父の決意

Side・飛鳥


 天樹城という巨大な樹木の中に作られた城は、本当に雄大だった。

 地球じゃ見ることは叶わないから、これだけでもヘリオスオーブに来た甲斐があるというものだ。

 最大の目的だった息子は、この世界で生きていく決意を固めているし、奥さんばかりか子供まで既にいるのだから、無理に連れ帰ることは出来ない。

 25年も前に行方不明になった親友の真子もいたことは驚いたし、その真子が大和と結婚していたことはさらに驚いたが、本人達も納得しているし、幸せそうでもあるのだから、無理に幸せを壊すのも忍びない。

 息子ばかりか親友とも別れなければならないことで、妻の真桜も最初は渋ったが、心のどこかで大和が帰らないことは感じていたようで、何とか納得してくれたのは幸いだった。


 俺達はいずれ日本に帰るが、それはつまり、大和との永遠の別れということでもある。

 だからその前に、二度と会えなくなる息子のために、このフィリアス大陸にあるとされている神金オリハルコン鉱山をなんとか見つけたい。

 その神金オリハルコン鉱山がある可能性が高いのはエニグマ島という島だが、その島の調査ができていない理由は、終焉種と呼ばれる強大な魔物が棲み処としているからだと聞く。

 エニグマ島を棲み処としている終焉種はニーズヘッグと呼ばれる竜で、数多生息している終焉種の中でも最も手強いんだとか。

 大和ならいずれは倒すことはできるだろうし、事実何体かの終焉種は倒しているそうだが、それでもニーズヘッグが相手では分が悪いだろう。

 剣を失っている今ではなおさらだ。


 だからこそ、ニーズヘッグは俺が倒そうと思っている。

 ヘリオスオーブの武器に興味を持ち、瑠璃色銀ルリイロカネという合金で打たれたナイフを見せてもらったが、俺が軽く魔力を流しただけで使い物にならなくなってしまったから、そのための対策という理由もなくはない。

 そうなってしまった理由は、俺がアーククラスとやらに進化していることが理由らしい。

 大和がそのアーククラスに進化できるかは分からないが、可能性がない訳ではないし、過去に武器に困ったこともあるそうだから、早いうちに対策をしておいた方がいいだろう。

 実際に神金オリハルコン鉱山があるかはわからないし、神金オリハルコン合金が完成したとしてもアーククラスの魔力に耐えられるかもわからない。

 だがどちらもやってみなければわからないし、そのためにはエニグマ島を解放しなければならないのだから、たとえ無駄骨になってしまったとしても意味はあるだろう。


 そのニーズヘッグの生息しているエニグマ島は、アレグリア獣王国という国にある。

 だからその国を治めている獣王陛下にも話を通さなければならないのが面倒だが、正直そこまで話が大きくなるとは思わなかった。

 だがエニグマ島が解放され、本当に神金オリハルコン鉱山が見つかれば、アレグリアにとっても莫大な利益が得られるのだから、倒せるなら倒しておきたい存在に違いはなく、相手をするのが俺ということもあり、歓迎されているとも教えていただいた。

 断られたとしても無断で倒すつもりでいたんだが、俺達が帰ったあとに大和が責められる可能性はあるから、その問題が無くなったと考えることにしよう。


 そして今は、そのアレグリア獣王国の獣王陛下も招いた晩餐会が開かれており、俺も真桜や大和とともに参加している。

 大和は天爵という貴族としての参加だが、奥さん達も貴族夫人として参加する必要があると思っていた。

 だが大和の隣にいるのはミーナさんだけ。

 これはいったいどういうことなんだ?


