開戦の狼煙
一夜明け、朝飯を食ってる最中に、ライラが報告のために本陣へとやってきた。
どうやらつい先程、ドラゴン達はコバルディアを飛び立ち、南へ向かったそうだ。
ポラルに限らず、ベルンシュタイン伯爵領の東側は山で、その先は海しかない。
フィールを目指すんなら南西に向かうはずだから、南へ向かったってことはポラルを目指してるって考えてもいいだろう。
「ではルーカスは、スカウト・オーダーをフロートへ送り届けていると?」
「はい。ドラゴンが飛び立ったのを確認したので、これ以上は危険だと判断しました」
「構わない。スカウト・オーダーも極度の緊張感を強いられる任務で疲れているだろうから、フロートでゆっくりと静養してもらうべきだ」
スカウト・オーダーは週に一度、エンシェントオーダーの誰かが交代要員を連れて行っていたから、長期間僻地で孤立無援っていう訳じゃなかったし、休暇もしっかりととっていたんだが、場所が場所だから緊張感を強いられていたのは間違いない。
ドラゴンが飛び立った今、スカウト・オーダーも任務を終えたと言ってもいい。
またコバルディア近隣に派遣される可能性はあるが、今はゆっくりと休んでもらうってのは、俺も賛成だ。
「スカウト・オーダーはそれでいいとして、次の問題は私達だね」
「ああ。ついにアバリシア、いや、魔族との全面戦争突入だ」
ファリスさんとバウトさんの言う通り、これから始まる戦いは、フィリアス大陸対グラーディア大陸っていうだけじゃなく、人類対魔族の戦いでもある。
アバリシア兵全員が魔族とは限らないが、アバリシアは魔化結晶を作り出した国でもあるし、その魔化結晶をレティセンシアに供給して実験も行っていたと考えられているから、俺達の中じゃ魔族の国として認識されている。
その魔族はヘリオスオーブの神々からも敵対視されているから、世界を賭けた一戦ってことにもなるのか。
「はい。準備も必要ですから手早く軍議を済ませますが、大筋では昨夜と変わりません。ウイング・クレストを中核に据え、ハンターはレイドごとに、オーダーも支部ごとにまとまって迎撃。ただし神帝がいた場合は大和君に抑えてもらい、魔族やドラゴンの相手は真子さんが中心となります」
刻印法具を生成し、エンシェントヒューマンに進化している真子さんは、俺以外で唯一神帝とも渡り合える可能性を持っている。
だからもし神帝がいた場合、俺の援護をするか、それとも先に魔族やドラゴンを倒すべきか、すごく悩んでいた。
最終的にはガイア様の予知夢を頼りに、魔族やドラゴンを優先することを選んだんだが、今でもこれでよかったのかと思っているみたいだ。
「了解だ」
「ここで陣形を変えるとか言われても、良い案が出てくるとは思えないしね」
「時間があれば話は別だけど、早ければ1時間ちょっとで姿が見える可能性もあるものね」
ライラの報告によれば、コバルディアから飛び立ったドラゴンの速度は、隊列を組んでいる関係もあるがアテナやエオスよりは遅いらしい。
それでもワイバーン並の速度はあるそうだから、コバルディアとポラルの距離を考えれば、2時間はかからないだろうっていうのが予想になっている。
もちろんこれは予想だから、エルさんの言うように1時間ちょっとで姿が見える可能性も低くはない。
「ええ。決めるべきことは既に決まっているので、軍議はあと数分で終わらせます。そのあとは食事を取り、準備を整えた上で待機をお願いします」
「了解だよ」
「これから飯って時に報告だったからな。さすがに腹も減ってるし、飯ぐらいはちゃんと食うさ」
そうなるよな。
長々と会議なんてやってる時間はないし、飯はしっかり食わないと力が出せない。
俺達は食事の途中だったが、まだ食ってないっていう人達もいるんだから、飯はしっかりと食わないと。
いつ来るかも分からないが、最長でも2時間っていう予想もあるから、緊張が途切れることもないだろう。
もちろん軽く動いて、体と心をほぐしておく必要はあるが。
他に決めたことは、ポラル上空を通過しなかった場合になるが、このあとすぐにエンシェントオーダーが偵察に出るそうだから、途中で進路を変えられたとしても追いかけることは可能だろう。
トラベリングを習得しといて、マジで良かったと思う。
