バトラー増員準備
Side・ユーリ
ベスティアでクラテル迷宮の報告を終えた私と大和様は、真子、アリア、ヴィオラと合流し、アルカに帰りました。
道中で真子さんから、ウイング・クレスト専用のバトラーズ・ウェアを仕立ててはどうかという意見を頂きましたが、私としてもその意見は採用したいと思います。
「面白そうだな」
「だよね!」
そして大和様やマリーナも、予想通り賛成です。
お姉様やヒルデお姉様、キャロルは自分達が契約しているバトラーのお話ですから、こちらも二つ返事でした。
そうなってしまうと話は早く、早速真子さんの刻印具から、いくつかのデザインがドローイングを使って描き写されていきます。
大和様も何かないかと探されていましたが、どうやら大和様の刻印具には参考になるような絵は無かったようですね。
「その手があったか。いや、俺の刻印具には、袴の画像なんて入ってないんだが」
「そりゃそうでしょ」
真子さんが言うには、女学生が節目に着用するための衣装との事です。
ですから、男性である大和様が知らなくても当然だそうです。
「足元は靴でいいとしても、問題はどんな柄にするかなのよね」
「いっぱいあるものね」
「ホントね。これなんて天樹と同じデザインじゃない?」
「前にも言った事があるが、これは地球じゃ桜っていう花で、俺達が住んでた国を代表する花でもあるんだよ」
確かに以前にお聞きしたお話ですね。
天樹、宝樹、桜樹は地球の桜という木とよく似ており、咲かせる花はほとんど同じだと。
「なら、その桜っていう花は入れましょう。全体的なデザインも、これでいくんでしょ?」
「俺はそれでいいと思うけど、みんなもいいのか?」
「はい。綺麗な服ですし、私も着てみたいぐらいです」
フラムの意見は、他の皆さんの声を代弁した形です。
もちろん私も、出来るならば着てみたいですね。
ですからバトラーズ・ウェアのお話は、ウイング・クレストの女性全てを巻き込んで、あっという間に決まってしまったんです。
ついでという訳ではありませんが、後日サユリおばあ様に、デザインをマイナーチェンジさせた浴衣という晴着を仕立てて頂く依頼を出す事も決まりました。
ヘリオスオーブ風に膝下のスカートも着用する事になっていますから、大和様や真子からすればイメージが違うようですが、私達にとってはサユリおばあ様が愛用されている服ですから、とても嬉しいです。
バトラーズ・ウェアに関しては、私達の普段着も含めてあっさりと決まりました。
問題なのは素材ですね。
クレスト・ディフェンダーコートはドラグーン素材を使用していますが、その理由はエンシェントクラスの魔力に、Gランク以下の魔物素材では耐えられないからです。
普段着でも戦闘行為を行わない訳ではありませんから、素材は厳選しなければなりません。
ですからPランクモンスターの素材が最適だと思うんですが、何か残ってたでしょうか?
「あー、素材の問題を忘れてたわ……」
「つっても、Pランク以上の素材なんて、もう残ってないけど?」
「それもあるけど、出来れば織物を使いたいのよね」
「織物?ああ、糸ですか」
織物、つまり糸を紡いで仕立てた布の事ですね。
ヘリオスオーブの布は、魔物の糸を紡いだ物になり、その中でもスパイダー種の糸を紡いだ布が、最も多く出回っています。
クロウラーという魔物の糸から仕立てられた絹という布もありますが、クロウラーはSランクモンスターですから、絹布はかなりの高級品となっています。
「って言われても、糸なんてこないだ狩ったウォーター・スパイダーとマグマ・スパイダーぐらいしかないでしょ?」
ルディアの言う通り、私達が用意出来る魔物糸となると、クラテル迷宮で狩ったS-Nランクのウォーター・スパイダーとG-Nランクのマグマ・スパイダーのみですし、現在解体依頼中ですからすぐに使える訳ではありません。
「そこが頭の痛いところだけど、Pランクモンスターの素材なんて簡単には手に入らないし、いざっていう時はイークイッピングがあるから、今回は試作みたいな感じで仕立ててもらうしかないわね」
それしかなさそうですね。
バトラーズ・ウェアに関してはP-Rランクのステラ・ガルム、P-Iランクのシー・サーペントを、フロートで買取をお願いする分も回せば足りるでしょう。
「バトラーズ・ウェアとみんなの普段着は、とりあえずそんな感じで依頼するとして、エド、バトラーの方はどうだ?」
「バトラーの方?ああ、増員の話か。今ユニオン・ハウスを管理してくれてるバトラーはBランクとCランクが2人ずつだが、もうちょい増やした方が良いんだろ?」
「ああ。副殿にも何人か回したいからな」
なるほど、副殿にもですか。
現在ウイング・クレストに所属しているバトラーは、ヒルデお姉様付きのミレイを含めると5名。
リヒトシュテルン大公令嬢セラス様も、加入される際はバトラーを同伴されるでしょうから、6名としましょう。
ですがマリサ、ヴィオラ、エオスさん、そしてミレイは本殿にいる事が多いですし、ユリアはキャロル付きですから、ラウス達が住居としている金鯱殿にかかりっ切りです。
セラス様はラウスと婚約した訳ですから、セラス様と共に来るバトラーも金鯱殿付きになる事は確定しています。
ですからエドさん達が住まわれている深志殿には、バトラーがいないのです。
現在はエオスさんやホムンクルスのレラが対応してくれていますが、エオスさんは私達と行動を共にする事が多いですから、レラだけに負担を掛けるワケにはいきません。
これはユリアも同様です。
「それは助かるよ」
「はい。私達は工芸殿に籠る事が多いですから」
それはそれでどうかと思うのですが、事実エドさん、マリーナ、フィーナの3人は、工芸殿での作業が佳境に入ると、フィアナが止めるのも聞かずに作業に没頭していました。
私達がクラテル迷宮に入っている間も同様で、食事はもちろん寝る間も惜しんで作業をしていたと聞いています。
バトラーの仕事には健康管理も含まれていますから、是非ともお願いしたいところですね。
「今はBランク2人とCランクが2人か」
「ああ。ただBランクの内の1人は、そろそろSランクに昇格出来るって話だぞ」
1人はSランクバトラーに昇格間近ですか。
Sランクに昇格すれば一人前のバトラーと言っても差し支えありませんし、私達がフィールを空けている間も安心してユニオン・ハウスの管理を任せる事が出来ますね。
「それはいいわね。って、どっちが昇格間近なの?」
「ルミナの方だ」
なるほど、ウンディーネのルミナですか。
現在ウイング・クレストがユニオン・ハウスの管理の為に契約しているバトラーは、BランクとCランクが2人ずつになります。
Bランクバトラーはルミナとヒューマンのアリス、Cランクバトラーはオーガのローレルとエルフのフィレという名で、4人とも女性です。
ローレルとフィレはCランクに昇格したばかりですから、経験を積むという理由もありますね。
アリスはBランクになって3年程のバトラーですが、フィールの貴族別邸に派遣される事が多く、ローレルやフィレとも仲も良いです。
3人ともフィール出身で、登録出来る年齢になると同時にバトラーズギルドに登録したのですが、ルミナだけは少し違っています。
ルミナは23歳で、エモシオンの南にあるベレタとう町の出身です。
さらに彼女がバトラーズギルドに登録したのは18歳になってからですから、少し遅いと言ってもいいでしょう。
元々はハンターとして活動しており、フィールへも依頼で来ていたのですが、エモシオンへ向かう道中でグリーン・ウルフの群れに襲われ、加入していたレイドが壊滅してしまったのです。
ルミナ自身はフィールに帰ってくる最中だったバトラーズマスター オルキスに助けられ、フィールに戻ってくる事になったのですが、レイドが壊滅してしまったためにエモシオンやベレタに帰ることも出来なくなり、オルキスの勧めもあってバトラーズギルドに登録する事になったと聞いています。
さらにルミナは未亡人で、3歳の女の子を養っていますね。
「ルミナと契約するなら、ユニーも引き取らないとか」
「そりゃな」
ルミナの娘はユニーという名で、父親はハンターでした。
そのハンターは非常に残念な事に、昨年エビル・ドレイクの討伐に向かったまま帰って来なかったのです。
ですからルミナは、女手一つでユニーを養っていたのですが、Bランクバトラーの報酬だけでは厳しいため、時折ハンターとして魔物を狩っていました。
しかし当時はレティセンシアのスパイがフィールで暗躍していましたから、ルミナも1人で狩りにいかざるをえず、もっぱらIランクモンスターを狙っていたそうです。
ですからルミナと契約する場合は、ユニーを養えるだけの報酬を支払うか、ユニーを引き取るかになります。
引き取るといっても、こちらの屋敷や邸宅で育児を手伝うというだけですから、養子として引き取るワケではありませんけど。
「ユニーも引き取るのは構わないんだが、そうなるとルミナだけ契約内容が変わるな」
「当然ね。というか、正式契約と同時にSランクに昇格すると思うから、そこは大丈夫じゃないかしら?」
「というより、ルミナがSランクに昇格出来ない理由って、ユニーの事があるからじゃなかったっけ?」
「そんな話だね。これが貴族領とかだったら、貴族と契約出来ればユニーと一緒に住み込んで働けたと思うけど、フィールは王家直轄領だし、領代の任期も3年だから、条件的には厳しいと思う」
ルミナがSランク昇格間近というお話でしたが、契約の問題があって昇格出来なかったのですか。
Sランクバトラーとの契約は、期間を設ける事も可能ですが、基本的には永続的なものですから、子供がいた場合は自宅からの通いになります。
ところがルミナの場合は、実家はベレタですからご家族に面倒を見て頂くことは出来ませんし、父親に頼むにしても既に亡くなっていますから、Sランクバトラーとして契約するなら契約者の屋敷や邸宅にユニーと共に住み込むか、子供の面倒を見てくれるバトラーを雇うかになってしまいます。
後者は報酬を支払わなければなりませんから、選択肢としては前者しかありません。
なるほど、確かにこれは厳しいですね。
「情で契約するのはお勧めしないけど、ルミナの場合はちょっとね」
「だよねぇ。仕事はしっかりしてくれてるし、アリスやローレル、フィレのフォローもしっかりしてくれてるし」
確かにルミナは、ユニオン・ハウスの管理をしているバトラーのチーフ的な立ち位置ですからね。
そういう面で見ても、ルミナは得難い人材と言えます。
「いっそのこと、マリサさん達の契約内容も含めて、一度見直した方が良いかもしれませんね」
「その方が良さそうね」
バトラーの契約内容の見直しですか。
確かにマリサはお姉様の、ヴィオラは私の、ユリアはキャロルの、エオスさんはアテナの侍女、そして日ノ本屋敷とアルカの管理が主な契約内容になっています。
Gランクバトラーのエオスさんは、チーフ・バトラーとしても契約していましたね。
その内容を、どう見直すのでしょうか?
