第11話 悪魔を連れた魔女 その5
モモは、持っていた道具を落とし、ぷるぷると体を震わせた。そして、服のあちらこちらを探り、鷹の羽飾りを取り出した。それを握りしめ、祈りの言葉を唱える。
「てんにおわすかみがみよ、われらがつみをゆるしたまえ
えいゆうよ、おりたちしちにしゅくふくをあたえたまえ」
「どうしたんだ? あの人」
ライリーが怪訝な顔をする。彼は、モモと会うのは初めてだ。後ろに隠れていた人はモモの豹変ぶりに動揺している様だ。その人はおもむろにモモの前に出る。
僕達がモモを怖がらせたと解釈したのか、警戒しているのか、モモを庇うように手を伸ばし、僕達の方をキッと睨み付けた。元々目が細く、目の下に薄いクマができており、夕日が赤い右目を際立たせていて、背筋が凍り付きそうなほど怖い目つきをしていた。
「あの、私達、謝りたい事があって来たんだけど……」
謝罪の品を差し出しながら、アシュリーが声を掛ける。心なしか彼の声も震えていた。ローブの人は睨み付けたままで、モモは余り聞いていないのか、何かぶつぶつ言っている。
「あの、リンちゃんは、リンちゃん、魔法、使います。でも、悪くないです。彼女、焼かないで、お願い。私の友達、お願い……」
「ああ、そういうことかあ」
その言葉を聞いて、僕は漸く何故、モモが魔女の友人でありながら自身を魔女だと名乗り、頑なに合わせようとしなかったのか、分かったような気がした。
今でこそ、魔法の有用性が認められ、物資の輸送、下水、防衛、芸術、生活の様々な分野で魔法が使われるようになってきた。しかし、昔は魔法使いの数はもっと少なく、現在でも議論が行われているのだが、その性質上、魔法使いは悪魔信奉者であり、人々を惑わす者とされていた。
その為、魔女と呼ばれる魔法使い達を裁判にかけ、火あぶりの刑に処す魔女狩りが行われていた。盛んに行われていた時期では、魔法を使わないにも関わらず、疑われ、処刑された人もいるらしい。処刑を主に執り行っていたのは、礼拝所だ。
現在でも、地域や世代によっては魔法使いが差別に遭っているそうだ。僕が前いた所も、保守的な地域で、魔法使いはあまり歓迎されていなかった。そして、モモは魔女狩りの事を何処かで聞いた事があったのだろう。
「モモさんは、友人が僕達に捕まって、火あぶりにされてしまうんじゃないかって思っていたのですね」
鷹の羽根飾りを握りしめ、一生懸命覚えたであろうお祈りの言葉を呟いていたのは、異教徒ではないことを示す為、初めて出会ったとき魔女と名乗ったのは、きっと、最悪自分が身代わりになろうと考えたからではなかろうか。全て、友人を思うが故の行動だったのだ。
その結果、魔女=吸血鬼説やモモさんが魔女に脅されているという仮説が飛び交い、アシュリーがモモに事情を聞くため足繁く通った結果、アシュリーと仲良くしていると勘違いした人に、モモは嫌がらせを受けそうになり、それを見つけた彼女の同居人に僕達は怒られ、やっと見つけた『魔女』には睨まれた。僕達には殆ど良いことが無かったのだが、彼女の友人を思う気持ちには拍手を送りたい。同居人は見習うべきである。
「あー、そっか。モモちゃん。大丈夫だよ。友達を捕まえたりしないから。会ってみたかっただけなんだ。とにかく怖がらせちゃってごめんね」
彼女は尚、怯えている。この前、僕が話した時も、首を傾げてミックから何か聞いていたような。そして、彼女は異国から来たばかりで話す言葉もたどたどしい。
「兄さん、モモさん、話分かってないのかもしれません」
「私達、なりたい、トモダチ、君達と」
随分雑だ。そして、いつ友人になるという話になったんだ。しかし、それを聞いたモモは、漸く安心したようだ。ふうーと息を吐き、へなへなと座り込む。ローブを着た女性(短い髪のせいか、服のせいか、モモが彼女と言うまで、女性だと気づかなかった。『魔女』なのだから当然女性なのだが)もしゃがんでモモの背中をさする。
「あのさー。もう一回名前教えてくれる?」
ライリーが女性に近づいて尋ねる。女性は、慌ててモモの後ろに隠れる。かなりの人見知りみたいだ。
「名前は、リンです」
「アンタが答えるのかよ。いいや。なーんだ、悪魔を連れた魔女ってリンの事だったのか。確かに魔法使いだもんな」
「ちょっと待って下さい先輩。『魔女』の正体知ってたんですか」
噂を聞いたときは知らないと言っていたではないか。早く教えてくれればこんなにも苦労する事なかったのに。
「リンは割と有名だぞ。引きこもりだけど強い魔法使いだって。だけど会ったことないし、悪魔連れてるとか、目を見ると動けないとか、余計な情報が入ってて『魔女』の噂と全然結びつかなかった。ごめん。人嫌いだって話なら聞いてたけど」
「リンちゃん、人嫌い違います。彼女は眩しい、と人混み嫌いです」
少なくとも、人嫌いという言葉は聞こえたのか、モモが余りフォローになっていない擁護をする。
眩しい所と人混みが苦手だから、夜に外出する、見るとリンの肌は、南の国出身のモモや、自分達よりも白い。リンの左目は黒いが、前髪で隠れている右目は赤かった。そして、あれほど嫌悪感に満ちた目つきで睨まれたら、怯む人もいるだろう。噂はおおむね当たっていたということだ。
問題は、悪魔を連れている、という部分である。
「ねえ、リンちゃん、君は見える人?」
アシュリーがリンに近づく。リンはかぶりを振った。悪魔を連れているのに、見えていないのか、意外だ。
「じゃあ、君の傍にナニカがいることには、気づいてる?」
リンがうなずいた、と思った矢先、彼女は気を失った様にモモの背中へ倒れ込んだ。
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