妖都ベスティア

Side・マナ


 もしかしたらとは思ってたけど、本当にお兄様達が来るとはね。

 しかもソレムネ帝王を討つことまで視野に入っているみたいだから、これは本気だと考えるしかないわ。


「申し訳ありません、ライ兄様。お手を煩わせるようなことになってしまい……」


 ヒルデ姉様が本当に申し訳なさそうな顔をしているけど、ヒルデ姉様には何の責任もないでしょう。

 ソレムネが蒸気戦列艦なんていうとんでもない兵器を開発していたなんて、誰も気付けなかったんだから。


「いや、気にするようなことじゃない。むしろここでソレムネを討たなければ、フィリアス大陸は戦火に包まれることになるし、アバリシアはその隙を絶対に見逃さない。だから被害は出るが、ここでソレムネを討つ必要がある」


 ゴールド・ドラグーンとディザスト・ドラグーンの革を使い、大和の世界のデザインをマイナーチェンジさせたコートと帽子を纏ったお兄様の言葉に、エリス義姉様、マルカ義姉様も大きく頷く。

 それは私も同感だわ。


「俺とプリムが全滅させてはいますが、あれで全部とは思えませんし、もしかしたらリベルターにも侵攻しているかもしれませんね」

「その可能性も否定できないが、さすがにそちらまでは手が回らない。アミスターとしてはトラレンシアと連携して、ソレムネを落とすことになる」


 リベルターが泣きついてきたら話は別だけど、アミスターからリベルターとなると、海路だとどうしてもレティセンシア沖を通らないといけないから、こちらのリスクが大きいのよね。

 バリエンテ沖経由だとソレムネ沖を通過することになるから、絶対に通れないし。


「リベルターから救援要請が来るとしたら、トラレンシアの方が可能性は高いでしょう。ですがセイバーズギルドはセリャド火山も警戒しなければなりませんから、要請が来たとしても応えられるかは……」


 そうなのよね。

 セイバーズギルドがセリャド火山を警戒している理由は、終焉種スリュム・ロードがいるから。

 姿を確認した者はいないんだけど、180年程前に近隣の街を襲い、当時のエンシェントクラス5人が深手を負わせて撤退させている。

 今も生きているかどうかは分からないんだけど、それでも終焉種だからどうしても警戒は必要になるし、万が一スリュム・ロードが出てきたりしたら、トラレンシアが内部から崩壊してしまう可能性だってある。

 ソレムネにとっても厄介なことになるけど、スリュム・ロードがセリャド火山に帰ってからゆっくりと制圧に乗り出せばいいだけでもあるから、警戒を緩めることはできないわ。


「偵察ぐらいなら行ってもいいんだけど、それで出て来られたりしたら本末転倒か」

「そうね。絶対に倒せるっていう保証もないから、ここは放置しておくしかないわ」


 大和とプリムなら倒せるんじゃないかって気もしないワケじゃないけど、それでも被害が出ることは避けられないから、偵察も控えてもらうしかない。

 それは2人も分かってるみたいだから、説明の手間が省けて助かるわ。


「蒸気戦列艦とやらの調査も必要になるから、先にベスティアに行くことにしよう」

「そうね。恐らく春になったら残存艦を差し向けてくるだろうから、調査は急ぐ必要があるわ」


 でしょうね。

 大和とプリムが沈めた、あるいは鹵獲した戦列艦は54隻だけど、あと何隻あるかは分からない。

 だけどトラレンシアを攻めるためとはいえ、全て投入することはあり得ないから、同数は残っていると考えておいた方がいい。

 いえ、リベルターに進行中の艦もあると考えておかないといけないから、あと50隻以上追加してもいいかもしれないわ。

 それでも4分の1から3分の1近くは沈められたことになるから、ソレムネからしたら大誤算でしょうけどね。


「ソレムネへの偵察も難しいか?」

「難しいわね。空から行くにしても、アテナやエオスは目立ちすぎるし、ジェイドやフロライトだって同じだわ。フライ・ウインドは1時間ぐらいしか使えないから、何かあったら離脱も難しいわよ?」


 大和が好んで使っている空を飛べる刻印術フライ・ウインドは、プリムも風属性の魔石に付与してもらって使っている。

 だけど1時間以上の使用は、人体に大きなダメージを残すことになるってことで、制限を掛けているとも聞いている。

 1時間でもかなりの距離を進めるんだけど、それでも何かあったら対処しきれない可能性があるし、他の干渉系刻印術を併用すると、使える時間はさらに短くなるらしいわ。


「出来るかは分からないが、奏上を試してみた方がいいかもしれないな」

「そうね。幸いフライ・ウインドのおかげで空を飛ぶ感覚は掴めてきてるから、そのイメージを奏上してみれば……」


 それも悪くないと思うけど、プリムの感覚だと翼があることが前提にならない?


