天爵家の獣車

Side・ルディア


 メモリア総合学園にMARSを設置した後、あたし達は総合学園についての会議に参加するために天樹城へ登城した。

 あたしは滅多に天樹城には行かないんだけど、その理由は会議とか堅苦しい事が苦手だから。

 本当は今日もMARSの設置が終わったらアルカに帰ろうと思ってたんだけど、移動中に天爵家やアマティスタ侯爵家が製作依頼をしている小型多機能獣車の話に聞き入ってたら、機会を逃しちゃったんだ。

 だからやむを得ず参加してたんだけど、やっぱり帰ればよかったって思ったよ。


 その会議も夕方には無事に終わったから、あたし達はアルカに帰ることにした。

 フロートに建設中のフレイドランシア天爵家別邸もこないだ完成したから、ラインハルト陛下の許可を得てゲート・ストーンも設置済み。


 フレイドランシア天爵家別邸は貴族街の一角に建てたんだけど、貴族街はそんなに広くないし、既に屋敷が立ち並んでいるから、天樹城からは少し距離がある。

 こればっかりは仕方ないんだけど、本音を言えばもう少し近い方が良かったかなぁ。

 ちなみに外観はフロートの街並みに合わせてるから他の屋敷と似たり寄ったりだけど、内装は少しこだわっていて、大和や真子の国の様式も取り入れられているんだ。

 アルカの日ノ本屋敷にもある畳も用意してるから、部屋によっては土足厳禁だよ。

 イークイッピングがあるからこそ、導入出来たんだけどね。

 あと庭も、従魔を召喚できるスペースに多機能獣車を10台並べてもまだ余裕のあるスペースを確保しているから、敷地面積は貴族街でもかなり広い方になる。

 その代わり屋敷は少し狭くなってるんだよね。


 ところがそのフレイドランシア天爵家別邸に着くと1台の獣車が停まっていて、さらにあたしの同妻達が待っていた。

 さすがにヒルデ様はまだ帰ってきてないみたいだけど、ユーリ様の姿は見えるし、何かあったのかな?


「お帰りなさい」

「ただいま。何かあったのか?」

「いえ、ただラピスラズライト天爵家用の獣車が完成したから、試乗してたのよ。さっき帰ってきたんだけど、大和達も天樹城で会議中だって聞いてたし、先に帰ってきたルーカスとライラもすぐに来るって言ってたから、せっかくだしって事で待ってたの」


 ああ、そうなんだ。

 試乗ならフィールでもいいと思うんだけど、マナ様はフロートでも顔を知られているし、ラピスラズライト天爵家用の獣車って事はフロートでも使う機会が多い。

 だからフィールのクラフターズギルドで完成した獣車を受け取ってから少しフィールの中を移動して、それからトラベリングを使ってフロートに移動して、そのまま試乗を続けてたんだって。

 だけどマナ様は妊娠7ヶ月だし、お腹もだいぶ大きくなってきてるから、いくらみんながいるからって、動くのは少し自重しといた方がいいんじゃないかって思うよ。


「天樹城に来る前に聞いたけど、完成まではまだ数日掛かるんじゃなかったのか?」

「そのはずだったんだけど、エスメラルダ天爵家用の獣車と基本は同じだし、フィールの乗造部門は多機能獣車を作り慣れてるからね」

「それもあって、予定よりだいぶ早く完成したんです」


 そういえば天樹城に来る途中の話だと、ラピスラズライト天爵家とエスメラルダ天爵家、さらにアマティスタ侯爵家の獣車は外観が違うだけで、内装は同じだって言ってたっけ。

 外観が違うだけで全然違うと思うけど、依頼を出したフィールのクラフターズギルド乗造部門は、あたし達が使ってる天樹製獣車やその試作2台、さらにトラレンシアやソレムネに派遣されたハンターズレイドの多機能獣車も作ってるから、確かに作り慣れてるね。


「あと私が依頼した小型多機能獣車は2台で、そっちの完成があと数日なのよ」


 え?

 マナ様、2台も製作依頼出してたの?

 1台はラピスラズライト天爵家用だけど、もう1台は?


