ブライン山脈分断

「それじゃあ真子さん、行きましょうか」

「ええ」


 リベルター地方の放棄された橋上都市のことで少し話し込んでしまったが、当初の目的を達成するべく、俺と真子さんはウイング・バーストを纏い、飛空艇筐体を接続させた天樹製多機能獣車から飛び立った。


「いざやるとなると、緊張してくるなぁ」

「コバルディアで使った時より、精密な制御力が要求されるしね」


 それがマジで大変だ。

 今回トゥアハー・デ・ダナンを使うにあたり、威力に直結する出力は俺が、範囲は真子さんが制御を担当する。

 出力調整もミスると大変なことになるが、範囲制御の方が斜面形成や整地の問題もあって大変だ。

 俺より真子さんの方が制御力が高いし、アガート・ラムもデュアルコアってことで制御力が高いから、真子さんの方が適任なんだよ。


「最終確認終了。いつでもいいわよ」

「それじゃあやりましょうか」

「ええ!」


 最後に魔力確認と探索系術式を使い、現場に人がいないことを確認してから、真子さんが片翼状のアガート・ラムを背中から外して腕状に変形させ、俺はクラウ・ソラスを保持させた。


「「トゥアハー・デ・ダナン!」」


 そしてクラウ・ソラスとアガート・ラム最大の神話級術式の言霊を唱えた。


 その瞬間、アガート・ラムから翼が広がり、クラウ・ソラスの6つある刀身が光を放つ。

 同時にブライン山脈の対象地域に、細長い魔法陣が浮かび、光の柱が降り立った。

 だが、ほとんど一瞬でコバルディアを消滅させた術式だが、今回は威力はかなり落としている。

 その理由は、TNT換算で1ギガトン、もしかしたら1,2ギガトンぐらいあるかもしれないトゥアハー・デ・ダナンを全力で使ってしまったら、本当に一瞬で山肌が消滅し、大規模な地滑りや崖崩れなんかが発生するかもしれないし、地面も大きく抉れてしまい街道を敷くに向かなくなってしまう可能性が高いからだ。

 だから今回は、出力は10分の1程度にしておき、照射時間を長めにすることで真子さんが範囲制御を行いやすいようにしてみた。

 もちろん制御が厳しいようなら、更に出力を落とすことも出来るぞ。


「真子さん、どうですか?」

「今のところは大丈夫だけど、これ以上出力を上げるとちょっと追い付かなくなるわね。あ、でもあと20秒ぐらいしたら、出力を20分の1に落としてくれる?」

「了解です」


 真子さんの指示に従って出力を落とすが、20分の1でもTNT換算50メガトンぐらいあって、並の核兵器より威力が高い。

 そんな威力の術式の直撃を受けたらブライン山脈でも簡単に崩れるんだが、そこは真子さんが範囲調整を行ってくれてるから一気に削られることはなく、ドリルで掘り進むかのように削り取られていっている。


「ごめん、もう少し出力落としてくれる?」

「じゃあ30分の1ぐらいで?」

「50分の1でいいわ」

「了解。クラウ・ソラス、頼む」

「心得た」


 思ったより落とすことになったが、それでもTNT換算20メガトンぐらいは出てるだろうから、核兵器並の威力はありそうだ。


「アガート・ラム、そろそろ範囲を絞るわよ?」

「心得た」


 そして真子さんはアガート・ラムに指示を出し、トゥアハー・デ・ダナンの範囲を少し変更した。

 上から光の柱が降り立ったように見えるトゥアハー・デ・ダナンだが、そのままにしてたら周囲は平地になり、山肌は切り立った崖になってしまう。

 それだと崖崩れや地滑りを起こすことになるから、緩やかな斜面になるように範囲を調整してくれてるんだが、そのために真子さんは全ての制御力を回してるようで、額から汗が滲んできている。

 俺も手伝いたいが、アガート・ラムを生成した真子さんが完全に制御に集中してる以上、下手に手を出すと邪魔になってしまう。

 それに可能性は低いが、魔物の攻撃を受ける可能性もゼロじゃないんだから、周囲の警戒も怠る訳にはいかない。

 案の定、ブライン山脈から飛行可能な鳥型や虫型の魔物が俺と真子さんに向かってきてやがるからな。


「こっちは任せて!」

「頼んだ!」


 だがそんな時のために、みんなが控えてくれている。

 プリムやマナを始めとしたウイング・クレストのエンシェントクラスはもちろん、今回はラインハルト陛下にエリス妃殿下、マルカ妃殿下、シエル妃殿下もいるから、終焉種でもない限り俺達に攻撃を加えることはできないだろう。

