父母と神槍

Side・真子


 大和君と飛鳥君の探索系積層術で、ケートスらしき魔物の所在を突き止めることができた。

 今私達は、エオスの抱える多機能獣車に乗り、その所在地の上空20メートルに待機してもらっている。

 まずはケートスを水面までおびき出して、それから討伐を行うことになるんだけど、またしても飛鳥君が、今度は真桜と一緒に戦うと口にした。

 さすがにこれ以上は気が引けると思ってたんだけど、どうやら飛鳥君は、大和君のために考えて討伐を請け負っている感じだわ。

 コボルト・エンペラーは、大和君が視察で不在だったから、その代理として。

 ニーズヘッグは、エニグマ島にあった神金オリハルコン鉱山を解放するため。

 そしてケートスは、大和君もまだ見たことがない神話級術式を見せるため。


 厳しかったって大和君からは聞いてるけど、それだけじゃないことはよくわかる。

 真桜は甘々っぽいから、バランスがとれてたってことでしょうけど。


 その飛鳥君と真桜は、多機能獣車から飛び立ち、カラドボルグとフェイルノートを重ねた。


「なっ……!」

「やっぱり使うのはそれか」

「まあ、あれを使う以上、こっちの方が使いやすいからね」

「元々俺達が生成していたのも、こいつだしな」


 カラドボルグとフェイルノートは、光に包まれると同時に、1本の槍となっていた。

 槍は3メートル以上もある長さで、三又の矛が両端にあり、神々しい装飾も施されている。

 私も久しぶりに見たけど、あれこそが2人の本来の刻印神器 神槍ブリューナクよ。


「それじゃあ行くか」

「うん!久しぶりだね!」


 飛鳥君と真桜は、2人でブリューナクを手にし、そのまま海面に穂先を向ける。

 同時に穂先から、とても細い一筋の光条が放たれ、次の瞬間海面が爆ぜた。

 しばらくしてからケートスの死体が浮かんできたけど、傷は1つしかなく、それでいて2メートル程度の大きさだから、ほとんど無傷だわ。


「あれが……ブリューナク最大の神話級術式……」

「予想はしてたけど、やっぱりバロールを使ったか。海面は大きく爆ぜたけど、津波の心配はなさそうね」


 ブリューナク最大の神話級術式バロール。

 確かTNT換算1.5ギガトンとかいう、地球上の核兵器を集めても及ばない破壊力を誇る術式で、現存している刻印神器の中でも最大の威力を誇っていたはずだわ。

 カラドボルグとフェイルノートの生成前はそこまでの威力はなかったそうだけど、それでも1ギガトンあったとか言ってたから、ヘリオスオーブでは誰も見たことも聞いたことも、ましてや想像したこともない威力ってとこかしらね。

 今回はかなり規模も威力も抑えていたけど、そのおかげで魔石はもちろん、素材としても十分以上に使えそうだから、ヒルデ様やラインハルト陛下も喜んでくださるわ。

 全力で使えば全長300メートル以上のケートスであっても、骨どころか細胞すら残らず消えていたから、2人にも感謝できるわね。


「大和、呆けてないで、さっさと確認しろよ」

「え?あ、ああ、わかった」


 飛鳥君に促されて、大和君が死体にクエスティングを使い、確認を行う。


「間違いなくケートスだ。完全に死んでるし、収納しとくよ」


 大きすぎてわかりにくかったけど、翼らしきものもあるから、やっぱりケートスで間違いなかったか。

 呆然としながらインベントリにケートスの死体を収納する大和君だけど、同行してるマナ様やミーナ達は既に言葉もない状態。

 私も初めて見た時はそうだったから、気持ちはよくわかるわ。


「威力は3分の1ぐらいに抑えたけど、もし大和と真子が二心融合術を成功させたら、あれ以上の術式を使えるようになると思うよ」

「でしょうね。というか、ブリューナクなんか使って、影響は出ないの?」

「ブリューナクはカラドボルグとフェイルノートの二心融合型刻印神器だからな、カリスにとってはどっちでも変わらないらしい」


 聖杯カリスか。

 エクスカリバーと複数属性特化設置型の二心融合神器だから、処理能力はスーパーコンピューターに匹敵してるし、探知能力や防御能力も突出している。

 そんなカリスからしたら、確かにカラドボルグとフェイルノートをブリューナクに融合させたとしても、大した手間じゃないってことか。


「相変わらずデタラメよね、刻印神器って。まあだからこそ、異世界転移なんていう荒唐無稽なことを考えたんだろうけど」

「まあね。実際来るだけなら、触媒があればカラドボルグとフェイルノートだけでもできたけど、それじゃあ帰れないから」

「だからこそ話を聞いたアーサーさんと雪乃さんが、協力を申し出てくれたんだ。表向きは光仁とセーラを会わせるためだが、本当の理由はこっちだ」


 光仁みつひとって、確か大和君のお兄さんよね。

 お姉さんもいて、確か美琴みことっていう名前だったはずだけど、セーラっていうのは誰なのかしら?


