学園の意味

 メモリア総合学園に入り、まずは本校舎の見学を済ませた。

 基本的に日本の学校とほとんど変わらず、どの教室も同じだから案内はすぐに終わったな。

 1階は学園長室や教員室、宿直室なんかもあるが、学生は基本的に使わないから、ざっと案内するだけで終わりだ。

 だがギルド校舎は各ギルドが力を入れているし、殿下達も自分が登録するギルドの校舎には興味津々だった。

 さらにスカラー校舎に併設されているコロシアムでMARSの実演も行ったら、ハンター志望のデイヴィッド殿下とアウローラ殿下は自分達も体験したいとまで言い出したよ。

 私物はストレージ・バッグに入れてあり、武具類も同様だって事だから、結局押しに負けて体験してもらう事にしたが。


「な、何も出来なかった……」

「ライフ・バーが一撃でなくなるなんて……」


 デイヴィッド殿下はレベル15だから、I-Nランクのゴブリンは何とか討伐出来たんだが、C-Uランクのホブ・ゴブリンが相手だと、多少の抵抗は試みたものの討死っていう判定だった。

 アウローラ殿下はプリムやレベッカと狩りに行った事があるからか、レベル26になっている。

 だからホブ・ゴブリンは難なく倒し、B-Rランクのレッドキャップ・ゴブリンにもかろうじて勝利したんだが、S-Iランクのゴブリン・プリンスの前では手も足も出なかったな。

 レッドキャップ・ゴブリンに勝ったのはすごいんだが、端から見てると偶然の要素も強かったから、もう一度やったら多分勝てないんじゃないかとも思う。

 相手がゴブリンだからか2人ともけっこう落ち込んでるんだが、それでも相手は異常種なんだから、この結果は当然だ。


「これが実戦なら、お2人の命は奪われていました。先程のアウローラ殿下のように、偶然であっても倒す事が出来れば構わないんですが、高ランクモンスター相手ではそのようなものは期待すら出来ません。運が良ければ逃げられますが、一撃もらえばそれで終わりですから、実際はほとんど無理でしょうね」

「はい……」

「身に染みて理解出来ました……」


 ゴブリン・プリンスの相手は2人でしてもらったんだが、異常種といえどSランクでしかないから、もっと善戦出来ると思ってたんだろうな。

 だけどふたを開けてみたら、ゴブリン・プリンスの動きについていけないばかりか一撃で終了だったから、おそらく自信も喪失してるだろう。

 今でこそハイクラス数人で討伐出来るようになってるが、以前は数十人必要で、それでも死者が出るのは避けられなかったんだから、厳しいようだがノーマルクラス2人で善戦なんて出来る訳が無い。


「一度手を出してしまえば、大抵の場合は逃げる事すら叶いません。ですから手を出す魔物の名称やランクは、正確に把握しておかなければ、自分だけではなく仲間も巻き込みます。これは討伐を行うハンターやリッターのみならず、他のギルド・レジスターも同様です。だからこそ、全学科共通で戦闘訓練の授業が行われるのです」


 街道とかじゃIランクからCランク、稀にSランクとかが出てくるが、異常種と遭遇する事はまずない。

 だけど皆無っていう訳でもないから、魔物の種族やランクは全員が知っておくべき事だと思う。

 知らずに迎え撃ち、戦ってる最中に勝てないと分かってしまっても、逃げるのはほとんど無理だからな。

 仮に逃げれたとしても、誰かは必ず犠牲になってるから、レイド解散や依頼失敗なんていう事態もあり得るだろう。


 その話をすると、殿下方は顔色を青くしながらも神妙に頷いた。

 王家だからこそ街道を移動する機会は多いし、今回使った魔石はゴブリン系だから、自国にも普通に生息している。

 だからこそ脅威だって感じてくれたんだろう。


「今回は同じ種の魔物の方が分かりやすいだろうと思い、ゴブリン種の幻影を用意しました。ですが授業では、ゴブリン・プリンスどころかレッドキャップ・ゴブリンを使う事はないでしょう」