あとはドラゴンが高度を下げなかった場合に備えて、アテナとエオスに完全竜化してもらい、進路をふさいでもらうことか。
エンシェントドラゴニアンとはいえ2人しかいないから、10匹以上のAランクドラゴンの相手は厳しい。
だから俺はアテナに、真子さんはエオスに乗って、場合によっては叩き落す予定だ。
「それでは解散します。時間はあまりありませんが、迎撃準備だけは怠らないようにしてください」
「ああ、もちろんだ」
「相手がなんであれ、こんなとこで死ぬつもりはないからな」
相手は魔族ばかりかドラゴンまでいるんだから、準備を怠ってしまえば死につながりかねない。
しかもドラゴンによる空輸で移動されている以上、こちらと接触した際も相手は上空にいるだろうし、ブレスで攻撃してくる可能性もある。
フライングとスカファルディングがあるから一方的にやられるようなことはないが、それでもブレスを吐かれたらポラルが壊滅してしまう。
その場合は完全な不意打ちになるが、アバリシアがそんなことを気にするとは思えないから、監視にも手は抜けない。
相手が相手だから、俺もかなり緊張してきているが、今までの狩りで学んだことは多いから、先走るような真似だけはしないつもりだ。
そして軍議が終了してから1時間半、ついにその時がやってきた。
Side・キャロル
偵察に出ていたルーカスさんとライラさんが戻られてから10分もせずに、北の空にドラゴンの一団が見えてきました。
ゆっくりと、しかし確実に大きくなっていくその姿を見て、私の中では恐怖が芽生えてきています。
ですが相手は魔族という、ヘリオスオーブに存在してはならない種族であり、フィリアス大陸を含むヘリオスオーブの支配を目論む邪悪な侵略者ですから、どれほど恐ろしい相手であろうと、戦わないという選択肢はあり得ません。
「下りてくる気配はないな」
「だね。あのままポラルを通過するのか、それともやっぱりブレスでポラルを攻撃してくるのか、判断難しいね」
「もう少し近付いてくれば、あちらも何か行動を起こすでしょうけど」
大和さん、ルディアさん、ミーナさんの仰る通り、魔族がどう行動するか判断が付きません。
魔族は昨夜コバルディアに駐留していましたから、ある程度はこちらの情報も得ているはずですが、だからといって必ずこちらの考え通りに行動してくれるとは限りません。
「それじゃあ竜化するね」
「ああ。悪いが頼む」
「畏まりました」
何もせずにポラルを通過されてしまう可能性もありますから、アテナさんとエオスさんが完全竜化されました。
お2人ともエンシェントドラゴニアンですし、背には大和さんと真子さんが乗られますが、敵ドラゴンは最低でも15匹ですから、数の上では不利を免れません。
ですからお2人の役目は進路をふさぎ、ドラゴンを地上に下ろさせることになります。
「それじゃあ行ってくる」
「さっさと下ろしてくるね」
「エオス、マナ様じゃなくて悪いけど、よろしくね」
「とんでもありません。こちらこそ、よろしくお願い致します」
大和さんと真子さんを背に乗せ、アテナさんとエオスさんが飛び立ちました。
2人だけとはいえ完全竜化したドラゴニアンが立ちふさがるのですから、魔族も警戒ぐらいはしてくれるはず。
しかも背に乗られているのは大和さんと真子さんという、2人の刻印術師です。
「ドラゴンの動きは……少し遅くなった?」
「かな。多分止まるんじゃないかと思う」
「兵員輸送も行っているわけだし、そんな状態で空中戦を挑んでくるようなバカな真似はしてこないってことですか」
「そりゃね」
確かにドラゴンは兵員コンテナも輸送していますから、そんな状態では動きも制限されますね。
ノーマルデーモンでさえハイクラスに匹敵しますから、落下の衝撃程度で死ぬようなことはないと思いますが、コンテナは耐えられないでしょうから、下りてくるしかないはずです。
「どうやら下りてくるようですね」
「落下の衝撃に耐えられても、コンテナは使い物にならなくなるし、当然だよね」
コンテナが壊されてしまえば、アバリシアへの帰還も困難になりますし、兵員輸送にも支障が出ますからね。
いえ、1匹だけ下りてくる気配が見えませんね。
しかもあのドラゴンは、コンテナを持っていない?
