マタニティ・ヒーラー
Side・真子
プリムがツバキちゃんを、フラムがミズキちゃんを産んでから3日。
プリムの体調が優れないとはいえ、フレイドランシア天爵家とプラダの代官の跡取りが誕生したことは告知しないといけないから、一昨日はフィールとプラダで、昨日はフロートで告知したんだけど、すごい賑わいを見せていたわ。
特にフラムの故郷でもあるプラダは、本当にお祭り騒ぎだったわね。
私も少し顔を出したけど、もしかして私も出産したら、こんなことになるのかしら?
私は今日、フロートにあるヒーラーズギルド総本部を訪れている。
理由はプリムの出産についての報告と、昨日奏上に成功した新しい
簡単に報告はしてるんだけど、昨日一昨日はプリムの様子を看とかないといけなかったから、どうしても時間が取れなかったの。
特に一昨日なんて、プリムが熱を出しちゃったからね。
エンシェントクラスは病気にならないんだけど、出産で体力を使い果たしていたプリムは体の抵抗力も免疫力も落ちてたでしょうから、それが原因だと考えているわ。
そして同時に、エンシェントクラスでも著しく体力が低下してしまえば、病気になってしまうことも証明された。
魔力の方は分からないけど、こっちも同じだと思う。
幸い、昨日の昼頃には熱も下がってたし、
「簡単に報告は受けていたが、それほどの難産だったとはね……」
「私も焦りました」
「でしょうね」
グランド・ヒーラーズマスターのマスターズルームで、私はプリムの出産の様子を、グランド・ヒーラーズマスターを務めている妙齢の女性エルフ クラル・オルテンシアさんに事細かに報告している。
逆子で翼族っていうのは、ヒーラーズギルド設立以来初めてだったそうだけど、翼持つ種族のドラゴニュートにも稀にあり、アイラさんはそれを2度ほど取り上げたって聞いた。
あの時のアイラさんは、本当に頼りになったわ。
「破水してすぐに子供が、それも左足からとはな。逆子かどうかは生まれてくるまで分からないとはいえ、破水してからの時間も短すぎる。例が無い訳ではないが、非常に稀だ」
「しかも翼族で、出産中に翼ができるとはね。正直、よく母子共に無事出産できたものだと思うわ」
アソシエイト・ヒーラーズマスターの男性アルディリー ヘルツ・ロベアーさんとサユリ様も、眉間に皺を寄せている。
あの時は私もテンパってた上に必死だったけど、後から思い返すと、本当によく乗り切れたと思う。
特に翼ができてしまった時なんて、パニくる寸前だったもの。
もしアイラさんが来てくれなかったら、本当にどうなってたことか……。
「産婆、というかマタニティ・ヒーラーは少ないからね。取り上げるだけなら高ランクヒーラーでもできるけど、出産は何が起こるかわからないから、どうしても専門になりがちなのよ。地球でもそうだったでしょう?」
「ですね」
マタニティ・ヒーラーは、言わば産婦人科医になる。
ケガや病気のほとんどは
ただマタニティ・ヒーラーもメディック・ヒーラーも、ヒーラーズギルドの中ではそれぞれの役割に特化してる人達になり、それもあって人数はさほど多くはない。
フィールだと、マタニティ・ヒーラーは3人ぐらいで、メディック・ヒーラーは2人だったかしら?
