第3の小国
Side・ラインハルト
ネイルの報告は、私を含む全ての者に大きな衝撃を与えた。
だが何より驚いたのは、精霊魔法と隷属魔法の存在だ。
もっとも隷属魔法があることは分かっていたし、フィリアス大陸とは異なることも予想されていたんだが、精霊魔法は想定すらしていなかった。
その精霊魔法だが、残念ながら使い手は神帝によって全て召し上げられているため、詳細を調べることは出来なかったという。
それどころかグラーディア大陸の民でさえ、精霊魔法の存在を知らない者も多いようだ。
フィリアス大陸の精霊魔法は、授かった者が精霊と契約することで、その精霊の力を借りて対応している
だが精霊と契約することが難しいため、精霊魔法を授かった者全てが精霊と契約できている訳ではないし、相性が悪ければ契約が解除されることもあると聞く。
実際人間との契約は精霊にとっても進化というメリットがあるが、だからといって悪人と契約をする意義は見出せないようで、犯罪者は例外なく精霊側から契約を切られているな。
だが
おそらくでしかないが、グラーディア大陸の精霊魔法はこちらに近いのではないだろうか?
もっともこれは私の予想でしかないし、精霊魔法の使い手が神帝に召し上げられていることから調査も出来ない。
だからグラーディア大陸への進軍は、考え得る限りの全てを想定し、臨むべきだろう。
だが暫定的ではあるが夏に進軍することも決まり、リッターズギルドはそのための調整と参加する者を募ることとなった。
グラーディア大陸ではトラベリングが使えないことから、進軍にはウイング・オブ・オーダー号を使う。
定員は約2,000人程だが、いくつかのハンターズレイドも参加を希望していることから、従軍リッターは1,200人程を予定している。
オーダーズギルドから500人、他リッターズギルドから150~200人ずつぐらいになるだろうか。
ハンターは100人前後、多くても300人を超えることはないだろう。
懸念事項は多々あるが、フィリアス大陸へ攻めてきた戦力から考えると、絶望的な差が開くことはないと思われる。
だが、グラーディア大陸のことばかりを考えている訳にはいかない。
やるべき事、やらなければならない事は多々ある。
ユーリの卒業と同時に、大和君にオルデン島を、マナに旧コバルディア周囲を、そしてディアノス伯爵にバリエ山脈一帯を与えることもその1つだ。
とはいえ全て同時にというのは厳しいから、現在天帝家直轄領扱いとなっているオルデン島の開発は、大和君主導で進めてもらうことになるんだが。
そして開発とは違うが、ソレムネ地方3国目となる独立国についても、大きく時間を割くこととなった。
「では国名は、マルソ・デシエルト伯国で決定とする」
新しく独立するマルソ・デシエルト伯国は、ソレムネ地方最南端となり、フェブロ・レヒストレス侯国ともわずかだが国境を接する立地となる。
面倒ではあるが、国名は天帝からの下賜という扱いになっているため、私が考えなければならない。
公にはしていないが一応法則があり、
いずれ問題になるのは目に見えているので、公表はしていない。
「伯王として即位するのは、予定通りシェーデル・ヴァイデラント侯爵ですか?」
「いや、シェーデル侯爵は反乱を企てている事が発覚したため、即位は取りやめとなった。よってマルソ・デシエルト伯王には、第2候補であるゼンガー・ヴァイデラントに即位してもらう」
マルソ・デシエルト伯国はバリエンテ地方の玄関口となるため、フェブロ・レヒストレス侯国とは別の意味で交通の要衝となる。
そのため伯王となる者の選考にかなり難航していたのだが、元々プライア砂漠を含む南部一帯を統括していたヴァイデラント侯爵家は、それなりに善政を敷いていた。
従順とは言い難いが連邦法は順守しており、棄民に対する扱いもデセオやエネロ・イストリアス伯国に次いで改善されていたな。
スラムも縮小しており、海峡を挟んでヴァルト獣公国と隣接しているため、ギルド活動も盛んだという報告もある。
だからこそ現当主のシェーデル・ヴァイデラント侯爵を第1候補とし、彼にもそのことを伝えていたのだが、どうやらそれが彼の野心に火をつけてしまったようだ。
「反乱ですか?」
「ああ。グランド・ソルジャーズマスター、頼む」
「はっ。シェーデル・ヴァイデラント侯爵は即位後、隣接しているフェブロ・レヒストレス侯国へ私兵を派遣し、パメラ候王陛下のお身内を人質に取り、実権を握ろうと画策しておりました」
グランド・ソルジャーズマスター デルフィナの説明に、参加しているパメラ・レヒストレス候王が顔を顰める。
それも当然で、狙われたのは生まれたばかりの彼女の実子と夫、祖父に両親と、一族全てだったからな。
シェーデルは南部にほぼ引き籠っていたこともあってか、漏洩していないと思い込んでいたようが、オーダーズギルドもソルジャーズギルドも、その程度のことを調べるのは難しくないし、何よりシェーデルは新たな伯王の最有力候補なのだから、身辺調査を怠ることなどあり得ない。
その調査中に、新伯王となることがほぼ確定し、国土として示された地域がフェブロ・レヒストレス侯国と隣接していることで野心を持ち、パメラ候王の身内を誘拐し、己の意のままにしようと考えていたようだ。
取り調べはこれからだが、ソレムネ再興やフィリアス大陸支配すら画策していたかもしれないな。
「そのようなことが……」
「なるほど、だからこそ彼の従弟にあたるゼンガー殿が即位し、彼の子女が王位を継承することになったのですか」
その通りだ。
パメラ候王の身内を狙ったという事は、国家反逆罪が適用される。
この国家とはフェブロ・レヒストレス侯国ではなく、アミスター・フィリアス連邦天帝国のことを指す。
現在フィリアス大陸は、アミスター天帝国を筆頭とした連邦国家を形成している。
