ヘリオスオーブの薬事情

 まさかイデアル連山の宝樹の下で、リリー・ウィッシュやロイヤル・オーダーが狩りをしてるとは思わなかったな。

 とはいえ、リリー・ウィッシュはサユリ様の希望でシェル・グリズリーやヘビーシェル・グリズリー狙いだし、ロイヤル・オーダーは戦闘訓練だから、グリフォン狙いの俺達と目的が被ってなかったのが救いか。

 まあグリフォンがいるかは賭けみたいなもんだから、狙ってるとは言いにくいが。


「大和君、分かってるわよね?」

「肝は傷付けませんよ。首を刎ねますから」


 シエル様の初戦闘に来たはずなんだが、現在俺はサユリ様の指示の下、ファランクス・グリズリーの相手をしている。

 P-Rランクモンスターのファランクス・グリズリーは、背中から両肩まで覆っている甲羅を持つグリズリー種だが、光属性魔法ライトマジック氷属性魔法アイスマジックを使い、光と氷の防御幕を作り出す事が出来る。

 防御幕は攻撃に反応して砕けるんだが、ファランクスの名の通りすぐさま次の防御幕が展開されるため、ハイクラスでも相手をするのは大変な魔物だ。

 だがサユリ様が狙っているシェル・グリズリーの希少種でもあるため、サユリ様はファランクス・グリズリーを見つけた瞬間、俺に肝を傷付けないように倒す事を命じてきなさった。

 シェル・グリズリーやヘビーシェル・グリズリーといったグリズリー種の肝は上級ポーションの材料になるそうだが、ファランクス・グリズリーの肝となると、回復量だけなら最上級ポーションにも匹敵するらしいから、是が非でも手に入れておきたいんだそうだ。

 仕方なく氷属性魔法アイスマジック風属性魔法ウインドマジックで刀身を作る、ウイング・クレスト専用って事で使い始めたグランド・ストーム・ソードを振るって、首を落とす羽目になった。


「よしよし」


 満面の笑みで首の無くなったファランクス・グリズリーをストレージに収納するサユリ様だが、実はこいつが1匹目の魔物だったりするんだよな。

 本当なら俺達がアシストをしつつ、シエル様とセラス様に攻撃してもらおうと思ってたんだが、初っ端からこの様になるとは全くもって予想外だ。


「というかおばあ様、リリー・ウィッシュがいるのに率先して大和に指示を出してもいいんですか?」

「ファランクス・グリズリーの素材を傷付けずに狩るなんて、サヤでも厳しいもの。でしょ?」

「ええ。私の武器は槍ですから、下手な攻撃をしたら肝を傷付けてしまいます。多分プリムやアテナも、同じじゃない?」

「悲しいかな、あたしだと丸ごと焼き尽くす可能性の方が高いかしらね」

「ボクはまだ経験が浅いから、そこまで気を遣って戦う余裕はないかな」


 ああ、だから剣を使ってる俺なのか。

 という事は、あと相性が良い、っていうのかどうかは分からんが、サユリ様のリクエストに沿える可能性が高いのは、マナにミーナ、リディア、レックスさん、ローズマリーさん、ミューズさんか。

 ハイクラスでも倒せるとは思うが、ラウスは下手にレベルが上がると進化する可能性があるし、キャロルは剣より魔法主体だから、少し厳しいだろう。


「ということは武闘士のあたしも、下手に戦うと素材をダメにしちゃいそうだなぁ」

「シェル・グリズリーやヘビーシェル・グリズリーなら問題無いと思うけど、ファランクス・グリズリー相手だとどうしてもね。というかP-Rランクって話だけど、MランクどころかAランク並の防御力じゃない?」

「だからこそ、迷宮ダンジョンでも討伐履歴がほとんど無いのよ。だからファランクス・グリズリーを使った上級ポーションは、神金貨数枚もする超高級品よ?」

「高えっ!」

「そんなにするんですかっ!?」


 真子さんと同時に声を上げてしまったが、あまりの高さにマジでビビった。

 神金貨数枚って、下手な屋敷を建てるより高額なのかよ。


「さらに最上級ポーションとなると、市場に出回る事は本当に稀なのよ。素材を手に入れたハンターと縁の深いヒーラーが、ごくごく稀に手にする程度ね」


 ポーションには種類が多い。

 体力回復や魔力回復はもちろん、欠損を回復するポーションまである。

 そこまでいくとエリクサーと呼んでもいい気がするが、エリクサーはエリクサーで存在しているそうだ。

 エリクサーは光系と水系のドラグーンが主原料だから、最上級ポーション以上に出回らないんだが、今は俺達がソルプレッサ迷宮で狩って流通させたから、サユリ様は抜け目なく材料を手に入れて、しっかりと調合も終えているらしい。


