1章

第4話 解放者、そしてその後

 斬られた腹と背中が酷く痛む、逃げるのにも精いっぱいだった。

 《盗賊スキル:超加速ハイスピード》はその単純さとは裏腹に消費する体力が異常である、まぁ常人には考えられない程の速さで長距離を走るのだから、当然と言えば当然なのだが。


「あの人達、周りの事見えなさすぎでしょ」


 息を切らし、自分の隠れ家へとたどり着く。王都から少し離れた小さなロッジ、空き家になっていた所を私が勝手に使っている。外の様子も窓から眺める事が出来るので、暫くは安全だろうと安堵する。

 腰につけた勇者の剣を鞘から取り出すと、窓から差し込む閃光によって付けられた魔法石がきらりと輝く。


「良い値打ちがつきそうだね。北の方の帝都に大きな家建てれるくらいにはなりそうだけど…。ま、今の生活で十分だしそれは無しだね」


 妄想は止まらない、がそのどれもが贅沢な物に行きついてしまい躊躇う自分がいる。贅沢な生活をするという事はつまり他の人から見たら裕福な貴族と同じように観られてしまう、それはかなり嫌な気分になる。

 かといって、この剣を売ったとして得られる金も今の生活だけで捌ける気がしない。どうした物か…。


「ふぅ…ん?」


 ふと気づく。盗んだ勇者の剣が微かに光を放っている。別に魔力を送り込んでいるわけでも、何かスイッチのような物を押したわけでもない、ただ剣が何の前触れもなく光出したのだ。


「何? 爆発!?」


 盗まれたときの対策だろうか? いやそんな筈はない。だったら偽物を持ち歩いた方が断然いい。

 じゃぁこれは何か? 距離をとった私は期待と不安でいっぱいになっていた。

 ……暫くすると。


「……ゃ、……り……う」

「ん?」

「いやぁ、どうもありがとう! あの男から僕を離してくれた事を!」

「…喋った!? 何、魔物!?」

「魔物ではない! 勇者の剣だ!」


 いやいやいや、理解が追い付かないよ。勇者の剣が光出したのはまだいい、そういう魔力が込められているかもしれないからだ。

 でも喋るというのはいくら何でもおかしい、馬鹿げている。


「…傷の痛みで私頭おかしくなっちゃった?」

「現実だ! 現実!!」

「現実…?」

「そう現実だ。君はあのクソみたいな勇者から僕を引き離してくれた、すごい感謝している」

「酷い言われようだね…まぁアレを見たら否定できなくなったけど。…で、なんで勇者の剣は喋るの?」

「話すとちと長くなるが…」


 長い話を要約すると、勇者の剣というのはかつて昔、魔王を討ち果たした勇者が後世にて魔王と同等の力を持つ者が現れた時の為、自分の持つ剣に力と魔力、そして魂を吸収し、神聖なる地の台座に納められたという。

 …ん、それってつまり。


「あなた、もしかして初代の勇者!?」

「あぁそうだ。今はこうして勇者の剣となり、代々勇者の力となっているというわけだ。まぁ、今回の勇者たちはあの調子だが…」

「う、うん、そうなんだ…」


 盗賊であり、しかもその勇者の剣を盗んだ私にそんな話をされても意味がわからないのだが。

 というか、こいつは私が盗賊であるというのを知っているのだろうか?


「ねぇ、一応言うけど、私盗賊だよ? 離してくれたって言うけど、私はただ勇者の剣を盗んだだけで…」

「え? 勇者から盗み出したっていうのかい? 相当な技量じゃないか。やはり…ふむ、そういうことか」

「あの?」

「よし決まりだ! 君、魔王討伐に興味ないか? 君こそ次なる僕の担い手に相応しい!」

「え? ええ??」


 突然言われた魔王討伐のお願いに戸惑う。元々母への金の為に盗んだからであって、そんな使命を担う為に盗み出した訳ではない。

 そもそも私にそんな資格がある筈がない。


「実はな魔王討伐というのは、誰でも行えるというわけではない」

「それは誰でもわかると思うけれど…」

「勇者の天職を持つ者…そしてそれ以外に『天職の解放者』という力を持った者だけが成せる所業なのだ」

「か、解放者?」

「与えられた天職の力の限界を越えられる者、それが『天職の解放者』だ。君も、勇者パーティにあっているだろう?」

「…まさか、あの魔術師達と闘士も?」

「そういうことだ。そして私は、人を見ただけでその者が解放者かどうかが分かる力を持つ。つまり君だ、君は盗賊の解放者という事になる」

「私が?」


 天職の限界、それは即ち成長の限界という事だろうか?

 確かに他の盗賊より敏捷性に富んでいたが、もしかしてそれが恩恵と言える者か、勇者パーティーの猛攻をギリギリながら避け続けられたのも。


「…私にそんな力が」

「うむ。して、どうだ? 魔王討伐の件は」

「うん、とりあえず貴方を売って母にお金送っていつもの生活に戻ろうかな?」

「心は優しいけど僕の扱いが酷い!!」



 ★



 一方王都では、既に勇者の剣が盗み出された事で大騒ぎとなっていた。

 盗んだ者を捕らえた者にはそれなりの報酬が出る、というお決まりの文句まで配られ冒険者たちの中には既に探しにいく者すらも現れる程であった。

 そして王城の中は、既に一連の騒動についての会議が行われており、勇者たちもそれに同席していた。

 その最中でも、勇者ジャックは苛立ちを隠しきれずにいた。


「そういうわけだ。勇者の剣を取り戻し次第、魔王討伐の再開といこうか」

「ッチ…わかった」


 会議が終わり、ジャックは扉を蹴り開け、会議室を後にする。他の勇者パーティも呆れながらそれについていく。

 苛立ちを募らせるのは当然だろう、勇者という全天職の頂点にいる自分でありながら、下級天職である盗賊敗北を喫したのだから。


「…クソが!」


 ドンッ。

 怒り全てを込めた拳を城の壁に突きつける。その音は下の階層にまで響き渡った。

 やりすぎたと感じたのか、顔は少し正気に戻るが、それでも苛立ちが消える事はなかった。


「この俺が…勇者である俺が、あんな奴に負けるだと?」

「…悔しいのはわかるが、奴の俊敏さも伊達ではなかった。そこは褒め称える所だろうか?」

「黙れ!」


 闘士の解放者であるギデオンはそのセリフにビクッとなる。黒魔術師のメルディも勇者と同じく苛立ちこそあるが、顔には出すまいと必死になっている。


「勇者様…ここは少し落ち着かれては?」

「白魔術師風情が俺に指図するな」

「っ」

「…消してやる。ただ奪い返すだけでは足りない」


 プライドが高い勇者に今かける言葉など、誰も思いつかなかった。

 それだけ言い残した勇者は拳を握り、一人先に部屋へと戻る。勇者パーティはそれぞれ思う所がありつつもそれを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る