開戦前の慣習

Side・レックス


 上空でドラゴニアンとドラゴンが激しい戦いを繰り広げている中、私は妻達を伴い、戦場となるリネア渓谷を進んでいる。

 西のマイライト山脈と東のアピスモ山脈に挟まれており、小川もいくつか存在しているが、レティセンシアへ抜ける道はこのリネア渓谷しかなく、それでいて名前に反して幅300メートルほどもあるため、レティセンシアとの戦争の際は、ここを戦場にと仮定していたほどだ。


「みんなも言ってたけど、魔族にこっちの慣習が通用するの?」

「さあな。だが本陣から離れたとはいえ、たかだか数百メートルだ。私達が全力で駆ければ、数秒で到達できる」

「それにアバリシアとの一戦が、これで終わりとも限りませんからね。こちらと同じ風習があるのならばそれで良し、無いとわかればそれはそれで対処しやすくなります」


 サヤの疑問に、ミューズとマリーが答える。

 私達が戦場を歩いている理由は、名乗りを上げた後戦闘の意思を確認し、降伏勧告を伝えるためだ。

 もっとも上空で激しい戦闘が繰り広げられているのだから、戦闘の意思があるのは間違いないし、まかり間違って降伏を受諾されてしまったとしても、魔族は1人残らず滅ぼさなければならないから、私も意味があるとは思っていない。

 だがグラーディア大陸の戦争に置ける慣習を知る機会でもあるし、魔族がどうでようとエンシェントクラスが4人もいるのだから、最悪の事態は考えにくい。

 懸念事項は神帝の存在だが、遠目から確認する限りではそれらしい人物は見付けられないし、何より神帝が乗っていると思われる豪華なコンテナは、こちらから視認出来ない位置にあるようだから、おそらくは出てくることはないだろう。

 大和君や真子さんは、神帝は刻印術師を絶対だと信望している胡乱な輩であり、刻印術師のいないヘリオスオーブを見下していると予想していたから、こちらを見縊っているのではないだろうか。


「どうやら向こうも、何人か来るようだね」

「そうだな。だがあちらにも同じ慣習があるとは、まだ断定は厳しいか」

「ですが来るということは、可能性はゼロではありませんね」


 魔族側にも動きがあり、5名ほどがこちらに歩いてくる。

 戦場なのだから当然武装しているが、泰然と歩く姿は歴戦の猛者といった雰囲気だ。

 魔族の魔力は分かりにくいが、ハイデーモンであることは間違いない。

 これは相手をするのが大変そうだ。


 しばらく待っていると、私達の正面に到着した。

 距離は5メートルほど離れてはいるが、互いに戦うつもりがあるなら、この程度の距離は無いに等しい。

 ましてや相手は魔族なのだから、私達は緊張を崩さない。


「どうやらフィリアス大陸にも、我々と同じ慣習があるようだな」

「そのようですね。こちらの慣習では、先に到着した側から名乗りを上げることになっているのですが、グラーディア大陸ではどうなのですか?」

「そちらと同じだよ」


 戦争の慣習は、フィリアス大陸でもグラーディア大陸でも大差はなく、それどころかほとんど同じようだ。

 では慣習に従い、私達から先に名乗りを上げさせて頂こう。


「では私から名乗りを上げさせて頂くが、異存はおありか?」

「無い」

「感謝する。私はアミスター・フィリアス連邦天帝国オーダーズギルド所属、グランド・オーダーズマスター レックス・フォールハイト」

「ほう、聞いていた通り、国名が変わっているようだな。それに確かグランド・オーダーズマスターとは、アミスター騎士団の騎士団長を意味していたはず。先代とは見えたことがあるが、その若さで後任に選ばれるとは、これはなかなか油断ができんな。おっと、これは失礼。我はアバリシア神魔騎士団団長アルトゥル・フォン・シャルフリヒターだ」


 この男がアルトゥル・フォン・シャルフリヒターだったのか。

 先代グランド・オーダーズマスター トールマン様より、アバリシア最強と言われる神魔騎士団の話は伺っていたが、本当にそんな大物が出てくるとは思わなかった。

 30年ほど前に行われたアバリシアとの海戦では、トールマン様もオーダーズギルドを率いて戦ったと聞くし、その際のアバリシア側の指揮官が目の前のアルトゥル・フォン・シャルフリヒターだと教えていただいている。

 海戦ゆえに、開戦前に名乗りを上げられることは無かったが、旗艦同士で矛を交えた際に互いに何かを感じ取ったのか、どちらからともなく名乗りを上げ、そのまま互いに離れていったと記録に残されている。


 ソレムネとの戦争では簡単にしか行われなかったが、ソレムネ相手に話が通じるとは思えなかったし、ソレムネ側も自分達が正しいと信じて疑っていなかったため、互いに必要最低限で済ませようという考えがあったことが理由になる。