 異常種は1つ上、災害種なんて2つ上のランク相当の魔物だからな。

 それにSランクモンスターは、以前はハイクラスでも敬遠する事もあったから、アウローラ殿下と同じレベル30付近の学生でも、使うのはS-Nランクまでになるんじゃなかろうか。


「あの……大和様が戦われると……どうなるんですか……?」

「あ、俺も見てみたいです!」

「ヘリオスオーブ初のエレメントクラスのお力、是非拝見させて下さい!」


 ところがここで、俺にもMARSを使えというリクエストが来てしまった。

 しかも言い出しっぺは、あの人見知り公女ネブリナ殿下だ。

 ライオ殿下やディアナ殿下まで賛同してしまったし、他の方々も期待に目を輝かせていらっしゃいますな。


「これはさすがに断れないわね」

「だなぁ。それじゃあリクエストにお応えしましょう」


 さすがにこれは断れないから、そう口にするしかない。

 だけど殿下方は大喜びだ。


「あ、真子さん。魔石は何を使うか任せるんで」

「了解。適当に3つぐらい見繕うわ」


 俺は苦笑しながらイークイッピングを使い、専用のオーバーコートとバイザーを身に纏ってコロシアムに降り立った。

 入学生はラウス達を除いて全員ノーマルクラスだから、オーバーコートの素材は上絹布を使っている。

 だけど上絹布はG-Uランクモンスター シルケスト・クロウラーから採れる糸だから、俺は使う事が出来ない。

 だからM-Iランクモンスター ロイヤル・クロウラーの王絹布を使い、専用として仕立てるしか手が無かったんだよ。

 ラウス達も同様で、既に王絹布を使ったオーバーコートは各自ストレージやストレージ・バッグに収納済みだ。


「それじゃあ最初の魔物、行くわよー」


 真子さんの合図で作り出された幻影は、ゴブリン・プリンスだった。

 いや、さっきデイヴィット殿下とアウローラ殿下をボコボコにした奴じゃねえか。

 なんでこんなの選んだのさ。


「よくご覧になってください。エレメントクラスには、S-Iランクの攻撃など通用しませんから」

「そ、そうなんですか!?」

「じゃ、じゃあ大和様は……わざと攻撃を受けられるんですか!?」


 さらに真子さんは、俺にゴブリン・プリンスの攻撃を避けるなとまで言ってきやがった。

 マジで?


「ただ倒すだけでは、エレメントクラスがどれ程のものなのかは理解出来ないでしょう。事実としてエレメントクラスは、攻撃力だけではなく防御力も桁違いです。こちらにあるライフ・バーをご覧いただければ、それはご理解頂けると思います」


 あー、そういう意図か。

 確かにゴブリン・プリンスなら素手でも殴り殺せる自信があるが、やろうと思えばエンシェントクラスでも十分可能だ。

 防御力もそうで、エンシェントクラスでもゴブリン・プリンスの攻撃が通用しない事は分かってるんだが、それでも魔力強化魔法マナリングに使う魔力量は、エレメントクラスの方が少なくて済む。

 まずはそれを見てもらおうって事か。

 仕方ない、しばらくは防御に集中しよう。


「う、嘘……」

「ライフ・バーが……全然減ってない?」

「攻撃、当たってますよね?」

「え、ええ……」


 殿下達は驚いているが、ゴブリン・プリンスの攻撃は間違いなく俺に命中している。

 だが俺のライフ・バーは、1ミリたりとて減っていない。

 つまりノー・ダメージだ。

 ノーマルクラスのデイヴィッド殿下とアウローラ殿下は一撃でライフ・バーがゼロになっていたから、驚かれるのも無理もない。


「ご覧の通り、Sランクの異常種であっても、傷一つ付ける事は出来ません。エンシェントクラスでも可能ではありますが、魔力を多く使わなければなりませんし、魔力総量もエレメントクラスには及びませんから、少数相手の短期戦ならばともかく、多数相手の長期戦では魔力が持つかは分かりません。この点だけ見ても、エレメントクラスはエンシェントクラスすら凌駕していることが分かります」


