父の戦い
Side・真子
マイライトでゴブリン・キングの討伐を終えた後、リディアとルディアから、バレンティアにコボルト・プリンセスが生まれてるって話を聞いて驚いた。
すぐに討伐に行くべきだと思ったんだけど、聞けばコボルト・プリンセスが生息してるのは、バレンティアの南にあるサフィーロ湖に浮かぶ孤島らしい。
その孤島はサフィーロ湖の真ん中辺りにあるから、いくらコボルト・プリンセスでも孤島から出ることは出来ず、だからこそ生まれていても被害は出ていないんだそうよ。
孤島は船で1時間もかからない距離らしいし、サフィーロ湖には手強い魔物もいない。
コボルト以外にもフォレスト・ファンガスやトレント、アース・ロックなども生息しているから、ベテランならノーマルハンターでもそれなりに稼ぐことができる。
だから最初にコボルト・プリンセスを確認したのはハンターで、その際に何人かが犠牲になったみたいね。
だけど日が明けてみれば、事態は予想外の展開を迎えていた。
「え?コボルトの終焉種が生まれてるの?」
「はい。幸いライバートさんも奥様達も無事ですが、カリスさんが翼を切り落とされてしまい、助けに入ったクレタさんやライバートさんも重傷を負ってしまったそうなんです」
最悪の事態じゃないの。
リディアとルディアから話を聞いたのは昨日なのに、まさか昨日の今日で終焉種が生まれて、そればかりか調査に出向いたライバートさん達ドラゴネス・メナージュが重傷を負わされるなんて、どう考えても大和君が出張る案件だわ。
なのにその大和君は、今日はリカ様の代理としてメモリアを視察中だから、すぐには動けない。
しかも真桜も付いて行ってるから、下手に呼び戻すのは気が引けるわ。
「俺が行こうか?」
「飛鳥君が?私達としては助かるけど、構わないの?」
「ああ。確かニーズヘッグも、そのコボルトと同じ終焉種なんだろう?格は違うだろうが、それでも感触は掴める。それに大和には剣が無いんだから、あいつでも厳しいだろう」
なんて言い出す飛鳥君だけど、要は肩慣らしに戦ってみたいってことか。
でも確かに大和君は薄緑を失っているし、代わりの剣もまだできていないから、戦力は激減してしまっている。
ウイングビット・リベレーターの翼剣があるけど、刀や長剣じゃなくて短剣だから使い勝手は大きく変わるし、終焉種相手ならその差は致命的になりかねないわ。
だけど飛鳥君は聖剣カラドボルグを常時生成中だし、レベルも221という人外の数値。
大和君に倒せる相手を、飛鳥君が倒せないワケがない。
「よろしいんですか?」
「さっきも言ったが、こちらにも目的があるんだ。危険な魔物だっていうのは承知の上だが、まあ何とかなるだろう」
「ありがとうございます、お義父様」
「ありがとうございます、お義父さん」
軽い調子だけど目は鋭くなってるから、戦闘態勢に入ったわね。
それでも全部飛鳥君に任せるのは気が引けるから、周囲のコボルトは私が相手をしよう。
本人もやる気だし、肩慣らしが目的でも構わないから、このままドラグニアに行くとしましょうか。
それにしても、まさか災害種どころか終焉種が生まれてるなんて、さすがに予想外だわ。
まったく、真桜が余計なこと言うから、本当にフラグになっちゃったじゃないの。
しかもその話をしたのが昨日なんだから、回収までがやたらと早いわよ。
ドラグニアへは、私と飛鳥君、マナ様、プリム、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、アテナ、ラウス君、レベッカ、キャロルで向かうことになった。
マナ様はまだ勘が戻ってないし、プリムとフラムなんて妊娠中、レベッカも例の進化の反動で動けなくなってるんだから、本当ならアルカで大人しくしといてもらいたかったんだけど、飛鳥君の戦いを見たいって言われちゃったら、こっちが折れるしかないのよね。
いずれ飛鳥君は日本に帰るし、一度ぐらいは見てみたいっていう気持ちは分からなくもないもの。
レベッカは見たことあるけど、そのことを思い出したのは出発した後だから、今回はやむを得ないわ。
マナ様が同行してるから、ドラグニアでの移動はラピスラズライト天爵家の獣車を使う。
リディアもルディアもサフィーロ湖に行ったことがあるから、そこまではトラベリングで移動して、孤島まではアテナに運んでもらうことになる。
