母の戦い

Side・ミーナ


 本日はお義父様、お義母様のご希望で、マイライト山脈へやってきました。

 秋に大規模な山狩りをしたのでオークの数は減っていると思うのですが、冬の間に増えてしまっている可能性は否めません。

 ですから私達でマイライトの様子を見に行く予定だったんですが、お義父様とお義母様も同行してくださることになったんです。


「さすがに森が深いな」

「遠目からでもすごかったもんね」

「でもところどころ途切れてるし、それどころかけっこう広い空間もあるわよ」

「そういったとこに、オークが集落を作るんだ」


 真子さんと大和さんが、マイライトの特徴をご説明されています。

 突然目の前が開かれることは、マイライトでは珍しくありませんが、そういった場所にはオークの集落があることも多いですし、フェザー・ドレイクが群れていることもあります。

 あと数は少ないのですが、ゴブリンの集落ができることもありますね。


「こういうこともあるのか」

「けっこう珍しいけどな」


 私達の目の前には、その珍しいゴブリンの集落があります。

 しかも厄介なことに、ゴブリン・キングまでいるようですね。


「多分ですけど冬の間に集落を作り、そこで進化してしまったんだと思います」

「冬の間、麓は雪が深いから、様子を見に行けない。だが山肌に雪が積もることはほとんどなく、それどころかそれなりに暖かいから、魔物にとっては大した影響もなく冬を越せる。その結果冬の間に進化する魔物が多く、春頃に狩りに訪れたハンターが被害を受けることがあるのか」

「はい。春になればハンターも動きやすくなりますが、同時に最も注意しなければならない時期でもあるんです」


 今回はマナ様も同行されているんですが、そのマナ様がお義父様に丁寧に説明してくださいました。

 ゴブリン・キングは災害種ですから、厄介な魔物であることは間違いないのですが、モンスターズランクはG-Cですから、エンシェントエルフのマナ様には特に問題となる魔物ではありません。

 いるとは思っていませんでしたが、今のマナ様には丁度いい魔物でもありますから、お義父様に説明しながらも、とてもやる気になられています。


「マナちゃんの剣、多節剣っていうんだっけ?」

「はい。純粋な剣としては強度不足ですが、そこはマナリングを使うことで補えます」

「それもすごいよね。鎧とかにも使えるから、こんな山道を歩いてても木の枝とかで傷が付いたりすることもないんだから」

「それどころか、多少の傷なら自分の魔力で修復できるそうじゃないか。どういった原理なんだろうな?」

「ちょっと長くなるから、帰ったら説明してあげるわ。今はゴブリン達を倒さないとね」

「それもそうだな」


 魔力強化による武具・衣服の強化に少々の痛みやほつれの修復は、誰でもできますからね。

 特にハンターにとっては死活問題ですから、魔力強化魔法マナリングは必須です。


「あのゴブリン・キングって、マナちゃんが倒したいんだよね?」

「はい。出産から2ヶ月経っていますが、あまり狩りに出ていませんから、少しでも勘を取り戻しておきたいんです」


 2ヶ月前にサキちゃんをご出産されたマナ様ですが、これまでに何度か狩りには来られています。

 それでも本格的な狩りは遠慮されていましたし、狩りの対象もBランクまでが精々でしたから、この辺りでSランクとかも狩っておきたいそうです。

 さすがにゴブリン・キングはどうかと思いますけどね。


「2ヶ月ならまだ無理はしない方がいいと思うんだが?」

「俺もそう思うんだが、ハンターにとって狩りができないってのは、思ってる以上にストレスになるみたいなんだ。ハイクラスに進化した時点で病気とは縁遠くなるし、ケガも治癒魔法ヒーラーズマジックで治せるから、妊娠以外だと仕事ぐらいっていう理由もあるか」


