命懸けの出産
Side・真子
プリムとフラムを出産にも使える大部屋に運び込んだ私は、プリムに言われて濡れた下着を脱がしていく。
すると驚いたことに、既に子供の足が出かかっているのが見えてしまった。
通常の出産だと、胎児は頭から生まれてくる。
頭の方が重いから、例え羊水に満たされたお腹の中であっても普通は頭の方が下になるし、その方が出産時の抵抗も少ない。
だけど絶対っていうワケじゃなく、一定数の胎児は足が下になり、そのまま生まれてこようとしてくることがある。
これが逆子で、今の地球じゃほとんどが帝王切開による出産を推奨されているわ。
帝王切開はお腹を切ることになるから、妊婦にとってはかなり怖い手術ってこともあって、敬遠したがる人も多いんだけど、胎児の安全には変えられないから。
だから逆子だと分かった妊婦は、胎児の状態を直すために手を尽くし、それでもダメだった場合に帝王切開を行うの。
だけどそれも、エコー検査なんかができるから、胎児の状態を確認できるからっていう理由が大きい。
ところがプリムの場合は、私も逆子の可能性を一切考えておらず、それでいてエコー検査機なんかも無いから、本当にノーマークだった。
ヒーラーズギルドで何度か助産も経験したけど、逆子は一度も無かったことも影響しているかもしれない。
急いでプリムのお腹にソナー・ウェーブとドルフィン・アイを発動させて胎児の様子を見るけど、どうやら左足が伸びていて、今は右足が産道に引っ掛かっている状態みたいだわ。
臍の緒はしっかりと伸びていて、首とか腕とかに絡まっている様子が見られないのが幸いね。
だけど今は一刻を争う。
このままだと胎児は生まれてこれないし、出産の途中で胎児の首が子宮で締まるかもしれない。
しかもヘリオスオーブでは、帝王切開を含めた外科手術なんかは確立されていないから、迂闊にプリムのお腹を切ることもできない。
なら、あとできることは!
「プリム!すごく痛むけど、我慢してね!」
「……え?」
両の瞳に涙を浮かべたプリムが、私の言葉に僅かながら反応する。
最悪の事態が頭に浮かんでるんだろうけど、まだ間に合う。
そんな事態なんて、絶対にさせるもんですか!
「プリム!よく聞いて!今から念動魔法を使う!だけど一度胎児を戻すことになるから、すっごく痛い!だけどこの子が無事に生まれるかどうかの瀬戸際だから、耐えて!」
「え……ええ……」
これはマズいかもしれない。
いくら私でも、プリムの力を抑えきる自信はない。
ヘリオスオーブでの逆子の出産は、念動魔法を使って補助を行う。
状況によっては一度子宮の中に戻すこともあるし、足を揃えて引っ張り出すこともある。
だけどどちらの場合でも、母体、胎児共に大きな負担になってしまうし、何より胎児の状態が分からないから、無事に出産できる確率は5割に満たない。
だからこそ私は、ソナー・ウェーブをプリムの体に使用し、それを照準に羊水を媒介としてドルフィン・アイを使うことで、胎児の位置と様子を視認している。
これは地球でも実際に使われている技術だし、ヘリオスオーブに来る前に取得した技能の1つでもあるわ。
実際に使うのは初めてだけど、こんなことになるならヒーラーズギルドでも使っておくべきだった。
だけど今更言っても始まらないし、プリムには悪いと心から思うけど、他に方法も無いから、今はやるしかない。
「いくわよ、プリム!」
聞こえてるか分からないけど、プリムに一声かけてから、私はソナー・ウェーブとドルフィン・アイを確認し、胎児に念動魔法を使う。
私はエレメントヒューマンでもあるから、全力で使ったりなんかしたら胎児を握り潰してしまう可能性がある。
だから細心の注意を払って使わないと。
「ぎっ!」
「耐えて!」
思わぬ痛みに驚いたプリムの両手を、念動魔法を使って分娩台に備え付けてあるバーに導く。
プリムは反射的にバーを掴んでくれたけど、早速バーにヒビが入ってるのが怖いわね。
バーの交換も視野に入れつつ、私は胎児の右足を産道から出すべく、軽く力を入れる。
産道を無理やり広げる必要があるから、プリムの負担は尋常じゃないものになってるんだけど、今のままじゃ胎児は生まれてこれるかも分からない。
いざとなったら強引に引っ張りだすことも考えながら、右足を伸ばして外に出す。
よし、上手くいった!