 それでも私は慣習通り名乗ったのだが、ソレムネ側はそれすら無かったどころか不意打ちまで仕掛けてきたのだから、慣習破りなどなんとも思っていなかったようだ。

 それを考えると、まだ魔族の方が理知的だと言えるか。


「あなたがアルトゥル卿でしたか。先代トールマン様より、お話は伺っています」

「やはりトールマン卿の後任か。ここで会えるとは思わなかったな。だがだからこそ、この戦いが面白くなってきた」


 泰然自若という風体に獰猛な笑みを浮かべるが、同時に魔族特有の禍々しい魔力も隠さなくなった。

 この男は間違いなくハイデーモン、それもエンシェントクラスに匹敵か、もしかしたら凌駕しているかもしれない。

 私のレベルは78まで上がっているが、それでも良くて互角ではないだろうか?


「そう警戒するな。このような場での不意打ち騙し討ちなど、偉大なる神帝陛下の名を汚す行為に他ならん。それにだ、仮にそのような手段に出たところで、卿らを倒せるとは思えんからな」


 どれほど上手く不意をついたとしても、誰1人打ち倒せるとは思わんからな、といった呟きが私の耳に届いた。

 私がエンシェントヒューマンだということは公表されているから、アルトゥル卿が知っていても不思議ではない。

 だがだからといって、ハイデーモンへと変化したアルトゥル卿がそのようなことを言うとは、さすがに思ってもいなかった。

 私の中では、アバリシアはレティセンシアと同じかそれ以上に傲慢な国で、兵士達も同様だと思っていたのだが、訂正するべきなのかもしれないな。


「それはこちらも同じことです。ですが聞きたいことはいろいろありますが、これだけは聞いておきたい。この場には神帝も来られているのですか?」

「おられる。陛下は此度の親征で、フィリアス大陸を支配下に置かれるおつもりだ。本来ならばもう少し先の予定だったのだが、かの国が予想以上に使えぬ上に、まさか自滅するとは思っていなかった。それにソレムネ、だったか?あの国も、我々が故意に流した蒸気船の情報に舞い上がっていたから、事が順調に進めば、制圧は容易だったはずなのだ」


 こちらが聞いてもいないことまで喋ってくれたが、だいたいは予想通りだったか。

 もちろん全て鵜呑みにするわけではないが、裏付けは取りにくい話でもあるから、記録にはアルトゥル卿の証言が残ることになるだろう。


「なるほど、その情報を手に入れたのが2ヶ月程前であり、それが此度の親征につながったという訳ですか」

「そういうことだ。ああ、こちらからも聞きたい事がある」

「答えられることでしたら」


 さすがに機密は話せないし、そのつもりもないが、ある程度のやり取りも慣習となっているから、誠意に応える、とは少し違うが、話しても構わないことならば答えよう。


「先程卿は天帝国と言ったな?もしや今のアミスター王は、天帝を名乗っているのか?」

「仰る通りです。レティセンシアを除く全ての国が、天帝陛下の下に集いました。ですから現在のフィリアス大陸は、天帝陛下の名の下に統一されているのです」


 三王国や小国もあるが、天帝陛下が頂点という事実は変わらない。


「なるほど、皇王の言っていることは支離滅裂だったからな、所々要領を得なかった。だが統一されているというなら、こちらとしても話が早い」


 それはどうでしょうね。

 万が一天帝陛下が討たれてしまったとしても、少なくとも三王国はアバリシアに反旗を翻すでしょうし、三公国も追従する国があるだろう。

 そこまで詳しく話すつもりはないが。


「もう1つ、その天帝は、この戦場には来ていないのか?」

「あなた方がここを通るかは分かりませんでしたのでね。確実に分かっていれば、陛下ならばお越しになられていたでしょう」

「つまり天帝は、王都で待ち構えているということか」

「ええ。少し時間はかかりますが、ご希望ならお呼びしましょうか?」


 トラベリングを使えばフロートまではすぐだし、陛下ならば相手が望んでいると聞けば、必ず戦場に出てくるだろう。

 もう少し自重して頂きたいが、神帝がこの場にいる以上、陛下が来られても大きな問題とならないところが頭の痛いところだ。


「さすがに時間が掛かり過ぎであろう?残念ではあるが、天帝とは王都で見えることとしよう」


 この戦場を制するという発言だが、それは私達にとっても許容できない。


「なるほど、陛下との謁見を諦められるのですね。ですがそれも致し方なし」

「さすがに強気よな。もっとも、そうでなくては。では最後になるが、降伏を勧告をさせてもらおう」

「こちらも無駄だとわかっていますが、同様に降伏勧告をさせて頂きます」


 当然だがどちらも降伏などするはずがない。

 慣習だからこそ互いに告げているだけであって、実際に降伏することなど皆無なのだから。


「最後は煩わしいと思うが、思っていたより有意義な時間だった。ではレックス卿、我々が自陣に戻り次第、開戦となる」

「最後の降伏勧告を含めて、私も同様です。上空ではいまだに戦いが続いていますが、この際あれは無かったことにしてもよろしいかと。もっとも、あのドラゴンは諦めて頂くことになりますが」


