神帝の動き

Side・ルディア


 バーニング・ドラゴンを倒した大和とアテナの竜響魔法レゾナンスマジックグランバイト・イラプションが開戦の狼煙となって、ついに魔族との戦端が開かれた。

 といってもあたし達は、リーダーの大和が空の上ってこともあって、とりあえず本陣待機ってことになっている。

 もちろん前線じゃ死闘が繰り広げられてるんだけど、魔族側にはまだ多くのドラゴンがいるし、神帝が来てるのも確定したってレックスさんが言ってたから、いきなりの全戦力投入は愚策でしかなく、まずは数を減らす必要があるって言ってたな。

 だから主戦力になるあたし達の力は温存しておかないと、下手をしたら中盤でひっくり返されてそのまま全滅なんていう事態もあり得るんだってさ。


「グランド・オーダーズマスター、大和天爵と奥様方がお戻りになられました」

「分かった。事前の通達通りアテナ夫人とエオス嬢は、竜化したまま待機して頂く」


 あ、大和達も下りてきたんだね。

 普通ならアテナとエオスも竜化を解除して休むんだけど、まだ相手側にドラゴンが10匹以上いるから、今回は竜化したまま待機してもらうことになっている。

 だけど2人ともエンシェントドラゴニアンに進化したことで、竜形態の大きさは全長50メートル近くになってるから、休む場所を用意するのも大変なんだ。

 それだけ大きいと多機能獣車にも入れないし、従魔や召喚獣じゃないから召喚もできない。

 かといって野外だとゆっくりできないから、レックスさんは本当に頭を悩ませてたんだ。

 今回は時間も無かったから何も用意できなかったけど、今後もこんなことがあるかもしれないから、何か考えないといけないな。


 あれこれ考えてると、アテナとエオスが下りてきた。

 2人とも、ケガらしいケガはしてないね。


「戻りました」

「ご苦労様です。アテナ夫人とエオス嬢は、あちらのスペースでお休みください」

「ありがとうございます。アテナ、エオス。後で行くから」

「うん、わかった」

「では天爵、夫人、こちらへ」


 アテナとエオスを残したまま、あたし達はレックスさんに案内されて、本陣にしている多機能獣車に向かった。

 さすがにリビングに下りるワケにはいかないから、デッキで戦況を見ながらになるけどね。


「アルトゥル・フォン・シャルフリヒター?それが魔族の将軍の名前ですか?」

「聞いたことあります。前回の親征において旗艦に搭乗しており、誰一人犠牲を出さず撤退を果たした名将ですね」

「そうだ。トールマン様も警戒されておられたが、同時に何か感じるものがあったそうで、偶然ではあるが互いに名乗りを上げることになったと仰っていた」


 あたしは初めて聞いたけど、ミーナは知ってたのか。

 トールマンさんは前グランド・オーダーズマスターだし、ミーナもオーダーだから、知っててもおかしくはないけどさ。

 だけど前の親征で旗艦の犠牲を出さなかったって、それ、本当にすごい名将じゃんか。


「前回の親征か。カズシさん、シンイチさん、エリエール様が迎え撃って、刻印具を壊すことは成功したんだっけ?」

「そう聞いてるが、そのあと生成された剣状刻印法具によって、多大なダメージを負わされたらしい。その傷は治癒魔法ヒーラーズマジックでも癒しきれなかったって話だから、面倒な能力を持ってる法具なのかもしれない」

「それは確かに厄介ね。単一属性の剣状なら予想はしやすいけど、それも絶対じゃないし」


 刻印法具は同じものはなく、特に能力は多岐にわたるから、予想外の能力なんていうのも珍しくないらしい。

 大和と真子の刻印法具もそうだから、その話はあたしにもわかるけど、だからこそ神帝の刻印法具の能力が何なのか、予想できないのか。

 カズシ様達の傷が治癒魔法ヒーラーズマジックでも治しきれなかったってことだから、何か呪いみたいな能力でもあるのかな?


