第62話 男の子の名前
だが、男の子との出会いはこれで終わらなかった。翌日の昼間、ビルが休憩のために食堂へ入っていくと、どうよじ登ったのか、短い足をぶらぶらさせながら待ち構えていたのである。
男の子は机をバンバンと叩き、目を輝かせている。今すぐスープを持って来いと言わんばかりだ。ここに来れば食べ物を得られると思っているのか。
「ボウズ、昨日のは特別なんだ。そんなに待っても出せねえぞ」
ビルが呆れ顔で言うと、男の子は頬を膨らませ、椅子の脚を蹴った。
「でも、あるんだろ、あの辺にあるんだろ」
男の子が椅子から飛び降りてぐつぐつ煮えている鍋に近づこうとする。慌てて彼を抱きあげた。男の子はなお、腕を伸ばして近づこうとする。
「ずるいぞ」
「あれは熱いんだ。危ねえだろ」
「お前だけで食べるんだ。ずるいー」
「他にも食う奴がいるんだよ。少ないからお前の分はない。大体こんな真っ昼間にやってきてよお。お、そうだ。お前、名前は何だ?」
ビルの腕の中で、せわしなく動いていた足の動きが止まる。
「なまえ、なまえ……何それ」
ビルの顔は上にあるのに、横を向いて尋ねる男の子。
「何と呼ばれているんだ、いつも」
不愉快に思いながらも聞かれたことに答える。
「ああ、そっか。じゃあえっとね、ライリー」
「ライリー。うん。良い名前だな。親はどうした?」
ライリーは目をぱちくりさせている。その時、貧民街から来た子だったことを思い出した。
「ああ、言いたくなければ別に良いぜ」
急いで言い繕ったが、泣き出したり、明らかな嫌悪を見せたりはしなかった。だが、やはり横を向いて、
「オヤって?」
とビルに聞こえるか聞こえないか位の小さな声で尋ねる。ビルは何も話していないのに相づちまで打っている。
ビルの疑念は確信に変わりつつあった。この子どもは何か変だ。
「うん。いないよ。オヤ、いない」
ビルが疑いの目を向けていることも知らず、あっけらかんとした声で答える男の子。予想通りではあったが、別の意味で不安な気持ちになった。
親を亡くしたショックで幻を見ているのかもしれない。一見元気そうだが、実は相当苦しんでいるのだとしたら、この先生きていけないだろう。
それに、今追い返したところでまた食べ物を求めてやってくる事は明らか。ちょっとした老婆心を起こしたビルは、一回祭司様達に彼を見せにいこうと決めた。子どもだが話を聞いてやれば多少楽になるだろう。
「飯の前に、ちょっと出かけるか」
「めしー」
恨めしそうに喚くライリーに構わず、彼は食堂を出て、礼拝堂を目指す。だがその時、食堂に人が入ってきて危うくぶつかるところであった。そこには、祓魔師のアリシアがいた。
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