 上空では、いまだにバーニング・ドラゴン対エンシェントドラゴニアンの戦いが続けられている。

 サヤはOランクだと言っていたが、それでもバーニング・ドラゴンは傷だらけになっているし、それでいてアテナさんとエオスさんが傷ついたような様子は見られない。

 バーニング・ドラゴンの背には3人ほどの魔族が乗っており、時折魔法を放ってきているが、アテナさんの背には大和君が、エオスさんの背には真子さんが乗っているから、その魔法は無効化されたり相殺されたりしている。

 おそらくだが、私達が自陣に戻るのを待っているのだろう。


「あのバーニング・ドラゴンは、グラーディア大陸でも最上位に近い個体なんだがな。背に乗っている者達も精鋭だというのに、まさか歯牙にもかけぬとは」


 Oランクである以上グラーディア大陸でも上位だと思っていたが、やはり最上位に近い個体だったか。

 そのバーニング・ドラゴンに乗っている以上、魔族達も精鋭だというのは自明の理。

 だがそのバーニング・ドラゴンは、アテナさんとエオスさんが抑えているばかりか押しているし、魔族達も大和君と真子さんが的確な援護で動きを封じている。

 しかも大和君も真子さんも空中戦は行っていないから、本気を出していないということだ。

 歯牙にもかけていないというより、手の内を晒さないように気を遣っているというべきかもしれない。

 だからこそ、アルトゥル卿には精鋭とバーニング・ドラゴンを諦めてもらうことになる。


「あの者達も、まだ本気を出していないのであろう?まだ開戦すらしていないのだから、手の内を晒さないのは当然。おそらく我々が自陣に戻ると同時に、バーニング・ドラゴンは落とされる。であれば残念ではあるが、諦める他あるまい」


 本当に油断のならないお人だな。

 大和君と真子さんが本気ではないことを見抜くのはともかく、あっさりとバーニング・ドラゴンと3人の精鋭魔族を諦めるのだから。

 同等の実力者はまだいるだろうが、だからといって助けるような素振りは見られず、それでいて本当に諦めているようにも見えるのだから、何か考えがあるのではないかと深読みしてしまう。

 実際、その通りなのだろうが。


「意外そうな顔をしているが、今のアバリシア軍で生きる資格があるのは、強き者のみだ。バーニング・ドラゴンは惜しいが、アバリシアに戻れば補充は不可能ではない。であるならば、バーニング・ドラゴンの撃墜を開戦の狼煙にした方が、より面白くなりそうではないか?」


 敵であるはずの私が、思わず冷や汗を流してしまうセリフだ。

 トールマン様から伺った話では、アルトゥル卿は部下に慕われる将であり、間違っても切り捨てのような行為を行うお人ではない。

 実際先の戦争では、アルトゥル卿の座乗船は誰一人犠牲者を出さず、撤退に成功したと聞いている。

 トールマン様もその目で、アルトゥル卿が傷ついた部下を助けている姿を目撃していたと言っていた。

 だが目の前のアルトゥル卿は、あっさりと精鋭である部下はもちろん、最大戦力の一角でもあるバーニング・ドラゴンを切り捨てるばかりか、開戦の狼煙にしようとまで口にしている。

 もしや魔族となったことで、性格に変化がもたらされたのだろうか?


 いや、今はそんな考察をするべき時ではない。

 開戦の狼煙に丁度いいかは分からないが、今考えるべきは魔族からフィリアス大陸を守ることだ。


「そのように都合よくいくかは分かりませんから、我々が自陣に戻ってからの判断になるでしょうね」

「もっともだ。自陣に戻る前に落ちれば問題ないが、そうでなければ慣習通りが無難だろう」


 そうなるだろうな。

 大和君達に我々の話が聞こえてるとは思えないから、バーニング・ドラゴンがどのタイミングで落とされるかは私にも分からない。

 大和君なら開戦の狼煙にしそうな気もするが、それでも絶対とは言えないから、自陣に戻り次第開戦という慣習通りの取り決めも必要だ。


「では我々は戻ります。そうですね、ドラゴンが落ちる、もしくは10分後に開戦としましょうか」

「異議はない。では次は戦場で見えよう」


 収穫は多かった。

 あとは正面からぶつかり合うのみ。

 遅くても10分後には開戦だ。

 ソレムネなどとは比較にならないほどの強敵だが、それでも我々は負けるわけにはいかない。

 私は妻達を促し、アルトゥル卿に一礼してから踵を返し、自陣に向けて歩を進めた。

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