第25話 大祭司様とマルク・ファルベル その4


 その夜は、食事もあまり喉を通らなくて、心配してくれた皆が早めに寝室へ連れて行ってくれたけれど、全然眠れなくて、そうこうしている内に夜が明けてしまった。ただ、朝には少し落ち着いて、普通にスープが飲めるようになっていた。


「マルク君。大丈夫かい? 歩いて帰れる?」

「ご迷惑おかけしました。一晩寝たら楽になったので大丈夫です」


「それは良かった。無理しないでね。君達、辛そうにしてたら荷物もってあげな」


 エヴァンス氏の気遣いがありがたいを通り越して辛い。


「じゃあ、そのマントを持ってやる」


「よりにもよってなんでこれなんですか先輩」


「だって、肩が重いって言ってただろ」


「羽織りたいだけですよね」


「寒いんだよ、良いだろ少しくらい」


「まあ、別に、貸しても良いですけど」


「こら、ライリー」


 ぴしゃりと怒鳴られた彼は耳を塞ぐような仕草をする。幼い頃から一緒にいると聞いたせいか、親子みたいでほほえましい。


「じゃあ、行くね。アリシアさんのこれからに幸あらんことを」


 と、言いながらアシュリーはエヴァンス氏の手を取り手の甲にキスをした。


「今度はあたしが遊びに行くからさ。ベンにもよろしく言っといて」


 ベン? 誰だっけ……。今、礼拝所に残っているのは祭司様1人だけだから、祭司様のことか。お名前を知らなかったなんて。なんて失礼なことを。


 一瞬だが、昨晩ずっと思い悩んでいたことが吹っ飛ぶくらいの衝撃だった。多分皆は気づいていない。何も言わず知っていた事にしよう。


「そうそう、昨日言い忘れた事があったんだ」

「何?」

「収穫祭の前後は霊が留まりやすいって事は知っているよね?」


 いつかの夜、森を、河を小さな光が覆っていた光景を思い出す。誰かが言っていた。最近は魂を送りきることができないと。


「実際、霊の力が強まっている事例が何件かあるらしい」

「師匠……なんで早く言わないんだよ」


「言うべきか迷ってたんだ。あたしは、誰かが無理矢理力を強めているんじゃないかって睨んでいるんだよ。はっきり言って、そっちの街にはいるからね。できそうな奴。だから気をつけな」


 意図的に霊の力を強める術がある、それを行使可能な人物がブラッドリーにいる。それって、大変な事ではないか。誰かが大祭司様に悪意を持って、霊を利用している……絶対に許せない所業。僕は、僕達は、最悪黒幕と戦わなくてはならないのだ。


「できそうな人、か。思ったより厄介なことになってきたねえ」


「絶対にどうにかしましょう。僕にできる事があれば、しますから、まずは、大祭司様に会う所から」


「おう、頑張ろうぜ」


 自信なさげにしていたライリーが大きく頷く。祓魔師達がやる気を出してくれてとても心強い。正直、不安だった。2人は本来、何もしなくても良い立場なのだから。


 それから暫くして、大祭司様にもう一度会う約束を取りつける事ができた。


「流石にこちらが出向く形になってしまったが、くれぐれも失礼の無いようにな。できるだけ内密に済ませるために、夜に来て欲しいという事だ。夜盗にも注意したまえ」


「かしこまりました」

「なんか大変そうだな」

「こっちが行くのかー……あんまり気のりしないけどね」


 以前、旧市街で辛い思いをしてきたアシュリーにとっては、近寄りたくない場所だろう。だがこれ以上無理を言うことはできない。1週間後出かける事となった。

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