今回は終焉種の相手をするから、御者はリディアがしてくれることになったわ。
ハンターズギルドで話を聞くと、ライバートさん達は何とかドラグニアに帰りつけているらしい。
終焉種は孤島から離れようとしないそうだから、だからこそ逃げることができたのね。
それでもカリスさんの背中の翼は斬り落とされてしまったし、代わりに竜化したクレタさんも右腕と左足切断の重傷、ライバートさんに至っては両足に加えて左腕に尻尾まで切断な上で意識不明の重体なんだそうよ。
命に別状はないそうだし、ドラグニアにはエクストラ・ヒーリングを使えるAランクヒーラーが数人いるから、四肢や尻尾が再生可能なのは幸いだわ。
お見舞いに行きたいけど、優先順位は終焉種の討伐だから、まずはサフィーロ湖に行きましょう。
あ、ライバートさん達が確認したのは、コボルト・エンペラーだったそうよ。
「これがサフィーロ湖か。水が綺麗だな」
「本当ね」
サフィーロ湖はそんなに大きくないけど、水は青く透き通っている。
魔物もCランクぐらいまでしかいないそうだから、近隣の人達も漁で生計を立ててる人が多いらしいわ。
そんな湖なのに、中央付近にある孤島にコボルト・エンペラーが生まれてるとなったら、とてもじゃないけど漁なんてできない。
「竜化終わったよ」
「分かったわ。それじゃアテナ、よろしくね」
「任せて!」
竜化したアテナが、ラピスラズライト天爵家の獣車を持って飛び立つ。
ヘリオスオーブで一般的な魔物が引く船で1時間ってことだから、アテナなら10分ぐらいかしらね。
ところが孤島が近付いてくると、数匹のコボルトが迎え撃つかのように空に上がってきた。
コボルト・エンペラーは当然だけど、他にWランクがいたってことか。
数はP-Wランクのワーウルフ・コボルトが6匹、G-Wランクのコボルト・プリンセスが2匹か。
コボルト・プリンセスが2匹いたとは思わなかったけど、プリンセスってことはメスってことだから、希少種どころか異常種だって生まれやすい。
しかもWランクっていう超希少なランクでもあるから、普通のコボルト・プリンセスもあと何匹かいるって思っておくべきね。
「これ、普通に大討伐レベルの群れじゃない?」
「エンシェントクラスでも、数人じゃ厳しいでしょうね。とっとと殲滅しましょう」
「はい!」
孤島はさほど広くなく、多分アルカより一回り小さい。
いずれ飽和状態になるのは明らかだし、そうなったらWランクは島を出で行かざるを得ないから、人的被害も大きくなるわね。
ただWランクが8匹もいることを考えると、群れの数は最低でも3倍はいそうだわ。
「お義父様、申し訳ありませんが、コボルト・エンペラーはお任せしてもよろしいですか?」
「言い出したのはこちらだからな。というかマナさんこそ、無理はいけないよ?」
「お気遣い、ありがとうございます。では行きます!」
真っ先に獣車から飛び出したマナ様に、みんなも続く。
私は獣車に残り、Wランクがサフィーロ湖の外に出ないよう、
逃げられても追撃はできるけど、その際に余計な被害が出る可能性は否めないから、絶対に逃がさない。
あ、当然だけどプリムとフラム、レベッカは獣車に残ってるわよ。
妊婦に戦闘なんて、誰がさせるかってね。
「せやあっ!」
早速ミーナのメイス・クエイクが、1匹のワーウルフ・コボルトの頭を潰した。
ミーナに続くように、リディアとルディアもグランド・ソードでワーウルフ・コボルトを斬り伏せる。
ラウス君もコボルト・プリンセスにヘビーファング・クラウドを放ち、グランド・ソードで倒しているけど、エンシェントクラスに進化したばかりのキャロルは少し手間取ってるみたいだわ。
「それっ!」
だけどキャロルが相手をしているコボルト・プリンセスに、アテナのマグマライト・ブレスが命中する。
マグマライト・ブレスは念動魔法が組み込まれているから、避けられてもアテナの意思で追撃できるし、そのせいでコボルト・プリンセスもマグマライト・ブレスの方に意識を集中させているから、キャロルへの警戒が疎かになってるわ。
「たあああっ!」
その隙を逃さず、キャロルの
エンシェントエルフに進化したのは最近だから、まだ新しく授かった
だけど私や大和君が使うB級術式ウイング・ラインによく似た風の刃や槍を作り出し、
