第一六章・運命の日

MARS改良案

 12月も終わりに差し迫ったある日、俺は工芸殿でMARSの製作に勤しんでいた。

 グラシオンに建造中のMINERVAの完成は5月の予定で、そこには複数台設置するから、今の内から作っておかないと間に合わなくなる。

 素材は用意出来ているし図面もあるんだが、少し手を加えるつもりもあるからな。

 早く完成するのは凄いと思うが、こっちも締め切りが早くなるって事でもあるから、早いからって便利だとは限らない一例だと思う。


「大和、結界だけどさ、例の案は使えそうだよ」

「お、そうか。ならその方向で調整頼む」

「分かった!」


 結界の調整は、ルディアの担当だ。

 元々提案してくれたのもルディアだし、今回の改良案もルディアだからな。


 俺は俺で、グラシオンのMINERVAに設置するMARSを頑張って制作中だ。

 基本的にはメモリア総合学園のMARS施設、グラシオンのMARS施設の名称がMINERVAと正式に公表されたから、こちらもコロシアムがMINERVAと呼ばれるようになったんだが、そこに設置した物と同型になるが、魔物の動きはもうちょっと滑らかにしたいと思って調整を続けている。


「ルディア、この結界だけどさ、水面を再現できるようにしてみたらどう?」

「それはあたしも考えたんだけど、それだとこっちもフライングかスカファルディングを常時使う事になるし、どうしても地上からの高さが必要になるから、普通の水上戦闘より危険度が高くなるよ?」

「それは分かってる。だからさ、船を模した足場を用意して、それに船の結界を映し出せば、船上戦闘の再現が出来るでしょ?」

「あ、そっか!」


 真子さんのアイディアは、俺にとっても盲点だった。

 プリムと真子さんが奏上したフライングとスカファルディングのおかげで、水上戦闘を行うハンターが増え、海の魔物も狩られる機会が増えた。

 だからメモリアのMINERVAも、海の魔物との模擬戦が多く選ばれているぐらいだ。

 だけどメモリアのMINERVAによる海戦は、ハンター側も水中に入る形で結界が展開され、魔物は360度全方位から襲い掛かってくる。

 それもあって海戦、特に船上戦闘といった形で模擬戦が出来ないかといった嘆願もチラホラとあったな。

 なかなか良い案が浮かばなかったから先延ばしになってたんだが、真子さんの案なら十分対応可能だろうし、MARSの方も少しの調整で済むかもしれない。


「ですがそれでは、万が一落下してしまった場合、大怪我どころか命が危なくありませんか?」

「模造船は結界を投影するために用意するだけだから、地面の上に置くつもりよ」


 あれ?

 模造船はもっと高い位置に置くと思ってたんだけど、普通に地面の上に置くつもりなの?

 さすがにそれだと、小型の魔物でも出すのは厳しいんですけど?


「幻影なんだから、地面の下から出てきても問題ないでしょ?というか、そもそもルディアの作った結界だって球状なんだから、地面の下まで覆われてるじゃない。クラテル迷宮みたいなとこが他にもあるかもしれないし、今後も出来るかもしれないから、そっちはそっちで残しておいて、新しいものは純粋な水上戦闘用としておけば、差別化も図れるでしょう?」


