虎群襲来
クラテルを発ってから4時間が経過した。
俺達の警戒も虚しく、周囲には魔物の影すらない。
「スリュム・ロードが動いてる証拠だと思うよ。終焉種は棲み処から動くことは、滅多にない。だけど滅多にないってだけで、稀に人里に壊滅的な被害をもたらす。その際周囲の魔物は、終焉種に恐れをなして逃げてるみたいなんだ」
ファリスさんがその理由を教えてくれたが、確かに魔物だって終焉種は怖いだろうから、逃げたとしてもおかしな事はないか。
「その分先に進みやすくはなってるが、だからといって無警戒って訳にはいかねえ」
「当然ね。むしろだからこそ、警戒は厳重にしなきゃいけないわ」
そりゃバウトさんとエルさんの言う通りだ。
だけどそろそろ日も沈む頃合だから、今日はこれ以上進むのは難しい。
「停車!」
どうやらアライアンス・リーダーのアルベルトさんもそう思っているようで、獣車に停車命令が下された。
「今日はここで野営とするが、魔物が出て来ない以上、スリュム・ロードが近くにいることは確実だと思われる。故に見張りは、常に周囲に目を光らせるように。些細な変化も見逃すな」
ゴルド大氷河は見通しが良いし、スリュム・ロードやアイスクエイク・タイガーは10メートル近いデカさだから、遠目でも確認はしやすい。
アバランシュ・ハウルは分からないが、そいつらと大差ないだろう。
あ、こんだけ見通しが良いんだから、真上に飛んでみて、そこから周囲を見れば良いのか。
「アルベルトさん、ちょっと上に飛んでみます」
「上に?」
「ええ。デカい魔物も多いだろうから、何か動いてる物があれば、判断材料にはなるでしょう?」
「確かに。では、済まないがお願いする」
先に進むのはマズいが、上に飛ぶぐらいなら大した問題じゃないだろうからな。
アルベルトさんの許可も出たし、俺はフライ・ウインドを発動させて、50メートル程飛び上がった。
「何か見える?」
「氷河だけあって、障害物は少ないわね」
「2人も来たのか」
後ろから声が聞こえたと思ったら、プリムと真子さんも来ていた。
真子さんはフライ・ウインドを発動させているが、プリムは翼をはためかせているから、奏上したフライングを使ってるな。
「特には何も……見えたな。あれだろ?」
かなり先に、多分10キロは離れてると思うんだが、動いてる物体が多数見える。
「っぽいわね。ドルフィン・アイは?」
「今使います」
真子さんに言われてドルフィン・アイを発動させたが、氷河の上だけあって水属性の探索系術式が使いやすい。
すぐに確認できたぞ。
「確定だ。見てくれ」
「どれ……本当ね。しかもとんでもない数だわ」
「黒いサーベルタイガーみたいなのがスリュム・ロードで、同じぐらいの大きさの白い虎がアイスクエイク・タイガー、セルティナさんのクラールと同じ見た目のがフリーザス・タイガーね」
「青白い虎もいるけど、もしかしてあれがアバランシュ・ハウルかしら?」
「スリュム・ロードやアイスクエイク・タイガーと同じぐらいのデカさだから、多分そうだろうな。さすがに2匹も出てくるとは思わなかったから、マジでヤバいぞ、これは」
アバランシュ・ハウルはA-Cランクだから、俺達がイスタント迷宮で倒した
1匹でも面倒だって話をしてたのに、まさかそれが2匹も出てくるとはな。
「アイスクエイク・タイガーも、ざっと数えただけでも12匹か。フリーザス・タイガーやアイシクル・タイガーの数も多いから、180年前の比じゃないわよ、これは」
プリムの意見に全面的に同意だ。
ちゃんと数えてみると、アイシクル・タイガー34匹、フリーザス・タイガー22匹、アイスクエイク・タイガー19匹、アバランシュ・ハウル2匹だった。
アイシクル・タイガーでさえGランクなんだから、普通にトラレンシアが滅びかねないぞ、これは。
「レックスさん達を連れてきて正解だったな、これは」
「同感ね。だけど正面からやり合う必要はないから、射程距離に入ったら私と大和君の積層術で、少しでも数を減らしましょう」
