MINERVA完成記念式典

Side・ミーナ


 6月も中程になりました。

 ハンターやリッターの懸命の調査も虚しく、レティセンシア地方の未確認迷宮ダンジョンは発見されていません。

 ですが全ての場所を調べられているワケでもありませんから、調査はまだまだ続行されると聞いています。

 私達もお手伝いしたいのですが、私達、というか大和さんには大切なお仕事がありますから、そちらを優先させなければなりませんし、私もお仕事の内容によっては代妻として同行しなければなりませんから、歯痒い気持ちを抑えながらも、日々のお仕事に励んでいます。


 そして今日は、グラシオンで建設されていたMINERVAの完成披露式典が催されます。

 各国の王陛下方もご出席されますし、大和さんやルディアさん、真子さんも開発者として招待されていますから、私も代妻としての参加しなければなりません。

 本当はフラムさんも開発者の1人として招待されているんですが、妊娠7ヶ月という身重のお体ですから、非常に残念ですが欠席です。


「此度はグラシオンMINERVA完成披露式典に集まって頂き、感謝に堪えない。この施設はアミスター天帝国三天家フレイドランシア天爵家当主大和殿を中心に、ご夫人方の尽力や各ギルドの協力によって、無事に完成を迎えた。改めて、関係者各位に感謝を」


 グラシオンMINERVAの一画にある講堂には、本日の式典のために各国から多くの招待客が集まっています。

 講堂は、主にスカラーの研究発表のために使われる施設です。

 後ろの方からでも壇上が良く見えるよう、傍聴席には段差が設けられていますし、最前列は祝宴やMARSの実演ができるようなスペースも、小規模ながら設けられていました。

 普段はここで研究も行えるように、傍聴席側は天井からの仕切りで閉じることが出来るようにもなってるそうです。


 グラシオンMINERVAは講堂の他に、スカラーズギルド・アレグリア本部、戦闘訓練や大型魔物の生態調査用巨大コロシアムの他にも、小型MARSを設置している研究所が2棟、宿泊施設や商店なども併設されています。

 当初の予定では、設置するMARSはコロシアムを含めて3基だったのですが、それでは足りないとスカラーからの嘆願があったのと、グラシオンMINERVAの規模が予定より少し拡大されることになったため、2基増やすことになりました。

 これでも少ないと文句を言ってくるスカラーがいるのですが、MARSは簡単に増産できる物ではありませんし、増やしていいものでもありません。

 不満があるなら使うなと、グリシナ陛下のみならずラインハルト陛下からの公式発言もありましたから、さすがに以後は不満を口にするスカラーはいなくなりました。

 陰では言ってると思いますけど。


 MINERVAはアレグリアの国営施設で、管理は獣王家からスカラーズギルドに委託という形になっていますから、以前メモリアンMINERVAで起きたような事態になった場合、獣王家が介入することもあり得ますね。


「であるからして、メモリアンMINERVA同様グラシオンMINERVAに設置されているMARSは、全て我が獣王家からスカラーズギルドへの貸与という形を取っている。故に諸々の注意事項を含め、MINERVAの利用はスカラーズギルドで契約を結ぶことになった。スカラーに限らず、利用者はそのことを忘れないでもらいたい」


 丁度グリシナ陛下が、メモリアンMINERVAで起きたような事態に対処するための対処方法をお話になられています。

 今までは利用申請にライブラリーを示せば、予約を入れることができていました。

 ですがそのために問題が起きたとも言えますから、グラシオンMINERVAの完成に合わせて、MINERVAを利用するためにはスカラーズギルドで、細かい注意事項を含めて説明を行い、それを了承し、正式な契約を結ばなければなりません。

 それでも問題が起きるのは避けられませんが、無知ゆえのトラブルは軽減できるでしょう。

 神官魔法プリスターズマジックを使っての正式な契約ですから、知らぬ存ぜぬは通用しませんからね。


「メモリアンMINERVAは総合学園の一施設でもあるため、グラシオンMINERVAはMINERVAとして正式に稼働することになった初の巨大施設でもある。いずれは天帝国、三王国にも建造されるが、それまではここグラシオンに、多くの者が集まることとなろう。治安の悪化も懸念される。ランサーには苦労を掛けるが、民達のため、アレグリアのため、そして連邦天帝国のために、より一層の働きを期待する。長々と話してしまったな。これよりはMARSの実演を踏まえた祝宴となる。皆、大いに飲み、大いに食べ、大いに楽しんでくれ」