それもあって、私はマタニティ・ヒーラーの勉強もしてるんだけど、プリムの出産ではそれが功を奏したとも言えるかしらね。
ちなみに、なぜマタニティ・ヒーラーが産婆と呼ばれているかだけど、出産は緊急性も高いし、想定外の事態も起こりやすい。
その時に、いちいちマタニティ・ヒーラーって呼ぶのは面倒だし言い難いから、呼び易い呼称として産婆や助産師っていう言葉が広まってるの。
広めたのはもちろんサユリ様よ。
「エレメント・ヒーラーの真子がマタニティ・ヒーラーになってくれると、ヒーラーズギルドとしても助かるわ」
「本当に。先日グランド・オーダーズマスターの奥方2名が妊娠されましたが、プリムローズ夫人程までとはいかずとも、難産の可能性は否定できませんから」
マタニティ・ヒーラーの勉強を始めたのは、フィールのマタニティ・ヒーラーが少なく、それでいて高齢の人が多いからっていう理由もあるんだけど、私の場合はそれにエレメント・ヒーラーっていう価値が追加される。
しかもプリムの出産で判明したんだけど、エレメントクラスでも単身じゃ対処できないであろう膂力で抵抗されちゃったから、ヒーラーズギルドにとっても一大事どころの話じゃないしね。
「そっちはこれから本格的に勉強しますけど、その前に私が奏上した新魔法の概要を伝えさせてください」
「フィールのヒーラーズマスターから報告が来ているが、成功していたのだったな」
「ええ。その魔法があれば、絶対とは言えませんけど、難産もある程度は減ると思います」
「それは重要な話ね。心して聞かせてもらうわ」
襟を正して、私が話し始めるのを待つお三方。
「ええ。私が奏上した魔法は2つ。魔法名はエコーイングとブリーチングで、どちらも
「エコーイングって、まさか超音波検査?」
さすがサユリ様は、エコーイングの概要がある程度分かったようね。
まさしくその通りで、エコーイングは超音波を利用して、体内の様子を看るための魔法になる。
胎児の様子を確認するのはもちろん、内臓の状態も確認できるから、使いこなせれば
「エコーイングを使えば、胎児が逆子かどうかはもちろん、双子かどうかも事前に分かります。ただ音の反射で確認することになりますから、慣れが必要ですけど」
「そ、そんな魔法を……」
「慣れが必要とはいえ、事前に胎児の状態が分かるようになれば、事故はもちろん死産も大幅に減るだろう。これは素晴らしい魔法だ!」
自分で奏上しといてなんだけど、私もそう思う。
ただ問題なのは、エコーイングが使えるようになるのはGランクからってことね。
読み解くには経験が必要だし、Gランクヒーラーはノーブル・ヒーリングが使えるようになるから、実務的な点から見ても分からない話じゃない。
本音を言えば、1つ下のSランク辺りからにしてほしかったけど。
「聞く限りじゃ、完全にエコー検査ね。だけど、確かあれは専用のジェルが必要だったはずだけど、それはどうなってるの?」
サユリ様の言うジェルとは、エコー検査を行う際に患部に塗るゼリー状の物質のこと。
私も勉強中だったから詳しくはないんだけど、確か超音波を体内に届かせるために必要な物だったはずだわ。
だけどエコーイングでは、そのジェルは使用しない。
「それも含めて、エコーイングという魔法になっていますね」
「魔法は大概デタラメだけど、エコーイングもその例に漏れてないってことか。いえ、ありがたいんだけどさ」
呆れるサユリ様だけど、気持ちはよくわかる。
身体強化魔法とかはともかく、空間収納魔法に転移魔法、早着替え魔法や空間拡張魔法まであるんだから、本当になんでもできるって感じがするし、デタラメ過ぎる話だわ。
おかげで快適な生活が送れてるんだから、文句を言うつもりもないけどさ。
「エコーイングという魔法の素晴らしさはわかりました。それで、もう1つのブリーチングという魔法は、どんな効果なの?」
「それも、基本は胎児用ですけど、いくつかの内臓疾患にも使えます」
グランド・ヒーラーズマスターが口にした、私が奏上したもう1つの
稀に臍の緒が首や腕に絡まってしまい、それが原因で死産になる子もいるんだけど、ブリーチングを使えばそんな事態は防げるし、産道を広げることもできる。
