入学希望と調理師

Side・アリア


 夕食後、私は婚約者である大和様から、メモリア総合学園への入学のお話を頂きました。

 どうやら王族も入学され、その中には新たに独立する予定となっているソレムネ北部の貴族令息も含まれているそうで、学内でも監視や護衛が必要となったそうです。

 私達ウイング・クレストには未成年も多く、しかもハイクラスどころかエンシェントクラスにまで進化していますから、監視にしろ護衛にしろ、これ以上の人材はいないとラインハルト陛下が仰っておられたんだとか。

 そして大和様は、私とユーリ様にも入学を打診されてきているのです。

 いえ、ユーリ様はエスメラルダ天爵領の統治がありますから、さすがに入学するのは無理だと思いますが。


「大和様やお姉様が代官となってくださるというお話ですし、お兄様の頼みですから、私も入学させていただきます」


 ところがそのユーリ様は、あっさりと入学を決断なさいました。

 確かに大和様とマナ様はユーリ様の補佐もされていますし、夜にはアルカに戻って来られる予定ですから、入学されても最低限のお仕事は可能です。

 だからといって、あっさりと決断してもいいものではない気がしますが。


「まあ、ユーリもハイクラスだし、簡単に害されるとは思わないけどさ」

「というか、入学希望者は全員ノーマルクラスよ。身近にハイクラスどころかエンシェントクラスまで大勢いるから、感覚が麻痺してきてるんじゃない?」

「ああ、そうだったっけか」


 プリム様も大和様も、本当に忘れておられたようですね。

 ハイクラスは数十人に1人、エンシェントクラスに至っては以前は2人しかおられませんでした。


 ですが大和様やプリム様がフィールに来られてからというもの、ウイング・クレストはほとんどがハイクラスに進化しましたし、エンシェントクラスに進化された方も10人以上います。

 私もハイラビトリーに進化していますが、普通は簡単に進化する事はできませんし、進化するとしても20代後半から30代が普通なんですよ?

 ですから入学希望者が全員ノーマルクラスでも、不思議ではないどころか当然のお話です。


「それに、私も興味があります。イストリアス伯爵家の長男のような、悪い意味での貴族令息や令嬢は、いずれ必ず出てきます。その者の矯正に成功するか、成功しないまでも少しはマシになるのか、これはある意味では総合学園の今後を左右するのではないかと思います」


 私も興味が無いワケではありませんが、話を聞く限りではその令息ラルヴァ・イストリアスは典型的なソレムネ貴族のようですから、大量の厄介事を持ち込みそうな予感の方が大きいです。


 ですが私も、入学しても構わないと思っています。

 プリスターとハンター登録をしている私ですが、ハイクラスに進化した際に天嗣魔法グラントマジック回復魔法を授かったためヒーラー登録も考えていますし、ハンターとしての知識もほとんどありません。

 ウイング・クレストは特殊過ぎるユニオンですから、一般的なハンターの知識を得ておく事はマイナスにはなりませんし、それどころか必要でしょう。

 問題は入学希望者がノーマルクラスという事ですから、戦闘訓練や実地訓練などでは周囲に合わせなければならないという所でしょうか。


 そのことを伝えると、大和様のみならず、皆様苦笑されていました。


「そればっかりはね」

「特に初年度は、本当に基礎中の基礎になるだろうから、退屈な授業になるかもしれないわね」


 護衛や監視メインとの事ですから、それは仕方ない気がします。

 それでも基礎の基礎が大切なのは間違いありませんから、退屈であってもしっかりと授業は受けるつもりでいますけど。


「進化してる事って、特に明言したりはしないんですよね?」

「知ってる人は知ってるけどね」

「いずれバレると思うけど、それはそれね」


 ハイクラスへの進化もですが、エンシェントクラスへ進化してる事が周囲に知られてしまえば、余計な問題が降りかかってくるのは目に見えています。

 学園生程度ではどうする事もできませんし、王族もご存知のはずですから余計な事はしてこないと思いますが、傲慢な貴族が知れば必ず動きます。

 まあその場合、ウイング・クレストどころかラインハルト陛下も動かれるそうですから、その貴族家は大きなダメージを受ける事にもなりますが。


「ユーリとアリアも入学は決定として、フィアナはどうする?」

「すいません、私は遠慮します。私はクラフター以外登録するつもりはありませんし、勉強も皆さんに見て頂いていますから」


 フィアナさんは入学せず、このまま勉強を継続ですか。

 お師匠様は実のお姉さんとなるフィーナさん、婚約者のエドワードさん、マリーナさんの3人ですし、大和様やフラムさん、ルディアさん、真子さんからも教えを受けています。

 素材も一級品どころか幻と呼ばれる物も多いですから、確かに入学しなくてもいい気がしますね。


「フィアナはそう言うだろうと思ってたよ」

「私達も勉強中ですけど、総合学園だとお師匠様について勉強するというワケではありませんから、鍛冶師になると決めているフィアナにとっては、あまり意味はなさそうですね」