「セーラって、もしかしてアーサーさんと雪乃さんの娘さん?」

「ああ。大和が行方不明になったから延期されたが、次の春には2人の結婚式が予定されてるからな。簡単に国を離れられない七師皇といえど、動かないわけにはいかないさ」


 なるほどね。

 その光仁君とセーラちゃんの結婚準備という名目でアーサーさんと雪乃さんも日本に来られて、その2人に協力してもらってヘリオスオーブに来ることができたのか。


「兄貴の結婚、延期になってたのか」

「そりゃ弟が行方不明になったんだから、結婚式どころじゃないよ」


 真桜の言う通りよね。

 身内が突然行方不明になったりなんかしたら、結婚どころの話じゃないもの。


「言っておくが、光仁や美琴だけじゃなく、セーラも心配しているんだからな?」

「そう言われても、半ば不可抗力だったんだぞ?」

「それはそうだけど、だからこそ心配するんだよ?さすがにこんなたくさんのお嫁さんができてるとは、誰も思ってなかったけどさ」

「真子までいたとは、予想しろって方が無理だな」


 まあ、それはねぇ。


 聞いた話だと、私は行方不明になってから2年後に死亡したって判断されて、捜索も打ち切られたらしい。

 私はヴァルキュリアの1人として名前が知られていたから、その私を殺すことが出来る存在が日本にいるってことで、他国との関係がかなり危なくなったとも言ってたわね。

 結局私は異世界転移してたワケだから、どこの国も一切関与してないんだけど、当時は調べようがなかったから。

 今回大和君が行方不明になったことで、図らずも私が行方不明になった真相が判明したワケだけど、今更でしかないわね。


「兄貴の結婚、来年の春の予定なのか」

「日本だけじゃなく、オーストラリアも関与してるからな」


 日本の七師皇の長男とオーストラリアの七師皇の長女の結婚なんだから、そりゃ国も関与してくるわよね。


「なら向こうで使えるかは分からないけど、何か結婚祝いを用意しとくよ」

「それはそれで問題にしかならなさそうだから、あまり派手なのはやめておけよ?」

「わかってるよ」


 私もだけど、大和君も帰るつもりはない。

 だけど身内の結婚なんだから、大和君がお祝いを用意したいと思う気持ちもわかる。

 ああ、それなら私も、元気にやってるって証拠に、何か家族に作ってもいいかもしれないわね。

 向こうでも使えるかわからないけど、印子と魔力は同じものだから、多分何とかなるでしょう。

 帰ったら早速、考えないとね。


Side・ヒルデ


 先日目撃された終焉種ケートス、その死体がベスティアのハンターズギルドに持ち込まれたと報告を受けたわたくしは、即座にデセオでの執務を切り上げ、報告に来て下さったミーナとともにハンターズギルド・トラレンシア本部へ向かいました。

 道中ミーナさんから聞いた話では、お義父様とお義母様が倒してくださったそうですが、お話だけではいまいち要領を得ません。

 いえ、水深30メートルにいたというケートスを、バロールという刻印術一撃で仕留めたとのことですから、実際に見ていてもわからなかったでしょうけど。

 ですが倒されたのは事実ですから、何をおいても確認をしなければなりません。


 ハンターズギルドに到着し、第10鑑定室に通されると、既にケートスの検分が行われており、トラレンシアの統治を任せている妹のヒルドも既に到着していました。


「こ、これがケートスですか……」


 ミーナさんからニーズヘッグより巨体だと聞いてはいましたが、想像以上の大きさに驚きました。

 第10鑑定室はかなり広いのですが、ケートスの死体はその第10鑑定室の半分近くを占めています。

 こういった事態も想定している第10鑑定室ですが、新たな終焉種が生まれるかもしれないという神託も下っていますから、拡張を考えた方がいいのでしょうか?


「ヒルデも来たのか」

「はい。ミーナさんから聞きました。お義父様、お義母様、此度は我が国の窮地を救って頂き、心より感謝致します」

「頭を上げてくれ、ヒルデさん。王が簡単に頭を下げるなど、あってはならないことだろう?」

「仰る通りですが、亡国繋がりかねない脅威を排除していただいたのですから、わたくしごときの頭でよければ、いくらでも下げます」


 スリュム・ロードの時もそうでしたが、わたくしやセイバーの力では、どうあっても討伐は叶いませんでしたから。

 ニーズヘッグ討伐の様子はわたくしも拝見させていただきましたが、ケートスは海中に生息している魔物ですから、いくらお義父様やお義母様でも、簡単に討伐できるとは思っていませんでしたが。