 完全に目から鱗だよ。

 確かに結界は球状でコロシアムの上空もカバーしてるのは確認済みだから、地下にも展開されているはずだ。

 しかも水中戦を行うのはウンディーネや水竜のドラゴニュート、ドラゴニアンぐらいだし、模擬戦だと対応しきれていない。

 それに水上戦闘なら、水面下の魔物の動きを把握できない事も珍しくないから、地下っていう完全に目に見えない場所からの襲撃であっても無視できる問題だ。

 さらに船の幻影も投影できれば、足場としてはもちろん、船の守護も出来る事になるな。


「いいね、それ!特に船も幻影で出すなんて、考えた事も無かったよ!」

「船を沈められても負けだから、そこは調整が必要になると思うけどね」

「陸地が見えてれば、慣れてる人ならフライングかスカファルディングで移動できると思うけど、そうじゃなかったら魔力切れで海に落ちるだけですしね」

「そうですね。足場になる模造船は用意しないといけませんけど、念動魔法を付与させておけば設置や撤去に手間は掛かりません」


 だな。

 船を沈められたら終了っていう設定は、幻影を解除する方向で調整すればいいだろう。

 実際水上戦闘で船を沈められたらアウトだし、護衛依頼を受けていた場合はその時点で依頼失敗だからな。


「あ、それなら模造獣車も用意して、護衛中の遭遇とか、そういったシチュエーションも追加出来るんじゃないか?」

「それはアリね。護衛じゃなくて自分達が移動中っていう設定にも出来るわ」

「そうなると、魔物の幻影が1匹だけというのが物足りなく感じませんか?」


 それなんだよなぁ……。

 今のMARSだと、作り出せる魔物の幻影は1匹だけだ。

 基幹魔石を増やすなりMARSの数を増やすなりすれば解決するとは思うが、それだとコストが高くなりすぎるし、設置場所だって用意出来ない。

 それにただ数を出せたって、動きが単調だったりしたら意味が薄い。

 幻影はそれぞれが完全に独立して動き、それでいて連携も取れるようでないと、使う意味が無いんだよな。

 いずれは迷宮氾濫も再現させたいと思ってるが、先はかなり長そうだ。


「今使ってるのって、確かアビス・パンサーの魔石だっけ?」

「ええ。ガグン迷宮の氾濫の際に、何匹か仕留めてますからね」


 メモリア総合学園、そしてグラシオンに設置予定のMARSは、A-Cランクモンスター アビス・パンサーの魔石を加工している。

 これ以上となったらOランクモンスターになるが、Oランクモンスターの魔石は現在のところ全て終焉種で、さらに天帝家に献上されているから、いくらMARSのためであっても俺達が使う事は出来ない。

 どうしても使いたかったら、迷宮ダンジョンに入ってOランクモンスターを探すしかないな。

 それも最初の1つは献上しないとだから、最低でも同じ魔物を2匹狩らないといけないだろう。


「A-Cランクの魔石でも、処理能力不足か。マルチ・コアにしてみるのも手だけど、試してみた?」

「あ、それはやってないですね。っていうか、確かにその手があったか」


 マルチ・コア、つまり並列処理か。

 確かにそれならいけるかもしれない。


「あ、ごめん。私が言ったのになんだけど、それでもちょっと厳しいかも」

「なんで……あ~、確かにそうかも」


 だけど当の真子さんが待ったをかけてきたし、俺もその理由に思い当たってしまった。


「え?何でダメなの?」

「良いアイディアのように聞こえましたけど?」


 ルディアとフラムはよく分かってないようだが、俺も気付くのが遅れたし、提案した真子さんだってそんな感じだ。


「基幹魔石の数を増やしても、幻影用の魔石は1つしかセットできないでしょう?増やせばいいんだけど、それだとMARSを複数設置するのと変わらなくなるから、全く意味が無くなるのよ」

「それに魔石の情報は魔石を持っていた個体の情報だから、上手く数を増やすことが出来たとしても、魔物の個体差も無い上に動きまで同じって事になる可能性がある。動きは調整次第で何とかなるかもしれないが、個体差に関してはどうしようもない」


 同じ魔物でも個体差はあるし、MARSはそれすらも再現してくれてるからな。

 それにせっかく並列処理できるようにしても、魔石受けまで増やす事になったら手間が余分にかかるだけになるから、それならMARSをもう1つ設置してもコスト的には変わらない。