 そういえばフィアナさんは、鍛冶師を目指されていましたね。

 先日Bランククラフターに昇格したと聞いていますが、確か合金を精錬できるようになるのはSランククラフターからだと聞いていますから、まだフィアナさんは作る事が出来ません。

 ですがウイング・クレストでは、瑠璃色銀ルリイロカネという神金オリハルコンに匹敵する合金も普通に使っていますから、その点だけで見ても入学する意味は薄そうです。


瑠璃色銀ルリイロカネの事もあるし、まあフィアナは仕方ねえだろ」

「だな。あとはレベッカとレイナ、セラスだけど、3人はどうする?」

「行くしかないじゃないですかぁ」

「だよねぇ」

「それ以外の選択肢はありませんぞ」


 レベッカさん、レイナさん、セラス様は、ラウス君とキャロルさんが入学されるワケですから、必然的に入学する事になりますよね。

 いえ、無理に入学する必要はないのですが、レベッカさんはラウス君と同じエンシェントクラスですから陛下からも指名されていましたし、レイナさんとセラス様は年齢的に丁度良いですから、入学しないという選択肢はありませんか。


「私も進化したいとは思うけど、成人前に進化してると大変だねぇ」

「本当にそうですよ」


 クララさんのセリフに溜息を吐きながら答えるラウス君。

 クララさんはキャロル様と同い年ですが、ほとんどアルカの工芸殿から動きません。

 ラウス君達が入学する理由は学内の護衛や監視が主な理由ですし、フィアナさんと同じ理由で意味を見出せなかったことで、入学はしない事になりました。

 アルカはクラフターにとって理想的な環境が、設備のみならず素材的にも揃っていますから、無理もないお話なんです。


「あ、そういやバトラーはどうすんだ?」

「バトラーって?」

「いや、ユーリ様やラウス達はアマティスタ侯爵邸から通う事にするとしても、ほとんどの生徒は寮住まいだろ?貴族の坊ちゃん嬢ちゃんにゃ一人暮らしは無理だろうから、バトラーを雇うこともあるんじゃねえかと思ってな」


 エドワードさんの疑問は、言われるまで気付きませんでした。

 ウイング・クレストに参加している貴族は、天爵として叙爵された大和様、マナ様、ユーリ様、侯爵家当主でもあるリカ様、伯爵令嬢のキャロル様、公女のセラス様、元とはいえ公爵令嬢だったプリム様にお母上のアプリコット様と8名もいます。

 ですが皆様、身の回りのことはご自分でできますから、完全に頭から抜けてしまっていました。


「それぐらいは自分でやれよと思うが、バトラーの雇用にも繋がるかもしれないからな。その場合は寮住まいじゃなくて、メモリアで部屋を借りろって事になってるよ」

「寮の部屋は1人部屋だし、バトラー用の住まいは用意してないしね。校則なんかも含めて、文句があるなら入学しなくても結構ですっていうスタンスなの」


 なかなか強気な対応ですね。

 校則で王侯貴族であっても身分は通用しないとありますし、そもそもギルドは実力世界でもありますから、生徒のうちから徹底させようという事のようです。

 万が一退学などになってしまえば、ギルド側にもブラックリスト対象者として伝えられますし、最悪の場合ギルド除名という処分もあり得ますから、身分を笠に着ての我儘も通用しないと教えるには丁度いいという事になります。


