最終章

進軍に向けて

 1938年も6月になり、半年近くが過ぎた。


 この数ヶ月、俺の周りは、俺も含めて慌ただしく過ぎ去った。

 数匹の終焉種討伐も行ったし、迷宮ダンジョンも3つばかり攻略してきたな。

 だけど一番大きかったのは、ヒルデの妊娠だろう。

 妊娠5ヶ月になり、お腹も少し目立ち始めたんだが、ヒルデの子はヴァンパイアになる可能性が高く、その場合はトラレンシア妖王として即位することにもなる。

 だからトラレンシア妖王家は大喜びだった。


 ただ現在のヒルデは、ソレムネ地方統制官という立場でもあるから、妊娠したことで仕事に支障が出るようにもなってしまった。

 この数年で治安はだいぶ回復したとはいえ、それでもソレムネ地方はまだ油断できない土地でもあるから、妊婦を向かわせるのは躊躇われる。

 なのでヒルデは出産して少し落ち着くまでは産休を取ることになり、部下の1人を代官に任命し、俺も統制官補佐という肩書で、時折訪れて執務を手伝うことになった。

 俺は数日に一度はデセオを訪れて代官から報告書を渡してもらい、それをヒルデに報告することで不都合の確認や問題点の洗い出しを行うから、今までよりは決定に時間がかかるが、現状ではこれしかないだろう。

 全くの別人を統制官にするっていう案もあったが、適任がいなかったから、仕方ないところもあるんだよな。


 子供達も、すくすくと育ってくれている。

 ものすごく可愛いんだが、長女のサキと長男のアスマがイヤイヤ期に入ってしまったようで、俺達はもちろん普段よく接してくれてるバトラーも困ることが増えてきてしまった。

 ユニーが姉代わりとして接してくれてることも助かってるが、それでもアルカは元々人手が少ないから、バトラーやコロポックル達の仕事が滞ることも多い。

 なのでアルカに常駐するバトラーも、5人増員したな。

 俺達は仕事で忙しく、迷宮ダンジョンに入ることも多いから、育児はバトラーの手を借りることが多い。

 だからこその増員だが、人選をどうするかは本当に悩んだな。

 増員した5人はフロートの三天家で契約したバトラーなんだが、バトラーズギルドからの評判も良く、子供の相手も慣れていたから、当人や屋敷のチーフ・バトラー、バトラーズギルドにアルカのバトラー達も交えて話し合いを行って、それでようやく決められたんだよ。

 引き抜いた形になるから、三天家の屋敷には新しくバトラーを雇っているが、もしかしたらアルカで働くことができるかもしれないと思ったバトラーのやる気は、かなり上がっている。

 やる気があって問題もないバトラーなら、それもアリだとは思ってるが、実際にどうするかは話が別だけどな。


 そのアルカでも、プリムの従魔フロライトの妊娠が確認された。

 ヒポグリフが従魔になったことは過去にもあるが、そのヒポグリフの妊娠が確認されたのは初めてのことなので、慌ててクラフターズギルド従魔部門に駆け込んだ覚えがある。

 クラフターズギルドにとっても興味深く、またスカラーズギルドにとっても有益な研究対象ってことで、どちらもとんでもなく高い倍率をくぐり抜けた育成師とスカラーが3人ずつ、フロライトの出産までアルカに滞在することも決まった。

