氾濫鎮圧報告

Side・プリム


 ハンターズギルド・ミステル支部で報告を終え、魔物も売り払った私達は、すぐにオヴェストに戻り、ネージュ姉様にも同じ報告をする事になった。


「総数1,143匹か。よくミステルが潰れずに済んだもんだ……」

「さすがはウイング・クレストといった所でしょうか……」


 ヘッド・ハンターズマスターとヘッド・ランサーズマスター ネルケが真っ青な顔をしているけど、確かに普通なら間違いなく、ミステルは壊滅していたわね。

 あ、ヘッド・ハンターズマスターは男性ラビトリーよ。


「ミランダ卿、オーダーズギルドも迅速に援軍を派遣して頂き、誠に感謝いたします」

「いえ、ラオフェン迷宮の事もあり、派遣が叶ったのは僅か6名です。しかも我々が到着した際には、既にウイング・クレストの結界によって、大多数の魔物は閉じ込められていました。我々が派遣されずとも、遠からず氾濫は鎮圧出来ていたでしょう」

「ですがミステルを守っていたハンターやランサーには、少なくない死傷者が出たでしょう。援軍に来ていただいたからこそ、救われた命も多い。私はそう認識しています」

「恐れ入ります」


 ネルケの言うように、ミランダさん達が派遣されてこなければ、犠牲者は出ていたでしょうね。

 なるべく犠牲を出さないように異常種や災害種はあたし達が全て倒したけど、さすがに稀少種までは手が回らなかったから。

 だから派遣されたオーダーには、本当に感謝しかないわ。


「しばらくはガグン迷宮も落ち着くだろうけど、問題はガグン大森林の奥に向かった魔物達ね」

「はい。ガグン大森林の生態系が乱れるのはもちろん、ハヌマーンもどう動くか分かりません。すぐにグラシオン総本部へ報告し、追加でランサーの派遣を依頼します」


 終焉種ハヌマーンか。

 ガグン大森林の奥地に向かった魔物は、種族もランクも分からない。

 だけどミステルに向かってきていた魔物やガグン迷宮に生息している魔物から、ある程度の推測は出来る。

 深層の魔物っていう可能性も低くないから絶対っていうワケじゃないけど、それでも無策で調査に向かうよりだいぶマシだわ。


「ミステルじゃカトブレパスは見なかったから、こいつっていう可能性もあるな」

「そういえばいなかったわね」

「え?いなかったの?」


 いなかったわね。

 カトブレパスはA-Cランクモンスターで、ブルの災害種になる。

 迷宮氾濫が確定した際に姿も確認されてるんだけど、そのカトブレパスはミステルには来ていなかった。

 別の場所に向かったっていう可能性もあるけど、迷宮氾濫で溢れた魔物は、基本的に一塊となって進むから、カトブレパスだけ別行動をしているという可能性は低い。

 考えられる可能性は、ガグン大森林の奥に向かった群れに合流したか、ミステルやガグン大森林以外の場所に向かった群れがいるか、でしょうね。


「前者も面倒だけど、後者も後者で厄介だわ……」


 前者だった場合、下手したらハヌマーンとカトブレパスが同時に襲ってくる可能性が出てくるから、討伐難易度は劇的に跳ね上がる。

 後者だった場合はさらに厄介で、魔物の気分次第で進路が変わってしまうため、町や村が襲われても手遅れになりかねないし、発見するのも多大な労を要する事になってしまう。

 しばらくはガグン迷宮も落ち着くけど、出来ればカトブレパスは狩っておかないと、ヴァルトだけじゃなく周辺国も安心できないわね。


「いなかったと言えば、クレストホーン・ペガサスもいなかったわよね?」

「そういや見てないな。誰か狩ったか?」

「知らないわよ」

「私達も見てません」


 そう思ってたらさらにもう1種、ミステルじゃ確認できなかった魔物がいたとかみんなが言い出した。

 だけど言われてみれば、確かにあたしも、クレストホーン・ペガサスは見てないわね。


「クレストホーン・ペガサスまでいなかったなんて……。P-Cランクとはいえ災害種には違いないのに、まさかクレストホーン・ペガサスまでガグン大森林の奥に向かったって言うの?」


 ネージュ姉様は真っ青になってるけど、本当にガグン大森林の奥に向かったかどうかは分からないから、本格的に調査に乗り出さないとダメね。

 ガグン大森林の正確な広さは分からないけど、上から見た限りじゃアルカより広いと思う。

 魔物ならさほど時間を掛けずとも奥まで行けると思うけど、ガグン大森林の扶桑は海の底から生えてきているし、地面は幹や根だから、簡単に進めるとは思えない。

 クレストホーン・ペガサスは空を飛べるから、ガグン大森林でも問題なく動けるけど、カトブレパスは巨体でもあるから、扶桑の木々が邪魔になって、速度は落ちているはず。


「やっぱり一度、ガグン大森林の調査に行くしかないか」

「そうね。ただ、今すぐってワケにはいかないわ。ラオフェンの迷宮氾濫も気になるし」


 大和とマナが頭を悩ませてるけど、そうなのよね。

 あたしとしてはヴァルトの事だから、すぐにでもガグン大森林の調査に行きたい。

 だけど迷宮氾濫で溢れた魔物はガグン大森林の奥に向かってるみたいだし、宝樹には終焉種ハヌマーンも生息している。

 さらに奥に向かった魔物、特に災害種も、カトブレパスやクレストホーン・ペガサスだけとは限らない。

 調査に行くならウイング・クレストだけじゃなく、エンシェントクラス全員を招集してもいいぐらいだわ。


 だけどラオフェン迷宮も氾濫を起こしてるから、さすがにそれは無理としか言えないし、ネージュ姉様もそんなことは考えてないはず。

 ハンターには報酬も必要だから、予算的に見ても厳しいでしょうしね。


「ラオフェン迷宮がどうなったかは、私も気になるわ。確か、ロクに調査もされていない迷宮ダンジョンだったわよね?」

「ええ。第3階層まではソレムネ軍が入ったらしいけど、出てきたのはCランクモンスターまでだったらしいから、多分深いでしょうね」


 ラオフェン迷宮に限らず、低階層のモンスターズランクが低い場合は、階層が多い傾向がある。

 逆にソルプレッサ迷宮やイスタント迷宮みたいに、低階層から高ランクモンスターが出てくる場合は、全10階層も無いことが多い。

 クラテル迷宮は第1階層からSランクモンスターが出てきたけど、第10階層まで入っても先がありそうな感じだったから、ここだけは例外、というか、エンシェントクラスが増えた事が原因で生まれたって推測されてるから、ある意味じゃ第3の迷宮ダンジョンってとこかしら。


「氾濫を鎮めたら、グレイシャス・リンクスとブラック・アーミーには、ラオフェン迷宮の調査依頼が出るだろうし、他にも派遣されるレイドがあるだろうな」

「でしょうね。それにお兄様なら、この際って事で、未攻略の迷宮ダンジョンを攻略しようと考えるはずよ。原因は分からないけど、ガグン迷宮は1,000匹以上の魔物が溢れたんだから」

「ラオフェン迷宮次第、ってとこはあるでしょうけどね」


 確かにそれはあり得る話ね。

 未攻略の迷宮ダンジョンはまだあるけど、守護者ガーディアンのモンスターズランクによっては、エンシェントクラスなら単独討伐も十分可能だから、被害が出る前に攻略に乗り出すのはアリだと思う。

 だけどエンシェントクラスを要しているとは言っても、基本的に1つのレイドに1人だから、安全を踏まえるという意味でも1つの迷宮ダンジョンに2組以上で入る事になるでしょう。

 それに防衛の面でも、全てのレイドを迷宮ダンジョンに入れるワケにはいかないから、時期を見て1ヶ所か2ヶ所ずつになるんじゃないかしら?


 問題なのは、元々の難易度が高いクラテル迷宮、終焉種の塒にあるガグン迷宮とエニグマ迷宮、テメラリオ迷宮ね。

 ガグン迷宮のあるガグン大森林にはハヌマーンがいるけど、エニグマ迷宮のあるエニグマ島にはドラグーンの終焉種ニーズヘッグが、テメラリオ迷宮のあるテメラリオ大空壁にはワルキューレの終焉種ワルキューレ・エンプレスが生息している。

 ワルキューレ・エンプレスは麓の町や村に出向いて若い男を攫う事があるらしいけど、棲み処はテメラリオ大空壁のかなり上の方らしい。

 若い男を攫うとはいえ、町や村を襲った事は無いみたいだから、棲み処の問題もあって、討伐隊が組まれた事も無いっていう珍しい存在でもあるわね。

 ニーズヘッグは迷宮氾濫を抑止するために、エニグマ迷宮に入るハンターを魔物から助けたりする事があるんだけど、エニグマ島に入り込もうとする者には容赦しないし、エニグマ島から何かを持ち出した者を追いかけて、その者が住んでいた村を焼き払った事もある。

 その折に討伐隊が組まれたんだけど、エニグマ島に上陸する前に全滅させられたと記録に残ってるわ。


 この3つの迷宮ダンジョンは、下手に攻略すると近隣に生息してる終焉種がどう動くかが全く予想できないから、攻略するとしても後回しになるだろうし、場合によっては攻略しないっていう判断が下されるかもしれない。


「何をするにしても、ラオフェン迷宮の氾濫を鎮めてからか」

「そうなるわね」


 結局はラオフェンの迷宮氾濫を鎮めてから、ライ兄様やレックスさんが決める事になる。

 ヴァルトの事があるから、あたし達も無関係を決め込むつもりはないけど、勝手に調査に行くのも問題になりそうだわ。

 ハヌマーンやカトブレパスがガグン大森林から出てきたら、その限りじゃないけど。


「私としては、あなた達が調査に行ってくれるって言うなら、それで十分よ。陛下がどんな決断をされるかは分からないけど、ガグン大森林の調査は必須だから」

「それは確約しますよ」


 大和の言う通り、ガグン大森林の調査は必須事項。

 ハヌマーンだけじゃなくカトブレパスにクレストホーン・ペガサスまでいる可能性が出てきたんだから、調査の1つもしておかないと、いざっていう時に動けなくなるわ。

 三つ巴で食い合う可能性もあるけど、カトブレパスとクレストホーン・ペガサスは迷宮氾濫で溢れた魔物だから、ハヌマーンを見つけたら共同で襲い掛かるかもしれないからね。


「あと明日は、プラダの港の開港式典でしょう?さすがに大和君やマナ様は、出席しないとマズいんじゃないかしら?」

「状況次第ですね。ラウス達に代理を頼んでるから、護衛戦力は十分だと思うし」


 プラダ村の開港式典か。

 プラダ村はフィールとともにユーリが治めるエスメラルダ天爵領になったから、婚約者である大和が出席しないのはマズいのよね。

 だけどガグン大森林やラオフェンを放置してたら、メンツだなんだと言ってられない事態になるから、ラオフェンの状況次第じゃ欠席するしかないでしょう。

 その可能性があると思ったから、ラウス達を代理にして、船の護衛も頼んでるわ。

 だからといって、参加できるなら参加するに越したことはないんだけど。


「私はともかく、大和が欠席っていうのは、問題とまではいかないだろうけど、あんまり良くはないわね。ラオフェンの状況次第っていうのは間違いないけど」


 本音を言うと、式典なんかには参加したくないのよね。

 なにせプラダ村の港は、アミスターのみならず他国からも待ち望まれていた。

 だからプラダ村の式典はライ兄様も参列するけど、式典が終わり次第フロートに帰る予定。

 グラシオンに到着したらしたで、そっちでも式典が催されるし、グリシナ陛下やライアー大公陛下、イザベラ・アクアーリオ橋公陛下も参列するから、堅苦しい事になるのは間違いないわ。

 状況も状況だから出来れば欠席したいんだけど、ユーリは大和の婚約者でもあるから、時間が取れるようなら参加しないとマズいっていう面もある。

 ちなみにあたしも、大和が参加するなら、初妻として参加しないと体面が悪くなるっていう問題があるのよね。

 面倒だし堅苦しい事は苦手だから、本当に悩ましいわ。


「どうするかは、ラオフェンに行ってから決めるべきですね」

「そうだよなぁ」


 ミーナの言う通りね。

 ともかく、ラオフェンに行ってみましょう。


「ラオフェンに行く前に、魔物を売っておくか」

「ああ、そうね。姉様、数があるけどどうする?」

「売るって……。というか、ラインハルト陛下に献上しなくてもいいの?」


 今回倒した異常種や災害種は、何匹かは確保したりハンターズギルドに売り払ったりするけど、複数現れたのはヴァルトに献上する予定になっている。

 ヴァルトは建国されたばかりだから、建造中の獣公城の宝物庫はオヴェスト王爵家の時代から受け継がれてきた物が多い。

 その中には魔石もあるんだけど、最も高ランクの魔石でもM-Iランクね。

 今回の迷宮氾濫では、Aランクモンスターも複数溢れ出てきてたから、ヴァルト獣公城の宝物庫は一気に魔石が増える事になる。

 余談だけど、バリエンテが5つの小国に独立した関係で、ギムノス元獣王陛下はシュタイルハング獣公国にある、攻略された迷宮ダンジョン迷宮核ダンジョン・コアをシュタイルハング獣公家に返還しているわ。


「半分ぐらいは既に所有してますから。それにヴァルト国内で狩った魔物ですから、所有権はヴァルトにありますし」

「復興財源にもなるでしょうしね。という訳だから、遠慮せずに受け取って」

「確かにそうだけど……分かった、ありがたく受け取るわ」


 頬を引き攣らせながら、そんな事を言うネージュ姉様。

 献上する理由に、売り払う事でまた金が増えるから、それを防ぐっていうのもあるのよ。

 だから遠慮せず、受け取って欲しいわ。


 これで報告だけじゃなく献上と売却も終わったし、ラオフェンに行きましょうか。

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