「さっき妹さんにもお礼を言われたけど、終焉種ってそこまでの魔物なんだね」


 既にヒルドも、お義父様、お義母様にお会いしていましたか。

 いえ、それも当然のお話ですか。

 わたくしはフェブロ・レヒストレス侯国が無事に独立して数ヶ月後に、正式にヒルドに譲位することになりました。

 既にトラレンシア国内の実権はほとんどヒルドに譲り、わたくしは名ばかりの女王となっていますから、国を預かる身の上でもあるヒルドは、ケートスという海に棲む終焉種の討伐に、わたくし以上に安堵していることでしょう。


「はい。ここアウラ島は、200年近く前のお話になりますが、スリュム・ロードという終焉種によって、当時あった国の1つが瞬く間に滅ぼされています。その後討伐隊が送り込まれていますが、手傷こそ負わせましたが、討伐には至りませんでした」


 そのスリュム・ロードも大和様が討伐してくださっていますし、ソレムネという大敵も滅びましたから、トラレンシアは建国以来初めて安全な1年を過ごせていたのではないでしょうか?

 クラテル迷宮という新たな迷宮ダンジョンが生まれましたが、第5階層にグランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラーが生息しているため、エンシェントハンターご用達と言っても過言ではない迷宮ダンジョンとなっていますから、氾濫はおろか放逐もそうそう起こることはないでしょう。


「なるほど、実例があったのか」

「ということは、このケートスっていうクジラも、早めに討伐できて良かったってことだね」

「はい」


 終焉種ですから、討伐が叶うとは限りません。

 ベスティアに近い海域で目撃されてしまったとはいえ、海の魔物ですから調査もままならず、いずこかの町が滅びるまで手の打ちようがないこともあるでしょう。

 そのケートスを討伐してくださったのですから、本当に感謝しかありません。


「ヒルデ、ブリュンヒルド殿下から、魔石は天帝家に、ケートスの素材は三王家と俺達にって言われたけど、本当にそれでいいのか?」

「はい。コボルト・エンペラーやニーズヘッグの魔石は天帝陛下に献上されておりますし、素材も同様です。ですからケートスも、そうするべきでしょう」

「それはそうなんだが、俺達にまでっていう必要はなくないか?」


 なぜ大和様がそのようなことを尋ねてこられたのかと思いましたが、ウイング・クレストへ下賜される素材のことが問題でしたか。

 確かに討伐されたのはお義父様とお義母様ですが、お二方は大和様のご両親でもあられますし、ウイング・クレストが出られたのも事実ですから、当然のことですよ。

 気にされるようでしたら、ケートスやニーズヘッグの素材を使い、お義父様とお義母様に何か仕立てて差し上げるのもいいのではないでしょうか?


「あー、確かにそれもアリだな」

「いや、確かに服は仕立ててもらったが、そんな貴重な素材を、直にいなくなる人間に使うのはどうなんだ?」

「だよね。あ、でもこの服は動きやすいし、着心地も良いから、貰って帰ろうかなって思ってるけど」


 アーククラスでもあるお義父様とお義母様は、いくつかの手荷物は持参されておられましたが、着替えはあって困るものではありませんから、ウイング・クレストのクラフターが総出で、王絹布を使用した衣服を用意しています。

 お二方にも協力していただき、魔物素材についての検証も行ったのですが、その結果Mランクモンスターの素材でなければ耐えられないという結果がでましたから、王絹布を使うしか選択肢がなかったのです。

 もっともその結果がなくとも、王絹布を使用していたと思いますが。


「それは父さんと母さん用に仕立ててもらってるから、遠慮なく持って帰ってくれ。じゃあヒルデ、ケートスは皮を少々ってことでいいか?」

「それだけでよろしいのですか?」

「ニーズヘッグは皮の他に牙も何本か貰ったけど、さすがに使いきれないからな」

「なるほど、わかりました」


 確かに使うとしても、すぐにというワケではありませんか。

 でしたら大和様の希望通り、皮を多めにお渡しさせていただきます。

 あとは報酬ですが、こちらは討伐されたのがお義父様とお義母様ということで、ウイング・クレストとしては辞退されてしまいました。

 さすがに報酬無しは問題なのですが、終焉種の素材はお金で買えるような代物ではありませんから、下手に金銭の報酬よりエンシェントハンターには喜ばれます。

 実際ハヌマーン討伐に同行されたホーリー・グレイブとファルコンズ・ビークにも、ハヌマーンの毛皮が下賜されましたから。

 ですからケートスの皮や牙は、下賜目的でいくらか貯蔵しておくつもりでいます。


 それでは改めて、報告を聞かせていただきます。

 まずはどのようにして、ケートスを発見したのか、からお願い致します。

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