第一九章・発展に向けて

南海の守護獣

 7月になり、フィールもそこそこ気温が上がってきている。


 先月正式稼働したグラシオンMINERVAは大盛況で、コロシアムでは毎日ハンターが模擬戦を行っているし、スカラーによる研究も盛んだ。

 それもあってグラシオンの景気は上向きとなってるんだが、同時に素行の悪いハンターによって治安も少し悪化してきていると聞く。

 他人事で悪いとは思うが、それに関してはランサーに頑張ってもらいたい。


 俺もエスメラルダ天爵領とアマティスタ侯爵領の領主代理としての仕事に日々励んでいるが、神帝や魔族のせいで増えてると言われている終焉種への警戒も忘れてはいない。

 同時に、2ヶ月後にはプリムとフラムの出産が控えているから、2人の体調にも気を配っているつもりだ。


 今日は真子さんと、メモリア総合学園で従魔についての授業を行うことになっている。

 従魔はバトル・ホースが最も人気が高く、次いでグラントプスやワイバーンとなり、水辺で活動することの多い人はプレシーザーと、Cランクモンスターが多い。

 Iランクモンスターと契約する人も多いし、Bランクモンスターと契約してる人も、少数ながら存在している。

 もちろんどんな魔物を従魔にするかは本人の自由なんだが、それでも選択肢は多い方が望ましいし、契約した状況によっては特殊進化することもあるから、その実例を見せたいってことなんだよ。

 俺はP-Rランクのヒポグリフ・フィリウスと、真子さんもP-Rランクのスノーミラージュ・タイガーと契約してるからな。

 スノーミラージュ・タイガーの白雪は従魔じゃなくて召喚獣なんだが、基本的には同じだから何の問題もない。


「は、初めまして!イスラと言います!」


 さらにもう1人、ハイウンディーネのPランクハンター イスラ・マナティアルさんも加わる。


「こちらこそ、無理を言って申し訳ない」


 メモリア港に到着した定期船から下りてきたイスラさんとは、これが初顔合わせだ。

 イスラさんはアミスター南端にあるトパージオン伯爵領領都オケアノスを拠点に、海での活動をメインにしている。

 しかも俺達と同じように、ケガをしたエクレール・ドルフィンの仔を助け、そのまま従魔契約、じゃなくて召喚契約を結んだそうだ。

 そのエクレール・ドルフィンはS-Rランクモンスター レイスパーク・ドルフィンに進化しているし、特殊進化召喚獣になるから1つ上のGランク相当になり、イスラさんもレベル54のハイウンディーネってこともあり、オケアノス近海じゃほとんど無敵に近いらしい。

 その話は以前にラインハルト陛下から聞いてたから、今回の講師の打診を受けてすぐにイスラさんも推薦して、時間を作ってもらったって訳だ。


 ちなみにイスラさんは34歳で、現在8歳の娘さんがいると聞いている。

 結婚はしてないから狩りに行くときとかは両親に世話をお願いしてるそうだし、それなりにあることらしいから、お互いに慣れっこになってるとも言ってたな。

 イスラさんが講師依頼を引き受けてくれた理由は、2年後に娘さんを入学させたいから、その下見も兼ねていたりする。


「それじゃあ早速ですいませんけど、呼び出してもらっていいですか?」

「それはもちろんですけど、メモリア総合学園って海から距離がありますよね?マールは少しなら飛べますけど、さすがに授業までとなると、ちょっと厳しいんですが?」


 マールっていうのは、イスラさんの召喚獣レイスパーク・ドルフィンの名前だ。

 通常エクレール・ドルフィンの希少種はテンペスト・ドルフィンになるんだが、マールは特殊進化してることもあって、テンペスト・ドルフィンよりは長く空を飛ぶことができる。

 だけど基本は海棲種だから、常にっていうのは異常種ディザスト・ドルフィンにでも進化しない限りできない。

 だけどイスラさんには講師をお願いしてるんだし、従魔についての授業だからマールも呼び出してもらう必要がある。

 だから、マールには少し不自由な思いをさせてしまうが、ミラーリング付与のプールを多機能獣車の後部デッキに乗せてるから、その中に入ってもらおうと思ってる。

 エクレール・ドルフィンは全長2メートル、テンペスト・ドルフィンに進化すると全長3メートルだと聞いてるから、プールは全長5メートル、幅2.5メートル、高さ1.5メートルの大きさで作ってみた。

 見た目は普通のプールじゃなくて鳥とかの水入れに近いんだが、後ろの1×1メートルは箱状になっていて、そこにミラーリングを20倍付与させてあるから、20メートルプール並の空間は確保できている。

 深さも20倍になってるから、ある程度は動ける空間を確保できてるんじゃないかな。


「そ、そんなものを……」

「これは試作の試作なんで、使い勝手もなにもないんですけどね」


 このプールは妊娠中のフラムが、自分の従魔フロウのために開発した初期の物になる。

 完成品は天樹製多機能獣車の中庭に設置されてるが、完全に据え置き設備だから、移動はできない。

 この初期型はストレージに突っ込むことができるんだが、車輪なんかはついてないから、多機能獣車のデッキでもないと移動は無理だな。

 だけどイスラさんにとっては、出先でもマールと一緒に行動できるかもしれない代物だから、すごい欲しそうな顔をしている。


「多機能獣車ですか……。無理をすれば私も買えますけど、マールと一緒に行動できるほどの物となると、完全に特注ですよね……」

「まあ、そうなりますねぇ」


 召喚魔法士でもあるイスラさんだが、契約している召喚獣はマールだけしかいない。

 Pランクのハイウンディーネだから餌代を稼ぐのは何の問題もないんだが、メインの狩場が海ってことを考えると、陸棲召喚獣は契約しても狩りに連れていく事ができないし、逆に陸上の狩りだとマールを連れていけないから、バトル・ホースとかとの契約は二の足を踏んでる状態なんだそうだ。