「お兄様への献上品よ。といっても天帝家用じゃなく、お兄様個人が使うための物になるわ」

「天帝家用の獣車は、私が依頼しています」


 一瞬フレイドランシア天爵家用かと思ったけど、ラインハルト陛下用なのか。

 だけどラインハルト陛下もハンターだし、遅くても30年後には退位されるんだから、その後はハンターとして過ごす事になる。

 そうなると陛下も、ご自分の獣車があった方が良いし、確かサユリ様やカイト様も個人で獣車を所有していたっけ。

 天帝家が使う獣車もユーリ様が依頼済みって事だから、次の天帝となるレスハイト殿下にも十分配慮されてるね。


 だけど大和は、ちょっと冷や汗をかいていたりする。


「やべえ……、多機能獣車は陛下も気にいってたのに、完全に忘れてた……」

「今まで、というか今もだけど、大和はかなり忙しいんだから、それは仕方ないわよ」

「これも内助の功、と言うのでしょうか。プリムお姉様にも協力頂いていますから、どちらの獣車も三天家からとして献上する予定ですよ」


 プリムは大和の初妻だし、確かにそれならフレイドランシア天爵家も加われるね。

 連邦天帝国樹立から、大和は本当に忙しくしていたし、今のマナ様は妊娠中でもあるから、なるべく大和の負担にならないようにマナ様が中心となって、ラインハルト陛下個人と天帝家に小型化した多機能獣車を作ってたのか。


「本当はフレイドランシア天爵家の獣車も依頼しときたかったんだけど、大和の意見を聞かずに作るワケにはいかないからね」

「冬になれば少しは落ち着けるでしょうから、フレイドランシア天爵家用獣車はそれからにしようかと思ってたんです」


 確かにフレイドランシア天爵家用獣車は、当主の大和の意見を聞かずに作るワケにはいかないよね。


「あと今フィールの乗造部門には、ラウス君やエドさんも製作依頼を出していますから、大和さんが依頼されても完成までは時間が掛かるんです」

「そうなの?というか、なんでラウスやエドも?」


 あたしも驚いたな。


「エドさんは自分達で使うためですね」

「ラウス君もそうですけど、後はリヒトシュテルン大公家とベルンシュタイン伯爵家へ献上する分もあるそうです」

「リヒトシュテルン大公家とベルンシュタイン伯爵家にも、ですか?」

「ああ、なるほど。キャロルとセラスの実家だからね」

「そうみたいね」


 確かに小型とはいえ多機能獣車は有用だから、リヒトシュテルン大公家もベルンシュタイン伯爵家も喜んでくれると思う。

 ラウスもけっこう報酬を溜め込んでるから、それを使うためっていう理由もありそうだけどさ。


 その話を聞くと、大和はさらに滝のような冷や汗を流しだした。

 大和がラウスと同じ事をする場合、対象となるのは天帝家にトラレンシア妖王家、アマティスタ侯爵家、フォールハイト子爵家、ドラゴニアン、アプリコット様、それからあたしと姉さんの実家のハイウインド家になる。

 ただアマティスタ侯爵家は既に小型多機能獣車の製作を依頼中だし、ヒルデ様やミーナも依頼を出す予定があるみたい。

 あたしは今まで忘れてたけど、実家のハイウインド家は侯爵家になってるから獣車は必要になる。

 だから大和が製作依頼を出すとしたら、ハイウインド侯爵家にプリムのお母さんのアプリコット様用、それからアテナのお母さんのガイア様用の3つかな。

 ああ、アイヴァー様やサユリ様、それからヴァルトのネージュ様用っていうのもアリかもしれない。

 全部大和の私財から出すと思うけど、それでもまだまだ全然余裕があるし、アプリコット様は大和の妾みたいなもんだし、ネージュ様なんてヴァルト獣公でもあるんだから、多分内装も豪華にするんだろうなぁ。