逆子だって、元の位置に戻すことができるのよ。
誰が使っても出力は変わらないから、エレメントクラスの私が使っても問題無いっていうのもありがたいわ。
母体には少し負担がかかるけど、そこは耐えてもらうしかない。
あとはヘルニアとか、体内で処理しなきゃならないような疾患にも使えるから、
体内の様子が分からないと使えないから、エコーイングと併用になるけどね。
「これはまた、とんでもない魔法を奏上したわね。いえ、ヘルニアとかに使えるっていうのは二次的なもので、どちらの魔法も妊婦用と言っても過言じゃないじゃない」
「そのつもりで奏上しましたからね。あんな難産が早々あるとは思いませんけど、避けられるならそれに越したことはありませんし」
「確かにね」
エコーイングとブリーチングを奏上した理由は、プリムのような難産や死産を防ぎたかったから。
ヘリオスオーブは妊娠し辛い世界だからなのか、妊婦には過剰なまでの保護が行われている。
なにせ妊娠したと届けを出せば、出産後数ヶ月までは依頼を受けずとも処罰とかはされず税金も免除されるし、それどころか補助金まで出してくれるぐらいよ。
さらに臨月の妊婦が出産のために訪れるヒーラーズギルドは、急患以外は優先的に対応してくれるわ。
出産のサポートをするマタニティ・ヒーラーは最低でもGランクヒーラーだから、
だけどそこまでしてもらっても難産を防ぐことはできないし、母子のいずれかが命を落としてしまう確率も2割程ある。
実際プリムの場合は、ハイクラスでも体力が持つとは思えない程の難産だったから、ノーマルクラスなら母子共に死亡、ハイクラスの場合でも母子のいずれかがダメだったと推測されているし、私自身もそう感じてしまったぐらいだった。
「エンシェントクラスの力に振り回されたが、エンシェントクラスの体力だからこそ乗り切ることができた、か」
「本当に難しい問題よね。制御できないエンシェントクラスの力なんて、同じエンシェントクラスでも対抗できるか怪しいんだから、普通のヒーラーじゃどうしようもないわ」
「だがエンシェントクラスの体力があったからこそ、難産にも堪え切れた、か。あちらを立てればこちらが立たず、だな」
「ですからエコーイングとブリーチングの奏上を試してみたんです」
お三方も頭を抱えてるけど、私も身を以て体験したから、新しい魔法の奏上は絶対に必要だと思ったわ。
なんでサユリ様が奏上してなかったのかって思ったけど、これはハイクラスの妊婦すら稀っていう状況だったし、ヒーラーズギルドに登録してるハイハンターやハイリッターもそれなりにいるから、対処可能な問題だったっていう理由があるでしょうね。
だけど今はエンシェントハンターやエンシェントリッターが増えてきているのに対して、エンシェントヒーラーはキャロルの他、数人しかいない。
私はエレメントヒーラーになってはいるけど、その私でもプリムを押さえ切る自信はなかったから、他の人達も出産の際は似たような状況にならないとは言い切れないわ。
だからこそ、エコーイングとブリーチングは必須となる魔法で、絶対に使いこなしてもわらないといけない。
エンシェントクラスの出産には、私もなるべく立ち会うつもりでいるけど、それでも何が起こるかわからないから。
ローズマリーさんが妊娠4ヶ月、サヤが妊娠3ヶ月ってことだから、まずはその2人の出産に備えないとね。
「あなたが2人の出産に立ち会ってくれるなら、最悪の事態は防げる可能性が高くなるわね」
「はい。他にも妊娠するであろうエンシェントクラスの方は多いですから、ヒーラーズギルドとしても心強いです」
もちろんそうなるように努力はするけど、過度な期待は勘弁してもらいたいわ。
私の経験なんて、本職のマタニティ・ヒーラーからしたら微々たるものなんだから。
でも必要なことだし、ウイング・クレストにはエンシェントクラスが多いから、みんなのためにも頑張らないといけない。
これからはフィールだけじゃなく、フロートやメモリア、シンセロ辺りにも顔を出して、出産補助依頼を探してみよう。
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