ヒーラーの葛藤

 ヒルデの退位とブリュンヒルド殿下の即位の準備も整い、後は会食を行うだけだったんだが、ミーナからの緊急連絡を受けて、俺とヒルデ、リディアは急いでアルカに戻った。

 会食にはトラレンシアの領主達も参加するんだが、プリムや子供に万が一があるって言われてしまったら、どっちを優先するかなんて決まりきってる。

 ヒルデの退位前ってことで、雪妖宮ゆきあやしのみやにはまだゲート・ストーンを設置してあるから、すぐにアルカに帰ってこれるのは助かった。


 だが俺が到着した時には、既にプリムの出産は終わっていて、幸いにも母子ともに命に別状はないって話だから、思いっきり力が抜けたな。

 出産と同時にプリムは意識を失ったそうだが、体力も相当に消耗してるらしいから、朝まで寝かせておこうっていうヒーラーの意見には大賛成だ。

 生まれてきた子も、まさか翼族だったとは思わなかったが、毛色はアプリコットさんと同じ黄毛みたいだから、この子の名前は決まった。

 どんな名前にしたのかは、プリムが起きてから伝えようと思う。


「フラムの出産はまだかかりそうだから、一度白妖城に戻りなさい」

「え?いや、だけどプリムが……」

「さっきミーナにリフレッシングを使ってもらったけど、この様子じゃ朝まで起きてこないわ。ここにいても、大和君にできることはないわよ。それなら今からでも戻って、ちゃんとお仕事をしてきなさい」


 そう思ってプリムの隣にいるつもりだった俺に、真子さんがそんな言葉を投げかけてきた。

 いや、確かに俺にできることはないし、仕事も大事なんだが、だからって今からまた白妖城に戻るのって、なんというかけっこうキツイんですけど?

 それにフラムだって、多分このあと出産なんでしょ?


「フラムの出産は、この分だと明日になるわね。だけどどっちにしても、大和君は立ち会えないんだから、仕事はしっかりしないといけないでしょ?」

「それはそうですけど……」

「それにプリムだって、大和君を呼ぼうとはしなかったのよ?それってつまり、プリムは大和君を信じてるってこと。なのにあなたがそれを裏切って、どうしようっていうの?」


 痛いところを突かれた。

 プリムが産んだ子は逆子ってこともあって、かなりの難産だったそうだ。

 3時間弱で生まれてきてはいるが、それも真子さんが念動魔法と刻印術を上手く使ったからこその時間みたいだし、そうじゃなかったらプリムか子供のどちらか、あるいは両方という最悪の事態もあり得た。

 なのにプリムは、最悪の事態を想定してしまってはいたようだが、それでも俺を呼んでほしいとは一言も言わなかったらしい。

 だからこそ真子さんは、プリムの気持ちを汲んで、俺に仕事をしろと言ってきている訳だ。


「ぐう……分かった。一度白妖城に戻るよ。難産だったとはいえ、プリムも子供も無事だからな」

「そうしなさい。フラムもそれでいいわよね?」

「はい。私は落ち着いてしまいましたし、仮に出産するとしても、明日以降になると思います。ですから大和さんも、お仕事に集中して頂きたいです」


 フラムもか。

 日本は夫も分娩室に入ることがあるが、ヘリオスオーブの出産は、いかなる理由があろうと男子禁制だから、夫がいてもなんの役にも立たないどころか邪魔でしかない。

 だから出産となると、夫が仕事中なんて話はごく普通にあるし、これは天帝だろうと例外じゃない。

 理由の1つとして、シングル・マザーにならざるを得ない人達に対する配慮があるが、他にも男に出産の痛みは理解できないし、狼狽えるだけで本当に邪魔になるから、産婆や助産師も余計な指示を出すことがあり、それが致命的なミスに繋がることがあるからだ。

