『コンテイナマズ』

沼蛙 ぽッチ

No.1

 二段ベッドの下。

(この部屋の窓、大き過ぎやしないか。)

 大量に降り注ぐ朝日のせいで、目覚めた直ぐは身体が重い。すっかり物置にされた二段ベッドの上階を見てうんざりした。ベッドの柵に掛けたハンガーから外したセーラー服に袖を通す。しんどくても、今日も学校へ行かなければならない。


 家の中は静かだった。思ったよりも、早く目が覚めてしまったみたいだ。農家育ちの母は目覚めるのが早い。起きた直ぐは、庭で家庭菜園をするのが日課だ。父も母の影響で、同じ様に庭に出ているのだろう。

 まだ学校へ行くには、時間があるみたいだ。私も庭に出て行くことにした。朝の澄んだ空気を肺に入れたかった。階段を下りていつもの運動靴に履き替えた。


 外に出ると土の香りがとても清々しかった。なんせここは住宅地といっても田舎なのだ。家の裏には田んぼもあるし、近所には湧き水で出来た池もある。

 土地を掘れば、貝塚やら土器の欠片が直ぐ出てくるものだから、昔ここは邪馬台国だったんじゃないかという噂もある。


 庭で両親の姿を見た。首からタオルをかけている。父は腰に手をあてて作物の様子を見ている。母は慣れた手際で鍬を奮って峰を作って行った。

(今度は何の野菜を植えるのだろう。)

 私の姿を見るや否や、そうしたら朝ごはんを作ろうかと、持っていた鍬を塀に立て掛けた。


 ふと地面を見ると一部だけ沼と化している所があった。すると、その沼は生き物の様に移動するではないか。

 いや、沼の中に何か生き物が居てそれが動力となっているみたいだ。

 私は、初めて見る光景に後退りをした。


 田舎では度々珍しい生き物が見られる時がある。地元の新聞にはよく新種の生き物が発見されたという記事を見る。

 幼少期、用水路で捕まえた虹色のヒレを持つ魚を思い出した。

 色素の抜けた白いアマガエルが庭に居たと、父が携帯で写真を送ってきたこともあった。

 狸だと思われる動物も一度だけ見たこともある。外出をして帰ってくると、家の玄関近くにそれは居た。確信が持てないのは、ふくふくとした誰しもがイメージする狸では無かったからだ。まだ冬毛では無いからか身体は細かった。鼻がツンと細く、目の回りが黒い毛だから狸だったと思う。目があったと思うと、足音もさせずに一瞬のうちに姿を眩ました。


 だから、私がまだ見たことも無い生物が出たとしても不思議ではない気がするのだ。


 私は地面がアスファルトになっている場所まで移動した。

(土でなければ、此方へ移動出来まい。)

 しかし、その沼は地面が土であろうが人口のものであろうが関係なく融解していった。


 その沼から、生き物の頭部だけ出てきた。やはり、中にいた奴がこの沼を動かしていたのだ。

「これはコンテイナマズじゃ。」と、物知りな父が言った。


 ナマズという割りには髭みたいなものは無い。朝日で銀色に光るその生き物は、太刀魚の様に見えた。


 頭の側面を此方に向けたそいつと目が合うと、私の足元へと近づいてきた。よく見ると、半開きにした口からは、ギザギザとした細かく鋭利な歯が見えた。すると、私の足に噛みつこうとしてきた。

「カマ持って来なきゃ、カマ!」と母は私を助ける為の農具を取りに行った。

 そうか。この動物は、畑を荒らす害獣なのかもしれないと思った。


 私は、そいつを踏みつけて噛まれない様がんばった。しかし、何度踏んでも避けられる。ちっとも逃げようともしない。靴で踏めるのは地面ばかり。噛まれないための攻防戦。そいつは素早くて、アスファルトを踏むゴム底の音が空しく響くだけだった。






 私は重い身体をもたげた。本当の目覚めを迎えた。壁に掛けられた時計は朝の11時を指していた。


 先ず私は大学生だ。中学時代のセーラー服を着るはずが無かった。二段ベッドではない寝室を出て、階段を下りていく。

 父と母が居間で談笑していた。そして、本来の二段ベッドを使う主である姉も居た。


 私は彼らに問いかけた。

「コンテイナマズって何?」

 元旦から3日程経った日の事だった。

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