西の森の異変

Side・ラウス


 大和さん、真子さん、イスラさんの特別授業から1ヶ月、今日はメモリア総合学園の希望者を募っての魔物狩りの日だ。


 あっという間に月日が経ったけど、俺にとっては面倒な事が多かったよ……。


 ウィステリアっていうタイガリーのハンターを筆頭に、事あるごとに俺に絡んでくるのはもちろん、ハンター希望者数人までそれに同調しちゃったんだよ。

 まだ未成年とはいえ、ハンター6人にハンター希望者10人と、中型レイド並の人数が絡んでくるし、だからといって返り討ちになんかしちゃったら、俺の方が処罰されちゃう。

 3日程体調不良で欠席したけど、それ以外は毎日のようにだったから、いっそのことライセンスでも見せようかと思ったぐらいだ。

 さすがにそれは問題にしかならないから、自重したけどさ。


 あ、8月に独立するっていうフェブロ・レヒストレス侯国だけど、ちゃんと独立してるよ。

 俺達は参加しなかったけど戴冠式は滞りなく終わったそうだし、パルメ・レヒストレス候王陛下も建国前からしっかりと統治を行ってたから、国内は特に大きな問題は起きていないってさ。

 候都レヒストレスは大きな港町でもあって、建国と同時にグラシオンやアクアーリオ、ロッドピース、プラダからの船便も正式に就航してるから、これからは貿易の街として栄えていくんだと思う。


「とはいえ、状況次第じゃ、ある程度の実力はバレるでしょうね」

「今日はメモリアの西にある森だけど、魔物が増えてるって話だったよねぇ」

「ゴブリンやラビットも多いけど、ウルフもじゃなかったっけ?」

「そんな話だな。特にゴブリンは、先日いずこかのレイドが、ゴブリン・プリンスを討伐したという話だ。ただその折、最深部にゴブリンの集落も確認したと聞いているぞ」


 メモリアの西にある森に向かう獣車の中で、キャロルさん、レベッカ、レイナ、セラスさんが今日の魔物狩りについて話しているけど、今日の魔物狩りは、状況次第じゃある程度の実力を見せることになると思う。

 既にゴブリン・プリンスは討伐されてるけど、他にもいないとは言えないし、ゴブリン以外の魔物が進化している可能性も否定できない。

 最深部に集落があるなら尚更だ。


 それもこれも、全部神帝が上陸しちゃったことが原因なんだけど、だからこそその可能性は捨て切れないし、ゴブリン・プリンス以上の魔物がいるかもしれないから、ウイング・クレストからも大和さんとリディアさん、ルディアさん、アテナさん、真子さんが護衛として参加してくれてるんだ。


「ユーリ様、星球儀の調子はどうですか?」

「改良して頂いてから使うのは初めてですが、ラクスも気に入っていますから、問題はないと思いますよ」


 俺達と同じく授業の一環として参加するアリアさんが、同じく参加するユーリ様に星球儀の調子を尋ねている。


 ユーリ様は先月完成した星球儀エレメンタル・パレスをストレージから出して、動作確認をしている最中だ。

 エレメンタル・パレスはユーリ様の契約精霊ラクスが宿ることで、ユーリ様の魔法の補助を行うことを前提に作られている。

 だからエレメンタル・パレスの見た目は王宮みたいになっていて、その周りを輪剣状に加工された瑠璃色銀ルリイロカネ製の刃が浮かんでいる。

 輪剣は8つあって、それぞれが属性魔法グループマジックを付与させてあるし、結界魔法やシールディングも付与させてあるから、攻撃力だけじゃなく防御力も高い。

 エレメンタル・パレス本体の天魔石は、色んな天与魔法オラクルマジックを付与させてるし、ラクスが中に入ることで、精霊魔法の威力をさらに向上させる。

 そしてこないだの改良で、ユーリ様が使っていた短杖エレメント・ケインの天魔石も移植されたから、属性魔法グループマジックの威力もエンシェントクラス並になってると思う。


