終焉種討伐隊
Side・ヒルデガルド
昼食を取りながら、ヒーラーズギルドから戻って来られた真子さん達の報告を聞き、わたくしは大きな衝撃を受けました。
セルティナ様が右腕切断という重傷を負い、トラレンシアでも名高き従魔フリーザス・タイガーのクラールまでが、まさか左前脚を失う程の重傷を負っていたなんて……。
セルティナ様はわたくしの曾祖母であり、トラレンシア唯一のPランクハンターでもあり、最もエンシェントクラスに近いハイラミアと言われています。
ですがそんなひいおばあ様でも、スリュム・ロードの前では無力だったようです……。
「クラールを含む従魔の傷は私が治しましたけど、さすがに失った四肢までは……」
「いえ、人間の治療が追い付かなければ、従魔にまでは手が回らない事が普通なのです。ですが真子さんはクラールだけではなく、他の従魔の傷まで癒してくださったのですから、感謝しかありません」
クラールはスリュム・ロードの爪からセルティナ様を庇い、その代償として左前脚を失いましたが、その一撃は風の刃をも発生させていたため、セルティナ様も右腕を失い、クラールの体にも多数の斬撃が刻まれていたそうです。
クラールがP-Rランクモンスターでなければ、あるいはセルティナ様ごと命を落としていたかもしれませんから、命が助かっただけでも良しとしなければなりません。
「爪から繰り出される風の刃か。面倒でしかないな」
「同感だわ。しかも厄介な事に、スリュム・ロードが使ってくるのは
「ある程度は私のヴィーナスで干渉するつもりだけど、全域への干渉になるから、
スリュム・ロードに相対する3人のエンシェントクラス―大和様、プリム、真子さんが、頭を悩ませています。
大和様と真子さんは、刻印術という異世界の魔法を使う事が出来るのですが、その魔法でもスリュム・ロードの
「だけどそれをやると、俺も風属性術式は使えなくなるし、プリムの極炎の翼だって効果が減衰しちまう。ムスペルヘイムとかジュピターの方が良くないですか?」
「それも考えたんだけど、スリュム・ロードはセリャド火山を棲み処にしてるでしょう?だから多分、火属性に対しても高い耐性があると思うのよ」
「あ、そっか」
これに関しては真子さんの仰る通りです。
スリュム・ロードはセリャド火山を棲み処にしているために、
180年前はセリャド火山の麓で戦いが繰り広げられたことからも、これは間違いのない事実です。
ですから
「仕方ない。練習はしてるから、あれを試してみるわ」
「それしかないでしょうね」
「動きさえ止めれば、俺もあれを使うつもりだ」
どうやらお三方とも、切り札を切るつもりのようです。
イスタント迷宮に同行させてもらった折に、大和様とプリムは切り札となる
ですが真子さんの切り札がどのような物なのかは、正直申しまして見当もつきません。
「失礼致します。セイバーズギルド、総員準備が整いました」
「オーダーズギルドも同様です」
どうやらセイバー達も、出陣の用意が整ったようです。
臨時ではありますがアルベルトはセイバーズギルドの指揮を、レックス卿にはオーダーズギルドの指揮をお任せしています。
指揮系統の問題もありますから、オーダーズギルドにはセイバーズギルドの指揮下に入って頂くことになりましたが、その事はオーダーズギルドも承知の上で、快く受け入れて下さいました。
「わかりました。こちらも間もなく整います。セイバーズギルド、オーダーズギルドは練兵場に集合させてください」
「「はっ!」」
スリュム・ロードだけでしたら空からの襲撃に備えなければなりませんでしたが、群れを率いてくる以上、スリュム・ロードも陸路で向かってくることになるでしょう。
ですからこちらも進軍し、少しでもクラテルから離れた所で戦闘を行う予定です。
もちろんクラテルの守りを疎かにする訳にも参りませんから、セイバーズギルドの半数とオーダーズギルド第6、第8分隊はクラテルに残って頂くことになります。
第6分隊も従軍を希望していたのですが、半数以上が重傷を負わされてしまった上にファースト・オーダーを始めとした犠牲者も出ていることから、レックス卿は許可を出しませんでした。
