父と終焉の竜

Side・ラインハルト


 先日大和君から、アリアに下ったという神託について報告を受けたが、さすがに耳を疑わざるを得ない内容だった。

 まさか神帝の魔力によって、フィリアス大陸に新たなる異常種や災害種はおろか、終焉種まで誕生しつつあるとは……。

 急いで各国の王にも報せ、緊急で国際会議サミットを開いたのだが、さすがに簡単に対策など立てられない。

 それでもハンターズギルドやリッターズギルドには警戒を促し、些細な情報でも報告するよう指示は出したし、すぐにエンシェントハンターへ緊急依頼が出せるよう、町を移動した際は必ずハンターズギルドへ報告することも義務付けた。

 幸いにもエンシェントハンター達は、事の重大さを理解してくれたから、私からの指示にも理解を示してくれたし、率先しての調査も請け負ってくれた。

 万全とは言い難いが、エンシェントハンターが動けば、災害種までなら討伐は難しくない。

 問題なのは終焉種だが、こちらはやはり大和君に出張ってもらうことになるだろう。

 だが今の大和君は、武器を失っている。

 一応エドが打った瑠璃銀刀・薄緑弐式を佩いてはいるんだが、リチャード師が打った剣にはまだ及んでいない。

 もっとも瑠璃銀刀・薄緑弐式は、神金オリハルコン合金を使用した剣の代用品という意味もあるし、エドも祖父の打った剣より劣っていることは認めているから、今のところは問題となってはいないが。

 本当に神金オリハルコン鉱山があるかどうかは、エニグマ島を調査してみない限り確かなことはわからない。

 だからニーズヘッグの討伐が終われば、グリシナ獣王はすぐにでも調査隊を派遣するし、その準備も進めている。


 そして今日、そのニーズヘッグの討伐が行われる。

 討伐を行うのは大和君の父上 飛鳥殿で、驚いたことに単独で行うという。

 数日前、神託の原因となったバレンティアの終焉種コボルト・エンペラーも、赤子の手をひねるかのように倒したと聞いているが、終焉種を容易く屠れるとは、寒気がするほど恐ろしい強さだ。

 ああ、コボルト・エンペラーの魔石は、フォリアス竜王から献上されてしまったよ。

 トラレンシアからもスリュム・ロードの魔石を譲られているし、グリシナ獣王からもニーズヘッグの魔石は手元に置いておくつもりはないと言われているから、そちらも討伐後に持参されるだろう。

 終焉種の魔石は主家が持つべきだと三王は口をそろえていたが、本音は厄介払いでしかないんだろうがな。

 それについては連邦天帝国の盟主として、受け入れざるを得ないと思っている。


 だがそんなことよりも、今は飛鳥殿がどのようにニーズヘッグと相対するのか、そちらの方が興味深い。

 そしてファルコンズ・ビークも、飛鳥殿の戦いを見るために、見学として同行してきている。

 ポラル防衛戦では飛鳥殿と奥方の真桜殿によって救われているが、どのようにして助けられたのかは誰も理解できていなかった。

 真子はお二方の親友でもあるため、唯一理解できていたようだが。

 ファルコンズ・ビークと同様の者は他にもいるため、ホーリー・グレイブとグレイシャス・リンクスも同行しているな。

 運良く飛鳥殿とお会いできたようで、約束を取り付けられたことを喜んでいた。

 さらにグリシナ獣王も、自国の利益と発展につながる話になるため今回は同行しているし、声を掛けたフォリアス竜王も緊張した表情で飛鳥殿を見つめている。

 本来フォリアス竜王は同行する予定ではなかったのだが、トラレンシア妖王でもあるヒルデがウイング・クレストの一員として同行しているため、同格の三王となる竜王だけ呼ばない訳にはいかない。

 だから飛鳥殿に許可を得てから声をかけたのだが、数日前コボルト・エンペラーを討伐していただいたこともあり、とても乗り気で、二つ返事で承諾したと聞いている。

 護衛としてエンシェントリッターも全員同行しているし、グランド・ドラグナーズマスター ハルート卿の姿もあるから、彼らも興味があるのは間違いないな。


 見学の人数も多いため、移動にはウイング・クレスト、ホーリー・グレイブ、グレイシャス・リンクスの多機能獣車を使い、アテナ、エオス、そしてハルート卿の奥方でもあるドラゴニアン テミス夫人に竜化してもらい、獣車を抱えてもらうことになった。