「呪いか」

「無いとは言わないけど、少し違う気もするわね。多分だけど印子、つまり魔力の集束を阻害して、刻印術の発動速度と威力を落とすんじゃないかしら?」

治癒魔法ヒーラーズマジックの効きが悪くなったのは、神帝にとっても想定外の効果だったと?」

「多分ですけどね。予想でしかないから、本当にあってるかもわからないですし」


 魔力の集束を阻害って、とんでもない能力じゃん。

 予想だから確定じゃないけど、前の親征のことがあるから警戒は当然だし、それでも防げないかもしれないんだから、なんとかここで倒すべきなんじゃないかと思うよ。


「ルディアの言いたいこともわかるけど、こっちは準備不足だから、今回は撤退させるだけでも良しとしておこうよ」

「残念だがそうだな。二心融合術も手応えがないし、本音を言えばもう少し時間が欲しかったところだ」

「あ、二心融合術って、大和と真子の刻印法具を融合させるっていうあれ?」

「そう、あれ」


 2人の刻印法具を融合させる二心融合術は、大和達の世界でも伝説って呼ばれてる刻印術で、実際に使える人は3組6人しかいないって聞いてる。

 だから大和達が出来なくても不思議はないし、普通はそうなんだけど、二心融合術っていうのは出来るかどうか直感的に分かるとも言っていた。

 大和はウイングビット・リベレーターを生成したことで、真子のスピリチュア・ヘキサ・ディッパーと二心融合術ができるかもしれないって感じたそうだし、真子もそう言っていたんだけど、実際に生成できるかは別問題なんだって。


「今はできないことを考えても仕方がない。まずはこの戦いを切り抜けて、神帝をフィリアス大陸から追い出すことに集中しよう。幸いにも、序盤の戦況はこちらが優勢だ」


 レックスさんの言葉につられるように視線を戦場に向けると、確かに戦況はこっちが優勢だった。

 特にエンシェントハンター達が、接敵と同時に倒してるようにも見える。

 遠目だから正確には分からないけど、あたしもエンシェントドラゴニュートだから視力強化でなんとか見えてるし、他のみんなもそうだと思う。


「ハイデーモンも多いっぽいけど、エンシェントクラスには一歩も二歩も及ばない感じか」

「そんな感じですね。ですが兄さん、これだけ優勢なのに、まだ私達は本陣から動かなくていいんですか?」

「まだ序盤ということもあるが、ドラゴンも神帝も、そしてアルトゥル・フォン・シャルフリヒターも動いていない。おそらくだがあちらも、まずは戦力分析を行っていると思う」

「つまり前線の魔族は、捨て石に過ぎないと?」

「おそらくは」


 ハイデーモンもいるのに、今戦ってる魔族が捨て石って、それは考えにくいんだけど?

 イタズラに自分達の戦力を減らすだけじゃないかな?


「普通ならそうだが、先程のアルトゥル卿を見る限りでは、可能性として否定できないんだ」


 眉を顰めるレックスさんが言うには、アルトゥル・フォン・シャルフリヒターっていう将軍は、聞いてたような高潔な人物じゃなく、弱肉強食を謳う魔族に成り下がっていたらしい。

 性格には大きな変化はないと思うけど、嗜好とか主義主張とかは若干の変化がでたんじゃないかっていうのがレックスさんの推測で、それは確かにあるかもしれないって思った。


「先陣はこちらの力量を図るための捨て石部隊だと、ハンター達にも説明はしている。だから彼らも、全力で戦ってはいないんだ」

「なるほど、だから俺達も戦線に加わらず、本命が出てから動くべきってことですか」


 捨て石部隊相手にこっちの戦力を晒すのはもちろん、最大戦力の大和の力を見せるなんて以ての外ってことか。

 さっき空の上で戦ってたけど、最後のグランバイト・イラプション以外はアテナの上で援護に徹してたから、ある程度の実力があるのはバレてるだろうけど、力の上限は分からないはず。


「そうだ。特にアルトゥル卿は、大和君と真子さんの力量を見抜いている。さすがに上限は読めていないだろうが、全く本気を出していなかったことは理解していたよ」


 大和だけじゃなく真子もか。

 2人とも刻印術の使用は最低限に抑えていたし、刻印法具もマルチ・エッジとエアー・スピリットしか生成していなかったけど、もしかして刻印術師だってバレた可能性があるってこと?