 ただ改良が終わったのが入学してからだから、試し撃ちに行く余裕がなくて、今回はそれも兼ねてるんだ。


「あたしには相性悪いけど、使い勝手は良いって聞くなぁ」

「私は……使ってみたいかも」

「私もですけど、個人で買おうと思ったらものすごく高いんですよね?」


 アウローラ殿下、ネブリナ殿下、ルシア殿下がユーリ様のエレメンタル・パレスを見たのは初めてになる。

 アウローラ殿下は穂先の付いた斧を使ってるから、本人が言うように相性が悪い。

 だけどネブリナ殿下は近接戦ができないから、ハンター登録をした場合は魔導士になると思う。

 そしてルシア殿下は、妖王家の伝統で大鎌を使うんだけど、こちらもあまり得意じゃないってことで、今回は長杖を持っている。

 だからアウローラ殿下は少し興味はあるようだけど、実際に使いたいとは思ってないっぽい。

 逆にネブリナ殿下は使ってみたいっていう感じだし、ルシア殿下なんて欲しがってるよ。


「最低でもGランクの魔石が必要ですし、ハイクラフターへの指名依頼になりますね」

「ただそれですと、杖より少し防御力の高い武器にしかなりませんから、ルシア殿下が持たれるには不足と申しましょうか」


 星球儀は高ランクモンスターの素材を使ってこそ、ってとこあるからなぁ。

 ユーリ様とキャロルさんの言うようにGランクの素材でも杖より上の物は作れるけど、それだとブリュンヒルド殿下の次にトラレンシア妖王となるルシア殿下が持つには不安が残るから、Mランク以上の素材にエンシェントクラフターへの指名依頼でないとダメな気がする。

 それだと確実に神金貨数枚はするだろうから、いくらトラレンシア妖王家でも簡単に出せる額じゃないんじゃないかな?


「そ、そんなにするんですね……」


 ガックリと肩を落とすルシア殿下が不憫だけど、ここで俺がっていうのは他の殿下方の手前もあるから無理だし、ここはヒルデ様に何とかしてもらうしかない気がする。

 ヒルデ様もハンター登録してるし、エンシェントヴァンパイアだからそれぐらいの金額はそんなに苦労せず稼げるはずだし。


「ところで今日って確か数人ずつ組んで、森の中で狩りをするんだよね?」

「そう聞いています」


 雰囲気を変えるためにか、アウローラ殿下が今日の狩りに話題を移した。

 ありがとうございます。


 今回参加してるのは、ハンター登録をしている人達を含めて35人。

 だから5人1組で狩りをすることになるんだけど、森の中でどこかの組と合流しても構わないことになっている。

 俺達も、ユーリ様とアウローラ殿下の護衛に俺とレイナ、アリアさんが付いて、ルシア殿下とネブリナ殿下、セラスさんの護衛にはレベッカとキャロルさんが付く。

 森の中で合流するかどうかは、状況次第かな。

 全体の警護として来てくれた大和さん達は、下手に森に入ると学生が狩る魔物がいなくなるかもしれないから、森の外から魔力を探知しながら最深部の集落を監視することになっている。