 そのためホーリー・グレイブとグレイシャス・リンクスの多機能獣車には、簡素ではあるがベルトを用意している。

 ホーリー・グレイブとグレイシャス・リンクスの獣車を抱えるエオスとテミス夫人の負担も、軽減されているだろう。


「近くで見たことはあるけど、来たのは初めてだな」

「ニーズヘッグがいるから、島の上は飛べなかったものね」


 大和君も、エニグマ島に来たのは初めてだったか。

 まあエニグマ島に用がある者はエニグマ迷宮に入るハンターしかいないのだから、当然の話だが。


「さすがに3人のドラゴニアンが近付いてきたら、ニーズヘッグだって迎撃しようとするか」

「そりゃねぇ」


 3人のドラゴニアンが接近してきたのを感知したようで、漆黒の身体を持つ巨竜がエニグマ島から姿を現した。

 プリムとマルカの言う理由以外でニーズヘッグが出てくることは無いだろうが、凄まじい大きさだ。


「さすがに大きいね」

「ああ。ポラル防衛戦で倒したドラゴンより遥かにデカい」


 私もニーズヘッグの姿を見たには初めてだが、確かに真桜殿と飛鳥殿の言う通り、ニーズヘッグは思っていた以上の巨体だった。

 ざっと見ただけだが、全長100メートル以上ありそうだ。

 さすが数多いる終焉種の中でも、最強の存在だと言われているだけの迫力がある。

 4本の角と4枚の翼を持ち、鎧を纏っているようにも見えるその威容は、強大な魔力も相まってエンシェントクラスであっても身が竦む。


「むっ!」

「させないよ!」


 そのニーズヘッグは、こちらを視認すると同時に大きく口を開け、ブレスを吐いてきた。

 だがそのブレスは、真桜殿のシルバリオ・ディフェンダーという刻印術によって、微量の熱すら我々には届かなかった。


「初めて見るけど、そんな術式も開発してたのね」

「うん。一応無性無系術式だけど、基本は防御用だね」


 真子も知らなかったのは驚いたが、ハンターも状況に応じた固有魔法スキルマジックの開発は行うのだから、刻印術師が同じことを考えてもおかしくはない。 

 それにしても、まさかニーズヘッグのブレスを完璧に防ぐとは、これがレベル217のアークヒューマンの力だということか。


「真桜、悪いが守りは任せるぞ」

「こっちが攻撃されたらね。飛鳥は自分で何とかしてよ?」

「当然だろ。それでは陛下方、行って参ります」


 散歩にでも行くかのような気楽さで、飛鳥殿はフライ・ウインドという刻印術を使い、獣車から飛び立った。

 飛鳥殿の飛行速度は速く、あっという間にニーズヘッグと対峙してしまった。

 飛鳥殿が対峙されたことで分かったのだが、どうやらニーズヘッグは、胴体だけでも100メートル近い巨体のようだ。

 尻尾も同じぐらいの長さがあるように見えるから、全長200メートルといったところか。

 あまりにも大きさが違い過ぎて、飛鳥殿がとても小さく見える。


「こうして見ると、さすが最強の終焉種だって納得せざるを得ないわね」

「ええ。あの巨体もさることながら、さっきのブレスも3人のドラゴニアンをまとめて飲み込んで、まだ余る大きさだったわ」


 私同様にウイング・クレストの多機能獣車に同乗しているファルコンズ・ビークのエルとホリーが、その顔に恐怖を浮かべながら口を開くが、私もまったく同感だ。

 同じ終焉種であっても強さに差があることは理解していたが、ここまでだとは思わなかった。


「さすがにあれを倒すのは、一工夫も二工夫も必要だな」

「武器も、エドワード君には悪いけど、薄緑弐式じゃ厳しいでしょうね」


 だろうな。

 最初から薄緑弐式を使用していれば問題ないだろうが、武器の性能が一段下となってしまっている以上、その差は致命的になりかねない。

 もし大和君がニーズヘッグ討伐を行うとしたら、まずは武器を用意するところから始めなければならないか。


「始まるわよ!」


 マナの言葉でニーズヘッグに視線を戻すと、飛鳥殿が魔力を高めているところだった。

 最初は自らと比べて遥かに小さな飛鳥殿を気にも留めていなかったニーズヘッグだが、飛鳥殿の規格外の魔力を感じ、すぐさま後退した。

 ニーズヘッグすら退けさせるとは、なんという強大な魔力なんだ……。


「こないだより、遥かにすごい魔力だわ……」

「こないだって……ああ、私がチンピラに絡まれた時か!」

「真桜様に絡むなんて、なんて命知らずな……」


 エルと真桜殿の話を聞いて驚いたが、私もマルカと同じ感想しか抱けない。