 実際プリムは、最初は真子さん1人で頑張っていたから、もし俺がいたら邪魔でしかなく、本当に最悪の事態になっていただろうって言われてしまった。


「ではわたくしも、一度戻ることにしましょう」

「申し訳ありません、ヒルデ様。大和君に付き合わせる形になってしまって」

「仕方ありません。それにプリムの気持ちもわかりますし、ヒルド達へも報告をしなければなりませんから」

「それでしたら、私も行った方がいいですか?」

「リディアは大和様の妻の1人として来ていましたから、その方が良いでしょう」


 今回リディアは、俺の妻の1人として同行してくれている。

 初妻のプリムが妊娠中ってこともあって代妻としてミーナが紹介されているんだが、そのミーナも仕事があるし、常にっていうのはさすがに無理だ。

 そもそも代妻は初妻の代理だから、他の妻を連れて行っちゃいけないというルールはない。


「わかった。じゃあ真子さん。すいませんけど、プリムとフラムをお願いします」

「わかってる。ユーリ様達もいるし、こっちは任せておいて」

「お願いします。ヒルデ、リディア」

「はい。それでは行って参ります」

「よろしくお願いします」


 そう言ってから、俺はヒルデとリディアを伴って、白妖城に向かうことにした。


Side・真子


「さて、これで大丈夫ね。フラム、もういいわよ?」


 大和君達が部屋を出たことを確認してから、私はフラムに向かって口を開いた。


「あはは……真子さんには……お見通しでした……かっ!?」

「エグザミニングを使ってるんだから、それぐらいはね。アイラさん、どうですか?」


 頑張って痛みに耐えてたけど、実はフラムの出産も秒読み段階に入っている。

 まだ破水はしてないけど、だんだんと痛みの感覚が短くなってきてるようだから、それも時間の問題でしょう。

 ソナー・ウェーブで確認する限りじゃフラムの子は通常通りだから、難産にもならないと思う。


「あたしもあんたの見立てと同じだよ。便利だね、その魔法は。刻印術っていうんだっけ?」

「ええ。今度暇を見て、奏上できるか試してみます」

「そうしておくれ。逆子かどうかが事前にわかれば、出生率も上がるだろうからね」


 私も実感したわ。

 だからソナー・ウェーブやドルフィン・アイを併用した効果を持つ魔法の奏上は、絶対に試してみないと。

 奏上できるかはわからないけど、成功すればアイラさんの言うように出生率は上がるし、事故も減るから。


 だけどその前に、フラムの出産ね。

 日を跨ぐかどうかは微妙なところだけど、こればっかりは何とも言えない。

 フラムも初産だから、プリムと同じぐらいの時間がかかることはもちろん、それ以上の時間がかかることもあり得る。


 そしてこのタイミングで、部屋のドアがノックされ、アリアが姿を見せた。


「失礼します。皆さん、お食事をお持ちしました」


 そういえば忘れてたけど、2人が産気付いたのって、夕食を食べようとしてた直前だったわね。

 思い出したらお腹空いてきたわ。


「ありがとう、アリア」

「助かります」


 アリアが持ってきてくれたのは、手軽に食べられるサンドイッチ。

 今は緊急時でもあるけど、お腹が減ってたら判断を間違えてしまうかもしれないし、体力の回復にもなるから、本当にありがたいわ。

 うん、美味しい。


「プリムは……まだ起きる気配はないわね」

「さすがにあれだけ体力を使ったんですから、プリムさんでも無理ですよ」

「ですね。お姉様やマルカ義姉様は本当に安産だったのでわかりませんでしたが、エンシェントクラスの出産はとんでもありませんでした」

「あたしも初めてだったよ。なにせ分娩台が、この有様だからね」


 フラムはまだ大丈夫そうだからっていう理由もあるけど、気を張り続けてても仕方がない。

 だからなのか自然と、プリムの出産についての話になっていく。

 実際、本当に大変だったし、とんでもないって思ったわね。


「一度交換したのに、バーは握り潰されてるものね。魔力強化する余裕が無かったからっていう理由もあるけど、ルディアとキャロルに私の念動魔法まで加えてギリギリっていうのも、正直信じられなかったわ」