「そうしよう。明日にでもフィールのクラフターズギルドに行って、依頼出さないと」

「お父様やサユリおばあ様は、ご自分で作られてるわよ。多機能獣車は出来る事も多いから、嬉々として作業してるって聞いてるわ」


 そう伝えてみたら即決だったけど、クラフターのアイヴァー様とサユリ様は、既に自分で作ってるのか。

 まあサユリ様は何度か天樹製多機能獣車に乗ってるし、アイヴァー様もオーダーズギルド用多機能獣車の製作に携わってたって聞くから、自分用に作っててもおかしくはないか。

 しかもアイヴァー様はほとんど天樹城から動かないから、お父上のカイト様が使われる小型多機能獣車を優先してるんだって。


「あと依頼を出すのは構わないけど、ラウス達も依頼中だから、完成はかなり先になるわよ?」

「分かってる。それにトラレンシアやヴァルト、ハイウインド侯爵家は既に製作依頼出してるかもしれないから、そっちも確認しないとだし」


 確かにその可能性は否定できないかな。

 だけどトラレンシアとヴァルトはともかく、ハイウインド侯爵家は叙爵されてまだ半年ぐらいだし、父さんも母さん達もそこまで考えてない気がする。


「ありがと、大和。だけど母様の獣車は、あたしが依頼出してるのよ」

「そ、そうなのか」


 アプリコット様が使う獣車も、既にプリムが依頼済みだったか。

 ハイドランシア公爵家用の獣車を改装して、多機能獣車のキャビンになるようにって事だけど、それはそれですごい話だね。

 1から多機能獣車を作らなくてもいいから、完成したら貴族とかもそっちの方で依頼を出しそうだよ。

 忙しかったから仕方ないとはいえ、珍しく大和が後手後手に回ってる感じがするなぁ。


「そんなこともありますよ」

「そうですね。あ、そろそろ中を見てみませんか?」

「マナ様がデザインされていますけど、兵員輸送が出来ない以外は十分多機能獣車としての性能を満たしていますよ」


 ミーナと姉さんが、中を見ようと促してくる。

 あたしも興味あるし、早く見てみたかったんだよね。


「ああ、俺も見てみたいと思ってたんだ」

「ユーリのエスメラルダ天爵家用とほとんど同じだから、特に目新しいものは無いけどね」


 少し照れてるマナ様だけど、エスメラルダ天爵家用獣車だけじゃなくラウスやエド、プリム、ミーナも同じ設計図で依頼してるんだっけ。

 外観はもちろん、部屋割りが少し違うみたいだけど、多機能獣車は屋敷の建築とかに通じるものがあるから、それぐらいは大した違いじゃないと思う。

 でも少しの違いで受ける印象はだいぶ異なるから、早く見てみようよ。


「では失礼して。……キャビンを降りてすぐがリビングなのは、やっぱり変えようが無いか」

「さすがにね。使用人室とか護衛室とかも用意してあるけど、防犯の観点から見ても階段を下りると廊下っていうのは問題だわ」


 そりゃね。


 ラピスラズライト天爵家用獣車は奥行き7メートル、幅3メートル、高さは展望席込みで4メートルだけど、ハイハーピーのフィーナが30倍付与をしたから、ミラールームの広さは600平米になる。

 キャビンから続く階段を降りた先にあるリビングは100平米、当主用の部屋は50平米、貴賓室が40平米で3部屋、使用人室と護衛室は45平米で1部屋ずつ、トイレも20平米で用意されていた。

 さらに使う機会はほとんどないと思うけど、お風呂も120平米あって、残り100平米は厩舎兼中庭だった。

 基本的には天樹製獣車と大差無いけど、兵員輸送能力を削るだけでここまで小さく出来るんだね。


「エスメラルダ天爵家の獣車を見た時も思ったけど、ハイクラス以上がミラーリング付与をするなら、獣車の大きさももう少し小さくできそうね」

「だけどそれだとバランス悪くなるから、最悪展望席が作れないでしょ」

「地球の小型クルーザーを見る限りじゃ、かなり狭くはなるけど不可能じゃないわ。見張り用と割り切るなら、それでも十分だと思うわよ」


 そういえば大和に見せてもらった地球のクルーザーっていう船の展望席は、けっこう狭かったっけ。

 見張りだけが使う事を考えれば、少々狭くても大丈夫だろうし、ミラーリングを利用した階段じゃなくて梯子を使っても構わないんだから、真子の言う通り十分な気がしてきた。


「やっぱりリビングだけじゃなく、部屋も屋敷並みに広いな。この分なら10倍付与でも、ある程度の需要はありそうだ」

「私もそう思ったわ。30倍付与は100万エル掛かるけど10倍付与は10万エルで済むから、費用もかなり抑えられるし」


 マナ様の言う通り、ミラーリング付与は倍率×1万エルになっていて、10倍付与だと10万エルになる。

 だけどそれ以上の付与はハイクラフター以上でないと出来ないから、人数が少ない事もあって値段が跳ね上がるんだ。

 20倍付与でも50万エルだし、エンシェントクラフターでないと出来ない50倍付与なんて200万エルもするから、いくら貴族でも簡単に出せる金額じゃないんだよ。

 ちなみにエレメントクラフターになった大和は、最大で80倍まで付与が出来るようになっていて、実際にやろうと思ったら400万エルになるんだってさ。


「風呂を使う機会があるかは分からないが、普段使いには十分だな。内装もそこまで豪華じゃないし、かといって質素っていう訳でもないから、天爵が使うには何も問題ないと思う」

「そこは気を遣ったからね」


 大和の感想に、嬉しそうに顔を綻ばさせるマナ様。

 設計はクラフターズギルドで頼んだそうだけど、デザインとかは全部マナ様が考えてるから、褒められたらそりゃ嬉しいよね。

 特に大和にはそういったセンスは無いから、これから依頼しようと思ってる獣車だって、内装はマナ様とかに任せる事になりそうだし。

 あたしもあんまり人の事は言えないんだけど、これは勉強になるよ。

 別にやりたい事があってクラフター登録をした訳じゃないけど、まだまだ勉強しないといけないなぁ。

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