そのため連邦法が施行されているのだが、各国君主を害する場合についても明記されている。
害する者が自国民の場合は各国君主の裁量だが、他国民の場合は狙われた君主の他に天帝も裁判権を有するのだ。
国家反逆罪の場合、本人の極刑は確定しているが、他にも2親等内の親族も処罰の対象となる。
本来であれば従弟であるゼンガーも処罰の対象になるのだが、ヒアリングによる取り調べを行った結果、彼の母とシェーデルの父は仲が悪く、血縁関係はあれど親戚付き合いは一度としてなかったことが判明した。
そのため此度のシェーデルの計画も持ち掛けられず、彼もソルジャーの取り調べを受けて驚いていたそうだ。
それもあって彼の母を含めて無罪と判断し、身辺調査の結果も考慮した結果、元々第2候補だったこともあり、彼に伯王として即位してもらうことになったのだ。
本来ならば第3候補を立てるべきなのだが、実は第3候補以下は存在こそすれ、彼らを即位させるぐらいならば現状維持が望ましいという結論も出ているため、彼が即位しなければマルソ・デシエルト伯国の独立は立ち消えとなっていただろう。
「そうだ。彼の身辺調査についての結果は、こちらに記してある。それを踏まえた上で、彼の即位の是非を問いたい」
それもあって即位を決めたゼンガーだが、彼は本日の
理由は、まだ彼が正式に即位することが認められた訳では無く、候補でしかないからだ。
ソレムネ地方は12の小国として独立させる予定だが、現在独立しているのはエネロ・イストリアス伯国とフェブロ・レヒストレス侯国の2国のみ。
マルソ・デシエルト伯国の独立が承認されれば3国目となるが、そのためにはゼンガーの即位が必須となる。
「ふむ、これならば問題は無さそうですな」
「そうですね」
「1つ確認なのですが、そのゼンガー殿は爵位を得ているのですか?」
「ああ。ヴァイデラント侯爵家の分家として、子爵位を有している」
ソレムネの貴族制度は、アミスターとは異なっている。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵は共通しているが、他にも帝爵という爵位も存在していた。
確か公爵は帝爵家の、子爵は侯爵家の、そして男爵は伯爵家の分家という扱いだったか。
ソレムネの王位継承権は公爵家と帝爵家も有しているが、ソレムネ戦役において帝王家が滅んだことで野心を剥き出し、ソレムネ地方統制官であるヒルデの身を狙ってきたことも一度や二度ではない。
無論エンシェントヴァンパイアのヒルデが誑かされることは無いし、何より夫である大和君が黙ってる理由も無いから、公爵家と帝爵家は例外なく取り潰されているが。
ヴァイデラント侯爵家はソレムネ地方最南端を領有していたが、蒸気戦列艦の燃料となる木材の密輸や、当時のバリエンテ連合王国に対する工作を行っていた第2王子とは敵対関係に近かったようで、協力することはなかった。
ヴァイデラント侯爵家の領地はソレムネ最南端であり、現ヴァルト獣公国との国境である海峡は架けられていた巨大跳橋によって交易も行われており、利益を上げていたことも、第2王子と敵対することになった理由だろう。
だからこそ当主だったシェーデルは帝王家への忠誠心が低かったのだが、マルソ・デシエルト伯国のみならず隣国となるフェブロ・レヒストレス侯国の支配まで企んでしまったということは、彼も悪い意味でのソレムネ貴族だったのだと残念に思えてならない。
故に分家となるヴァイデラント子爵家当主ゼンガーに、新たに即位してもらうことになったのだ。
彼もヴァイデラント一族であることに違いはないため、身辺調査は彼自身に
「なるほど、でしたら問題はありませんな」
「少々思想が危ういですが、次期伯王となる彼の子息を彼の元から引き離して教育を行い、早期に即位してもらうことにすれば、その思想も封じ込められるでしょう」
「私もそうすべきだと思います」
王達の意見は、私も同感だ。
ゼンガー卿唯一の問題点は、ソレムネの民が全てにおいて優れているという思想に被れていることだ。
根拠は彼の治めていた町で製造されていた蒸気戦列艦の存在だが、その蒸気戦列艦もハイクラス数人で撃沈可能である以上、根拠は無いに等しい。
それもあってゼンガー卿は、ソレムネ至上主義とでも言うべき思想に懐疑的になってきているのだが、それでもソレムネ貴族にありがちな傲慢さは消えていない。
だからこそ彼は初代マルソ・デシエルト伯王として即位するが、彼が暴走しないようにお目付け役も派遣する予定だ。
即位期間も数年の予定で、後継もこちらで教育を行い、王達に認められた者が選ばれることになる。
同時にこの試みは、マルソ・デシエルト伯国を含む小国10国の独立のための試金石でもある。
どうなるかは分からないが、やってみなければ判断ができないのも間違いないため、今回の運びとなった。
ちなみに彼の3人の子息子女全てが不適格だった場合、残された彼の血縁者から新たに後継者を選び、教育を行う予定だ。
ゼンガー卿の子息は男子2人、女子1人となっているが、次男はまだ4歳だから、おそらくは大丈夫だと思うが。
ともかく、王達の賛同は得られた。
これによってマルソ・デシエルト伯国は独立が承認され、戴冠式も新年祝賀会で行われることも決まった。
お目付け役として派遣する監査官の任命もあるし、調整もまだ必要だが、これでソレムネ地方3国目の独立国となる。
エネロ・イストリアス伯国やフェブロ・レヒストレス侯国とは少し違う国となるが、どうなるかは独立しなければ分からない。
だが民達に被害が及ばないよう、私も知恵を絞らなければな。
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