「『クエスティング』。バーニング・ドラゴン?ランクは……Oランク!?」
Oランクですか!?
確かブラッドルビー・ドラゴンというOランクドラゴンがいたはずですが、もう1匹いたなんて……。
いえ、アバリシアの戦力は不明ですし、ドラゴンも総数は20匹ほどだったはずですから、Aランクと判明している14匹以外はOランクだと思っておく必要がありますか。
「その方が良さそうですね。私達にとっては未知の魔物ですが、あれほどの数を使役している以上、アバリシアでは珍しくないのか、魔化結晶を使って進化させたのかでしょうが」
ミーナさんに言われて思い出しましたが、魔化結晶は人間を魔族に変化させるだけではなく、魔物も進化させることができるんでした。
人間と違い魔物の進化には時間がかかりますが、災害種にさえ進化させることが可能だと証明されていますし、ドラゴンも魔物ですから、その可能性は十分あります。
「あっ!戦い始めましたよぉ!」
「しかも先制攻撃でブレスとか、えげつないよ!」
私達が話をしている間に、上空では2人のドラゴニアンとバーニング・ドラゴンの戦いが始まっていました。
バーニング・ドラゴンにも誰かが乗っているようですが、おそらくはハイクラスの魔族、ハイデーモンでしょう。
3人ほど姿が見えますね。
「こっちも来るよ」
ルディアさんの言葉に誘導されるかのように視線を地上に戻すと、地に降り立ったドラゴンが、ブラッドルビー・ドラゴンを中心に陣を形成し、コンテナから次々と魔族が出てきているところでした。
ひと際豪華なコンテナは見られませんが、ブラッドルビー・ドラゴンがいることから、この場に来ているのは間違いないでしょう。
「伝令です。魔族がどう動くかは分かりませんが、神帝と思しき者はコンテナの外に出てきていません。ですが大和天爵達が上空で戦闘中ですから、こちらは防衛に徹せよ、とのことです」
「わかりました」
伝令に来られたオーダーに、ミーナさんが代表して答えられました。
ミーナさんは
「防衛に徹せよってことは、こっちから仕掛けられないね」
「大和さんも真子さんも上だし、戦の作法を守るかもわからないからね」
「それ以前に、フィリアス大陸とグラーディア大陸じゃ、作法が違うかもしれませんしね」
「その可能性はありますから、兄さんも前には出ないと思います」
通常戦の前には、軍の代表が中央で名乗りを上げ、互いが陣地に戻ってから開始となります。
ですが此度はグラーディア大陸という別大陸の軍、しかも魔族が相手ですから、ラウスさんの言う通り作法が異なっている可能性は否定できません。
ですからグランド・オーダーズマスターも、今回は前に出られないかもしれないんですね。
あ、でもレックス卿は、奥様のローズマリー卿、ミューズ卿、サヤさんを伴って、前に出ようとしていますよ。
「前に出るつもりなの?」
「4人ともエンシェントクラスだから、多少の荒事は乗り切れるって判断したのかもしれないわ」
「兄さん……」
確かにハイデーモンはエンシェントクラスに匹敵する魔力を有しているそうですが、戦闘力そのものは一段劣るとも聞いています。
ハイデーモンが何名いるかはわかりませんが、不意打ちを受けてしまえばこちらも黙ってはいませんから、あえて奥方達と前に出られたということでしょうか。
それに応えるかのように、魔族側からも5名が前に出てきました。
上空ではエンシェントドラゴニアンとバーニング・ドラゴンの戦いが続いていますから、おそらくはすぐに戦いが始まるでしょう。
フィリアス大陸のみならずヘリオスオーブの存亡を賭けた大事な一戦、絶対に負けるわけにはいきません。
そして会戦を報せるかのように、上空では3つのブレスが交差しました。
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