 既にそのハンターは捕まり、全員が犯罪奴隷に落とされたそうだが、どうやら余罪も多かったようだな。

 おっと、今はそんなことはどうでもいいな。


「あれって……まさか、ニーズヘッグが怯えている?」

「んなバカな……」

「で、でも……あれはどう見たって……」


 確かにファルコンズ・ビークの言う通り、ニーズヘッグは怯えているように見える。

 その証拠に尻尾は丸まり、徐々にだが後退している。

 飛鳥殿から逃げられないことも本能的に悟ってもいるのか、逃げるための隙を作るために腕を振るっているのだが、飛鳥殿は手にした剣で受け止めたばかりか、そのまま斬りつけた。

 すると攻撃を受けた右腕から、大量の血が吹き荒れ、力なく落ちた。


「やっぱりあれだけ大きいと、ミスト・インフレーションも威力激減かぁ」

「それでも右腕は使えなくなったし、ニーズヘッグとしても戦力ダウンだわ」


 軽く斬りつけたようにしか見えなかったが、それだけでニーズヘッグの右腕を使用不能にしてしまうとは、さすがに思わなかった。


「あれがコボルト・エンペラーを倒したという、飛鳥殿の切札の1つなのか」

「そ、そうなのですか、兄上?」

「俺も聞いただけだが、飛鳥殿はあの刻印術を使い、たった一撃でコボルト・エンペラーを倒したそうだ」

「い、一撃で!?」

「ああ。その際に使用したのが、あのミスト・インフレーションという刻印術だそうだ」


 ハルート卿とフォリアス竜王の会話は、私の耳にも聞こえてきた。

 飛鳥殿がコボルト・エンペラーを倒したとは聞いていたが、まさか一撃で倒していたとは思わなかった。

 だがコボルト・エンペラーは3メートルほどしかなく、10メートル以上あるであろうニーズヘッグの腕より小さい。

 そのニーズヘッグの腕を一撃で使用不能にしてしまったのだから、コボルト・エンペラーならば一撃で倒すことも可能なのか。


 だが驚いている私達の前に、さらに驚愕の光景が展開されてしまった。


「思ったより大きいから、ミスト・リベリオンを使ったみたいね」

「飛鳥としてはミスト・インフレーションで倒すつもりだったんだろうけど、あそこまで大きいとは思わなかったからね」

「まあねぇ。今まで見たなかでも、一番大きな魔物だし、飛鳥君でもあんな大きな相手と戦ったことはないだろうし」

「フェルグスを使えばすぐ終わるけど、さすがにあれを使うと私達も帰れるか分からないからなぁ」

「それもそれで問題だけどね」


 真子と真桜殿の会話は、既に私の理解の外だ。

 どうやら予想より巨体だから手間取っておられるようだが、それでも私達からしたら圧倒しているようにしか見えない。

 あのような巨大な相手と戦った経験など、この場の誰も持っていないのだから、経験云々の問題でもないだろう。

 さらにフェルグスという刻印術は、確かポラル防衛戦でドラゴンをまとめて倒したと聞いているが、それを使えばすぐ終わるという発言は、飛鳥殿がニーズヘッグすら歯牙にもかけていないということになる。


 そして私の考えを肯定するかのように、ニーズヘッグはミスト・リベリオンという刻印術の結界に包まれ、体中から血を噴き出しながらエニグマ島に落下していった。


「な、なんだ……あれ……」

「大和は見たことない?お父さんのミスト・リベリオン」

「あるが……あそこまで凶悪な術式だったとは思わなかったぞ?」


 大和君も驚愕しているが、これはこれで貴重な光景だな。


「ミスト・リベリオンは、一言で言えば広域系ミスト・インフレーションだからね。大和に見せた時は、その使い方ができなかったんじゃないかな?」

「……えげつないにも程がある」


 全く同感だ。

 ミスト・インフレーションという刻印術がどういうものかは分からないが、それでもニーズヘッグの右腕を使用不能にした刻印術を結界として使用するなど、凶悪以外のなにものでもない。

 いったいどのような発想に至れば、あのような刻印術を開発できるというのだろうか?

 大和君から少し聞いたことがあるが、それでも地球というのは、恐ろしい世界だと思わずにはいられない。


 だが今は、しっかりと現実を見据えよう。

 飛鳥殿の宣言通り、無事にニーズヘッグは討伐された。

 それはつまり、エニグマ島が解放されたことを意味する。

 本格的な調査は後日行われるが、ニーズヘッグの死体も回収しなければならないし、簡単な調査ぐらいはしておくとしようか。

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