 まあシエル妃殿下はまだ進化できてないから、獣車の上でフラムと一緒に援護に徹してくれてるが。


「ん?あれって……ノイズ・アナイアレイター!?」

「シケイダの災害種、それも2匹か!」

「こないだはいなかったから、この数日で進化したってこと!?」


 シケイダ種のM-Cランクモンスター ノイズ・アナイアレイターが複数かよ!

 シケイダ種は鳴き声も攻撃手段になるから、これはちょっと面倒だ!

 だが真子さんはもちろん俺も動けないから、ここはみんなに任せるしかない。


「させません!」

「ナイス結界よ、リディア!マナ!」

「任せて!」


 ところがノイズ・アナイアレイターの1匹は、リディアの結界魔法で動きを封じられ、そこにプリムとマナの積層魔法マルチプルマジックゲイラヴォルが命中し、頭部が吹き飛んだ。

 腹部は利用価値が高いから頭を狙ったってことなんだろうが、魔法の制御がしっかりできてるから、腹部は見事に無傷だな。


「ライ!今だよ!」

「分かっている!」


 そしてもう1匹のノイズ・アナイアレイターも、マルカ妃殿下が風属性魔法ウインドマジックで鳴き声を相殺し、エリス妃殿下が片側の翅を斬り裂き、ラインハルト陛下がグランド・ソードを使って頭部を落としていた。

 俺は確認できなかったが、フラムが言うにはシエル妃殿下も星球儀エレメンタル・タロットを使って、ファイア・ランスとアイス・ランスを同時に命中させていたらしい。


「こっちは終わったよ」

「こちらもです」

「さすがに早いな」

「厄介だったのは災害種のノイズ・アナイアレイターぐらいで、他は希少種が精々だったしね」


 制御に集中してたとはいえ、俺は周囲の警戒も担ってるから、プリム達が倒した魔物はだいたい確認している。

 確かにマルカ妃殿下の言う通り、一番厄介だったのはノイズ・アナイアレイターで、その次はG-Rランクのゲイル・バードやトライブレード・ビートル、マーセナリー・シケイダ辺りか。

 他にもいたが、元々ブライン山脈に生息してる魔物のモンスターズランクの平均がBランクだから、そこそこの数が襲い掛かってきてはいたが、プリム達の敵じゃなく、早々に叩き落とされてたな。

 プリムとマナはエレメントクラスだし、フラム、リディア、ルディア、アテナ、ラインハルト陛下、マルカ妃殿下はエンシェントクラス、エリス妃殿下もエンシェントクラスへの進化が目前だから、この結果は当然だ。