「エリクサーは体力や魔力の回復はもちろん、万病に効くし生前からの欠損も回復してくれるわ。だけど光系と水系のドラグーンの血や肝を丸々使っても、多くても5本しか調合出来ないのよ」

「え?ドラグーンってけっこう大きかったけど、それだけしか作れないの?」

「ええ。私は4本調合出来たんだけど、3本は王家に献上しているわ。私はリヴァイバリングが使えるからね」


 最悪死んでさえなければ回復出来るエリクサーは3,000万エル、つまり神金貨30枚が最低額なんだとか。

 そりゃドラグーンを丸々2匹使って数本しか調合出来ないんじゃ、それぐらいは普通にするだろうよ。

 そんなエリクサーを3本も王家に献上するとは、さすがサユリ様としか言えないな。


「そういえばファランクス・グリズリーの肝からは、どれぐらいのポーションが作れるのですか?」

「他の素材との兼ね合いもあるから多少は前後するけど、だいたい50本ぐらいかしらね」


 思ってたより多く作れるんだな。

 ポーションの名称は、治癒魔法ヒーラーズマジックと同じような感じになっている。

 一番下はまんまポーションだが、それでもそこそこの傷なら治せるそうだ。

 その上はハイ・ポーション、ノーブル・ポーション、エクストラ・ポーションという名前で、効果と値段が加速度的に上昇していく。

 ブラッド・ヒーリングのポーション版はないそうだが、ディスペル・ポーションっていう病気や毒なんかを治療するポーションは、ハイ・ポーションより少し高い程度のお値段で販売されているそうだ。

 ただヒーラーズギルドでディスペリングを使ってもらった方が安上がりだから、購入するのは街の外に出る事が多いハンターやオーダーといった戦闘職、行商をメインにしているトレーダー、領地を移動する貴族ぐらいらしい。

さらにリヴァイバル・ポーションなる欠損のみを回復させるポーションも存在しているんだが、サユリ様も一度しか見たことがないと言っていた。

 リヴァイバル・ポーションの材料は判明してるんだが、その材料はドラグーンを含む異常種や災害種のオンパレードらしいから、無理もない話だな。

 ちなみに俺達もいくつかポーションを用意して、ストレージに突っ込んであるぞ。

 保険っていう意味じゃ必須だからな。

 さすがにエリクサーやリヴァイバル・ポーション、エクストラ・ポーションは無いけどな。


「話には聞いてたけど、ノーブル・ポーションってそんなに作れるんですね」

「ああ、真子はAランクヒーラーに昇格してるから、やろうと思えば調合出来るんだっけ」

「そうなんですけど、まだ試験以外で調合した事ってないんですよ」


 なんか初耳な話が真子さんとサユリ様の間で交わされてるな。

 いや、ポーションやエリクサーの調合は、クラフターじゃなくヒーラーの領分だってのは知ってるよ。

 だけど昇格試験に調合があるなんて、さすがに知らなかったぞ。


「ヒーラーの昇格は、ポーションの調合も必須だからね。ユーリ様やキャロルちゃんも、ハイ・ポーションの調合は出来るわよ?」

「そうなの?」

「はい。ですがノーブル・ポーションの調合が難しくて……」

「Mランクヒーラーに昇格するには、ノーブル・ポーションの調合が出来なくてはいけませんから」


 アプリコットさんも、ノーブル・ポーションの調合が出来ずに昇格出来ないって事らしい。


「ノーブル・ポーションはグリズリー種の血と肝を使うから、気軽に昇格試験を受けられないんだけどね。でも今は大和君達が大量に狩ってくれてるから、試験資格の条件を少し緩和してるのよ」


 なるほど、だから何度でも、気兼ねせずに試験を受けられるのか。

 そういう意味じゃ、グリズリーを乱獲しといて良かったと言えるな。

 ちなみに他のポーションの材料って何?