「真子さん、プリムはどう?」
「アリスから聞きました。私達も手伝います!」
ここでアプリコット様と、学園から帰ってきたユーリ様とキャロルが入室してきた。
これは助かるわ。
「プリムの子は逆子で、今は念動魔法を使って、両足を外に出したところです!フラムは落ち着いているので、アプリコット様はフラムをお願いします!キャロルはバーの交換を、ユーリ様は胎児の足を持って、いざという時は引っ張り出して!」
私の説明に真っ青になる3人だけど、すぐに私の指示通りの配置についてくれた。
これでも胎児に専念はできないけど、私の負担は減る。
本当はキャロルに胎児を任せたかったんだけど、プリムはエンシェントクラスの中では最高レベルってこともあって、ハイクラスじゃその力に対抗することが出来ない。
だからエンシェントエルフのキャロルに任せるしかないんだけど、そのキャロルも進化したばかりだし念動魔法は使えないから、バーの交換には手間取っている。
ルディアに産婆さんを迎えに行ってもらったのって、どう考えても失敗だったわね。
「真子さん!」
「分かってる!」
両足が出てきたからか、胎児はゆっくりと、だけど確実に産道から外に向かって押し出されはじめている。
あとは両腕と首が引っ掛からないように注意すれば、この子は無事に生まれてくるはず。
どのぐらい時間が経ったのか分からないけど、フラムの様子が落ち着いているのが救いに感じる。
ところが尻尾を含む下半身が出てきたところで、更なる問題が発生してしまった。
「ま、真子さん……これは……!」
「翼?」
大和君はエレメントヒューマン、プリムはエンシェントフォクシーの翼族ということもあって、互いに翼を持っている。
だけど生まれてくる子はノーマルクラスになるから、ヒューマンにしろフォクシーにしろ、翼は持っていない。
それなのに翼があるということは、大和君とプリムの子は翼族ということになる。
翼を持つ種族は他にもいるけど、その場合は最初から翼があることが分かっている。
だけど翼族の場合は、普通なら生まれ落ちると同時に余剰魔力が翼になるらしい。
もちろん絶対じゃなく、出産中に翼が現れることもあるんだけど、その場合でも大抵は上半身が出切ってることが多いから、出産には影響がない。
だけどこの子は逆子で、まだ腰の辺りまでしか出てきていないから、どう考えても影響が出てしまうし、私達にとっても想定外の事態だわ。
生まれ切ってもいない胎児だから魔法は使えないし、かといってこのままじゃ胎児どころかプリムの命も危険になる……。
念動魔法で産道を広げて、何とか翼を通すしか……!
「遅くなってごめん!産婆さんを連れてきたよ!」
「ルディア、ナイスタイミングよ!」
そう思ってたタイミングで、ルディアが産婆さんを連れて部屋に入ってきた。
本当にナイスタイミングだと思ってたけど、今はそんなことは後回し!
「ルディア!キャロルと一緒に、バーを交換して!」
「了解!」
「アイラさん!逆子です!念動魔法を使ったんですけど、途中で翼が生えてきてしまって!」
「これはまた珍しいね。どれ、失礼するよ」
ベテランの産婆さんでもある女性ヒューマンのアイラさんに簡単に状況を説明すると、アイラさんは私とユーリ様の間に入ってきた。
「ふむ、初めてにしては上出来、いや、文句のつけようがないね。真子、もう少し産道を広げておくれ。その際、翼で胎児の体を腕ごと包むようにするんだ」
「はい!」
その手があったか!