刻印術を同時に使う積層術は個人でも使えるが、その分刻印具や刻印法具の処理能力を使う事になるから、場合によっては使い辛い。
だから多くの場合は、積層術は複数人で使う方が、高い効果を生み出せる。
しかも風属性術式は真子さんの方が精度が高いから、俺が水と風の積層術を使うより高い効果が望める。
「ともかく、報告しましょう。10キロも離れてないんだから、すぐに接敵するわ」
「だな」
どう戦うかも重要だが、ここにいるのは俺達だけじゃない。
俺達3人の役目はスリュム・ロードを倒す事だから、アバランシュ・ハウルを含めたタイガー種はみんなに任せることになる。
もちろんスリュム・ロードの相手をする前に、俺と真子さんの積層結界で数を減らすつもりだが、それでも数が多いし、スリュム・ロードが何をしてくるか分からないから、あまりそっちばかりを気にしてられない。
急いで降りた俺達は、すぐにアルベルトさんに事態を報告した。
「馬鹿な……」
「アイスクエイク・タイガーまでは、想定より数が多いけど、まだ許容範囲だ。だけどアバランシュ・ハウルが、まさか2匹もいるとはね……」
「しかもこっから10キロもないとか、マジですぐそこにいるってことじゃねえか」
そろそろ見えてきてもおかしくないからな。
だから報告の際に、獣車から降りるように伝えたぐらいだ。
「もう1匹のアバランシュ・ハウルは、あたしが先に倒すわ。大和と真子の2人でスリュム・ロードの相手をしてもらうことになるけど、みんなにはアイスクエイク・タイガーの相手をしてもらわないといけないから、これ以上戦力を割けないし」
「確かにプリムちゃんなら可能だと思うが、それでも時間を掛けるべきじゃない。私も援護するよ」
「私もよ。可能な限り早く倒して、プリムはスリュム・ロードに、私達はアイスクエイク・タイガーの相手をしないと、どれだけの被害が出るか分かったもんじゃないわ」
1人でアバランシュ・ハウルの相手をすると口にしたプリムに、マナとファリスさんが援護を申し出た。
マナもファリスさんもPランクハンターに昇格しているから、普通のハイハンターより戦闘力は上になる。
だが同じPランクハンターのエオスは、今回は同行していない。
ハイドラゴニアンのエオスとハイヴァンパイアのマリサさんは、クラテルに残ったユーリの護衛をしてもらっている。
同じ理由でヴィオラとユリアもクラテルに残しているが、本人達は最後まで同行を申し出てきてたな。
残っている第6と第8分隊に護衛を頼むって手もあったんだが、そっちだってクラテルの守りを固めないといけないし、マナやユーリだってそのことはよく分かってるから、うちのバトラーに護衛を任せるのが一番なんだよ。
「それしかなさそうだな。というか、もう見えてきたって報告が来てるから、いつまでも作戦会議なんてやってらんねえぞ」
「アルベルト卿、止むを得ませんよ」
「分かりました。スリュム・ロードは大和殿と真子殿が、アバランシュ・ハウルの1匹はトライアル・ハーツが、もう1匹はプリムローズ様を主軸にマナリース殿下とファリス殿に頼みます。セイバーとオーダーからもトライアル・ハーツの援護を出しますが、それ以外はオーダーズギルドも含めて、アイスクエイク・タイガーの相手を」
マジでそれしかねえ。
なにせ連中、俺達の姿を見つけたのか、駆け出してやがるから、あと数分もせずに戦闘開始だ。
「最初に俺と真子さんが結界を展開します。それで何匹かは削れると思うけど、アバランシュ・ハウルやアイスクエイク・タイガーまでは難しいし、維持し続けるのも大変なんで、俺達はすぐにスリュム・ロードに向かいます」
「分かった。すまないが頼む。野営の準備は中断し、戦闘準備だ!弓術士は展望席へ展開し、ノーマルクラスは獣車近くで援護体勢を取れ!」
慌てつつも、ハイクラス、ノーマルクラス問わず、弓術士が展望席へ駆け上がった。
今回の弓術士はハイクラス10人、ノーマルクラス21人だから、展望席には8人ずつが陣取ることになる。
ヒルデガルド陛下も、ミーナ達の近くで