 グラシオンMINERVAは明日から正式に稼働しますが、メモリアンMINERVAも変わらず、一般には月に1度、スカラーには週に1度開放されます。

 グラシオンには人が集まるので治安の悪化は避けられませんが、そのためにランサーを増員していますし、オーダーやソルジャーからも出向を募っていますから、しばらくは大丈夫でしょう。


「ではグラスを掲げてくれ。グラシオンMINERVAの成功とアレグリアの発展、そして連邦天帝国の繁栄を願って、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 グリシナ陛下の乾杯の音頭によって、祝宴が始まりました。

 まずはお食事を楽しみながらの談笑となり、1時間程経ってからMARSの実演が行われます。

 実演と言っても場所が場所なので模擬戦闘はなく、だいたい人間サイズぐらいの魔物の幻影を数種出し、説明に使うぐらいです。

 説明と言っても魔物の動きはこちらで制御することはできませんから、魔物の普段の生活を見るといった感じでしょうか。

 魔物は人間を見かけたら、多くは襲い掛かってきますし、そうでない魔物は逃げ出しますから、魔物がどんな生活をしているのかを確認する手段はありません。

 ですからスカラーにとっては、とても貴重で興味深い研究対象となるんだそうです。


「お、これ美味いぞ」

「どれ?あ、ダークブレス・ブルじゃん」

「あっちにはデモンズ・ドレイクもあったわよ」


 MARSを起動させるのは少し先ですし、私達は招待されているので、大和さん、ルディアさん、真子さんは用意されている料理に舌鼓を打たれていますね。

 かく言う私も、先程フラッド・クレインの甘露煮を見つけたので、確保させていただきましたけど。


「異常種や災害種のお肉をこんなに用意してたなんて、グリシナ陛下も張り切ってるんだなぁ」

「そりゃそうでしょ。なにせ国を挙げての大事業だし、ヘリオスオーブ初の施設のオープンなんだから。陛下方も全員出席されてるし、アレグリアとしては最大限の歓待をしないとメンツに関わるわ」

「だな。幸いというか、先月のコバルディア事変じゃ高ランクモンスターを多く狩ってることもあって、量を用意しやすかったってのも、ある意味じゃ運が良いって言えるんじゃないか?」


 確かに真子さんと大和さんの仰る通りかもしれませんね。

 先月行われたコバルディア攻略戦は、コバルディア事変と呼ばれるようになりました。

 魔化結晶どころか神帝の魔力によって、終焉種にまで進化した魔物が3匹も現れたこともあり、戦いは熾烈を極めましたが、無事に終焉種を含む全ての魔物を討伐し終えています。

 その際に討伐した魔物は、異常種どころか災害種も多かったですから、今回の祝宴で饗されているお料理の食材としても、多く利用されています。

 最近でこそ入手機会が増えてきていますが、数年前までは幻と呼ばれていた食材も多いですから、いかにアレグリアが力を入れているのかがわかりますよね。


 余談ですが、レティセンシアが起こしたフィール事件からコバルディア事変までの約2年の戦いは、バリエンテの内乱やソレムネの滅亡、幾度かの終焉種討伐戦も含めて、フィリアス大陸全土を巻き込んだとても大きな戦いとなってしまいましたから、それらをまとめてフィリアス大戦役と呼ばれることになりました。

 総合学園の歴史の授業でも習うことになっていますから、そのために陛下方が急いで考えられたと聞いています。

 実際に習うのは3年目からだそうですから、まだ余裕はあるんですけどね。


「運が良いかどうかで言えば、悪くはないけど良くもないってとこでしょ。天人さん達のこともあるし」

「あ~、確かにそうかも」


 真子さんの仰る天人とは、お義父様とお義母様のことです。

 お2人ともレベル220前後のアークヒューマンでもありますから、リネア会戦は天人会戦とも呼ばれているんです。

 お義父様とお義母様がコボルト・エンペラー、ニーズヘッグ、ケートスといった終焉種の討伐を行ったことも徐々に知られるようになってきていますし、何よりお義父様がエンシェントクラス総出でも倒すどころか傷一つつけられなかった事実があるので、隠しきれなくなってきているという事情もあります。