「アリアの言う通りよ。アミスターでも稀に問題になる事があるから、他国からも入学者が来る以上、必ず問題になるわね」

「仮に退学になって、それを逆恨みして教師を襲う、あるいは金で人を雇って襲わせた場合、未成年だろうと問答無用で犯罪奴隷落ちだ。当然、家にも咎は行く」

「なるほど、そうする事で教師の方々を守るワケですね」

「そうしないと、誰も教師になんかならないからね」


 つまり教師の方々の身を守る法も、開校と同時に施行されるというワケですか。

 確かに平民でも裕福な者はいますし、貴族に至っては言わずもがなですから、教師の方々を守る事は必要ですね。


「という訳で、ヴィオラ、ユリア、ローレル、フィレが侍女としてついて行くのは問題ないんだが、4人は既にバトラーとして登録済みだし、試験もいくつか受けてるから、入学するかどうかはまた別だ」

「だな。4人が何か受けてみたい授業があるってんならともかく、そうじゃなけりゃ入学はせず、侍女として同行って事になる」


 大和様とエドワードさんのお話を聞いたバトラー4人は、特に学びたい学科もないため、入学は辞退されました。

 さらにローレルさんは、ここでバトラーが4人も抜けるのはアルカやフィールのセーフ・ハウスの管理に問題が出ると考え、残られるそうです。

 そのためフィレさんがセラス様付きの侍女として、総合学園に同行する事になりました。


「うーん、こうして考えると、もう少しバトラーと契約した方がいいのか?」

「どうかしらね。元々フィールはバトラーが少ないし、エスメラルダ天爵邸でも少し足りてない感じだから、優先するとしたらそっちだと思うけど」

「そうですね。ああ、それなら調理師を雇ってみては?エスメラルダ天爵邸はもちろんですが、貴族なら必ず数名は雇っていますから」


 バトラーではなく調理師を雇う、ですか。

 ですがユーリ様の仰る通り、アルカでは調理師は雇っておらず、食事はバトラーや日ノ本屋敷を管理しているレラさん、ホムンクルスのリーダーでもあるシリィさんが用意して下さっています。

 ですから調理師を雇うのはアリだと思いますし、以前アルカで催された結婚披露宴で雇った調理師は是非とも雇ってもらいたいと言ってました。

 アルカの食材は大和様達が狩ってきた魔物がメインとなりますから、必然的に高ランクモンスターが多くなります。

 日ノ本屋敷の設備も王城並みですから、調理師にとって夢のような環境というのも大きいでしょう。


「あー、そういや調理師を雇おうと思って、すっかり忘れてたな」

「忘れてたのかよ」

「いや、最近色々あったから、ついな……」


 まあ確かに、色々ありましたよね。

 最近と言わず、大和様がヘリオスオーブに転移されてから、怒涛の日々でしたから。

 私は話に聞いただけのことも多いですが、それだけでもとんでもないお話ですし、大和様が忘れてしまうのも仕方ないと思います。


「調理師を雇うのはいいけど、高ランクともなると自分の店を持ってたり、既に誰かが雇ってたりだから、本人の希望だけじゃ難しいわよ?」

「レラもやりにくくなるでしょうしね」

「そこは考えてる。飯に関しては現状でも不満はないし、レラやシリィも特に負担にはなってないみたいだから、腕の良いCランクかBランク辺りを雇おうかと思ってるんだ」


 高ランクの調理師は、社会的な立場を持っている事が多いっていうのもありますが、年齢やプライドも高いですからね。

 特にプライドは、ウイング・クレストで雇う以上は邪魔になる事の方が多いでしょう。

 それなら低ランクの調理師を雇って、ゆっくりとランクを上げていってもらった方が良いと思います。

 調理の腕も、シリィさんやレラさんに教えていただければ上がるはずですし。


「なるほど、確かにその方が良さそうね」

「ウイング・クレストは若いユニオンですし、後進の育成っていう意味でも、そちらの方がクラフターズギルドも歓迎してくれますからね」


 実際キャロル様の仰る通り、ウイング・クレストは出来てからまだ1年ちょっとの若いユニオンです。

 プライドの高い者が加入すると、最悪の場合は内部から牛耳ろうと考えたりすることもあるかもしれません。

 年上を敬うのは当然ですが、無条件にっていうワケにはいきませんし、あんまり酷過ぎたりすれば除名する必要が出てくる事もあるでしょう。

 ウイング・クレストは身内がほとんどだとはいえ、それでも避けられる問題は避けたいです。

 だからみんなが賛成してくれたことで、大和様は安心されておられます。


 後は調理師ですが、こればかりはクラフターズギルドに行ってみないと分かりませんから、近いうちに行ってみる事になりました。

 まずは地元って事で、フィールからですね。

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