「いくつかレシピがあるけど、ポーションはブル種の肝とハーブが数種類、ハイ・ポーションはドレイク種の血と肝に、こっちもハーブが基本ね。エクストラ・ポーションはPランク以上のサウルス種とレオ種の血と肝に心臓、Gランク以上のトレントよ」


 なるほど、ブルとドレイクを使うのか。

 どっちもそれなりに狩ってるから、多少は価格が下がってそうな気もする。

 だけどエクストラ・ポーションの素材って、Pランク以上のサウルス種にレオ種、Gランクのトレントって、とんでもなく高価な材料ばっかだな。


「今はポーションが3,000エル、ハイ・ポーションでも1万エルぐらいね。ディスペル・ポーションは素材が集めにくいから高いけど、ノーブル・ポーション程じゃないわ」


 ディスペル・ポーションはスネーク種っていう蛇型魔物の血、スコーピオン種っていう蠍型魔物の毒尾、トレントの枝なんかを使うらしい。

 Pランクヒーラーの昇格試験だから、うちのヒーラーは全員作れて、既に常備薬としていくつか用意してあるとも言われたな。

 用意してあるのは聞いてたが、自作だとは思わなかったが。


「なるほど、そういう事なら積極的にグリズリーを狩らないとだな」

「ノーブル・ポーションの材料だったなんて、知らなかったものね」

「私も知らなかったわ。知ってたなら教えてくれれば良かったのに」

「知ってると思ってたわよ。ユーリ様もキャロルも、それで悩んでたんだから」


 真子さんにそう言われて、俺とプリムとマナは思いっきり目を逸らした。

 確かに言われてた気もしなくはないが、ヒーラーの昇格試験なんて何の役にも立てないから聞き流してたんだろうか?


「私達も相談はしませんでしたからね」

「はい。真子さんにはよく相談に乗ってもらっていましたけど」


 先にAランクヒーラーに昇格した真子さんなら、確かに相談はしやすいだろうな。

 それはそれでちょっと悲しいが、今の今まで知らなかった訳だから文句を言うつもりもないが。


「でもシエル様とセラスさんの戦闘訓練も兼ねてますから、グリズリーは仕方ないにしても、他の魔物が出たら戦ってもらうんですよね?」


 思わぬポーション談義になってしまったが、ラウスの言う通り、俺達がイデアル連山に来た目的はシエル様とセラスの戦闘訓練だ。

 グリズリーは肝と血を無駄にしないためにも速攻で狩る必要があるが、他の魔物はその限りじゃない。


「当然だな。サユリ様もサヤさん達も、構わないですよね?」

「もちろんよ」

「新しい星球儀には、ちょっと興味あるしね」


 サユリ様も俺達の目的は理解してるから、グリズリーを入手できれば問題無しだな。

 リリー・ウィッシュは、シエル様の星球儀がどんなものかに興味津々だ。

 アリアのスターライト・オーブにレイナのグリフィスライト・スターは何度も見てるが、シエル様のエレメンタル・タロットは完成したばかりだ。

 俺だって実戦で見るのは初になるから、気持ちは分からんでもない。


「とか言ってるうちに、新手だよ。あれはスパイク・タートルだね」


 話には参加せず護衛任務をこなしていたレックスさんが、スパイク・タートルの襲撃を教えてくれた。

 固い甲羅に守られた亀型の魔物だが、風属性魔法ウインドマジックで加速して突進を仕掛けてくるから、地味に相手し辛い魔物だな。

 亀型魔物だから動きは遅いんだが、それに騙されると突進を避けられないんだよ。

 甲羅は魔銀ミスリルの武器だと折られる程の強度があるから、倒すのはかなり大変だ。


「手頃な相手が出てきたわね。カメリア、あんたもやる?」

「そうさせてもらいます」


 ほう、カメリアもやってみるか。

 昨日ハイウインガー・ソードの試し斬りは終えたって聞いてるが、相手はゴブリンだったらしいから、防御力の高い格上相手だとどうなるかも試してみたいって事か。


「それじゃあ先制と牽制を兼ねて、アルフヘイムを使っておくわね」


 ハンターになったばかりのシエル様とセラス様だと、さすがにGランクのスパイク・タートルの相手は荷が勝ちすぎる。

 だから俺が使おうと思ってたんだが、先に真子さんに使われてしまったか。

 使ってる刻印術は俺が使おうと思ってた広域対象系のアルフヘイムで、スパイク・タートルを対象に発動させているため、突進を防ぐ効果もある。

 それでも固いから、トドメは俺達の誰かが刺す必要があるだろうな。


「あたしも先に行くよ!」


 真子さんのアルフヘイムを確認したマルカ殿下が、サンダー・アローで攻撃を開始した。

 俺達が使ってる固有魔法スキルマジックはラインハルト陛下達も使ってるし、トラレンシアに派遣されたアライアンスも同様だ。

 特に矢切れの危険性を減らす事が出来るって事で、弓術士に好評だったな。

 俺としては広める事は吝かじゃないんだが、下手に広めると馬鹿な連中も使いだすだろうし、それでそいつらのレベルが上がって進化までされたら面倒な事になりかねないから、今もどうしようか考え中だ。