さらにミラーリングも組み込んであって、たとえ避けられてもキャロルの意思で、鏡に反射させたかのような軌道を取らせることもできるから、追尾性も高い。
そのガーネットラインズ・ブラスターは、見事にコボルト・プリンセスの胸に命中し、貫いた。
「ありがとうございます、アテナさん」
「どういたしまして。ボクが言うのもなんだけど、早めに新しい適性を組み込んだ方がいいよ」
「そうですね。帰ったらやってみます」
特に進化したら、新しく
どういった改良を加えるかは、本人のセンスや経験が問われるけどね。
「こっちはこれで良しとして、コボルト・エンペラーは……ええっ!」
「うわあ……無茶苦茶だぁ……」
うん、驚くわよね。
なにせ飛鳥君、身長3メートルはあろうかというコボルト・エンペラーの剣の一撃を、カラドボルグで受け止めてるんだから。
「終焉種の攻撃を受け止めるって、あたしや大和でもやらなかったわよ?」
「異常種や災害種でも、人間以上の膂力ですからね」
プリムやフラムも驚いているけど、私も驚いたわ。
魔物の膂力は、たとえ低ランクであっても人間以上であることが多い。
亜人も同じで、単純な膂力だけなら、Sランクモンスターでもエンシェントクラス以上と言われている。
身体強化魔法フィジカリングを使えば覆すこともできるけど、それでも限界はあるし、O-Aランクの終焉種が相手となると、エンシェントクラスじゃどうがんばっても超えられないし、多分エレメントクラスでも無理だと思う。
だけど飛鳥君はアークヒューマンだし、レベルも221という超高レベルだから、相手がコボルト・エンペラーという終焉種であっても、膂力で対抗できるってことになるってことなのね。
「どうやら周囲は終わったようだな。それじゃあこっちも、さっさと終わらせるとしよう」
そう呟いた飛鳥君は、さらに魔力を上げていく。
完全にコボルト・エンペラーを凌駕してるわね。
本当に人間なのか、疑わしくて仕方がないわ。
コボルト・エンペラーからも絶望的な雰囲気が察せられるけど、それでも逃げるような素振りは見られない。
島には配下になる子供達がいるから、たとえ勝てなくも、仲間を守るために戦うっていう覚悟が感じられるわ。
「まだ何もしていないお前達を倒すのは気が引けるが、犠牲が出てからじゃ遅いんでな。悪いが倒させてもらう」
とても冷たい声でそう告げる飛鳥君は、そのまま高速でコボルト・エンペラーに近付き、カラドボルグを一閃。
その瞬間、コボルト・エンペラーの体内から血という血が噴き出し、一拍置いて悲しそうな顔をしながら地面に落下していった。
「な、何、あれ……?」
「飛鳥君の無性S級無系術式ミスト・インフレーションよ。血管という血管を瞬時に膨張、破裂させる、生物には無類の強さを誇る、飛鳥君が最も得意としている術式」
実際は血管だけじゃなく、機械の冷却用の水冷パイプとか配管とかも破裂させられるから対生物以外にも有効だし、それどころか内部に水を送り込んで膨張させるっていう改良も学生時代にしてたから、ヘリオスオーブのゴーレムやパペットにも通用するんじゃないかしら?
「魔物とはいえ、仲間意識がある相手を倒すのは、さすがに後味が悪いな」
「気持ちはわかるけど、人間と亜人は相容れないからね。意思の疎通も無理だし、従魔・召喚契約だって結べないわ」
「魔物みたいに資源として使えるわけでもないから、残ったのは敵対関係だけか。厳しい話だな」
「私もそう思うわ」
体中を素材として使える魔物と違い、亜人からは魔石しか取れない。
それでいて従わせることもできないから、本当に人間と亜人は敵対関係でしかない。
テメラリオ大空壁みたいにある程度の共存ならできなくもないけど、それも結局は互いに警戒しあってるからだし、亜人に攻め滅ぼされた町や国だって少なくないから。
そこはもう、割り切るしかないでしょうね。
「確かにそう考えないと、ハンターなんてやってられないか」
「ええ。だから下の集落も、きっちりと潰すわ」
情けで見逃したとしても、亜人が恩を感じることはない。
いずれ必ず、被害をもたらすし、その中には私達にとっても親しい人がいるかもしれない。
だから非情だけど、亜人の集落は殲滅するわよ。
たとえ子供がいたとしても、1匹残らずにね。
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