 ノーマルクラスのシエル妃殿下も、ハイクラスへの進化が見えてきてるって話だな。


「大和君、出力を100分の1に絞って」

「あ、了解です」


 魔物が襲い掛かってきてた間も黙々とトゥアハー・デ・ダナンの範囲制御を行っていた真子さんから、更に出力を絞るよう指示が来た。

 100分の1とはまた絞るなと思うが、よくよく考えたら、それでも10メガトンクラスの威力はあるんだよな。


「こんなものかしらね。大和君、止めるわよ」

「了解」


 お、どうやら終わったらしい。

 それじゃあ止めるとしよう。

 指示に従ってトゥアハー・デ・ダナンの発動を止めると、目の前には見事に南北に分断されたブライン山脈が目に映った。

 おお、思ってたより綺麗にできてるじゃないか。


「お~、思ってたよりなだらかになってるわね」

「細心の注意を払って範囲制御しましたからね。お疲れ様、アガート・ラム」

「このような制御は初故、我も少々疲れた」

「我は出力制御を担っていた故、アガート・ラム程疲労している訳では無いが、なかなか興味深い体験だった」

「サンキュー、クラウ・ソラス」


 刻印神器達にとっても、ここまでの制御はさすがに初めてだったようだ。

 まあ、どっちも疲れたとか口にしてるが、武器が疲れたってどういうことなのかが分からん。

 だけど大変だったのは俺も同じだし、帰ったらクラウ・ソラスには酒をたらふく飲ませてやろう。

 アガート・ラムも飲めない訳じゃないが、こっちは嗜む程度だし、それより本を読む方が好きみたいなんだよな。

 どうやって見てるのかは疑問だが、それを言ったら酒を飲む方が疑問だから、そこまで気にする事も既に無くなってるが。


「この後はエモシオンに向かい、テュルキス公爵に植林の依頼か?」

「はい。地面が剥き出しのままだと、地滑りや崖崩れが起きやすいですから。それにブライン山脈の山頂付近にはかしの木が、それも白樫しろかしがありましたから、それを植林してもらおうかと思っています」

「白樫か。それはいいな」


 ヘリオスオーブの樫は桜樹や扶桑に次ぐ高級木材で、平地ではなく山地に植生している。

 アミスターには山が多いから結構手に入れやすいんだが、樫にもランクがあり、白樫は最上級品だ。

 木材についてはあまり詳しくないが、確か黒が一番安価で、青、黄、赤、白の順に価値が高くなっていったはず。

 ただ高級木材ではあるんだが、最上級の白樫でも、ハイクラスの魔力にまでしか耐えられなかったと記憶している。

 だから俺達が使うことはほとんど無かったんだが、一般的には高級とはいえ人気木材でもあるから、入手方法が増えるのは悪い事じゃないだろう。

 ちなみに檜も高級木材だが、強度や硬度は樫の赤樫や白樫の方が上になる。

 だが檜は、寒さに弱く管理も難しい。

 しかも山地では育たないらしいから、アミスター南方のいくつかの貴族領が植林しているぐらいで、それ以外はバリエンテ地方に自生してるものを伐採するぐらいしか入手方法が無かったか。

 だから檜の植樹は、今回は見送っている。


「白樫だけだと問題になるかもしれないんで、赤樫あかかし黄樫こうかしも混ぜる予定です」

「価値が下がるかもしれないから、その方がいいわね」


 植樹には天嗣魔法グラントマジック天樹魔法を使ってもらうから、来年には木材として利用できるようになるが、今回開拓したブライン山脈の敷地はかなり広いから、全てに白樫を植えてしまうと白樫が暴落する可能性がある。

 白樫が暴落してしまうと、それより単価が下がる赤樫や黄樫なんかも値崩れを起こし、他の木材にも影響を及ぼしてしまうだろう。

 それを防ぐには赤樫と黄樫だけじゃなく、青樫あおかし黒樫くろかしも植えるようにした方が良い。

 植樹が上手くいったらの話ではあるが、成功したら経済的な影響は大きくなるからな。


「テュルキス公爵には、私からも書簡を送っておこう。まあ、新たな産業になる可能性があるんだから、悪いようにはしないだろうが」


 俺が拝領するフレイドランシア天爵領はオルデン島とそれに連なる小島2つのみで、ブライン山脈は含まれない。

 エスメラルダ天爵領も同様で、ブライン山脈が領境になっている。

 だからここはテュルキス公爵領内ってことになり、俺はラインハルト陛下とテュルキス公爵の許可をもらってブライン山脈開通工事を行った。

 もちろんブライン山脈に自生していた樫を、麓に植樹することも含めて伝えてある。

 植樹はフレイドランシア天爵領へとつながる街道整備の一環でもあるから、フレイドランシア天爵領開発費に計上されているんだが、テュルキス公爵としても新しい産業になるってことで、予備費から予算を割いてくれている。

 テュルキス公爵領にも桜樹園はあるから天樹魔法の使い手は多いから、人はすぐに集まるだろうとも言ってたな。

 樫を桜樹みたく管理するかどうかはまだ決めかねているそうだが、そこはお任せだ。

 俺にとっては、オルデン島へ繋がる街道整備の方が重要だからな。

 ああ、エモシオンに行ったら、クラフターズギルドに街道整備の依頼も出さないとだ。

 その後は、本格的にオルデン島の調査も行わないとな。

 開発は大変だが、これもフレイドランシア天爵を継ぐツバキのためだし、お父さんは頑張らないとな。

 もちろんサキやアスマにミズキ、ミーナのお腹の中の子のことも忘れてないぞ。

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