「そ、それじゃあ私も、行きます!」


 緊張しながらも、シエル様がエレメンタル・タロットの札を1つ動かし、アース・アームズを纏わせ、スパイク・タートルに向けて放った。

 スピードは無いし、アース・アームズの精度も荒いが、初めて使った上に初の実戦だから、これは仕方がないな。


「なるほど、ああやって使うのね」

「札だけでも威力はありそうだけど、属性魔法グループマジックを纏わせる事でさらに魔力が強化されるから、低ランクモンスターなら一撃で倒せるかもしれませんね」


 その使い方に、興味深そうな視線を向けているサユリ様とサヤさんだが、レックスさん達も同じっぽいな。

 今まで星球儀みたいな武器は無かったし、宙に武器を浮かせて攻撃するなんて発想も無かったから、興味が沸くのは当然か。


「面白い武器ではあるけど、コストがかなり高いから、一般には出回らないでしょうね」

「そりゃね。大和君達は素材狩りも製作も全部自前で出来るけど、普通はそのどちらかだし、そもそも高ランクモンスターなんて気軽に狩れないわよ」


 確かに狩りも製作も所属してるユニオンで出来るとなると、かなり自由度が高いよな。

 だけどリリー・ウィッシュも、同じ事が出来るはずでしょ?

 全員がハイクラスでエンシェントクラスも2人いて、クラフター登録してる人だって少なくないんだから。


「出来なくはないと思うけど、ちょっと微妙かな」

「そうなの?」

「ええ。あ、セラス様も攻撃に加わったわね」


 お、行ったか。

 セラス様は最初からラピスライト・ソードウィップの柄尻を合わせて、鞭として使ってるな。

 相手が相手だから、双剣の射程距離に入るのは躊躇われたか。


「あれも面白いわね」

「もう片方も多節剣にしても良かったんじゃないかと思うけど、なんで片方だけなの?」

「多節剣を使うのは初めてだし、戦闘経験もそんなに無いから、私が止めたのよ」


 セラス様のラピスライト・ソードウィップは、最初は双剣両方を多節剣にして、完全な両刃多節剣にするつもりだった。

 だけど多節剣を使ってるマナから、危険だからって事で止められている。

 マナに言われて、柄尻を合わせたサイズの棒切れにロープを結んで試してみたんだが、誤爆はもちろん自爆も普通にしちまったから、俺も身を以て止めるべきだと思ったよ。

 それにラピスライト・ソードウィップは双剣だから、両手で振るう事のあるマナのラピスウィップ・ソードとは異なり、完全に片手だけで使う事になる。

 だから片方は、自分と同じく防御に使えるようにしておくべきだとリディアからのアドバイスも貰った。

 そうして完成したのがラピスライト・ソードウィップなんだが、柄尻を合わせなくても良かったかもしれないと思わなくもないな。

 いや、両刃剣だから、風車みたく回す事で槍のようにも使えなくもないし、これはこれでアリか。


「なるほど、言われてみればマナ様の仰る通りですね。あ、ダメージが入りましたね」

「ホントだわ。掠り傷程度だけど、2人のレベルを考えれば上出来ね」


 シエル様、セラス様、共にレベル20代だから、Gランクモンスターに傷を付けられたらかなり高い評価を得られる。


「上出来だよ、2人とも!」


 マルカ殿下も同じ考えみたいだな。

 そしてこれで十分と判断して、固有魔法スキルマジックをドラゴネス・アクスに纏わせて甲羅を叩き割り、苦しそうに出した頭を落としてトドメを刺していた。

 スパイク・タートル甲羅は防具としても優秀だが、魔導具の素材としての方が需要が高いから、甲羅は砕いておいた方が喜ばれる。

 当然マルカ様もその事は知ってるから、遠慮なく砕いたんだろうな。

 だけどシエル様もセラス様も、思ってたより戦えそうな感じがする。

 もちろん無理をさせるつもりはないが、これなら予定より多くの魔物を相手にしてもいけそうだな。

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