 お義父様の疑問に答える大和さんですが、仰る通りハイクラスの時点で病に罹りにくくなり、エンシェントクラスは無縁となります。

 無理をして体調を崩すことはありますが、それ以外では死病にすら罹患しません。

 気を付けるべきは魔物の毒ぐらいですが、それも弱い毒は効きませんし、高ランクモンスターの毒にも、余程致死性の高い物でなければ耐えられます。


 ですがそれも、莫大な魔力があるからこそなんですよね。

 ですから魔力が尽きてしまえば、エンシェントクラスであっても病に罹るのではないかという説はあるんです。


「病気に罹らないっていうのはいいな」

「そうだよね。それじゃあゴブリン・キング以外は、私がやってもいいかな?」

「構わないけど、死体は残しておいてよ?」

「分かってるよ」


 てっきりお義父様が戦われるのかと思っていたのですが、どうやらお義母様が戦われるようです。

 手にされている刻印神器 聖弓フェイルノートを構え、魔力を込められました。


「フェイルノート、あれ以外だからね?」

「承知している」


 刻印神器とよばれる刻印法具は、驚いたことに意思を持ち、話すこともできますし、お酒を飲むこともできます。

 初めて見た時は、心から驚きました。

 それが刻印神器だと大和さんや真子さんも仰っていましたが、あまりにもデタラメ過ぎますから。


「今日はこれを使おうかな」

「やり過ぎぬようにな」

「分かってるって」


 そう言ってお義母様が使われたのは、無性S級無系術式シルバリオ・コスモネイション。

 お義母様が30年程前に開発されたS級刻印術だそうです。


 ゴブリンの集落が突如闇に包まれたかと思うと、空には銀に輝く星が浮かび上がりました。

 その星は流れ落ちると同時に炎に包まれ、同時に形成された極寒の世界によって動きを封じられたゴブリン達は、なす術なく銀の流星をその身で受け、銀の像と化していきます。

 その様は美しくもあり、同時にとても恐ろしいです。

 しかもゴブリン・キングにだけは、1つの星すら落ちていませんから、どれほどの技術と経験があればできるのか、見当もつきません。


「はい、終わったよ」

「久しぶりに見たが、相変わらずとんでもないな」

「ホントにね。でも銀の像にしただけだし、ちゃんと手加減はしてるわね」

「え?あれで加減してるの?」


 声を上げたのはルディアさんですが、私も同じ気持ちです。


「本来のシルバリオ・コスモネイションは、あの銀像も砕くからね。それも内側から」

「改良に改良を重ねているからな。真子のカラミティ・ヘキサグラムも、あれを参考にしているんだ」

「そうなんですか?」

「ええ、そうよ。だからこそ、あそこまでえげつない術式になったんだけどね」


 真子さんのカラミティ・ヘキサグラムが、お義母様のシルバリオ・コスモネイションを参考にされていたとは思いませんでした。

 固有魔法スキルマジックも、人が使っているものを参考にすることが珍しくありませんから、刻印術もそうだということですか。


「マナちゃん、やらなくていいの?」

「あ、すいません。では行きます!」


 お義母様のとんでもない刻印術に目を奪われ、呆然としていたマナ様ですが、お義母様に声を掛けていただき、我に返りました。

 そしてラピスウィップ・ソードに魔力を流し、召喚獣の魔力も集め、スターリング・ディバイダーを作り出し、ゴブリン・キングに叩きつけていきます。


「召喚獣の魔力も使えるって、すごいね」

「ありがとうございます。ですがお義母様の刻印術の後ですから、少し足りないと思えますが」


 左の肩口から真っ二つになったゴブリン・キングですが、マナ様は少し納得がいかないご様子。

 確かにお義母様の刻印術の後ですから、普通なら満足のいく結果だったとしても、不満に感じてしまうのは仕方ない気がします。


固有魔法スキルマジックっていうのはS級と同じく、自分で考える魔法なんだろう?なら焦らず、ゆっくりと考えていけばいいさ」

「焦っても、ロクな魔法にならないだろうしね」

「はい、ありがとうございます」


 お義父様とお義母様のアドバイスは、私達の心にも響きます。


「大和、まだ見て回るのか?」

「いや、キングがいるとは思わなかったから、今日はこれで終わるよ。ハンターズギルドにも報告しなきゃいけないし、ユーリの耳にも入れないといけないからな」


 ゴブリン・キングが生まれているとは、私達も予想していませんでした。

