クラテル迷宮第5階層

Side・ミーナ


 一面が海という第4階層を抜けた私達は、ようやく第5階層へと足を踏み入れました。

 どうやらクラテル迷宮第5階層は、草原地帯のようです。


「なんというか、落ち着くんだが、これはこれで面倒な階層だな」

「ホントにね」

「そうなんですか?」

「海に比べれば出てくる魔物も予想しやすいし、戦いやすいではないですか」


 大和さんとマナ様の意見にレイナちゃんとセラス様が首を傾げますが、レイナちゃんは戦闘経験が浅いですし、セラス様は初めての迷宮ダンジョンですから、分からなくても仕方がありません。


「ここは第5階層だけど、今までの階層が階層だから、最低でもGランクモンスターが出てくると思う。そればかりか、Mランクモンスターが出てきてもおかしくないよ」

「そ、そうか!」

「草原だと出てくる魔物が多過ぎるから、逆にどんな魔物が住んでるか分かりにくいんだね」


 ラウス君の説明で理解してくれたようですが、少し言葉足らずですね。

 それでも理解したレイナちゃんは凄いと思います。


「正解よ。それに第4階層は陸地が無かったから空の警戒度は少し下げられたけど、草原となるとそういうワケにはいかないわ」


 プリムさんの仰る通りです。

 第4階層でも空の警戒はしていましたが、空から襲ってくるとしたらWランクモンスターしかあり得ませんでした。

 それに飛び出すとしても海からになりますから、注意して海面を監視しておけば、空からの奇襲だって防げます。

 ですから第4階層では、空への警戒は最低限だったんです。

 ところが第5階層は草原地帯ですし、遠くには山や森も見えますから、鳥系の魔物も普通に生息しているでしょう。

 普段通りと言えばそうなのですが、魔物のランクが上がっていますから、警戒はしっかりしなければなりません。


「軽く調査もするんですよね?」

「そのつもりだ。とはいえここも第4階層並に広そうな感じだから、道すがらってとこだけどな」


 ラウス君の質問に答える大和さんですが、確かにこの第5階層も、かなり広大な階層らしい雰囲気があります。

 草原や森はもちろん、近くには小川も流れていますし、もしかしたら池か湖もあるかもしれません。

 遠くには小高い山々も見えていますが、ここからではかなり小さく感じますね。


 あ、もう出発するんですね。

 では私は、展望席に上がります。

 展望席にはフラムさんとリディアさん、真子さんも上がって来られましたね。

 同時に大和さんが、御者席のヴィオラさんに指示を出しています。

 草原地帯とはいえ、他の迷宮ダンジョンと同じくしっかりと道がありますから、しばらくは道なりに進む感じになりそうです。


 第5階層を進む事2時間、私達は2つ目の森に差し掛かりました。

 道は森を横切るように伸びていますから、森の中を進まなくていいのは助かります。

 ですがこの森には、1台の獣車が停まっていたので驚きました。


「獣車があるって事は、第5階層に到達してた人がいるって事か」

「よく第3階層や第4階層を突破出来たわね」


 私も大和さんやプリムさんに同感です。

 第3階層を越えるには、アマゾネスが巣食っている貴族街を抜け、セーフ・エリア前で待ち構えているアマゾネス・クイーンをどうにかしなければなりません。

 昨日クラテル迷宮に来た私達ですが、アマゾネス・クイーンは倒していますから、この方々は上手く避ける事に成功したんでしょう。

 さらに第4階層は船が必須ですから、事前準備はかなり入念に整えておかなければ、突破どころの話ではありません。


「お前ら、第4階層を突破したのか?って、ウイング・クレストじゃないか」

「え?ああ、スター・ウインドの皆さんじゃないですか」


 スター・ウインドの方々だったんですね。

 エンシェントラミアに進化されたセルティナ・セルシュタール様の娘シュラン・セルシュタールさんと、夫のコール・セルシュタールさんが纏めていて、連合軍にも参加されたハイハンターも4名在籍している、トラレンシアでも上位のハンターズレイドです。


「なるほど、スター・ウインドだったのか。なら第3階層はもちろん、第4階層を突破してても不思議じゃないわね」

「ウイング・クレストが情報を公開してくれてたんで、何とかなったようなもんですね。コールさん、シュランさん」


 私達に声を掛けてくれたハンター、男性ハイヒューマンのルークさんが、コールさんとシュランさんを呼んで下さいました。

 お2人は森に入られていたそうですが、そろそろお昼ですから戻られていたんだそうです。

 タイミングが良かったですね。


「おう、どうした?って、ウイング・クレストじゃねえか」

「ホントだね。お久しぶりです、マナリース殿下、ユーリアナ殿下」

「ええ、久しぶりね。あなた達もここに来てたのね」


 コールさんとシュランさんは、獣車の中で休憩をされていたようです。


「既に第5階層まで下りてるレイドがあるとは思わなかったわ。大変だったんじゃない?」

「大変でしたね」


 マナ様がそう尋ねられた瞬間、スター・ウインドの皆さんから表情が無くなりました。

 ああ、やっぱりそうなんですね。


「ウイング・クレストが情報を公開してくれたから、あたし達もしっかりと情報を得て、入念に準備を整えてきたんだけど、さすがに大変でした。それでも第2階層までは、特に問題なく突破できたんですよ」

「問題は第3階層だが、マジでアマゾネス・クイーンの相手をする羽目になるとは思ってなかった。いや、お前さんらが前に倒してから1ヶ月近く経ってるから、いてもおかしくはないんだが」


 スター・ウインドの皆さんは、コールさんとシュランさんがアマゾネス・クイーンの注意を引きつけている隙に、セーフ・エリアに駆け込まれたそうです。

 私達もそれは可能だろうと推測していましたが、スター・ウインドが身をもって実証してくれた形になりますから、ハンターズギルドとしてもありがたい情報でしょう。


「やっぱりクイーンの隙を付けば、セーフ・エリアには駆け込めるのね」

「アマゾネス達はセーフ・エリアには近付きませんから、増援が来るまでそれなりに時間が掛かるのが救いでしたね。そうじゃなかったら、さすがに突破は諦めてましたよ」


 確かに第3階層のアマゾネスは、希少種のヴァルゴ・アマゾネスはもちろん、異常種のアマゾネス・プリンセスまで普通に生息していましたからね。

 それらがセーフ・エリア前に陣取った上で一斉に襲い掛かってくるなど、悪夢以外の何物でもありません。


「第4階層ですが、これは運が良かったですね。とはいえ船は必須との事でしたから、急いで用意しましたよ」

「実はアミスターで行われた祝勝会の後、少し滞在してましてね。そこで従魔に頼らない船の推進機を見つけて興味本位で買ったんですが、それが役に立つ事になるとは思いませんでした」

「ああ、ハイドロ・エンジンか。確かに便利よね。水棲従魔を用意しなくてもいいんだから」

「万が一があるから、用意しとくに越した事はないけどね」


 そうですね。

 大和さんが開発されたハイドロ・エンジンは、今ではアミスター中に製法が広まり、実際に使われていると聞きます。

 他国にも公開し始めたそうですが、トラレンシアには大きな湖はありませんし、海はようやく氷が融け始めた頃ですから、他の国より広まっていないそうです。

 ですからコールさんも、たまたまクラフターズギルド総本部で見つけて興味を持ち、ほとんど趣味的に購入されたんだと仰いました。


「あの時は、また意味のない物を買ってと思ったけどね。無駄な物を買うのがコールの悪い癖なんだけど、本当にたまにこういう事があるから強く言えないんだ」


 ある意味では、コールさんの趣味なのかもしれませんね。

 大和さんも武器の収集を趣味にされているんですが、ご自分では使わないような武器も多いですし、そろそろ自室に飾り切れなくなってきていますから、2階か3階の一部を改装して展示室にしようかと話し合っているぐらいです。


「第4階層は、運良く最初のセーフ・エリアに階動陣があったからね。ビッグファング・ホエールやシー・ヴァイパーは何匹か狩ったけど、予想より早く突破出来たんだ」


 そうだったんですね。

 広大な大海原にポツンとあるセーフ・エリアですから、見つけるのはかなり大変です。

 ですがコールさんはハイドラゴニュートですから、奏上魔法デヴォートマジックフライングを使う事が出来ます。

 ですから時々空から周囲の様子を探り、セーフ・エリアを探されたんだそうです。


「なるほどね。それで、なんでこんな所でお昼なんか食べてるの?もしかして、この先にはセーフ・エリアがないとか?」

「いや、30分も進めばあるぜ。ただこの森には、シルケスト・クロウラーが生息しててな」

「シルケスト・クロウラーがいるんですか!?」


 ここで真子さんとフラムさん、フィーナさんがコールさんの発言に食い付きました。

 ですがシルケスト・クロウラーが生息しているという事なら、仕方ない気がします。


「あ、ああ。そこそこの数がいるようだし需要も多いから、俺達も今日はこいつらを狩っておく事にしたんだよ」

「大和君!」

「大和さん!」


 真子さんとフラムさんが大和さんに詰め寄っています。

 大和さんも想定外の事態に押され気味ですね。


「わ、分かった、分かったから!俺達もシルケスト・クロウラーを狩ろう!」

「よし!」

「ありがとうございます!」


 満足そうに頷く真子さん、手を取り合って喜ぶフラムさんとフィーナさん。

 ですが問題もありますよ。


「気持ちは分かるけどね。ただシルケスト・クロウラーはG-Uランクだから、私達には微妙に使いにくいわ」

「ああ、確かGランクモンスターでも、エンシェントクラスの魔力には耐えられないって結論が出たんでしたか」

「そうなんですよ。だから普段着も、出来ればPランク以上の魔物素材を使っておかないと、すぐに買い替える必要があるんで、すごく面倒です」


 ソレムネ行軍中に、私達はエンシェントクラスの魔力にどのランクの魔物素材なら耐えられるのか、検証を兼ねた実験を行っていました。

 Sランクモンスターでは耐えられず、Mランクモンスターは問題なく使えている事は判明していますから、実験対象になったのはGランクとPランクモンスターだけですが。

 ですがその結果は、Gランクの素材は、Sランク程ではありませんが魔力に澱みが出てしまい、Pランクの素材はMランク程魔力を流せる訳ではありませんが、魔力が澱んだりするような事がないと判明しました。

 ですからエンシェントクラスは、最低でもPランク素材、可能ならばMランク以上の素材が適正だと結論が出たんです。


 シルケスト・クロウラーはマナ様が仰ったようにG-Uランクモンスターですから、エンシェントクラスの私達には普段着であっても魔力疲労や劣化を気にしながら使う必要があるので、あまりデザインとかに拘れません。

 出来ればP-Rランクのグランシルク・クロウラーがいてくれるといいのですが。


「なら、この先のセーフ・エリアの先にある森がいいんじゃないか?そっちはグランシルク・クロウラーがけっこういたぞ」

「ホントですか!?」

「ああ。そっちは俺達じゃ荷が重いから、5匹程狩ったところで撤退したんだよ」


 スター・ウインドが少し無理をしてグランシルク・クロウラーを狩った理由は、シュランさんのお母様でコールさんのお師匠様にあたるセルティナ様に、服を仕立ててプレゼントするためだそうです。

 セルティナ様もエンシェントラミアですから、普段着には困っているでしょう。

 素材の魔力耐久実験の結果が出たのは最近ですが、行軍中にGランクが適さない事は予想出来ていましたから、コールさん達も多少はご存知です。

 ですから、グランシルク・クロウラーを狩ったんでしょう。


 シルケスト・クロウラー、グランシルク・クロウラーが体内で作り出す糸は、最上級の布の素材となります。

 S-Nランクモンスター クロウラーの糸でさえ高値で取引されていますが、ランクの問題の他に森にしか生息していないこともあって、上位種や希少種の糸ともなるとあまり出回りません。

 ですから高値であっても、クラフターは喜んで買い取ってくれるでしょう。


 ヘリオスオーブの布は、木綿や麻で作られた布も多いですが、それ以上に一般的なのはキャタピラーの吐く糸で織られた布です。

 キャタピラーはTランクモンスターで、大きさも20センチ程しかない小型の魔物ですが、吐く糸はそれなりに丈夫ですから、裁縫師の中には従魔、召喚契約をされている方も少なくなかったりします。

 しかも希少種になるC-Rランクモンスター ウール・キャタピラーへの進化はしやすいらしく、中にはB-Iランクモンスター アンゴラ・キャタピラーに進化させた人もいるんだとか。

 クロウラーより下のランクになるとはいえ、アンゴラ・キャタピラーは異常種ですから滅多にお目にかかれず、アンゴラ・キャタピラーの糸で織られた布はシルケスト・クロウラーの糸で織られた布より高値で取引される事も珍しくはありません。

 そのクロウラーの糸で織られた布ですが、通常種であっても高級品なのですが、上位種や希少種の布ともなると神金貨で取引される事もあるそうです。

 50年程前にM-Iランクモンスター ロイヤル・クロウラーが討伐された事があるのですが、そのロイヤル・クロウラーの糸で織られた布はアミスター王家に献上され、討伐に成功したハンター達には対価として、褒賞とは別に500万エルが下賜されたそうです。


 さすがにロイヤル・クロウラーがいるとは思っていませんが、出来ればグランシルク・クロウラーは確保しておきたいですね。

 主な用途は私達の普段着ですから、数も狩る必要がありますか。

 エンシェントクラスの魔力に耐えられる布となると、後はガグン大森林に生えている扶桑を使った布になりますから、一度ガグン大森林にも行っておいてもいいかもしれませんね。

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