Aパート 1
――この世界流の花見か、あるいは
それがこの儀式に参加したおれの、率直な感想であった。
場所は王都ラグネアからほど近い郊外に存在する、草原部である。
前面に海を抱き、後背を山脈と森林に囲まれているという立地の都合上、そもそもレクシア王国ではあまり農畜が盛んではないのだが、それにしてもこの辺りには人の手による開発が一切及んでいない。
宗教的に重要な意味を持つ土地であるというのは書物で学び理解していたが、やはり百聞は一見に如かず。
実際にこうして目にすると、あえて人の手を入れないことで土地と受け継がれてきた伝統を保護しているということがよく分かった。
草原内では新しい季節の到来を告げるかのように花々が芽吹いており、時には無警戒に飛び跳ねるウサギの姿まで見やることができる。
普段と違い、今日は多くの人が訪れているというのにそのような光景が見られるというのは、この場所における殺生が禁じられているためであろう。
――マナリア平原。
ティーナの先祖である初代巫女が没したというのが、この地である。
魔人との戦いが集結した後、この平原はその死を偲ぶために初代巫女の名を
その宗教儀式とは、他でもない……。
――魔力覚醒の儀式だ。
この国では十歳を迎えた子供たちが、希望すればこの儀式へ参列することができる。
そしてティーナを筆頭とする高僧たちから洗礼を受け、魔法の素質があるかどうかを調べるのだ。
もしも、魔法の素質があると分かれば、その子の進路選択肢は大きく広がることとなる。
神殿で修行を積み、神官の道を目指す……。
あるいは、それに加えて騎士としての修行も積み、ヒルダさんのように竜騎士となる。
いずれもこの国ではプロ野球選手もかくやという人気を誇る職業であり、それを踏まえればなかなか夢のある話であると言えるだろう。
とはいえ、儀式へ参加するための足代などは自腹なので、必然として参加できる層は限られてくるわけだが……。
その辺りに存在する身も蓋もなさだけは、魔法という言葉に存在する空想性を大きく減じさせるな。
まあ、そんなのは異邦人たるおれの勝手な感想に過ぎない。
空想性も何も、この世界に生きる人々からすれば、魔法はれきとして存在する現実なのだから……。
「いやー、あれもこれも本当に美味いのう!
主殿! お主はもっと食べんのか!?」
右手に串焼き!
左手には果物飴!
祭りにはしゃぐ子供の最終進化形と化したレッカが、はしゃいだ声でおれにそう尋ねてくる。
「飴には心惹かれるものがあるけどな……」
微笑ましさを苦笑という形で表現しつつ、おれはにわかな屋台通りと化した一角を眺めた。
人が集まれば、そこに商機が生まれるのは必然である。
まして、先日のハマラ襲来事件でもフットワークの軽さをいかんなく発揮してみせた王都ラグネアの商人たちが、これを見逃すはずなどなかった。
結果として、マナリア平原の一角には即席の屋台が立ち並び、これも地球の花見や縁日で見られるようなお祭り騒ぎが展開されていたのである。
宗教的にも重要な儀式なのにそんなことしていいのか? と、おれなどは思ってしまうが、その辺りも経済に関する身も蓋も無さということだろう。
そもそも、縁日だって宗教行事と言えば行事なのだから、日本人であるおれにどうこう言う資格はあるまい。
ともあれ、今日のおれは重大な儀式に挑もうとしている身だ。
屋台で買い食いしてはしゃごうという気には、ちとなれなかった。
「レッカ様? ショウ様は、これから大事な儀式に参加されるわけですから……」
高僧たちと何事か打ち合わせしていたティーナが、こちらに歩み寄ってくる。
今日の彼女は、いつかの合同葬儀でも手にしていた
「むー……。魔法の素質なんぞ、調べる必要ないと思うがのう。
主殿よ? 前にも言ったが、ワシらの変身こそが原初にして至高の魔法じゃぞ?」
串焼きと果物飴、しょっぱいと甘いを交互に味わいながらレッカが頬を膨らます。
「そう言われても、おれは誰かのケガを治したりできるわけではないしな……。
どうせならやはり、正規の方法で調べてみたい」
「それに、ショウ様がこの儀式へ参加して下さることそのものにも意義がありますから……。
同じく今日この儀へのぞむ子供たちにも、励みとなるでしょう」
「まあ、そう言うなら別にいいかのう?
若者のなしたいことを黙って見守るのも、年配者の務めじゃ」
にかりと笑いながら、レッカが言う。
ちなみに、彼女自身がティーナから貰ってる小遣いは色々と下らないものを買って即日使い果たしており、今食べている串焼きなどはおれの財布から出た金で買ったものである。
--
マナリア平原の中にぽつんと佇む大木を囲むように、おれを含む儀式参加者たちはあぐらをかき座り込む。
何でもこの木は、初代巫女マナリアの墓標として植えられたものであるらしい。
ならば樹齢は千を数えるはずであるが、たのもしくそびえ立つ姿に生命の衰えは見れぬ。
ならばこれにも、巫女の加護や魔力が働いているのかもしれなかった。
「それでは皆さん……心を安らかにして体の力を抜いてください。
目は閉じていても開いていても構いませんよ」
一同の中心……墓標樹の根元に立ったティーナが、にこやかにそう告げる。
前述通り、おれ以外の参加者は十歳の子供たちとなるわけだが、男子たちが緊張でガチガチになっているのは何も儀式に参加することだけが原因ではあるまい。
「それでは……参ります」
同じく根元に控えていた老齢の高僧が歩み寄ったことで、露骨にガッカリした顔を浮かべているのがその証拠だ。
レクシア王国は少子高齢化とは無縁なようで、いくら参加層が限られるとはいえ、それでも参加者は百や二百ではきかない。
三十人ずつのグループに分けた参加者たちを今日一日でさばき切る必要があるわけで、ティーナだけでは到底手が足らないのだった。
さておき、儀式の様子を注視する。
高僧が手にしているのは、ティーナの
彼が目を閉じ、意識を集中しながら男の子にこれをかざすと、おお……これは!?
杖の先から暖かな光の粒子がいくつか放たれ、男の子の中に吸い込まれていったのである。
「これは……」
「おめでとうございます」
興奮した様子で周囲を見回す男の子に、高僧がおだやかな笑みを浮かべた。
それを受けて、男の子が手をかざすと……注意して見なければ分からないほどにわずかなものではあるが、確かにその手から光の粒子が一つ、生まれ出たのである。
同じように、高僧たちが次々と子供たちへ光の粒子を授けていく。
だが、それを受け入れられたのは最初の子供だけで、他の子供たちは粒子が体に吸い込まれずただ周囲を漂い、やがて消え去るのみであった。
中には、よほどこの儀式へ期待していたのだろう……涙を流す子供の姿も見受けられ、どうにもできぬこととはいえ胸が痛む。
何というか……かつて、工科大の合格発表へおもむいた時のことを思い出す。
あれとは違い、自分の努力ではどうにもならないところで進路の一つが決まるというのは、この世界に存在する残酷な現実なのかもしれない。
「では、ショウ様……準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでもいける」
そこは勇者の特権ということだろう。
どうやらおれにはティーナ自らが洗礼を授けてくれるようで、目の前に立ち見下ろす彼女にうなずく。
さて、おれに突き付けられるのは残酷な現実なのか……はたまた……。
そんな風に思っていた時のことである。
数百メートルばかり後方から、悲鳴が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます