一人……。


「ショウ様! 駄目です! 戦ってはいけません!」


 その少女――巫女姫ティーナが制止しようとする騎士たちを意に介さず馳せ参じる。

 常ならばやわらかな印象を与える少女の顔は緊迫と焦燥に満ちており、絶対の信頼を持って勇者を見守る他の人々とは対称的なものであった。

 それも当然であろう……。

 当代における光の魔法の第一人者たる彼女だけは、ブロゴーンから漂う不吉な闇の魔力と、その杖に宿った並々ならぬ呪詛の念を見抜いていたのである。


「もう――遅い!」


「――ぬう!?」


 ホッパーがティーナに気を取られたその瞬間、ブロゴーンの頭部に巣食う蛇たちが一斉に逆立った!

 しかも、蛇たちの瞳には魔性のきらめきと呼ぶしかない怪しき光が宿っていたのである!


「――はあっ!」


 ブロゴーンが上げた気合の叫びと共に、蛇たちの瞳に宿っていた闇の権能が発動した。

 その瞳から放たれたのは――光の線だ。

 ホッパーはこれを見て、レーザーという単語を思い浮かべたかもしれない。

 そして、無数の蛇たちはただ怪光線を放っただけではない。

 それらはブロゴーンが構えた杖の先端に備わる飾りつけに収束され、瞬く間に充実し膨れ上がったのだ!

 蛇の頭部を模した飾りつけが、その瞳に目もくらむほどの閃光を宿す!


「我が恨み――受けよホッパー!」


「くっ――ショウ様!」


 必死の形相で制止を振り切りホッパーの隣に駆けつけたティーナが、ありったけの魔力を解放する。

 それに対し、ブロゴーンが技を発動したのは全く同時のことであった。

 ブラックホッパーの眼前に分厚い光の障壁が幾重にも展開し、勇者の身を守らんとする。

 それを押しつぶさんと襲いかかるのは、ブロゴーンが構えた杖からほとばしる禍々しき閃光だ。


 光と闇……。

 守護と呪詛……。

 巫女と魔人……。


 相容あいいれぬ二つの力が、勇者を巡ってぶつかり合う。


「くう……うう……あああ……っ!?」


「ぬう……くぅ……ミネラゴレム様……私に力を……っ!」


 果たして、このぶつかり合いを制したのは――ブロゴーンであった。


「――ああっ!?」


 祈るように始祖伝来の石杖せきじょうを突き出していたティーナが、たまらず吹き飛ばされる。


「――ティーナ!」


 凄まじい魔力のぶつかり合いに身動きを取れずにいたホッパーが、これを助けようと手を伸ばした。

 だが、その手が届くことはない。

 何故ならば、それよりも早く光の障壁を割り砕いた呪詛の輝きがホッパーを包み込んだからである。


「ぐう……むううううう……!?」


 邪念の輝きにまとわりつかれたホッパーが、苦しげにうめく。

 そして、見る見る内にその全身は呪いの光に包まれていき……。


『主殿!?』


 光が消え去った時、ローダーの呼びかけに答える者はいなかった。

 否――ブラックホッパーの姿が消え去ったわけではない。

 ただし、その全身は指先に至るまでが青銅へと変じており、身じろぎ一つしなくなっていたのである。


 恐るべき女魔人の力により、勇者は――ブロンズ像となってしまったのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る