父母との別れ

 4月10日。

 ついにこの日がやってきた。


 今日は父さんと母さんが、日本に帰る日だ。

 そのため俺達は全員で、魔族との戦場となったリネア渓谷に向かった。

 なんでも父さんが言うには、来た時と同じ場所でないと帰れないらしい。

 ちなみに今日父さんと母さんが帰ることは周知されてるから、ラインハルト陛下達にエンシェントハンター達も見送りに来てくれている。


「地球でも使えるそうだが、さすがに数が多くないか?」

「それだけ土産が増えたんだよ。父さんと母さんに兄貴、姉さん、それからセーラさん用で分けてるから」

「こっちは私の家族にお願いできる?」

「うん、しっかりと渡しておくよ」


 真子さんの家族にも、真子さんが生きていることは伝えてもらうことになっている。

 だから真子さんの家族用にもミラー・バッグを用意し、その中には魔導具やカーテン、食材なんかを入れてみた。

 他にも真子さんや父さん、母さんの友達って人達にも、真子さんが頑張って用意していたな。


「飛鳥殿、真桜殿。あなた方の献身に報いているとは言えませんが、これを受け取って頂きたい」

「これは?」

「オーダーズギルドの名誉号、オナーズ・オーダーズマスターを示す勲章です。この程度しかできず申し訳ないが、是非とも受け取って頂きたい」

「ありがとうございます、陛下」


 ラインハルト陛下から父さんと母さんに渡された勲章は、陛下が口にしたようにオナーズ・オーダーズマスターとしての名誉を称える瑠璃色銀ルリイロカネ製の勲章だ。

 日緋色銀ヒヒイロカネはハイクラフターでも加工が大変だし、何より瑠璃色銀ルリイロカネはアミスター・フィリアス連邦天帝国を象徴する金属となっているから、勲章とかも一新されてるって話だな。

 瑠璃色銀ルリイロカネだから父さん達の魔力に耐えられないが、飾っておく分には大丈夫だろう。


「私達からも、こんなものしかありませんけど、命を助けていただいたお礼です」


 そしてエンシェントハンター達からも、様々な魔物の食材詰め合わせのミラー・バッグが贈られた。

 母さんは料理が趣味で、しかもプロ並みの腕だし、ヘリオスオーブの食材にも興味を持ってたから、これは喜んでくれるだろう。


「すいません、ありがとうございます」

「命を助けていただいたばかりか、稽古もつけていただきましたからね」

「おかげで私達も、少しは力をつけることができました」


 あー、確かにエンシェントハンターばかりかレイドメンバーにリッターズギルドも、父さんの地獄の特訓を受けてたんだった。

 エンシェントクラス総出でも掠り傷どころか触れることすらできなかったんだが、それでもレベルは上がってるし、エンシェントクラスに進化したハンターやリッターも何人かでたぐらいだ。

 さらにミューズさんとエルさん、スレイさんはレベル80を超えたし、レックスさんに至ってはレベル91になってるから、どれだけ厳しい特訓だったのかって話だな。


「それは良かった。次に魔族の襲撃があったとしても、私達は助けることができません。ですが皆さんが力をつけたなら、相手がなんであれ、この世界を守ることができるでしょう」

「そうでありたいと思っています」


 そうだな。

 父さんと母さんがヘリオスオーブに来た最大の理由は、行方不明になった俺を探すだめだった。

 だけどその時俺は、神帝によって命を落とす寸前でもあった。

 だから父さんと母さんは、神話級術式まで使って俺を助けてくれた。

 その際に助けられたのは俺だけじゃなく、戦闘に参加していたハンターやオーダーもだ。


 だが父さんと母さんは、二度とヘリオスオーブに来ることはない。

 だからこそ父さんは、俺だけじゃなくヘリオスオーブの人達が自分達の手で世界を守れるように、力を貸してくれていたんだ。


 そしてそれは、俺にも言えることだ。

 父さんと母さんのおかげで基礎能力の底上げはできたし、真子さんとの二心融合術による刻印神器の生成も成功した。

 俺がっていうのは自惚れが過ぎるが、それでもヘリオスオーブを守るための大きな力ってのは間違いない。


「それから大和、これを受け取れ」


 その父さんは、俺に向かって何かを手渡してきた。

 刻印具用のメモリーカード?

 なんでこんなものを俺に?


「その中には、父さんのS級術式を入れてある。今のお前なら、使いこなせるだろう」


 父さんのS級術式って、ミスト・インフレーションとミスト・リベリオンか!


 S級術式は生成者が血の滲むような努力の果てに開発した切札であり、自身の誇りでもある。

 だからたとえ親子であっても、術式を継承することは無い。

 稀に有用性や汎用性の高さから、新しい刻印術として登録されることもあるが、それはそれで生成者にとっても名誉なことだな。

 だけど父さんのミスト・インフレーションとミスト・リベリオンは完全な戦闘用術式だし、余人が使うにはリスクが高すぎるってことから、使い手は父さん以外には存在しない。

 俺のミスト・ソリューションも、ミスト・インフレーションを参考にしたぐらいだ。


 そのミスト・インフレーションとミスト・リベリオンを、俺に?