「あー、そういう事になるのかぁ」

「つまり現状では、迷宮氾濫の再現はお手上げという事ですね」

「そうなるな」


 多分解決策としては終焉種の魔石を使う事なんだろうが、終焉種なんて迷宮ダンジョンでも目撃されてないんだから、とてもじゃないけど現実的じゃない。

 ラインハルト陛下に掛け合って使わせてもらったとしても、絶対っていう保証はないから、さすがに難しいだろうな。


「という事はA-Cランクの魔石って、現状では最上の選択肢って事か。それでもMランク以上は完全再現出来てるとは言い切れないから、付与する魔法を見直すか、後は魔石の属性を変更するかぐらいしか手は無さそうね」

「魔石の属性変更も現実的じゃないから、魔法付与の見直ししかないね」

「それもなぁ」


 魔法付与も、現状かなりの数の魔法を付与させてるから、見直しはハッキリ言ってキツい。

 付与させた魔法のリストはあるが、多分付与してない魔法を上げていった方が早いだろう。

 そして付与させてない魔法は、ストレージングやインベントリングみたいに本当に模擬戦じゃ使い道のない魔法だったりするから、見直したところであんまり意味は無い気がする。


 うん、完全にお手上げだな。


「仕方ないし、今は諦めよう。いずれOランクの魔石が手に入ったりしたら、その時に考えてもいいだろうし」

「そうね。無い物ねだりしても仕方がないわ。今はグラシオンに設置するMARSの製作と、メモリアのバージョン・アップを行いましょう」

「そうだね」

「分かりました」


 Oランクの魔石なんて手に入る機会があるかも分からないが、今現在手元にないんだからどうしようもない。

 今は真子さんの言う通り、グラシオンとメモリアのMARSが最優先だ。


「ルディア、結界の方はあれで行くけど、操作盤は差し替える事になる。悪いけどそっちも頼めるか?」

「了解。ついでって訳じゃないけど、船とか獣車とかの幻影も用意しとくよ」

「ルディアさんお1人では大変でしょうから、私も手伝いますね」

「助かるよ」


 操作盤は魔石受けにセットされていて、結界パターンが10個登録されている。

 だけどルディアのアイディアは、その背景パターンを1つの魔石に纏めて入力し、それを対応しているスイッチを押す事で背景結界を展開させるというものだ。

 天魔石として加工する魔石のランクは上げざるを得ないが、それでも10個もの魔石を使うよりコストは抑えられるし、操作盤そのものを小さくする事も出来る。

 スイッチを追加するスペースを用意しておくのも簡単だし、新しく背景を追加する場合でも労力は掛からないのがいいな。

 地球じゃよくあるシステムなんだから、俺か真子さんが気付いとけって話ではあるんだが、よくあるからこそ逆に気付かなかったって事も珍しくないだろ?

 言い訳だけどな。


 結界の製作だけじゃなく操作盤まで新造って事になると、さすがにルディアの負担が大きいから、フラムが手伝ってくれるのは助かるな。

 フラムが担当していたオーバーコートは、MINERVAで使う物はメモリアのクラフターズギルドに制作依頼中だ。

 だが材料はこちらで加工しないといけないから、最近のフラムはその作業を優先してくれている。

 オーバーコートは基本貸し出しだが、将来的には買取も視野にいれたい。

 その際に問題となるのは、連動性を持たせるために浸す特殊な液体だな。

 基幹魔石や希少素材やらを混ぜ込んでるし、通信具にも使えることもあって国家機密になってるから、俺達以外に作る事が出来なくなってるんだよ。

 だから材料となる上絹布や光絹布は、こっちで加工しておかないといけない。

 バイザーも同じだから、売るのはエンシェントクラス以上に限定しておかないと、製作が追い付かなくなる気もする。

 それもあってメモリアに置いてあるオーバーコートとバイザーは、しっかりと管理してもらっているし、予備は俺達が保管しているぐらいだ。


 ここまで大事になるとは思ってなかったし、するつもりもなかったんだけどなぁ。

 だけどここまで来たら、もう俺じゃ止められないし、止まる事は無い。

 だからこそ、出来る限りの協力はしなきゃいけないし、精進も続けなきゃいけない。

 大変だけど、頑張らないとな。

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