「それは分からないが、おそらくはバレてないと思う。神帝と同じ能力を持っているとわかれば、多少なりとも態度に出ていただろうからね」

「神帝なんかと同じ能力っていうのはシャクだけど、実際その通りですしね」

「そうね。単一属性型だとは思うけど、複数属性特化型っていう可能性は残ってるから、私はもっとシャクに触るけど」

「ああ、神帝が双刻じゃないのは確定してるから、融合型っていう可能性は無い。となるとあとは、複数属性特化型っていう可能性か。確かにそうかも」


 そういえば大和は両手に刻印を持ってるけど、真子は右手だけにしかない。

 そして神帝も、右か左かは分からないけど、片手にしか刻印がないのは分かっている。

 だから大和と同じ融合型刻印法具を生成することはできないんだけど、真子と同じ複数属性特化型っていう刻印法具を生成する可能性は残っている。

 だけど複数属性特化型刻印法具は、大和達の世界でも数人しか生成できないから、大和達は神帝が生成できる刻印法具は、一般的な単一属性型っていう刻印法具じゃないかって思ってるんだ。

 でも実際に目にするまで断定はできないし、過小評価はこっちの身を危うくするから、真子には悪いけど複数属性特化型を生成できると思っておいた方がいいか。


「神帝については、申し訳ないけど大和君にお願いすることになる。真子さんは余裕があれば、援護を頼みます」

「分かってます」

「できれば最初から神帝といきたいけど、ドラゴンも数が多いですしね」


 この戦場に来ている以上、いずれ神帝も出てくる。

 だけど神帝はエンシェントヒューマンで、さらに魔化結晶も使っているから、エンシェントクラスでさえ太刀打ちできないって言われているぐらいなんだ。

 だからもし神帝が出てきたら、唯一エレメントクラスに進化している大和が抑えることになっている。

 エンシェントクラスが魔族となった神帝を抑えられないのは、刻印法具の存在があるって考えられているから、エンシェントクラスでも真子だけは渡り合えるとも思われているし、だからこそ真子は余裕があったら大和の援護をする予定でもあるんだ。

 もっとも真子の優先順位は、神帝じゃなくてドラゴンの方が上だから、余裕があるかはわからないけどさ。


「真子さんの援護があるのとないのとじゃ、全然違いますからね」

「何度も命拾いしてるしね」


 真子の援護は、本当に的確だから助かるよ。

 本人もそっちに適性があるって言ってたし、実際その通りだったからね。

 さらにAランクヒーラーでもあるんだから、少々どころか死んでなければ治してくれるのも助かるよ。


「そう言ってくれると助かるけど、私としては前線で戦えるみんなもすごいと思うわよ。それにミーナとかに守ってもらうことも多いから、時々申し訳なく思うし」

「役割分担が出来てるってことにしましょうよ。実際そうなんですし」

「そうですよ。私は攻撃力が足りていませんし、どちらかといえば守る方が向いていますから」


 役割分担か。

 あたしは前線で拳を振るう方が向いてるし、プリムとヒルデ様もそんな感じかな。

 マナ様は召喚獣やエオスと連携してるし、リカ様と姉さんは近距離での牽制にフラムは後方射撃、ユーリ様は契約精霊ラクスとの後方支援、アテナは竜化した状態での大和との連携にアリアと真子は魔法による後方支援、そしてミーナは盾を使った防御や護衛で、戦いによってあたし達のなかで最適な組み合わせを選んでいる。

 まあ、あたしは姉さんと、ミーナはフラムと組むことが多いけど、それ以外だと大和がプリムやアテナ、真子と組むことが多いかな。

 ああ、プリムと真子が組むこともあったっけ。

 ミーナは護衛ってことで真子やユーリ様、アリアのとこにいることも多いから、確かに役割分担が出来てるかな。

 ラウス達も、ラウスが攻撃を受け持ち、レベッカが後方射撃、キャロルが中距離での牽制と、バランスがとれてるね。

 セラスとレイナはまだ3人にはついていけないけど、いずれはセラスが近距離攻撃、レイナが後方支援ってことになるのかな。

 バランスが良ければ魔物の相手はしやすくなるし、後方支援の重要性は認知されだしてきてるから、今後はハンターやオーダーも魔導士が増えてくると思う。

 この戦争にも参加しているし、多分ドラゴンも1匹ぐらい相手することになると思うから、あたし達も余裕があったら色々試してみようかな。

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