 G-Cランクモンスターですから合金製の武器があればハイクラス数人で討伐できる魔物なんですが、それでも災害種であることは変わりません。

 ですから討伐済みですが、領主やハンターズギルドへは、最優先で報告する必要があります。


「あ、あたしと姉さんは、この後バレンティアに行くつもりだから、報告は任せてもいいかな?」

「それは構わないけど、何をしに行くの?」

「とりあえずは情報収集ですね。南部でコボルト・プリンセスが確認されたそうなので、私とルディアにも声が掛かったんです」


 コボルト・プリンセスが生まれたんですか。

 ですがバレンティアにはPランクハンター ライバートさんがおられますし、ハイハンターにも合金製の武器が行き渡ったと聞いていますから、リディアさんとルディアさんに声を掛けずとも討伐は可能だと思うんですが?

 というか、リディアさんもルディアさんも、どこからその情報を入手したんですか?


「リディア、誰から聞いたの、その話?」

「お父さんです。アソシエイト・ドラグナーズマスターとして滞在するためにお母さん達とフロートに来たんですが、ドラグニアを発つ直前にコボルト・プリンセスの目撃情報がもたらされたそうで」


 フレイアス卿からだったんですか。

 確かに昨日、フレイアス卿は奥様を伴い、ドラグナーズギルド総本部に入られたと聞いていますし、リディアさんとルディアさんも会いに行かれていました。

 その際にコボルト・プリンセスのお話も聞いていたんでしょうが、それでしたら何故私達にも黙っていたのでしょうか?


「コボルト・プリンセスは目撃されましたが、特に被害が出たわけではないんです」

「そうなのか?」

「はい。お父さんに話を聞いたあと、ドラグニアのハンターズギルドに行ってレミーに話を聞いたんですけど、どうやらコボルト・プリンセスがいる群れは、南部の湖にある孤島に生息しているそうなんです」


 なるほど、孤島ですからコボルト・プリンセスはそこから動けず、だからこそ被害が出ていないんですか。

 ですがそれでも異常種ですから、存在が確認された以上討伐は必要では?


「ですからライバートさんに、偵察を依頼したそうですよ。ライバートさんの奥様はドラゴニアンですし、最近ハイドラゴニアンに進化したそうですから、船を使わず空から孤島に行けますし」


 既にライバートさんに、指名依頼が出ていたんですね。

 2人の奥様もハイドラゴニアンに進化されたということですし、空からの偵察ですから危険は少ないでしょう。

 万が一Wランクがいたとしても、逃げることも可能です。


「なるほどな。だから偵察結果次第じゃ、リディアとルディアにも参加してもらいたいってことか」

「はい。ライバートさんは今朝出発の予定だそうですから、早ければ明日、遅くても数日以内に結果がわかるでしょう」


 偵察結果もですが、いつ判明するかも分からないですから、私達としても予定を立てにくい状況です。

 ですからリディアさんもルディアさんも、結果がわかるまでお話になられなかったんですね。


「ということは、俺は行かなくても大丈夫そうか?」

「さすがに大和の力を借りるような事態なんて、そうそうないって」

「それに今の大和さんは、剣を失っていますからね。それに仮に災害種が生まれていたとしても、私達でなんとかできます」


 確かにコボルトはオークと同ランクの魔物ですから、異常種はG-Iランク、災害種であってもP-Cランクです。

 リディアさんもルディアさんも、コボルトやオークより上位の亜人であるアマゾネス、それもM-Cランクのアマゾネス・クイーンを倒した経験がありますから、万が一コボルトの災害種が生まれていたとしても、お2人なら討伐は可能ですね。


「それ、フラグじゃないかなぁ」

「母さん、何か言ったか?」

「べっつにぃ。それじゃあ今日は、アルカに帰るの?」

「ユーリとハンターズギルドに報告してからな」


 お義母様が何か仰ったようですが、誰も聞き取ることができなかったようです。

 いえ、真子さんが眉間に大きな皺を寄せていますから、真子さんには聞こえたようですね。

 何を口にされたのかは気になりますが、今は気にしても仕方がありません。

 ではフィールに戻り、ユーリ様とライナスさんに報告しましょう。

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