「エオスがチーフ・バトラーってのは変わらないけど、ルミナをサブチーフ・バトラーとして契約しておくのよ。侍女契約している4人は、アルカを空ける事も多いからね」
「ルミナの方がマリサ達より上の立場になるから、エオス以外の3人は私達の侍女としての活動に重点を置けるでしょう」
なるほど、邸宅の管理と侍女を、完全に分けてしまうのですね。
それは私もアリだと思いますが、そうなると別の問題が発生しませんか?
「人手の問題でしょ?そこは今と同じ条件でCランクバトラーを派遣してもらって、問題無ければ正式契約をすればいいと思うわ」
つまりルミナ達と同じで、働きを見てから決めるワケですか。
バトラーの仕事ぶりは、一度見れば分かると言われている程ですから、そうした方が良さそうですね。
「じゃあ4人共正式に契約を結んで、ユニーもアルカに連れてくるって事でいいか?」
「ええ、もちろん」
「あと副殿の1つを、バトラー用の宿舎にしても良いわね」
「ああ、それは良いな」
そうでした、バトラーと正式に契約するということは、彼女達もウイング・クレストに加入するという事になります。
そうなると当然、彼女達の住まいも用意しなければなりません。
通いという手もあるのですが、ウイング・クレストはかなり特殊なユニオンですから、良からぬ事を考える輩に狙われる可能性も否定できないため、それは悪手でしょう。
そうなるとユニオン・ハウスか日ノ本屋敷に住み込みという事になりますが、ユニオン・ハウスはアルカへ転移するためのゲート・ストーンを使うために建てていますから、使用人室は用意していません。
ですからアルカの日ノ本屋敷一択です。
本殿にはまだまだ空き部屋がありますが、1階に個室は無く、2階は完全な客室とホムンクルス達の個室、3階はアプリコット様がお住まいになられています。
4階は私達の部屋ですから、副殿を使用人の宿舎として使うのは良いアイディアだと思います。
なにしろ今までは、本殿2階の客室を使ってもらっていましたからね。
バトラーからしたら、落ち着いて使えないと言っていましたよ。
「空いてるのは南東の銀杏殿と北西の白鷺殿か。宿舎って事だと、銀杏殿の方になるのか?」
「契約内容の問題もあるし、そうなるわね」
お姉様の仰る通りです。
北西にある副殿 白鷺殿は工芸殿や湯殿に近く、それでいて動線の干渉がありませんから、4つある副殿の中では最も立地が良いと言えます。
対して南東の銀杏殿は、従魔・召喚獣達の獣舎になっている従魔殿へ続いている渡殿が1階を通っています。
ですから立地的には白鷺殿はもちろん、金鯱殿や深志殿より少し劣っている形でしょうか。
ですが契約には従魔のお世話も含まれていますから、従魔殿が近い銀杏殿は、バトラーにとっては悪くない立地でもあるのです。
「じゃあそれでいこう。今日はもう遅いし、明日も無理だから、実際に契約するのは明後日以降になるが」
「まあ、こればっかりはね」
「でも銀杏殿は、早めに使えるようにしておかないといけないから、レラに準備を頼んでおきましょう」
これで決まりのようですね。
バトラーズ・ウェアもですが、ルミナ、アリス、ローレル、フィレの4人と正式契約を結ぶ事で、少しはマリサ、ヴィオラ、ユリア、エオスさん、そしてホムンクルスの負担も減るでしょう。
後は出来るだけ早く正式な契約を結ぶ事ですが、何とか明後日には契約したいものです。
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