レティセンシア地方開発計画

 マルソ・デシエルト伯国独立の話が終わると一度休憩を挟み、国際会議サミットは再開された。

 うん、実は俺とマナ、それからヴァルト獣公国公女としてプリムも、今回は出席してるんだ。

 何故なら今回の国際会議サミットでは、俺とマナに下賜される天爵領開発も議題に上がるからな。

 国際会議サミットの議題に上げる必要はないと思ってたんだが、天爵は天帝位継承権を有しているし、俺のフレイドランシア天爵領は学園都市として、マナのラピスラズライト天爵領は観光都市でありレティセンシア地方の中心として開発が進められる予定だから、各国の王達にとっても重要度が高いらしい。

 あとレティセンシア地方の開発は、ラピスラズライト天爵領を中心に順次行われる予定になっているから、ラピスラズライト天爵領の開発が始まらないと他の領地も開発ができない、というよりやりにくいんだそうだ。

 ラピスラズライト天爵領はベルンシュタイン伯爵領とも隣接するから、交通の要衝にもなるし、作業する人達の安全確保にもつながるし、何よりアミスターだけじゃ移民を募っても足りないから、各国にもお願いする予定になっていたりする。

 プリムはネージュさんが臨月ってことで動けないから、宰相と一緒に代理としてだな。


「お聞きしていた通り、フレイドランシア天爵領はオルデン島、ラピスラズライト天爵領はリネア渓谷北部からバリエナ湾一帯のままですか」

「天爵が治めるには狭いが、エスメラルダ天爵領のこともあるからな。領地で差をつけてしまえば、それが後々の禍根に繋がらんとも限らない。とはいえ立地の関係で、ラピスラズライト天爵領が最も広大になってしまうのは避けられないが」


 ラピスラズライト天爵領は、エスメラルダ天爵領やフレイドランシア天爵領より広くなる。

 倍とまではいかないが、1,5倍ぐらいはあるんじゃないかと思う。

 リネア渓谷の中央辺りがベルンシュタイン伯爵領との領境になる予定だが、そこからコバルディア周辺までをとなると、どうしても広くならざるを得ないからな。


「また少し遅れることになるが、ラピスラズライト天爵領北部のフォールハイト伯爵領、西部になるペルレシュタイン子爵領の開発も行う。その際には、各国で問題になっているスラムの住民を移民させることを考えている」


 フレイドランシア天爵領、ラピスラズライト天爵領、フォールハイト伯爵領、そしてペルレシュタイン子爵領への移民は、基本的に候補者を募る。

 だがそれだけじゃ、とてもじゃないが人数が足りない。

 建設のための人手もだが、その後の住民としてはもっとだ。

 人口的な問題もあるし、どうやって集めるのかっていうのが最大の問題だと言える。

 一応取り壊しが始まった、リベルター地方の旧橋上都市の住民を回してもらう予定になってはいるが、全員が開拓作業を希望する訳じゃなく、既に希望する国に移住している人達も少なくない。


 そこで目を付けたのが、アミスター以外の国にあるスラムの存在だ。

 トラレンシア妖都ベスティアのスラムは、ブリュンヒルド陛下の差配で、スラムの住民は全てベスティアから出ているが、それ以外の町には、国都を含めて大なり小なり存在している。

 特に多いのはバレンティア東部地方で、そこには落ちぶれた元竜騎士や元貴族なんかもいるっていう噂があるな。

 さすがにそういった輩を移住させる訳にはいかないが、それ以外の住民は募集をかけるば結構な数が移住してくれるんじゃないかと思う。

 各国としても、スラムが無くなる、あるいは縮小すれば治安が良くなるし、新しく開発を行うこともできるから、景気も良くなるだろう。


「まずは領都から、とのことですが、天爵領はともかく伯爵領はどこに建設するのですか?」

「伯爵領の領都についてはまだ決まっていないから、場所の選定から行うことになる」


 フレイドランシア天爵領領都はオルデン島、ラピスラズライト天爵領領都はサベル島に建設することが決まっている。

 だから都市計画さえできれば、すぐにでも建設作業に入ることができるんだが、フォールハイト伯爵領とペルレシュタイン子爵領は領都どころか廃墟の撤去作業から入らなければならない。