 幸いと言っていいのかはわかりませんが、お義父様もお義母様も元の世界へと帰られ、ヘリオスオーブに来られることは二度とありませんから、ご自分達がどのような扱いを受けていても知る術もないので、お怒りになられることもありません。


 蛇足ですが、少ない文字数で表記される場合、アーククラスは天人ですが、ハイクラスは超人、エンシェントクラスは古人、エレメントクラスは霊人となります。

 ノーマルクラスは普通の人のことですから、特にはありません。


「だけどさ、そのせいか分からないけど、最近は食べ物も値崩れとかが激しいって聞くよ?それって大丈夫なの?」

「何とも言えないな。エンシェントクラスが増えたとはいえ、一時的なものだったらすぐに戻るだろうし、かといって恒常的に用意するのは負担になる」

「積極的に狩る理由が、普段の生活に使うためだしね。だからPランクは増えるかもしれないけど、Mランク以上はそのうち落ち着くと思うわよ」


 ルディアさんが、高ランク食材が増えたことによる弊害を懸念されていますが、大和さんと真子さんはいずれ落ち着くだろうとお考えのようですし、私もそうではないかと思います。

 数年前までは、一般の食卓に並ぶ魔物食材はTランクやIランクが主流で、少々高価な物がCランク、高級品がBランクになり、Sランクであっても高額での取引がされていました。

 ですがハイクラスどころかエンシェントクラスまでもが大幅に増えた今では、TランクからBランクまでの魔物食材は捨て値近くで取引されることも増えてしまいましたし、少し無理をすればPランク食材ですら手に入れることができるようになっています。

 さすがにMランクやAランク食材は、貴族や裕福なギルド・レジスターでもなければ手が出ませんが、それでも普通に買うことができますから、あまり良い傾向とは言えない気がします。


 ですがそれらの食材の安定供給には、ハンターの活躍が必須となります。

 Pランク以上の魔物は、基本的に迷宮ダンジョンにしか生息していませんし、モンスターズランクから見ても生息地は深層になりますから、行き来するのも大変です。

 現在Pランク以上の魔物食材が安価で購入出来てしまう理由は、ガグン迷宮やラオフェン迷宮、そしてレティセンシアの迷宮ダンジョンが氾濫を起こしたことですから、数年もせずに食材の価格は戻るか、以前より安くなるのではと予想されているんです。


「あたし達は自分で調達してるし、それもMランクとかAランクとかも多かったから、市場のことは考えてなかったよね」

「乱獲してるとはいえ、全ての町や村に回せる訳がないしな。それにハイハンターが増えてきたって言っても、フィリアス大戦役のせいで、全体的に見ればハイクラスそのものの数は減ってる状態なんだ。だからいずれは元に戻るか、CランクやBランク辺りが一般的になるんじゃないか?」


 大和さんに言われて、私も気が付きました。

 確かにアミスターやトラレンシアではハイハンターが増えているんですが、逆にバリエンテでは減っていますし、リベルターは3分の1以下になっています。

 ソレムネもハイクラスの兵士は8割以上が戦争で命を落としていますし、レティセンシアに至っては全滅ですから、全体的な数で見れば、おそらく数年前の7割ぐらいにまでなっているかもしれません。


「そのタイミングでMINERVAの正式稼働だから、少しはハイクラスの人数回復に貢献できるってことなのか」

「それは結果論でしかないわよ。そもそも大和君は、そんなこと考えてMARSの開発を始めたワケじゃないし、私達だってそうでしょう?」

「そりゃね。あたしは特にやりたいこともなかったし、面白そうだから手伝っただけだから」

「私も似たようなものね。多分フラムもじゃないかしら?」


 真子さんとルディアさんのセリフに頷く大和さんですが、確かに皆さんそんなことを仰っていましたっけ。


「大和天爵、よろしいですか?グリシナ陛下がお呼びです。ご夫人方も、是非と仰っておられます」

「わかりました、すぐ伺います」


 ここでグリシナ陛下にお呼ばれしてしまいましたので、お話は一度中断です。

 そろそろMARSの実演をということでしょうから、私達も準備しないといけませんね。

 ああ、アレグリアの貴族の方々にもご挨拶しないといけないんでした。

 できれば遠慮したいんですけど、そんなことはできませんから、覚悟を決めていってきます。

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