その代わりというわけではありませんが、第6分隊のハイオーダー7名が、臨時に第1分隊に編入されることになっています。
「後はハンターか。だけど高ランクハンターは昨日の襲撃で結構な被害を受けてるから、さすがに難しいか」
「はい。ですから今回ハンターとして参加するのは、アライアンスの皆様のみとなります」
クラテルを拠点にしているハンターも、先日の襲撃の際に多くが重傷を負い、現在はヒーラーズギルドで安静にしています。
もちろん襲撃に居合わせなかったハンターもいるのですが、それでも7割以上のハンターが動けない現状では、こちらに参加して頂くわけには参りません。
アライアンスはノーマルクラスも含めて同行して頂くことになりますが、主力はエンシェントクラスとハイクラスになりますから、ノーマルクラスの方々は獣車からの見張りを含めて、後方支援という形になります。
「それじゃヒルデ姉様、あたし達も行きましょうか」
「ええ。みんなを待たせる訳にはいかないわ」
「勿論です」
数十年振りに行われる終焉種討伐戦です。
参加者はセイバーズギルド58名、オーダーズギルド95名、アライアンス105名、そしてわたくしの総勢259名、内ハイクラス88名、エンシェントクラス3名となります。
アライアンス・リーダーにはGランクセイバー アルベルト・リオスクードを任命し、その補佐を終焉種討伐に参加した経験を持つジェネラル・オーダー レックス卿にお願いしています。
「我が国が誇る気高きセイバー達、我が国の窮地に駆けつけてくれた誇り高きオーダー達、そして勇壮なるハンター達よ!此度は我がトラレンシア建国以来、最大の危機を払拭するための出陣となります!180年の時を経て目覚めた終焉種スリュム・ロードを倒すため、あなた方の命、このわたくし、トラレンシア妖王国女王ヒルデガルド・ミナト・トラレンシアが預かります!我が国の命運を賭け、わたくしに力を貸してください!」
「「「「「おおおおおおおおっ!!!」」」」」
練兵場でわたくしが演説を行うと、セイバー、オーダー、ハンターの別なく、辺り一帯にまで轟くような威勢が響き渡りました。
スリュム・ロードが姿を見せた事は、既にクラテルの街の人々にも知れ渡っていますし、直接姿を見てしまった者もいるそうですから、この気高く勇壮なアライアンスの姿を見て、少しでも不安が払拭してくれればいいのですが。
「アミスター王国第二王女マナリース・レイナ・アミスターよ。此度の作戦を伝えます。最優先かつ最重要目標の終焉種スリュム・ロードは、ここにいる3人のエンシェントクラスが受け持ちます。あなた方の役目は、スリュム・ロードが率いているであろう異常種アイスクエイク・タイガーを始めとしたタイガー種を、早期に討つことよ。どれ程の数を率いてくるかは分からないけど、たかがGランク、そしてPランクの魔物如きに、あなた達が遅れを取る事は無いわ。アルベルト!」
「はっ!」
マナの宣言に従い、アルベルトが前に出ます。
そのアルベルトに対して、マナは一振りの剣をストレージから取り出しました。
「この剣には、アミスターが開発した新技術が使われている。ハイクラスどころかエンシェントクラスが使っても、魔力疲労を起こす事は無い。この剣を、ハイセイバーに授けます。負けるわけにはいかないこの一戦、この
「はっ!ヒルデガルド女王陛下、そしてマナリース王女殿下に、必勝を誓います!」
アルベルトは膝を付き、恭しく剣を受け取りました。
此度のアライアンスに際して、既にハイセイバーには
先日報告を受けてからすぐに、マナとユーリは兄王であるライ兄様に報告し、オーダーズギルドのために用意されていた
しかもアルベルトに授けられた剣は、王代であらせられるアイヴァー様御自らが打たれた剣ですから、ハイセイバーに手渡された剣とは存在感からして違います。
「どこが戦場になるかは分からないけど、ゴルド大氷河に入ってからになることは確実だと思われる。よって終焉種討伐隊は、すぐに出陣します。総員、獣車に搭乗しなさい!」