オーダーやセイバーも、既に武器を構えて臨戦態勢だから、後は射程距離に入った所で俺と真子さんの積層結界を展開させれば、アイシクル・タイガーとフリーザス・タイガーの大半は削れるだろう。
「射程に入った!真子さん!」
「ええ!」
1分もしない内に俺の射程距離に入ったアイシクル・タイガーとフリーザス・タイガーに、俺はニブルヘイムを、真子さんはヴィーナスを発動させ、風と氷の積層結界を展開させた。
周囲の大気に干渉した真子さんのヴィーナスは、アイシクル・タイガーとフリーザス・タイガー、さらにはアイスクエイク・タイガーも3匹巻き込み、近くの酸素を減少させ、動きを鈍らせ弱らせる。
そこに俺のニブルヘイムで作り出した氷の槍の直撃を食らい、そのまま倒れた。
アイシクル・タイガーとフリーザス・タイガーは8割以上倒せたし、アイスクエイク・タイガーも3匹巻き込めたから、少しは楽になるだろう。
「大和君、行くわよ!」
「了解!」
真子さんのヴィーナスは展開されたままだが、俺はニブルヘイムを解除し、ウイング・バーストを纏い、瑠璃銀刀・薄緑とマルチ・エッジを構え、フライ・ウインドを発動させて飛び立つ。
真子さんもエアー・スピリットを生成し、エドが作った
Side・プリム
アバランシュ・ハウルが2匹なんていう想定外の事態だけど、あたし達のやることは変わらない。
いえ、あたしはスリュム・ロードより先にこいつを倒さないといけないから、変わってはいるけどね。
「出し惜しみはしないわよ!」
あたしは極炎の翼を纏い、さらに迅雷の翼も重ねた。
螺旋の風を纏って勢いを増した炎に紫電が走り、さらに勢いを増したその翼は、大和に
その熾炎の翼を纏ったあたしは、眼前に立ち塞がっているアイスクエイク・タイガーをフレア・ペネトレイターで貫き、そのままの勢いでアバランシュ・ハウルに接近した。
「ちっ!さすがにA-Cランクは面倒ね!」
だけどあたしのフレア・ペネトレイターは、アバランシュ・ハウルが作り出した土と氷の壁で防がれてしまった。
貫く事は出来たんだけど、その時には既にアバランシュ・ハウルは、あたしの前から移動し、背後から爪を振り下ろそうとしている。
「させるかっての!」
減速したとはいえ、フレア・ペネトレイターはまだ十分な勢いを持っている。
あたしはそのままさらに突き進むことで、アバランシュ・ハウルの爪から逃れた。
「たああああっ!!」
そのアバランシュ・ハウルに向かって、マナがスターリング・ディバイダーで斬りかかった。
マナの連接剣はエドが新たに打った、
剣としても使えるけどマナは鞭として使うことの方が多いから、新しい武器はラピスウィップ・エッジより刃節が多く、長さも5メートル以上ある。
ラピスウィップ・ソードと名付けられてはいるけど、剣として使うにはマナリングによる強化と保護が必須だから、ラピスウィップ・エッジを使ってた時でも滅多に攻撃を受けることはしなかったのよね。
だから見た目は片手直剣だけど、普段は鞭として使って、
そのラピスウィップ・ソードを介して使ったスターリング・ディバイダーは、ラピスウィップ・エッジで使っていた時よりも刀身が長くなり、ゴールド・ドラグーンを使ったことで全属性の魔力への親和性が高まった。
さらにマナも、召喚獣達の
その証拠にスターリング・ディバイダーの直撃を首筋に受けたアバランシュ・ハウルに、大きな傷を付けることに成功している。
「スピカ!」
「ブルッ!」
マナを背に乗せているマナの召喚獣ウォー・ホースのスピカは、すぐさまアバランシュ・ハウルから距離を取る。
そこにアバランシュ・ハウルの爪が薙ぎ払われてきたけど、既にマナとスピカはそこにはいない。
その隙を付いて、フライングを使って上空から近付いてきたファリスさんが、マナの付けた傷口に、雷を纏わせた
さすが何度も一緒に狩りに行ってただけあって、見事なコンビネーションね。
「ちっ!これでも切断は無理か!」
「どこまで硬いのよ!」
けっこうなダメージを与えているように見えるけど、アバランシュ・ハウルからすれば、多分ちょっとした切り傷程度ってことなんでしょう。