 ただし、従魔の管理を担当しているコロポックルのノンノとアリスの指示に従うことが条件になっていて、従えないようなら強制退去も辞さないと脅してある。

 今のところは問題ないから、来年の春にはヒポグリフの仔も生まれることになると思う。


 更にアリスが契約しているシルケスト・クロウラーも、3匹がグランシルク・クロウラーへと進化してくれた。

 素材として流通している繭からは1反の織物を仕立てられるが、その量の繭を作るのは月に2度が限界らしい。

 だけど3匹が進化してくれているから、月に3反から6反は確保できるようになったのは大きく、特に女性陣は大喜びだった。

 なので半分はウイング・クレストに卸し、残り半分はアリスの好きにしてもいいという契約を、正式にアリスと交わしている。

 もちろんウイング・クレストへの卸値は、クラフターズギルドと同じかそれより上にしてあるぞ。


 そんな日々を過ごしつつ、今日は天樹城で行われる国際会議サミットへと参加する予定となっている。

 グラーディア大陸への進軍は7月に決定し、そのための最終調整に入っている段階だから、最高戦力となる俺の参加は必須となっているから仕方がない。

 なので今日は、俺、プリム、マナ、真子さんの4人でやってきた。

 真子さんは俺と一緒に刻印神器を使うから当然だし、プリムとマナも最高戦力の一角だからな。


「グラーディア大陸への進軍だが、出発は7月10日にしたいと思うが、皆の意見はどうだろうか?」

「その日とした根拠はなんなのですか?」

「既にリッターズギルドからの選出を終えており、ウイング・オブ・オーダー号の慣熟訓練任務に就いてもらっています。現在は試験航行中でアレグリア、トラレンシア、バレンティアの順に訪問中ですがが、空戦訓練も兼ねているため、6月末まで行う予定です。その後少しの休息を挟み進軍を開始しますが、諸準備はその期間に行います。進軍可能となるのは最速で7月7日の予定ですが、余裕をみて7月10日にさせていただきました」


 なるほど、既にそういう予定で動いているのか。

 ウイング・オブ・オーダー号の慣熟訓練はもちろん、ウイング・オブ・オーダー号を中心とした空戦訓練も必要だから、そのための期間を設けるのは当然の話だ。

 準備は今からも進めてるだろうが、ストレージ・バッグなんかがあってもウイング・オブ・オーダー号が無ければ搬入はできないから、本格的な準備は帰還してからってことなんだろう。

 戻ってきてすぐに進軍開始っていうのも士気が維持できないし、生きて帰ってくることができるかも分からないから、1週間ぐらいの休息を挟むのも必要なことだと思う。


「そういうことでしたら、異論はありません」

「同じく」

「従軍するリッターの選出は終わっているということですが、内訳はどうなっているのですか?」

「はい、セイバーズギルドからはハイセイバー200名、ドラグナーズギルドからハイドラグナー120名、ランサーズギルドからハイランサー170名、ソルジャーズギルドからハイソルジャー200名、ホーリナーズギルドからハイホーリナー30名が参加されます。我がオーダーズギルドからエンシェントオーダー30名とハイオーダー250名を選出し、僭越ながら私レックスがジェネラル・オーダーを務めさせて頂くことになりました」

「レックス卿は終焉種討伐の実績も持ち、レベルも90を超えているのだから、ジェネラル・オーダーを務めることに異論は無いか」


 現在のレックスさんはレベル94となり、ウイング・クレストを除くと最高レベルとなっている。

 2人の子供達も1歳になっていることもあり、子供達は両親に預け、奥さん達も参加することになったから、俺達と同様に最高戦力の一角も担っている。

 なので指揮官となるジェネラル・オーダーを務めるのは当然だし、これまでの実績もあるから、文句を言うような者はいない。


「従軍するリッターは合わせて1,000人ですが、ハンターはどうなっているのですか?」

「お答えします。今回参加するハンターは、ウイング・クレストを筆頭にホーリー・グレイブ、ファルコンズ・ビーク、リリー・ウィッシュ、フューリアス・レイディーのみとなっています。理由としまして、この5ユニオンは全員がハイクラスに進化しているため、フィリアス大陸に残すメンバーがいないことが挙げられます」


 今回従軍するハンターは、俺達ウイング・クレストも含めて5ユニオンのみだが、その理由はレックスさんが述べた通りだ。

 他のエンシェントハンターが在籍しているユニオンは多くのハイハンターを抱えているが、同時にノーマルハンターも数人いる。

 今回はグラーディア大陸という魔境へ向かうため、ハイクラスでも足が竦んでしまう可能性が高い。

 である以上、ノーマルクラスはただの足手纏いでしかないから、今回は最初から同行することを考慮していなかった。

 それに加えて、現在のフィリアス大陸は迷宮ダンジョン問題に加えて終焉種問題もあるから、多くのハンターを従軍させる訳にはいかない。

 そこで全員がハイクラスに進化しており、実力も実績も高いユニオンに限定することで、戦力の質を高めることになった。

 そのために選ばれたのがウイング・クレスト、ホーリー・グレイブ、ファルコンズ・ビーク、リリー・ウィッシュ、フューリアス・レイディーの5つのユニオンだ。

 まあフューリアス・レイディーは、半ば強引に同行することになったんだけどな。


「私の記憶が確かなら、フューリアス・レイディーはサユリ様、セルティナ様、ヒトミ様のユニオンだったはずだが、参加して頂くのか?」

「私達もお止めしたのですが、皆様確固たる意志をお持ちでしたので」


 レックスさんも言葉を濁すが、実際にそうだったからな。

 セルティナさんはカズシさんの、ヒトミさんはシンイチさんの子孫だし、サユリ様なんて俺達と同じ客人まれびとだから、3人とも神帝とは因縁があると言ってもいい。

 だからこそ強引に参加を捻じ込んできたんだが、だからこそラインハルト陛下もレックスさんも断り切れなかったんだよ。

 俺達も同じだから、気持ちはよく分かる。


「ああ、そういう事情か。確かにそれは止められんか」

「サユリ様とヒトミ様は、そのためにエンシェントクラスへと進化されたそうですから、尚更ですね」

「ああ。故に私が、条件付きで許可を出した」


 ラインハルト陛下の課した条件とは、自分やレックスさんの指示には従う事、神帝の相手は俺と真子さんだから、神帝を前にしても戦わない事などだが、御三方も自分達が叶わないことは理解してるから、二つ返事で承諾していた。

 因縁があるのは間違いないから恨み言ぐらいは口にするだろうけど、神帝はそれだけのことをしてるんだから、その程度のことは問題ない。


「なるほど。ではグラーディア大陸への進撃は、まっすぐに神帝の居城を目指すことに?」

「はい。当初の予定ではハンターも500人ほど同行していただき、後顧の憂いを断ちながら進軍する予定でした。ですが現状ではそれはできませんので、ウイング・オブ・オーダー号の機動力を活かし、まっすぐに神都アロガンシアを目指します」


 今回の作戦は、ウイング・オブ・オーダー号で一気に接近して神都アロガンシアにいる神帝を討つ、いわゆる電撃作戦で行われる。

 アロガンシア攻略に手間取れば、他の町や都市から援軍がやってくることになるリスクがあるが、アバリシア側の戦力は2年前のフィリアス大陸侵攻の際に、ハイクラスを大きく減らしてしまっている。

 魔化結晶も使っていたハイデーモンはエンシェントクラスに匹敵する戦力だったが、フィリアス大陸に派遣した戦力全てを失った以上、アバリシアの戦力は大きく減少しているだろう。

 もちろん楽観はできないし、最低でも同数はいるだろうという予想は立てているが、手間取るようなら神話級術式という超力業で何とかすることも検討されている。

 俺達頼りではあるが、相手が相手だからこれは別に構わない。

 そもそも神帝討伐が俺達頼りだから、今更の話でしかないしな。


「ある意味では、2年前に神帝が行った侵攻作戦の意趣返しになるか」

「はい、その意味も込めています」


 2年前の神帝も、コバルディアに立ち寄った後はまっすぐにフロートを攻めたかったはずだ。

 事前に察知できていたからそれは叶わなかったが、別の都市を狙われていたら危なかった。

 だから今回は、意趣返しも込めて俺達が行うことになっている。

 神帝は刻印術師優位論者でもあるため、刻印術師や生成者以外を見下しているから、ヘリオスオーブ人が空からの攻撃はもちろん、飛空艇の開発なんて夢にも思ってないだろう。

 それこそが神帝の弱点でもあるし、付け入るための大きな隙でもある。

 もちろんそれだけで神帝を倒すことはできないが、魔族達の動揺を誘うことはできるし、奇襲にもなるから半ば一方的に攻撃を仕掛けることも不可能じゃないと思う。

 ただ、あまり時間を掛けると神帝にも知られてしまう可能性があるから、作戦の延期は好ましくない。

 だからこそ、多少の無理を承知の上で、今回の電撃作戦は敢行される。

 この機会を逃せば、最悪の場合フィリアス大陸とグラーディア大陸の全面戦争になり、その結果ヘリオスオーブの滅亡っていう結果に繋がることもあり得るし、そうでなくても神帝が生きている以上、ヘリオスオーブの滅亡は確実だ。

 だから神帝には、仮を返す意味も込めて、今回の作戦で確実に死んでもらう。

 そのためには、俺も出来ることをするつもりだ。


 進軍開始まであと1ヶ月、決着をつけないとな。

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