「「「「「はっ!!」」」」」
マナの指示に従い、セイバー、オーダー、ハンターが、それぞれに割り当てられた獣車に搭乗を開始します。
今回セイバーズギルドが使う獣車は、大和様が所有している、もう1つの試作獣車になります。
初期型ということもあり、搭乗にはひと手間かかるそうですが、それが欠点とは思えない程の快適さを誇っていますから、セイバー達の道中の負担は減ることになるでしょう。
さすがに大和様達の寝室はロッキングでしっかりと施錠されていますし、おトイレは中庭に無理矢理増設したそうですから、これだけは少し使い勝手が悪いかもしれませんね。
「それじゃヒルデ姉様、行きましょうか」
「ええ、参りましょう」
わたくしはウイング・クレストの獣車に乗り込みます。
本来でしたらセイバーと同じ獣車に乗るべきなのでしょうが、大和様の妻であるマナは当然大和様と同じ獣車に乗りますし、先程はアミスターの王女として演説を行っていましたから、わたくしもマナと同じ獣車に乗っている方が良いでしょう。
「総員、搭乗完了いたしました!」
「分かりました。では終焉種討伐隊、出陣して下さい」
「はっ!総員、これよりゴルド大氷河に向けて出陣する!相手は終焉種だ、監視は怠るな!ハイクラスはいつでも戦えるよう、戦闘態勢を崩さないように!では出発する!」
アルベルトの号令に従い、先頭をセイバーが、それに続いてウイング・クレストの獣車が動き出しました。
オーダーズギルドの獣車は、1号車から進む様です。
クラテルの人々は、終焉種討伐隊の勇姿を見ても不安を隠しきれていませんが、これは仕方がないでしょう。
終焉種討伐隊はほとんどが全滅していますし、それでも終焉種を退ける事が出来れば大成功と言われています。
ですからクラテルの人々が、終焉種討伐を口にしたわたくしの言葉を信じきれないとしても、それ程おかしなことではありません。
「住民は不安を隠そうともしてないけど、目の前で見ちゃったんだから、さすがに仕方ないか」
「セルティナさんやクラールまでもが重傷ってことだからな」
恐らくですが、それも不安を煽っている一因でしょう。
曾祖母のセルティナ様はPランクハンターであり、更にフリーザス・タイガー クラールとも従魔契約を結んでいることもあって、トラレンシア最高戦力のお1人でもあります。
そのセルティナ様とクラールが、成す術もなく倒されてしまったお姿を見てしまったのですから、不安になるのも当然です。
「ヒルデ姉様、あれ」
「え?あ、セルティナ様……」
そのセルティナ様はクラールを伴い、門でわたくし達を待っておられました。
「と、止まれ!停車だ!」
そのお姿を確認したアルベルトが、慌てて獣車を止めるよう指示を出しました。
4台の獣車が停車した事を確認し、セルティナ様はわたくしの乗っている獣車まで進み、そして膝を付きました。
「陛下、此度はお力になれず、申し訳ありません……」
跪いたセルティナ様は、肩を震わせながら言葉を絞り出しました。
セルティナ様は、このような窮地に力になれないご自分の不甲斐なさを、責めておられるのですね。
思わずわたくしは、展望席から飛び降りてしまいました。
「お顔をお上げください、ひいおばあ様。ひいおばあ様が無事だった、わたくしにとっては、それだけで十分です。その右腕もクラールの左前脚も、全てが終わったら必ず何とかします。ですから、あまりご自分を責めないで下さい」
「若者ばかりか曽孫まで死地に追い遣るなんて、残される身としては本当に辛いよ。必ず生きて帰ってくるんだよ、ヒルデ?」
「はい、お約束いたします」
わたくしを優しく抱きしめて、目尻に涙を浮かべたセルティナ様―ひいおばあ様に、わたくしはそう誓いました。
スリュム・ロードという終焉種を相手にして、生きて帰って来れるかは分かりませんが、例え這ってでも、わたくしは必ず戻ってきます。
ですからひいおばあ様、今は笑って、わたくし達を見送って下さい。
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