余剰魔力で作られてるとはいえ、翼には実体がある。
その翼を使って腕ごと体を包み込んでしまえば、腕も引っ掛かりにくくなるわ。
他の種族だとこうはいかないけど、この子の翼は腰の辺りまであるのは間違いないから、腕を包み込むぐらいの大きさはある。
さらに産道を広げれば、引っ張らなくても出てこれるはずだわ。
「プリム!頑張って!」
「もうちょっと……もうちょっとですから!」
バーを交換し終えたルディアとキャロルが、ほとんど全力でプリムの腕を押さえつけている。
私も念動魔法を使ってるのに、それでも押さえるのがやっとって、出産中のエンシェントクラスの力ってとんでもなさすぎるわ。
腕もだけど、足の方が下手に動かされると困るから、私の念動魔法はプリムの下半身の方が比重が大きい。
だけどあまり長時間は私の魔力が持たないから、急がないといけない。
私はすぐに念動魔法を使い、胎児の翼を背中に張り付け、両腕を胸の前に動かし、翼を体の前まで動かす。
同時にプリムの産道を少し広げる。
「ああああああああああっ!!」
「プリム、頑張って!もうちょっとだから!」
無理やり産道を広げるたびに、プリムが苦悶の声を上げる。
もはや悲鳴でしかないけど、母体の安全と無事の出産のためには、プリムには耐えてもらうしかない。
胎児は首の辺りまで出てきているし、ドルフィン・アイで確認した通り臍の緒はどこにも絡まっていないから、あとは顎と首を軽く押さえながら、ゆっくりと外に出す事ができれば、この子は無事に生まれてこれるはず!
「で、出ました!」
そしてユーリ様の一言で、胎児が無事にプリムの体外に出切ったことが確認された。
だけど……。
「な、泣かない?」
「な、なんで……?」
生まれたはずの胎児は、一切泣き声を上げなかった。
普通、生まれ落ちたら声の大小はあるけど、必ず泣き声を上げるはずなのに、この子は泣き声どころか、ピクリとも動いていない。
嘘でしょ?
「落ち着きなさいな。貸してみなさい」
ところがアイラさんは落ち着いた様子で胎児を受け取ると、背中を叩きだしながら胎児の鼻と口に自らの口を当ててしまった。
あっ、そうか!
逆子っていうこともあって、多分胎児の鼻の中には羊水が詰まっていたってことだと思う。
だから羊水を吸い出して呼吸を確保して、同時に背中を叩くことで、本来なら産道を通る際に感じるはずだったストレスを与えることで、胎児に生まれたことを理解させているんだわ。
今回は念動魔法で産道を広げていたから、胎児の本能がそこまで理解できてなかったのね。
「ふあああああっ」
その考えを肯定するかのように、生まれてきた胎児は小さな泣き声を上げてくれた。
「もう大丈夫だ。ほら、お母さんの隣に寝かせてあげな」
「はいっ!」
私は赤ちゃんを受け取ると、すぐにおくるみに包み、プリムの枕元へ連れて行った。
「プリム、見える?無事に生まれたわよ」
「うま……れた……?」
「ええ。フォクシーの女の子。しかも翼族よ」
「ホント……に?」
「本当よ。ほら」
「ホント……だ……。よか……った……」
生まれた赤ちゃんを確認した瞬間、プリムは涙を流しながら意識を失った。
しまった、
慌ててエクストラ・ヒーリングを使うと、苦しそうにしていたプリムの呼吸が穏やかな寝息に変わってくれた。
念のためエグザミニングも使ったけど、体力の消耗が激しい以外は異常は見られない。
あとはミーナにリフレッシングを使ってもらえば大丈夫でしょう。
「アプリコット様、この子をお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ」
アプリコット様は、涙を流しながら赤ちゃんを抱いてくれた。
この子はアプリコット様にとって、実の孫になる。
本当はアプリコット様も出産に携わりたかったでしょうけど、プリムはレベル96のエンシェントフォクシーだから、
だからフラムの方をお願いしたんだけど、娘ばかりか孫の命まで危ぶまれていたんだから、気が気じゃなかったでしょうね。
「フラムお姉様、お体は大丈夫ですか?」
「ちょっとお腹の中で動いてる感じはしますけど、まだ大丈夫です」
プリムと赤ちゃんが無事だったことで、キャロルが義姉になるフラムの方に移っていた。
キャロルも相当負担が大きかったはずだけど、ルディアが来てくれたことで、かろうじて何とかなったってところかしら。
ただ
私も人の事は言えないし、ルディアやユーリ様でさえそうだから、今日はゆっくり休みたいっていうのが本音だわ。
だけどフラムの出産もあるから、リジェネレイティングだけじゃなくポーションを使ってでも持たせないといけない。
アイラさんが来てくれたとはいえ、フラムだってエンシェントウンディーネだから、何が起きるか分からないから。
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