「ねえ大和」

「なんだ、母さん?」

「奥さんはいっぱいいるのに、なんでここに来てるのはミーナちゃんだけなの?」


 真桜も疑問に感じていたようで、ストレートに聞いている。

 こういう時、素直に聞ける真桜は強いと思う。


「そのことか。ヘリオスオーブは一夫多妻だろ?だから奥さん全員参加ってことになると、参加者の数が激増するんだ。それにこれも話したけど、結婚しないで跡取りとなる子供を産むっていう女性貴族も多いから、そっちとのバランスも悪くなる。だから最初に結婚した初妻が参加することが多いんだ」


 なるほど、そういうことか。

 結婚せずに子供だけ産むと聞くと、真っ先に思い浮かぶのはシングル・マザーだが、地球ではいい意味で受け取られることはまずない。

 だがヘリオスオーブは女性比率が高い世界でもあるため、一夫多妻は当然であり、立場や都合によって結婚できない女性というのも少なくない。

 だが貴族にとって、跡取りがいないということはお家断絶の危機でもある。

 だから優秀な男に頼み、結婚はせずに子供を産み、跡取りとして育てることも多いんだそうだ。

 実際大和も、ヴァルト獣公国のネージュ獣公陛下に懇願されていると聞いている。

 親としては申し訳ないから謝罪に伺っているが、逆にこちらが恐縮されてしまったから驚いた。

 世界が違うと常識が違うということを、身に染みて感じた出来事だったな。


「え?でも大和と最初に結婚したのって、確かプリムちゃんだよね?」

「ああ。だけどプリムは妊娠中だろ?まだ4ヶ月だから出られない訳じゃないんだが、無理はさせたくないからな。それに今後もこんなことがあるだろうから、ミーナが代理ってことで紹介も済んでるんだ」

「そうなの?」

「はい。私に務まるとは思えないんですが、これも妻としてのお役目ですから」

「奥さんが多いと、それはそれで大変なんだね」


 本当にな。

 これは貴族に限らず、世間一般の常識でもあるそうだ。

 だから初妻を含めて、妻達の間には外向きの序列というものまであるらしい。

 人によっては内外ともに重視するそうだが、多くの人は内向きはそんなものは気にせず、本当に外向きとして決めていると聞く。

 地球では考えられないことだが、一夫多妻のヘリオスオーブでは昔から続く伝統でもあるそうだから、俺達が異議を唱えたところで変わることはないだろう。

 そんなつもりはないが。


「それより父さん、あの人がグリシナ陛下だ。あとで挨拶するんだから、しっかりと顔を覚えといてくれよ?」

「もちろんだ」


 どうやらグリシナ陛下も到着されたようだ。

 ヘリオスオーブは様々な種族が混在しているため、人間だけが優遇されている訳じゃない。

 実際天帝陛下はエルフだし、グリシナ陛下も狼の獣人だった。

 ウルフィーというそうだが、確かウイング・クレストのラウス君と同じ種族だな。

 グリシナ陛下がこの場に来られた理由は、俺がニーズヘッグを倒すことを宣言したからだ。

 グリシナ陛下の治めるアレグリアにとっては安全や利益に直結する問題でもあるから、俺の宣言を受けてすぐにラインハルト陛下が伝令をアレグリアに飛ばし、そのために本来なら昨夜行われるはずだった晩餐会の予定をずらしたぐらいだ。