その証拠に、アバランシュ・ハウルの動きは一切鈍っていない。
あれだけの攻撃を受けたらMランクモンスターでも無事じゃ済まないはずなのに、伊達にOランク相当の魔物じゃないってことね。
「マナ、ファリスさん!もう一度行くから、お願い!」
だけど、あまり時間を掛けるわけにはいかない。
だからあたしは熾炎の翼にさらに魔力を込め、フレア・ペネトレイターの要領で、もう一度アバランシュ・ハウルに向かって突っ込んだ。
だけど極炎のみを纏っていたフレア・ペネトレイターと違って、今度は紫電も纏い、更に突っ込むスピードも速くなっている。
これがあたしの新しい切り札、セラフィム・ペネトレイターよ。
だから身体強化魔法フィジカリングや魔力強化魔法マナリングはもちろん、加速強化魔法アクセリングだって極炎の翼で使うよりも強く速くなる。
案の定、さっきのフレア・ペネトレイターと同じだと勘違いして、同じ土と氷の壁であたしを止めようとしたアバランシュ・ハウルだけど、セラフィム・ペネトレイターの前じゃそんな壁は何の意味もない。
あっさりとその壁を貫き、驚きながらも回避運動に入ったアバランシュ・ハウルの左肩から腹部を斬り裂いた。
本当は貫きたかったけど、さすがはA-Cランクモンスターってとこね。
だけどもう左前脚は使えないし、動くのも辛いだろうから、今がチャンスだわ。
「せりゃあああっ!!」
さっきと同じように、さっきとは異なり、光と雷を纏わせた斧を、あたしが傷つけた左肩に向かって、ファリスさんが全力で振り下ろした。
さらにマナのスターリング・ディバイダーも、さっきより魔力が込められているから、左前脚を肩から斬り落とすことに成功している。
さらに2人は、返す刀で腹部に向かって同時に斬り付けた。
思ってたより大きなダメージを与えられたと思ったけど、なんか2人の魔力が増えてない?
っと、そっちも大事だけど、今はアバランシュ・ハウルにトドメを刺さないと。
もう一度セラフィム・ペネトレイターを使ったあたしは、今度こそアバランシュ・ハウルの胴体を貫いた。
「思ったより手古摺ったけど、熾炎の翼の試運転としては上々ね」
「私達の援護があったとはいえ、息も切らせずにA-Cランクモンスターを倒すとか、相変わらずデタラメよね」
「ヒドいこと言うわね。せっかくマナとファリスさんもお仲間になったって言うのに」
「どういうことだい?」
気付いてないはずないでしょう。
なにせ気のせいなんかじゃなくて、明らかに2人の魔力が増えてるんだからね。
「ライセンスかライブラリーでも確認してみたら?」
「まさかとは思っていたけど、やっぱりこの感覚はそうだったのか……」
そう、マナはエンシェントエルフに、ファリスさんはエンシェントフェアリーに進化していたの。
最後の攻撃は、明らかにハイクラスとは思えない威力があったから、その前の一撃でレベルが上がって、さらには進化したってことなんでしょうね。
「『ライブラリング』。本当にエンシェントエルフに進化してるわ……。いえ、こんな事態だし、今はありがたいと思う事にしましょう」
「そうですね。プリムちゃん、私とマナ様は、トライアル・ハーツの援護に行くよ」
「了解よ。あたしは予定通り、スリュム・ロードと戦うわ」
「ええ、頼んだわよ」
ここでエンシェントクラスが2人も増えた事は、アライアンスとしては朗報だわ。
本音を言えばスリュム・ロード討伐を手伝ってもらいたいけど、もう1匹残っているアバランシュ・ハウルを放置するわけにはいかないし、アイスクエイク・タイガーも10匹近く残っているから、2人にはそっちを何とかしてもらった方が良い。
次の目標を定めると、あたしはスリュム・ロードに、マナとファリスさんはアバランシュ・ハウルに向かって、あたしとファリスさんはフライングで、マナはスピカに乗って移動を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます