帝国の元将軍
Side・真子
準備が整ってからスラムに向かった私達だけど、辿り着いたスラムは思っていた以上に清潔だった。
デセオの街より衛生環境が整ってるって話は聞いてたけど、ここまでとは思ってなかったわ。
「さすがに建物はボロボロだけど、見る限り公衆トイレはしっかりと設置されてるし、陰鬱な雰囲気が漂ってる訳でもなさそうだな」
「私も最初に入った時は驚いた。もちろん監視の視線はあるが、不用意に襲い掛かってくるような真似もされなかったからな」
大和君の感想に、ダーヴィドさんが答える。
「スラムと言えば、不用意な侵入者は襲われて身包み剥がされるか、下手したら命を落とすっていう認識だったんだけど、デセオだと違うって事ですか?」
「私が聞いた限りでは。デセオの住民はスラムの住人を棄民と蔑んでいるが、スラムの方が生活がしやすいという噂は流れている。だから自分達の生活を向上させるために、度々侵入してくる者がいるそうだ」
その話を聞く限りじゃ、どっちがスラムの住人か分かったもんじゃないわね。
「スラムの住人は棄民と扱われているために、棄民から物を盗むことはもちろん、命を奪っても罪にはならないということですか」
「そう言われていた。だが迂闊にスラムに攻め込むのは、ソレムネ軍であっても被害が大きい。何度かスラムの浄化を謳いデセオ駐留軍が派遣されたそうだが、結果は全滅に近い被害を出し、帝王も諦めざるをえなかったようだからな」
生活の質ばかりか、兵士の質でも劣ってるワケか。
スラムの住人がデセオで罪を働く事は無かったから、国中から兵を集めるような真似はしなかったけど、それだけの理由であの野心溢れる帝王がスラムを攻めずにいられたとは、ちょっと考えられないわね。
「ああ、それについては、これから会うスラムの主が、直接帝王城に忍び込んだ事が原因らしい」
そう思ってたら、ダーヴィドさんからとんでもない話を聞かされた。
スラムの主でソレムネ軍の元将軍という肩書を持つ女傑は、最後に兵を向けられた際に業を煮やして、単身で帝王城に忍び込んだそうなの。
気付いた近衛兵とかもいたそうだけど、全て殺し、帝王の寝室にまで辿り着いた。
そして帝王に剣を向け、いつでも命を奪える事を証明した上で、あえて帝王の命を見逃したみたいね。
それに怖気づいた帝王は、即座に軍を引き、以後スラムに手を出す事はしなくなったんだとか。
「スラムを纏め上げてるから女傑なのかと思ったけど、そっちの意味もあったのか」
「ああ。レベルは分からないが、近衛兵が相手にならなかったと聞いている事から判断すると、レベル50程度ではないだろうな」
でしょうね。
同じハイクラスであっても、レベル差による魔力量や戦闘力には明確な差が出る。
特にレベル差が5つもあれば、その差を覆すのは至難の業らしい。
ソレムネ近衛兵のレベルがいくつかは知らないけど、ハイクラスに進化していた兵は少なかったから、近衛兵だからハイクラスって訳でもないでしょう。
それにソレムネのハイクラスは、多くても200人もいないって言われてるし、レベル50を超えた兵もいないそうだから、平均するとレベル44か45辺りじゃないかしら?
そこからの推測になるけど、女傑さんのレベルは50以上は確実で、下手したら55近くあるかもしれないわね。
「戦争に参加していても結果は変わらなかったが、こちらの被害は増えていただろうな」
「そのような者だったのですね」
「はい。最初は警戒されましたが、今はある程度の協力体制が取れております」
ということは、スラムの人達はこっちを歓迎しているか、そこまでいかなくても協力しても良いって考えてる事になるわね。
「ですが陛下の許可なくこちらに組み込む事は出来ませんから、こちらから食料の支援を行う程度に留めております」
「では彼女達をこちら側に、ソルジャーズギルドに加入してもらえるかどうかは、わたくし次第ということですね?」
「はい。本来でしたら許可を頂いた後、私かディアノス卿が交渉を行うつもりでしたが」
「わたくしとしても、そのような者とは会っておきたいですから。こちらの本気もですが、誠意も伝えやすいでしょう」
それは確かに、ヒルデ様の仰る通りね。
ダーヴィドさんやディアノスさんの立場ならある程度は伝わると思うけど、ソルジャーズギルドが派遣されるまでの繋ぎの部隊でもあるから、本気や誠意は伝わりにくい。
だけどヒルデ様はラインハルト陛下の代官としてデセオに来ているし、しかも初日でもあるから、誠意はもちろん本気度も伝わりやすいわ。
「間もなく到着します。先触れからも、こちらの来訪を歓迎すると聞いています。ですがよろしかったのですか?陛下の来訪をお伝えせずに?」
「事前にわたくしの来訪を伝えてしまえば、断られてしまう可能性もあり得ますから仕方ありません。驚かせるつもりはありませんが、対応は早い方が良いでしょう」
まあね。
ソルジャーズギルドに登録してもらうにしろ剣を向けられるにしろ、早めに対応しておいた方が良いのは間違いないわ。
とはいえ先の戦争の結果は知ってるから、こっちに剣を向けるなんて真似はしないでしょうけどね。
おっと、どうやら到着したみたいね。
「ここ……ですか?」
「はい。元は貴族の別邸だったそうです。ですがこの区画が、スラム住人と共に切り離されたために、以後はここに居を構えたと聞き及んでおります」
到着した先にあったのは、貴族の屋敷としては少し小さな邸宅だった。
だけど庭は広いし、壁はかなり分厚くなってるわね。
壁は後から厚くしたみたいで城砦みたいな感じになってるけど、いざっていう時の避難所も兼ねてるそうよ。
「避難所か。壁の厚さから考えると、ソレムネが攻めてきた場合に対する備えなんだろうな」
「うむ、そう聞いている」
他は魔物かしらね。
デセオも結界で覆われているから、異常種であっても入って来れないんだけど、災害種や終焉種には無意味だし、結界の維持にはプリスターが必須だから、デセオの、というかソレムネの結界は、かなり強度が落ちているっていう話もあるわ。
「止まれ!ダーヴィド殿?」
「先触れが来たと思うが、アクィラ殿と面会がしたい」
「聞いています。そちらは?」
「本日到着した同行者だ」
「分かりました。どうぞ、お通り下さい」
ダーヴィドさんは門番とも顔見知りになってるみたいで、あっさりと屋敷に通された。
というかこの門番さん、ハイクラスだわ。
「済まないな」
「セイバーにもオーダーにも、世話になってますからね」
なるほど、スラムの人達からの信用は得られてるのか。
「お待ちしておりました。アクィラ様がお待ちです」
屋敷の前に着くと、いかにもって感じの執事が出てきた。
隙も無いし、バトラーズギルドには登録したら、PランクどころかMランクぐらいはいくんじゃないかしら?
その執事に通されたのは、1階にある応接室だった。
「やあ、ダーヴィド殿。待っていたよ」
応接室で待っていたのは、20代半ばに見えるヒューマンの女性だった。
髪はベリーショートで動きやすそうな服を着てるわね。
「突然済まないな、アクィラ殿」
「構わないさ。あのクソが死んでからというもの、スラムに手を出してくる馬鹿も減ったからね。ん?そちらは?」
「突然の訪問の無礼、ご容赦ください。わたくしはヒルデガルド・ミナト・トラレンシア。トラレンシアの女王です」
「なっ!?こ、これはご無礼を!」
ヒルデ様がライブラリーを見せながら自己紹介すると、アクィラと呼ばれた女性は即座に跪いた。
ソレムネにもライブラリーを見る魔導具はあるから、ライブラリーの正確さを疑っている者はいない。
「お立ち下さい。あなたの事は、こちらにいるダーヴィドからも聞いています」
「はっ!」
「此度の来訪は、わたくしがデセオに着任した事の報告、ダーヴィド、ディアノス卿に代わって着任するグランド・ソルジャーズマスター デルフィナ卿の紹介、そしてあなた方の今後について、お話しをさせて頂くためです」
「陛下御自ら来られた以上、重大なお話があるとは思っていましたが、我々の今後、ですか?」
「はい。順を追って話しましょう。ですがその前に、同行者の紹介をさせて頂きます」
確かに、まだ自己紹介は済んでなかったわね。
「グランド・ソルジャーズマスター デルフィナ・ヴィアベル卿です。ダーヴィド、ディアノス卿に代わって、派遣されたソルジャーズギルドを纏める事になります」
「お初にお目にかかります、アクィラ・ウェルテックス殿」
「エンシェントオーガか。エンシェントクラスが多いという話は聞いていたが、本当に派遣されてくるとは思わなかったな。いや、陛下からしてエンシェントヴァンパイアだから、おかしくはないか。ああ、よろしく頼む」
「こちらの2名はハンターですが、共にエンシェントヒューマンでもあります。ヤマト・ハイドランシア・ミカミ様、マコ・カタギリ様です」
「どうも」
「よろしくお願いします」
私達もエンシェントクラスって事で、アクィラさんがかなり驚いてるけど、続く一言でさらに驚く事になった。
「大和様はわたくしと真子さんの婚約者であり、さらに2人にはトラレンシアの終焉種スリュム・ロードをも討伐したという実績があります」
「そ、そうなのですか!?」
「ついでというワケではありませんが、大和様はアントリオン・エンプレスも討伐していますよ」
私とヒルデ様が大和君の婚約者って紹介するのは構わないけど、ここで終焉種の討伐まで暴露されるとは思わなかったわ。
ヒルデ様にそのつもりはないんだろうけど、ただでさえエンシェントクラスが4人もいるんだから、力で従わせに来たんじゃないかって疑われるんじゃないかしら?
「ああ、申し訳ありません。あなた方を力で従わせようとか、そのような事は考えておりません。エンシェントクラスとはいえまだ若いですから、事前に大和様の実績をお伝えしておいた方がいいと思っただけなのです」
ああ、そういう意図か。
確かにエンシェントクラスは、30を過ぎてから進化っていうのが普通だったそうだから、まだ17歳の大和君がエンシェントクラスに進化してるなんて、普通に考えたら信じられないわよね。
「そ、そういう意図でしたか」
納得したワケじゃないけど、命が狙われたワケじゃない事は理解してくれたみたいね。
実際にアクィラさんの命を狙うなら、先触れまで使って来訪を知らせる必要なんてないし、デルフィナさん1人を突っ込ませるだけで事足りるんだから、そこは信じられるって事でしょう。
「なるほど、連邦天帝国建国ですか。まさかこんな形で、フィリアス大陸が1つに纏まる事になろうとは……」
「レティセンシアはまだ健在ですが、いずれは併合する事になるでしょう。ですからわたくしは、天帝として即位されるラインハルト陛下の代官として、ソレムネを治める事になります」
応接室の椅子に腰かけて説明を受けるアクィラさんだけど、ここまで話が大きくなってるとは思わなかったみたいね。
元々ラインハルト陛下にもヒルデ様にもその気は無かったけど、ギムノス陛下からの進言が瞬く間に受け入れられて、気が付いたらどうにもならなくなったっていうのが真相に近いんだけど。
「ではソレムネも、いずれは分割され、独立する事になるのですか?」
「その点についてはソレムネ貴族次第、としか言えません。場合によっては、処分しなければならない者も出てくるでしょう」
「確かにそうですね。何名かは真面な貴族ですが、多くは民を蔑ろにし、棄民と呼ばれるスラムの住人を増やす事しか出来ない無能どもですから」
貴族に対しては辛辣なアクィラさんだけど、これは仕方がないわ。
デセオもだけど、他の街でも棄民として追い出された者は多いし、私達もこの目で見ているから。
「そして私を始めとしたスラムの者を、ソルジャーズギルドという軍に勧誘ですか?」
「はい。ソレムネ軍の受け入れ先でもありますが、現状ではいちソルジャーとして登録して頂く事になります。これは敗戦国だからという理由ではなく、今までの行いの結果です」
「ですが数だけはいるために、放置する事は出来ない。さらにオーダーやセイバーといった騎士とは毛色が違い、そもそも登録すら出来ないために、わざわざ新しいギルドを設立されたのですか」
元将軍だけあって、アクィラさんはギルドの事は知っている。
特にセイバーは、アクィラさんが現役の将軍だった頃に何度も救援を派遣してもらった事もあるから、かなり好意的な反応だわ。
「そうなります」
「ありがたい申し出ですが、私達は兵士とは敵対していると言ってもいい存在です。連中が我々の登録を認めるとは思えません」
「そこが気になりますか。ですが先程も口にしたように、ソレムネ軍はいちソルジャーとしてしか登録ができません。たとえハイクラスであっても、ロイヤル・ソルジャーやソルジャーズマスターに任命される事もないでしょう。信用がありませんから」
「当然ですね」
「ですがあなた方は、スラムの治安維持はもちろん、他の街のスラムとも連絡を取り合っていたと聞いていますし、何より帝王の魔手から民を守り切ったという実績もあります。ソレムネ軍と敵対していようと、わたくし達はあなた方の方を高く評価しているのです」
反抗的なソレムネ軍を編入させて役職に就けるより、アクィラさん達の方が良い結果になるのは間違いない。
ラインハルト陛下には事後報告になるけど、反対されるような事は無いでしょう。
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