「というより、真子さんがいて下さらなかったら、別の意味で最悪の事態になっていました」

「だね。というかさ、これって真子が出産する時、誰が押さえるのって話になるよ?」


 キャロルとルディアに言われて私も気が付いたけど、確かにそうかもしれない。

 現在エレメントクラスに進化しているのは、私と大和君の2人だけ。

 無事に出産を終えたプリムも産褥期を終えれば狩りに出るから、遠くないうちに進化するとは思うけど、それでも3人。

 私はプリムほどの膂力は有してないけど、魔力強化を行えば匹敵どころか凌駕することもできるでしょう。

 普段ならともかく、出産時に魔力を抑えられるかは分からないっていう理由もある。

 そうなると私を押さえられるのはプリムだけってことになるどころか、下手をしたらいないっていう事にもなりかねない。

 うん、さすがにマズいってわかるわね。

 しかもミーナから、ローズマリーさんとサヤも妊娠してるって聞いてるから、そっちも備えておかないといけないし、ヒーラーズギルドにも報告を入れておくべき内容になる。

 落ち着いたら、フィールだけじゃなくフロートにも行かないとだわ。


「ご馳走様。プリムの赤ちゃんは……寝てるわね。一度ミルクでもと思ったけど、この分じゃしばらくは大丈夫か」

「ですね。あ、アリア。お姉様やリカ、フィーナはどうしていますか?」

「今はリビングで、報告を待っておられます」


 マナ様達はリビングか。

 本当ならプリムがお乳をあげるべきなんだけど、出産で体力を使いきって寝ちゃってるから、さすがに無理。

 だから既に子供を産んでいるマナ様、リカ様、フィーナに頼むしかない。

 赤ちゃんも寝てるけど、いつ起きるか分からないし、初乳は免疫力を高めるためにも必要となる。

 だからプリムにも授乳してもらう必要があるけど、今無理をさせることはできないし、初乳は産後5日ぐらいまでは出るから、優先すべきは赤ちゃんの空腹を満たすこと。


「じゃあアリア、マナ様を呼んできてもらえる?」

「わかりました」


 明日の予定を思い起こしてみると、リカ様はメモリアで執務、フィーナは飛空艇建造の予定があるけど、マナ様は特に予定はない。

 それにプリムはマナ様の親友で姉妹同然でもあるから、この子の初授乳はマナ様に頼むべきでしょう。


「プリムの様子は……」

「大丈夫、落ち着いているわ。この子がこんなに消耗するなんて、本当に出産って大変ね」


 そのプリムの様子を見てみると、アプリコット様が手を頭に当て、優しい顔を浮かべていた。

 確かに私も、こんなに弱々しいプリムを見たのは初めてだったし、これほどの難産に立ち会ったのも初めてだった。

 治癒魔法ヒーラーズマジックを使う余裕が無かったのもあるけど、プリムがエンシェントフォクシーだったからこそ、体力が持ったとも言える。

 私も逆子ってことに焦っちゃったから、適切な処置がとれなかったっていう理由もあるけど、妊婦がノーマルクラスやハイクラスだったら、本当にどうなっていたか……。

 私にとってもとんでもない恐怖だったから、今回のことは教訓として戒めておかないといけないし、プリムが目覚めたら全て話して謝らないと。


「あっ!」

「ふむ、どうやらそろそろのようじゃの」


 だけどその前に、フラムの出産ね。

 プリムの子供はアプリコット様にお任せして、私、ユーリ様、キャロルはアイラさんの指示に従って配置につく。

 フラムもエンシェントウンディーネだから、分娩台のバーが壊される可能性は否定できない。

 だからキャロルに分娩台を魔力強化してもらい、バーを交換するための準備もしながらいつでも念動魔法を使えるようにスタンバイしておく。

 フラムはキャロルの義姉になるから、キャロルもかなり気合を入れて待機しているし、ユーリ様もサポートに徹するつもりでいるから、こっちの準備は万端。

 さあ、フラムの子も、しっかりと取り上げるわよ!

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