 と言っても廃墟の跡に新しい街を建設するっていうのはあり得ないから、盗賊とかの根城なんかにならないように、撤去は治安維持の一環になる。

 なにせレティセンシア地方の町や村は、全てが魔物によって滅ぼされてるから、いくらスラムの住民でも住みたいなんて思わないだろうからな。

 だから町や村は、全く新しい場所に建設することになるし、それに合わせて街道も新しく敷設する予定だ。

 とは言っても、まずは領都をどこに建設するかが決まらないと何にもできないから、しばらく両伯爵家の関係者は測量とかが最優先になるだろう。


「確かにレティセンシアの町や村を、そのまま使うのは無理ですね。色々な意味で」

「ですな。いくらスラムの住民達でも、住みたいとは思わないでしょう」

「ですが何もせず、朽ちるまま放置というのも悪手でしかありません。解体依頼は出されるのですよね?」

「無論だが、小さな村であっても、解体にはかなりの時間と人手を必要とする。だが人手不足な現状を鑑みてしまうと、解体作業どころか開発すら始められん。よって解体にはオーダーを派遣し、魔法で更地にしてもらうつもりだ」


 廃墟の解体をどうするのかと思っていたら、ラインハルト陛下がそんなことを言い出した。

 魔法で更地にってことは、一切合切まとめて吹き飛ばすってことになるんだが、なかなかの力技だな。

 だけど人手不足なのは事実だし、村規模ならともかく都市規模を完全解体しようと思ったら、人手どころか時間がいくらあっても足りず、口にされたように開発もいつまでたっても始められない。

 それなら力技であろうと、まとめて吹き飛ばして更地にしてしまった方が手っ取り早いし、何より新しい町や村を跡地に建てる訳じゃないから、少々地形が荒れても大した問題にはならないだろう。

 さすがにノーマルオーダーじゃ無理だから、派遣するとしたらハイオーダーかエンシェントオーダーになるが。

 フォールハイト伯爵領はレックスさんだけじゃなく、ローズマリーさんにミューズさん、サヤさんと4人もエンシェントオーダーがいるし、ミーナも出産したら手伝うだろうから、問題なのはペルレシュタイン子爵領をどうするかになるか。


 あ、ペルレシュタイン子爵家っていうのは、元グランド・オーダーズマスターで現アソシエイト・ランサーズマスターを務めているトールマンさんの孫の1人が叙爵してできた家だ。

 トールマンさんもそのお孫さんも、特に戦功を挙げたっていう訳じゃないんだが、トールマンさんは40年もの長きに渡ってグランド・オーダーズマスターを務め上げ、今はアソシエイト・ランサーズマスターとしてランサーズギルドに貢献している。

 その功績は大きく、ラインハルト陛下はトールマンさんに爵位を授与しようと考えていたんだが、トールマンさん本人はアソシエイト・ランサーズマスターを退くと同時にリッターズギルドからの引退も考えているそうで、爵位は辞退すると言っていた。

 ならばお子さんにっていう話になるんだが、トールマンさんの子供達どころか孫も独立している人が多いから、突然爵位を与えられても領地経営はできない。

 だからオーダーズギルドに所属していて、それでいてまだ25歳のお孫さんが叙爵することになったという訳だ。


「無理やり過ぎる気もしますが、跡地を再利用する予定はありませんし、早期に開発に入れるメリットを考えるとそれもアリですか」

「廃墟を盗賊や亜人がねぐらにしてしまうことを考えれば、その方が良いですね」

「建築基準を満たしていない建物も多いですし、残す理由もありませんしね」


 王達からも、特に反対意見は出ていない。

 それどころか国境が接しているヴァーゲンバッハ橋公国のカタリーナ橋公は、レティセンシアをこき下ろしているぐらいだ。

 というか知らなかったんだが、レティセンシアの建物って建築基準を満たしてないのが多いのか?