 西の森がそんなに広くないからできることなんだけど、魔力探知はけっこう大変だから、どうしても死角が出るとも言ってたな。

 だから最深部はもちろん、今回の狩りは比較的浅いエリアのみって決められているんだ。


「それで、あのハンター達は?」

「さあ?あんな身勝手な連中、あたしは興味ないし、手痛い目に合えばいいと思ってるぐらいだよ」


 アウローラ殿下は辛辣だなぁ。


「彼らの言い分も分からなくもないですけど、あの態度はいただけませんね」

「一時的な依頼はともかく、重用はしたくない……」


 ルシア殿下とネブリナ殿下も、彼らの態度はお気に召さなかったかぁ。

 まあ、当然なんだけどさ。

 この1ヶ月、というか入学してから、俺を勝手に格下判定して絡んできてるし、先生達やオーダーからも注意されてるのに、全く反省してないんだから。

 とはいえハンターにはよくあることだから、俺に絡んでるだけじゃ退学っていう処分が下されることはないと思うし、そこまでしなくてもと思ってる。

 別に態度を改めろとは言わないけど、もう少し謙虚にならないとハンターとして大成は出来ないから、そこは何とかしてほしいけどね。


 さて、そろそろ到着だし、頑張って魔物を狩ろう。

 あ、いや、俺は頑張っちゃダメなんだった。


Side・アウローラ


 今日は待ちに待った魔物狩りの日。

 あたしはハンター登録済みだから何度か狩りに行ったことはあるけど、西の森に行くのもメモリアでの本格的な狩りも初めてだから、今日はずっと楽しみだったんだ。

 しかもラウスと一緒に狩りに行けるんだから、気合も十分だよ。


「てやあっ!」


 だから森の中でも、あたしは率先して斧を振るって、襲ってきた魔物を倒していく。

 今倒したIランクのウッド・ウルフはフリューゲルでもよく見る魔物だから、ちょっと拍子抜けだったけど。

 森の深部にはゴブリンの集落があるから、今回の狩りでは浅いところまでしか行けないんだけど、あたしにはちょっと物足りない。

 ラウス達がいてくれてるから、境界ギリギリまでは来てるんだけどね。


「アウローラ殿下、油断は大敵です」

「え?わわっ!」


 突然ユーリアナ殿下が、エレメンタル・パレスの剣輪に風の刃を纏わせて放ってきたから驚いたけど、剣輪は背後からあたしに襲い掛かってきたイエロー・ウルフを斬り裂いていた。

 うわ、やっちゃったよ……。


「そのために護衛や仲間がいるんですから、そこまで気にしないでも大丈夫ですよ」

「油断されたことは問題ですが、今日初めて狩りを経験する者もおります。ケガをする者もいるでしょうが、それも含めてハンターにとっては必要な経験です。ですから私達も、必要以上に殿下の援護は行いませんので」


 レイナの言葉は優しいけど、ユーリアナ殿下は厳しいっていうか怖いよ!

 だけどケガを恐れてたらハンターなんて務まらないし、狩りに行くなんて以ての外。

 あたしだってその程度の覚悟はできてるんだから、次からは油断しないし、ラウス達の援護なしでも戦うよ!


「そうは言っても、数が多い気もしますけどね」

「確かにそうですね。先日ゴブリン・プリンスを討伐したと聞いていますが、それにしてもゴブリンの数が多いように思えます」


 姿を見ずに多くのゴブリンを倒していくラウスとユーリアナ殿下だけど、確かにあたしも多いと思う。

 ゴブリンだけじゃなくホブ・ゴブリンもいるし、今ラウスが切り捨てたのはレッドキャップ・ゴブリンだったりするから、最深部から出てきてるのかもしれない。

 ゴブリンだけで20匹近く倒してるからなぁ。


「私達は大丈夫ですけど、他の者達には危険ですね。大和様達に連絡し、森に入って頂いた方がよろしいかと」

「そうですね。ラクス、合図をお願いします」


 あたしもその方がいいと思う。

 もちろん大和様達以外にも護衛のハンターやオーダーはいて、あたし達より先に森に入ってくれてるんだけど、この数はちょっとイヤな予感がする。

 だからユーリアナ殿下は、契約精霊のラクスに指示して、空に巨大な水の玉を打ち上げた。

 その水球は破裂して、周囲に雨のように降り注ぐ。


「森の中の護衛達にも、この合図は伝えてあります。おそらく学生達には、森の外に出るよう指示が行くでしょう」

「じゃあ俺達も、一度外に出ま……ユーリ様、アリアさん、聞こえました?」

「聞こえました」

「誰かが追われてるようですね。しかもこれは、奥の方からですか」


 あたしには聞こえなかったけど、ユーリアナ殿下とアリアはハイクラス、ラウスはエンシェントクラスだから、耳もすごく良くなっている。

 って、奥って、誰かがエリアを無視したってこと?


「あ、こっちに来る」

「都合が良いのか悪いのかは分かりませんが、相手によってはやむを得ませんね。ラウス」

「分かってます。アリアさん、アウローラ殿下とレイナをお願いします」

「分かっていますよ。さあ、殿下、レイナちゃん、こちらへ」

「う、うん!」


 アリアがスターライト・オーブの星を動かして、あたしとレイナを自分の近くに引き寄せ、さらに付与されている結界魔法を展開させた。

 レイナもグリフィスライト・スターの翼を広げて攻撃に備えてるし、ユーリアナ殿下もアリアの隣でエレメンタル・パレスを展開させている。

 ラウスもラピスライト・ソードとラピスライト・シールドを構えて、迎え撃つ準備は万端。

 ほぼ同時に、森の奥から何かが向かってきているのが見えた。


「うわあ……なんでいるかなぁ」

「これは問題になりますね」

「昨日はいなかったと聞いていますから、おそらくは進化したばかりなのでしょうが、さすがにこれは想定外ですからね」


 ラウス、ユーリアナ殿下、アリアさんが呆れてるのか驚いてるのか分からない顔してるけど、いったい何が見えたのさ?


「お、お前ら!早く逃げろ!」

「何のんびりしてるのよ!死にたいの!?」


 そう声を荒げたのは、魔物に追われてるハンター達なんだけど、まさか例の問題児達だったとは思わなかった。

 あたし達だってことは気付いてないけど、そんなことに構ってられないぐらい焦ってるみたいだし、あちらはレベル30オーバーの5人で動いてたはずだから、その彼らが逃げるしかない魔物がいたってことなのか。

 って、あれってゴブリン・クイーンじゃん!


「ラウス」

「了解です!」


 ユーリアナ殿下がラウスの名を呼ぶと、ラウスは一瞬でゴブリン・クイーンの前に移動して、ラピスライト・シールドを叩き付けた。


「グギャッ!?」

「へ?」

「うそ……」


 突然聞こえたゴブリン・クイーンの悲鳴に振り返ったハンター達が驚いてるけど、あたしも驚いた。

 ゴブリン・クイーンはG-Cランクモンスターだから、2つ上のMランクモンスターに匹敵する。

 なのにラウスは、そのゴブリン・クイーンを吹き飛ばして、間髪入れずにラピスライト・ソードを振るって首を斬り落としたんだから。

 ラウスが強いのは知ってたけど、まさか災害種を瞬殺するなんて……。


「せえのっ!」


 さらにラウスは、固有魔法スキルマジックヘビーファング・クラウドまで使いだしたよ!

 既にゴブリン・クイーンは倒してるのに、なんで!?


「あなた達もこちらへ。巻き込まれますよ」

「へ?げっ!」

「ゴブリンの群れ!?」

「そりゃクイーンは集落の長なんだから、配下のゴブリンだって追ってくるよ」


 驚くハンター達をよそに、ラウスはゴブリンの群れにヘビーファング・クラウドをけしかけて、あっという間に殲滅してしまった。

 エンシェントクラスに常識は通用しないって聞いてたけど、いくらなんでも凄すぎない?


「ユーリ様、終わりました」

「ご苦労様です。では本陣まで、門をお願いします。それとあなたはここに残り、撤退する学生やハンター達の援護を」

「了解です」


 ユーリアナ殿下の指示を受けたラウスは、トラベリングを使って先生達やヒーラーが待機してる本陣まで門を開いた。


「行きますよ。……これはダメですね。ユーリ様、申し訳ありませんが、アウローラ殿下とレイナをお願いしてもよろしいですか?」

「分かりました、お願いします」


 今度は何?

 って、なんでハンター達が浮いてるの!?

 ああ、念動魔法か。

 アリアもハイラビトリーだし、スターライト・オーブに付与されてる念動魔法は大和様のだから、ハンター5人ぐらいなら簡単に持ち上げられる。


「ちょ、ちょっと!」

「何すんだよ!?」

「苦情とお説教は後程。今は早く森を出ますよ」


 そんなアリアを横目で見ながら、あたしとレイナはユーリアナ殿下に守られながら、ラウスが開いた門をくぐり抜けた。

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