 真子さんの説明通り、俺はエレメントクラスの特徴でもある翼を出しているし、その翼にマナリングを纏わせて魔力強化を行っている。

 更に俺にはウイング・バーストという切り札もあるから、それも使えばGランク相手でも無傷でやり過ごす自信があるな。

 さすがにPランクは厳しい気がするが。


「そ、そんなに凄いんですね……」

「エンシェントクラスの上って聞いていましたけど、そこまで差があったなんて、考えた事もありませんでした……」

「人数が増えたとはいえ、エンシェントクラスでさえ数十人しかいませんからね。殿下方はお会いする機会もあるかと思いますが、市井の方々ではその機会があるかは分かりません。市井の方々はそれでも問題ありませんが、殿下方はエンシェントクラスやエレメントクラスの力を正確に理解して頂く必要があります。まかり間違って敵対する事になれば、最悪の場合国が滅びるのですから」


 ああ、なんで真子さんがこんな事させるのかと思ってたけど、国を継ぐ立場の殿下達に、しっかりとエンシェントクラスやエレメントクラスの力を教えておくためだったのか。

 確かにエンシェントクラス1人いれば、国の1つや2つを滅ぼすのは難しくないし、エンシェントクラスを邪険に扱って敵に回したりなんかしたら、救援にすら来ないかもしれないからな。


「そ、そんな馬鹿な真似なんて、するワケがありません!」

「そうですよ!」

「目の前で力を見せられたら、誰も敵に回すなんて考えないに決まってます!」

「普通ならそうですね。ですが自分なら上手くやれる、自分なら大丈夫だと考える者は、必ず出てくるのです。殿下方はそのような真似はされないと思いますが、臣下の方はどうでしょうか?」

「それは……」

「ない、とは言い切れませんね」


 王がどれだけ善政を敷いても、自分勝手な臣下っていうのは必ず出てくるな。

 アミスターじゃそんな奴はすぐに排除されるが、建国されたばかりの公国に内部浄化がまだ終わっていないバレンティアだと難しいだろう。

 さらにプリムは言葉にしなかったが、エネロ・イストリアス伯国のラルヴァ・イストリアス王子も該当してると暗に告げている気がする。

 年明けにエネロ・イストリアス伯国が独立する事は、殿下達も知っているはずだが、その新国の王太子となる者が招待されていない事も知っているだろうから、多分だけど気が付いてくれてるはずだ。

 言葉にしなかったのは、万が一、億が一の可能性で更生するかもしれないからだろうな。

 俺は200%無理だと思ってるが。


「殿下方は卒業されたら国元に帰られ、やがて王位を継がれます。ライオ殿下とイルミナ殿下はどちらが継がれるか分かりませんが、継がれなくとも無関係とはいかないでしょう。万が一の可能性ですが、ゼロではない以上、警戒は必要です。ですから在学中に、信用のおける友人を作り、卒業後に国に招くといった事もご検討ください。その者達の力を借りて国を豊かにし、他国との繋がりを深め、奸臣を封じ込める。そのような国をお作り下さい」


 含蓄のある言葉だが殿下達は感じ入るものがあったようで、目を瞑ったり胸に手を当てたりして言葉を噛みしめている。


 プリムの言葉は総合学園見学中に伝える予定で、俺とプリム、マナ、ヒルデ、リカさん、真子さんが頑張って考えたものだ。

 本来なら俺が伝えるはずだったんだが、予想に反して俺がMARSで模擬戦を行う事になったから、この機会を利用したって事になる。

 プリムが伝えた理由は、俺の初妻っていう理由が大きいな。

 俺としても、今っていうのが一番良い機会だと思うし、模擬戦をするのが他の誰であったとしても、伝えてただろう。


「4年間の学園生活で大いに学び、悩み、楽しみ、そして将来に活かして下さい。総合学園は、そのための施設なのですから」


 最後の締めくくりの言葉をプリムが口にすると、誰からともなく拍手の音が響いた。

 MARSの使用は予想外だったが、結果的に見れば上手く纏まった感じで良かったと思う。


 ただそれは良いんだが、俺はいつまでゴブリン・プリンスの攻撃を受け続けてなきゃいけないんだ?

 いい加減鬱陶しくなってきてるから、マジで早くゴーサイン出してくんない?

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