「リドセロスっていうのがベストかもしれないけど、確かアミスターの南部には生息してないんですよね?」

「はい。リドセロスはナダル海の東側にしか生息していませんね。後は迷宮ダンジョンぐらいでしょうか」


 今ならブルーレイク・ブルっていう手もあると思うが、畜産化されたのが最近だから、従魔としてはどうなのかっていう問題もあるしな。

 かといって自走式にしてしまうと、バトル・ホースやグラントプスを飼育している牧場主が大ダメージを受けるかもしれないから、やめといた方がいい気もする。


 ただ、今日はこれからメモリア総合学園に行かないとだから、どうすかは後でイスラさん自身に考えてもらわないといけない。


「どうするかとかは、後で考えてみます。では大和天爵、こちらのプール、ありがたく使わせて頂きますね。『サモニング・マール』」


 俺に頭を下げてから、イスラさんはマールを召喚した。

 エクレール・ドルフィンは何度か狩ったことがあるが、それ以外のドルフィン種を見たのは初めてだ。


 レイスパーク・ドルフィンは濃い青、花紺青色と呼ばれる体色をしていた。

 深海は暗いから、保護色にもなってるんだろう。

 だが両のヒレからは爪のようなものが3本ずつ生えているし、背ビレに至っては刃物のように鋭い。

 さすがに牙は生えてなかったが、額には小さなコブのようなものがあり、少し帯電してるように見える。


「この子がマールか。私は見たことないけど、テンペスト・ドルフィンとの違いって額のコブぐらいなんでしたっけ?」

「はい。テンペスト・ドルフィンは水属性魔法アクアマジックの他に風属性魔法ウインドマジックを使いますけど、マールは水属性魔法アクアマジック以外だと雷属性魔法サンダーマジック光属性魔法ライトマジックを使えます」


 そこは名前の通りってことなのか。

 おっと、それも興味深いけど、まずはプールに入ってもらわないとだった。


「それじゃあイスラさん、マールに入ってもらって下さい。ああ、イスラさんも確認してもらって大丈夫ですよ」

「わかりました、では申し訳ありませんけど、私も入らせて頂きます。マール、おいで」


 そう言ってからイスラさんはマールに声を掛け、人化魔法を解いてから先にプールに入っていった。

 マールもイスラさんに続いて入っていったが、おっかなびっくりって感じだな。

 まあ、普段はオケアノスの港で自由にしてるらしいし、夜は海に面した、というより一部が海に繋がってるイスラさんの自宅に帰ってきて、専用スペースで寝てるそうだが。


 しばらくすると、イスラさんがプールから顔を出した。


「すごいですね、このプール。中も思ってたより広いですから、マールも伸び伸びと泳いでいますよ」

「さすがにそんなスペースはないと思いますけどね。だけど居心地が悪い訳じゃないんなら、授業中ぐらいは大丈夫そうですか?」

「はい」


 その言葉が聞ければ十分だ。


「それじゃあ出発しますね。アリス、頼む」

「畏まりました」


 プールを天樹製獣車の後部デッキに乗せたまま、御者を務めてくれているアリスに声を掛け、ジェイドを進ませてもらう。

 メモリア港から総合学園までは、獣車でも1時間近くかかる。

 授業は午後からだから、時間的にはまだまだ余裕があるな。


「そういえば大和君」

「何ですか?」


 展望席で真子さんと並んで腰掛けていたら、思い出したかのように声を掛けられた。


「いえね、マールって完全な水棲種でしょう?」

「特殊進化してるとはいえ、元はエクレール・ドルフィンですからね」


 進化すれば空も飛べる、というより泳げるようになるとはいえ、基本は海の魔物だな。


「だけど総合学園には、プールなんて施設は作ってないわよね?」

「あ……」


 今の今まで全く考えてなかったが、確かに総合学園にはプールは存在していない。

 従魔のことを除いてもハンターやリッターは泳げた方がいいし、必須っていう職業もあるんだから、絶対に必要な施設じゃないか。


「困ったわね。一応場所はあるけど、今から作っても完成は早くても秋だし、使うとしたら来年からになっちゃうか」

「ですねぇ。だけどあった方がいいのは間違いないから、後でリカさんと相談しますよ」


 魔法のおかげで建築スピードは速いんだが、それでも急な増設になるから、資材調達から始めることになる。

 ラウス達もいるから、下手な素材は使えないってことも考えないといけないし、クラフターの手配もしないとだから、真子さんの言う通り、完成は早くても秋で、下手したら来年の春っていう可能性もあるな。


「そっちは任せるわ。私は使える素材を見繕っておくから」

「むしろそっちの方が助かります」


 使用する建材だが、プールってことを考えると木材は使いにくい。

 桜樹や扶桑なら大丈夫だと思うが、木製プールっていうのはちょっと怖いし、かといって金属材っていうのもあり得ないから、資材をどうするかはものすごく悩む案件になる。

 だけど真子さんが見繕ってくれるんなら、俺としては大助かりだ。

 もちろん予定地の選定に予算、デザインや設計なんかもあるから、そっちは俺がクラフターやトレーダーを手配しないといけないんだが。

 リカさんも手伝ってくれるだろうけど、丸投げって訳にはいかないから、俺もしっかり考えないとな。

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