 さすがにこの場で聞くようなことじゃないが、後で聞いた話だと、建築基準はクラフターズギルドで明確に定義されていて、ソレムネ以外の全ての国では厳格に順守されていた。

 依頼者の予算次第では基準が下げられることもあるが、それでも基準に満たない建物は、担当したクラフターに厳罰が科されることにもなっている。

 ところがレティセンシアでは、クラフターはかなり蔑まれていて、報酬を値切るのはもちろん、踏み倒す奴も少なくなかったと聞く。

 だからレティセンシア国民でクラフター登録をする者は少なく、ほとんどのクラフターは他国から派遣されていた人達だった。

 だがそんな待遇では生活が出来ないし、何より不満やストレスが溜まるだけでしかないから、クラフターにとってレティセンシアへの派遣は、嫌がらせや罰則といった意味も強かったらしい。

 それもあってか、レティセンシアへ派遣されたクラフターもやる気がない者が多く、建築物どころか武具も最低基準すら下回る物が多く出回っていたんだとか。

 うん、そりゃやる気も出ないし、どっちかと言えばレティセンシア側の自業自得でしかないな。

 その派遣されたクラフターは、クラフターズギルドの撤退と同時に帰国して、元の生活に戻っているぞ。


「ではフォールハイト伯爵領の廃墟は、グランド・オーダーズマスター自らが撤去に動かれるのですか?」

「治めるのは彼の嫡男の予定だから、そうなるな」

「では問題となるのは、ペルレシュタイン子爵領ですか」

「そのペルレシュタイン子爵領の廃墟だが、こちらは調査も兼ねてエンシェントオーダーを数人とハイオーダーを派遣する予定だ」


 調査?

 いや、ペルレシュタイン子爵領となる地域は湿原地帯で、いくつか小さな湖があったぐらいしか特色が無いんじゃないっけ?

 そのうちの1つが、確か塩湖になっていて、重曹が採れたはずだ。

 レティセンシア地方は雨が多いから農作業には向かないが、重曹は特産品になるし、塩湖だから当然塩も採れる。

 塩は生活必需品だから重曹以上に特産品として売り込むことが出来るし、安定して取引することも可能だろう。

 だからこそ、トールマンさんのお孫さんが拝領することになったとも言える。

 だけどあの辺りどころか、去年辺りにエンシェントハンター達がレティセンシア地方全域の調査依頼を受けて、一通りの調査を終えていたはずだが?


「ですが陛下、あの辺りどころかレティセンシア地方は、ハンター達が調査を終えていたはずではありませんか?」


 そう思っていたのは俺だけではなく、リンゼ橋公が口に出した。


「その通りだが、魔物達がどう動くかは予想が出来ないし、新しい迷宮ダンジョンが生まれている可能性も否定できない」

「ふむ、確かに仰る通りですな。特に魔物は、どれほどの数が魔化結晶によって進化させされていたのかも分かっておりません」

「ええ。時間を考えれば、自然繁殖してしまっている可能性も低くはないわ。確かに開発の前に調査をしなければ、移民はもちろん作業員の安全も保障できないわね」


 そういえばそうだった。

 しかも魔化結晶で進化させられた魔物だけじゃなく、神帝がフィリアス大陸に上陸してしまったことで、魔物が進化しやすくなってしまったという事実もある。

 終焉種にさえ進化してしまった個体がいるし、異常種や災害種に進化してる魔物だって少なくない。

 である以上、調査はどれだけしてもし過ぎるということはないし、移民や作業員の安全にも気を配らないといけない。

 領都は建設と同時に結界で覆う予定だが、それも絶対じゃないからな。


 今回決まったのは、ラピスラズライト天爵領領都を結界で覆う日取りと、フォールハイト伯爵領並びにペルレシュタイン子爵領が領有する土地。

 そしてヴァーゲンバッハ橋公国までの廃墟撤去と街道整備、並びに調査だ。

 ペルレシュタイン子爵領からヴァーゲンバッハ橋公国の間には、あと3~5つぐらいの貴族領が開発される予定だが、こちらはペルレシュタイン子爵領の開発状況によって時期が決められることになる。

 ああ、だけどヴァーゲンバッハ橋公国と隣接する領地開発は、カタリーナ橋公やグランレーヴェのアイスリヒト橋公からも、できれば早めに進めてもらいたいって奏上されてたな。

 レティセンシア地方の魔物がどうなってるかが分からないし、場合によってはリベルター地方にも被害が出かねない話だから、調査と開発を同時に行うことで、被害を減らしたいんだろう。

 もっともな話だが、開発は本当に時間がかかるから、ラインハルト陛下も答えを濁すことになってたけどな。

 それでも調査を行うことは確約してたから、近いうちにオーダーが派遣されることになると思う。

 場合によっては俺達にも声がかかるかもしれないけど、今日の議題はこれでもまだ半分ぐらいだから、結果次第じゃそっちにっていう可能性もある。

 確か次の議題は、未攻略迷宮ダンジョンについて、だったな。

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