「いいのか?」

「最後の餞別だ。本当は母さんもS級を渡そうとしていたんだが、お前とは相性が悪いだろう。だからそっちは、真子に渡してある」


 最後の、か。

 いや、確かにそうなるか。

 だけど日緋色銀ヒヒイロカネや刻印神器のみならず、まさかS級術式まで俺にくれるなんて、思ってもいなかった。

 しかも母さんのS級術式は真子さんが受け取ってるとか、マジでいいのかと思わずにいられない。


「受け取りなさいな。飛鳥君も真桜も、もうあなたに会えないんだからね。S級術式は生成者の誇りであり、生き様でもある。それがある限り、大和君が2人を忘れることはないでしょう?」


 父さんと母さんを忘れることなんてないと思うが、真子さんの言いたいこともわかる。

 それにミスト・インフレーションとミスト・リベリオンは、俺にとってもとんでもなく魅力的な術式だから、ありがたく受け取らせてもらおう。


「ありがとう、父さん」

「ああ。そろそろ時間だ」


 そう言うと父さんは、カラドボルグを抜き、地面に突き立てた。


「お義父様、お義母様。お会いできて嬉しかったです。いつまでもお元気でいて下さい」

「ありがとう。プリムさん、マナさん、ユーリちゃん、ヒルデさん、リカさん、アテナさん、ミーナさん、フラムさん、リディアさん、ルディアさん、アリアちゃん。大和と真子のことを、そしてサキとアスマ、これから生まれてくる孫達のことを、よろしくお願いします」

「はい!」


 プリムが代表して父さんと母さんに見送りの言葉を掛け、父さんも俺と真子さん、子供達のことに触れて頭を下げる。


「真子……元気でね」

「泣かないでよ。あの時と違って、今回はちゃんとお別れが言えるんだから」

「でも……もう会えないんだよ?それに真子だって……」

「そりゃ私だって、二度と会えないって思ってたんだから……。だけどまた会えた……。すっごく嬉しかったんだからね?」


 隣では母さんと真子さんが抱き合いながら、互いに涙を流している。

 真子さんにとっては1年ちょっと前、母さんにとっては25年も前に消えた親友と、今度こそ本当の別れになるんだから、こうなるのも当然か。


「大和……元気でね……」

「ああ。母さんも、体に気を付けてな」

「うん……!」


 その母さんは真子さんに抱き着きながら、俺も抱き寄せてきた。


「真桜、名残惜しいだろうが」

「うん……」


 父さんに促されて俺と真子さんを話した母さんは、父さんと同じようにフェイルノートを地面に突き立てた。


「カラドボルグ、フェイルノート。やってくれ」

「「心得た」」


 地面に突き立てられたカラドボルグとフェイルノートから魔力が迸り、父さんと母さんを包み込む魔法陣となった。

 そして魔法陣が完成する直前、父さんと母さんが口を開く。


「大和、父さんと母さんが助けに来ることは、二度とない。これからはお前が、しっかりと家族を守っていけ」

「ああ、わかってる」


 あの時父さんと母さんが来てくれるなんて、夢にも思ってなかったんだ。

 だからあの戦いは教訓として、しっかりと戒めているつもりだ。

 この1ヶ月、父さんだけじゃなく母さんにも、稽古のみならず心構えまで叩き込まれたんだから、あんな無様な醜態は二度と晒さない。


「大和、真子、みんなも……元気でね!」

「バイバイ、真桜!飛鳥君!みんなにもよろしくね!」

「うん!」

「元気でな」

「そっちこそ……!」


 真子さんの涙も、止まることがない。


「父さん、母さん。本当にありがとう」


 今にも崩れ落ちそうな真子さんを支えながら、俺は父さんと母さんに、心からの感謝を伝える。


「大和ぉ……」

「別の世界から、お前達の活躍と幸せを願っている」

「ああ……、父さんと母さんも、いつまでも元気でいてくれよ!」

「もちろんだ。それじゃあな、大和」

「体に、気を付けて、ね……!」


 その言葉を最後に、父さんと母さんが光に包まれた。

 そして魔法陣が空に浮かび上がると、大きく爆ぜ、ゆっくりと消えていく。

 残ったのは、カラドボルグとフェイルノートを突き立てていた跡だけ。

 これで本当に、父さんと母さんは日本に帰ってしまったってことなんだろう。


「真子、大丈夫?」

「無理はしないでくださいね?」

「うん……。ありがとう……」


 リディアとルディアは、俺に代わって崩れ落ちそうな真子さんを支えてくれた。


「素敵なご両親だったわね」

「そう、かな。そうだな。俺にとっても、明確な目標ができたよ」

「あたし達もよ。もう二度とお会いすることはできないけど、それでも会えるなんて思ってなかった。だからこの1ヶ月は、本当に充実していたわ」


 プリムの唯一の不満は、妊娠中ってことで父さんや母さんと手合わせすることができなかったことだよな。

 それでも父さんは、しっかりとプリムやフラムの戦い方についても教授していた。

 2人とも出産まではイメージを固めることしかできないが、だからこそ出産後は派手なことをしそうな気がする。


 だけどその前に、コバルディアに蔓延る魔族を一掃しないとな。

 フィリアス大陸から魔族が消え去れば、宝樹を守っている神々も動けるようになるし、魔物の進化も通常に戻るだろう。

 あとは戦力をしっかりと整えてグラーディア大陸に殴り込みをかけ、今度こそ神帝を討つ。

 そうすればヘリオスオーブに、真の平和が訪れることになる。

 数年は先の話になると思うが、その日のために、そしてこれから生まれてくるであろう我が子達のために、今度こそ必ず!


 新たな誓いを胸に、俺は父さんと母さんが帰っていった空を見上げた。


 ありがとう、父さん、母さん。

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