第四話『輝きの魔術師!』
アバンタイトル
ある壁面は曲線で構成され……。
またある壁面は直線によって構成されている……。
壁面の角度そのものも地に対して垂直ではなく、ある区画は外側へ大きくオーバーハングしており、かと思えば別の区画は丸きり逆の方向へ湾曲していた。
使われている石材も地上に存在する鉱物ではなく、どこまでも深い黒色をしたそれからは微量な闇の魔力が感じられる……。
建物内を彩る装飾物はといえば、これは破壊衝動をそのまま具現化したかのような彫刻や彫像の類であり、これを見る者に安らぎや感動を与える気など皆無であることがうかがえた。
およそあらゆる建築法を無視し、魔性の技によって造り上げられたこの城こそは、魔城ガーデム。
魔界における最大の建築物であり、魔人たちの力を象徴する存在であった。
この城に住まう者はといえば、これすなわち魔人軍に所属する者たちであることを意味する。
最も多数を占めるのは大将軍旗下のキルゴブリンたちであり、下級兵である彼らは城内兵舎にて集団生活を送っていた。
だが、獣烈将や幽鬼将が引き立てる魔人戦士ともなれば待遇は大きく異なる。
彼らは魔界でも屈指の強者たちであり、言わば軍隊における士官にも相当する存在なのだ。
ゆえに、彼ら魔人戦士は一人一人が城内に個室をあてがわられており、今は日々その力と能力を研ぎ澄ませながら地上侵攻の尖兵となる日を待ちわびていた。
女性でありながら幽鬼将ルスカにその実力を認められた魔人戦士ブロゴーンもまた、その一人である。
「う……く……ぐす……」
だが、彼女の胸を満たしているのは地上侵攻に向けた戦意と闘志ではない。
ただただ、深い悲しみだけがさざ波のように繰り返し去来していた。
「どうして……どうしてなのです……」
問いかけに答える者はいなく……。
魔界では常に天空で轟く稲光が、窓越しに女魔人の姿を照らした。
――まるで彫像のような。
……一見して、そのような感想を抱く姿である。
青銅色の肌は生物が宿すべき生気を一切感じさせず、ただ城内に立っていたなら美術品の一つとして認識されるであろう。
最も、美しく整った目鼻立ちは魔界の美的価値観からは大きく離れたものではあるが……。
瞳に至るまでが青銅一色に染まっている女魔人が、唯一生命を感じさせるのが腰にまで届く長い髪だ。
否、長い髪に見えるそれは……無数の蛇である。
青く光り輝く鱗を供えた無数の蛇が、ブロゴーンの頭から直接生えてうごめいているのだ。
「どうして私を置いて行ってしまったのです……」
遥か遠き場所へ届くことを願いながら、ブロゴーンが独白を続ける。
「ミネラゴレム様……!」
次に口から出たのは、獣烈将配下の鉱物魔人が名であった。
目を閉じれば、その姿が鮮明に思い浮かぶ。
まるで、種々様々な鉱物が結集し人の姿となったかのような、きらめきの化身と呼ぶべき姿……。
――ブロゴーン。
次いで、最後に彼がくれた言葉も思い起こされた。
――この戦いが終わったら、その時はオレと。
続く言葉を、その時彼はくれなかった。
だが、体温など宿るはずもない鉱物の体からは確かに情愛の熱を感じられたのである。
それはいかなる愛の言葉にも勝る告白として、ブロゴーンの胸を打ち抜いたのだ。
そしてもう、続く言葉をもらう機会は永遠にない。
何故ならば、彼はもうこの世にいないのだから……。
栄えある地上侵攻の一番槍として抜擢されたミネラゴレムは、新たに召喚された勇者の手により名誉の戦死を遂げたのである。
「おのれ……」
主の
同時に、再び稲光がひらめく。
それは闇を切り裂き、照明一つ存在せぬ室内の様子を
その光景の、何と恐ろしいことだろうか……。
ブロゴーンの私室に居たのは、彼女のみならず無数の住民たちである。
キルゴブリンを始めとする種々様々な魔人の他に、魔界で生きる猛獣たちの姿もあった。
そして、そのどれもが……完全に静止し身じろぎ一つしないのだ。
恐怖に震えた顔で、背後を向き逃げ出そうとする者がいる……。
あるいは、訳も分からぬ様子でただ立っているだけの者もいた……。
牙を剥き襲いかかろうとしている獣などは、殺気全身に満ち満ちた姿である。
そのような
ブロゴーンの私室に同居する住民らは、いずれもが全身を青銅と化した、ブロンズ像だったのである。
「おのれ……ブラックホッパー!」
ブロゴーンが、恋人の仇たる勇者の名を口に出す。
まだ見ぬ怨敵への呪詛に頭部の蛇らが反応し、その瞳に怪しき輝きを宿した。
見るからに禍々しい魔力の込められしそれこそは、ブロゴーンが誇る能力の表れ……。
「ミネラゴレム様……!
あなたの仇は、このブロゴーンがきっと討ちまする……!」
もはや成就せぬ恋心を原動力とし、女魔人が復讐の炎を胸に宿す。
勇者よ……知るがいい……!
この世で最も恐ろしいもの――それは女の情念なのだ。
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