 料理とか仕込んであるだろと思ったが、ストレージングという空間収納魔法があり、そこに収納してしまえば時間も経過しないため、作り置いても問題ない。

 今の俺なら使えるんだが、さすがに帰ったら使えないだろう。

 使いたいと思った魔法ナンバー1なんだがな。


「陛下、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ急に呼び出したりして、すまなかったな」

「とんでもありません。あのお話は、我がアレグリアにとって莫大な利益をもたらすお話です。何をおいても、最優先で駆け付けますとも」


 グリシナ獣王陛下の他にヒルデガルド妖王、バレンティアという国の竜王が天帝たるラインハルト陛下に次ぐ三王と呼ばれる王、だったか。

 いずれも若くして王位を継いだそうだが、若い王達が先頭に立つことで、力強く国を牽引しようという意図もあるんだろう。

 聞いた話だが、グリシナ陛下は連邦天帝国建国と同時に即位されたそうだから、この考えも間違ってはいないはずだ。


 そのグリシナ陛下は、どうやら例の話に乗り気のようだ。

 断られたら面倒なことになると思っていたから、この点は安心できる。


「お久しぶりです、グリシナ陛下」

「大和天爵か。此度の件は聞いている。大変だったようだな」

「結果的に見れば俺の油断が原因でしたから、自業自得だと思うようにしています」


 大和が気安くグリシナ陛下に話しかけているのは驚いたが、何度もお会いしていると聞いているし、今までの経緯もあって信用を得ているのも間違いなさそうだ。

 大和はまだ未熟だから話半分に聞いていたが、先日の敗戦も自分なりに受け止めているようだから、これは評価をし直さなければならないな。


「陛下、紹介します。あちらが俺の父 飛鳥、母 真桜です」


 おっと、どうやら俺達も自己紹介しなければならないようだ。

 真桜を伴い、グリシナ陛下に挨拶に伺うとしよう。


「失礼します。大和の父 飛鳥と申します」

「母の真桜です。息子がお世話になっています」

「ご丁寧な挨拶、痛み入る。アレグリア獣王国獣王、グリシナ・アウラ・アレグリアと申す。こちらこそ、ご子息には世話になっております。最近では獣都グラシオンに建設しているMINERVAに関しても、骨を折ってもらっていますから」


 MINERVAというと、確かMARSというヘリオスオーブ版AR施設を内包した総合研究施設だったか。

 大和の奥さんの1人であるリカさんが領主を務めているメモリアにもあるが、あちらより巨大な施設となっていて、設備も大型化しているんだったか?

 MARSもMINERVAもローマ神話の神だが、単語の頭文字をつなげた形で表していると聞いた。

 俺にとっても好みのネーミングだし、大和にしてはセンスがいいと思う。


「お役に立てているようで何よりです」


 息子が世界の役に立っているなら、それは喜ばしいことだ。

 異世界のことだから父としては複雑だが、それでも息子が認められているのだから、誇らしくも思う。


「それと、ラインハルト陛下から伺ったのだが、貴方はエニグマ島のニーズヘッグを討伐されるおつもりだとか?」


 本題が来たな。

 グリシナ陛下にとっても降ってわいたチャンスでもあるが、終焉種というのは大和とプリムさんが倒すまでは、ヘリオスオーブの歴史上一度も討伐されたことがなかったと聞く。

 大和は何体か倒しているそうだが、現在討伐されている終焉種は、全て大和が直接戦っているため、陛下方としても大和以外が本当に終焉種を倒すことができるのか疑われているのだろう。

 それだけ大和の信用が大きいということだが、それでもまだ、息子と比べられるほど衰えてはいないつもりだ。


「ええ、そのつもりです。最初は息子のためになると思っていましたが、あの島を解放することができれば海路の安全も増すでしょうし、流通も多く出来るでしょう。神金オリハルコン鉱山があるかはわかりませんが、仮に無かったとしても御国にとってはメリットになるかと」

「仰る通りです。もちろん神金オリハルコン鉱山があるに越したことはありませんが、無かったとしてもナダル海は安全になりますから、海運が活発になるでしょう。ナダル海に面している国との取引は増えることになりますから、我が国としてはメリットしかない」


 そちらは後付けの理由だが、国が発展して悪いことは無い。

 アレグリアもアミスター・フィリアス連邦天帝国を構成する重要な国なのだから、アレグリアの発展はそのままアミスターの発展にもつながる。


「では私は、宣言通りニーズヘッグの討伐を行います」

「それについてだが、国を預かる者として、私も同行させて頂きたい。よろしいか?」


 そう仰るだろうと聞いてはいたが、本当にそうなるとはな。

 一国の王が簡単に国を空けてもいいのかと思うが、それだけ期待されているということか。


「息子やラインハルト陛下からも伺っています。グリシナ陛下がご希望されるのでしたら、私としても同行に否やはございません」

「おお、感謝いたしますよ」


 これで天帝陛下に続いて、獣王陛下も見学か。

 さすがに他の王が来ることはないだろうが、それでも2人も来られるのだから、久しぶりに緊張する。

 これは醜態を晒すわけにはいかないから、気合を入れて掛からないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る