「奏上って?」

「ああ、すいません。魔法の女神に新しく作りたい魔法を伝えることで、新魔法が出来ることがあるんですよ」

「そんなことが出来るのね」


 真子が興味深そうな顔をしている。

 最近でこそメルティング、イークイッピング、ステータリング、ロッキングっていう魔法が奏上されているけど、それまでは何十年も魔法の奏上は成功していなかった。

 全部大和が関与している魔法だから簡単に聞こえるかもしれないけど、本当はとんでもなく難しいのよ。


「面白そうだし、私もやってみようかしら。1つ思いついたことがあるし」

「なら、ベスティアに着いたら、プリスターズギルドに行きますか」

「プリスターズギルド?ああ、神殿だっけ。全ての宗教が管理されてるってことだけど、その方が宗教戦争は起こりにくいだろうし、信者も揉めることはないっぽいわね」

「実際、宗教関係での揉め事は、アバリシア以外じゃ聞いたことないですね」


 私も同じね。

 プリスターズギルドが出来る前は揉めることもあったみたいだけど、出来てからはほとんど聞かなくなったそうよ。

 アバリシア正教はグラーディア大陸の宗教だし、フィリアス大陸では邪教とされているから、すごく面倒なことになるけど。

 レティセンシアがアバリシアの属国に成り下がり、アバリシア正教を信仰してるって話もあるから、本当に面倒くさい事態だわ。

 これも宗教戦争って言うのかしら?


「奏上に行くのは構わないが、大和君はベスティアに着いたら、私と一緒に行動してもらうことになるよ?」

「へ?」


 間の抜けた顔で間の抜けた返事をする大和だけど、それは当然でしょう。

 なにせアミスターの天騎士アーク・オーダーで、Oランクオーダーでもあるんだから。


「そうね。あとは王家の私とマナ、ユーリも一緒に行動することになるし、何人かは護衛っていう名目で来てもらうことになるわよ」


 こっちも当然ね。

 普通にヒルデ姉様を送り届けるだけなら問題なかったんだけど、今回はソレムネの蒸気戦列艦の見分もあるし、お兄様達まで来ちゃったんだから、どうしても護衛を付ける必要がある。

 幸いウイング・クレストのハンターは全員がハイクラスでGランクだから、護衛としては十分過ぎるわ。


「となると、俺以外だとミーナにリディアとルディア、後はラウスにキャロルか?」

「それが無難だろう。フラムとレベッカは弓術士だし、プリムは護衛される側になるからな」


 同じ理由で、アテナも護衛される側ね。

 もっともプリムの護衛なんて、護衛される側の強さが圧倒的過ぎるから必要ない気もするし、アテナは政治には疎いから、プリム達と一緒にプリスターズギルドに行くことになるんだけど。


「じゃあ護衛しないメンバーは、真子を案内しながらプリスターズギルドってことでも良いの?」

「それで構わない。ああ、レベッカは近接戦も出来るんだから、すまないが護衛に回ってくれ」

「分かりましたぁ」


 弓術士のフラムもある程度の近接戦は出来るようになってるんだけど、そっちは護身程度だから、護衛向きじゃないのよね。

 それにエド達の事もあるから、全員をこちらに回すわけにもいかないわ。


 お兄様が決めた護衛は、大和がお兄様に、リディアはエリス義姉様に、ルディアはマルカお義姉様に、ミーナはサユリおばあ様に、エオスとマリサは私に、ラウスとレベッカ、キャロルはユーリにということになった。

 大和はアーク・オーダーズコートを着てもらうことになるけど、他のみんなもクレスト・ディフェンダーコートが完成しているから、実力的にも見た目的にも不足はないわ。

 護衛が薄い気もするけど、ユーリ以外はハイクラスだから、少々のことは自分で何とかできてしまうし、大和なんてエンシェントヒューマンなんだから、ケンカを売ってくるような輩はいないでしょう。

 まあ、大和にケンカを売る=お兄様にケンカを売る、なんだけど。


Side・アリア


 トラレンシア妖都ベスティアに到着すると、私達はすぐにお城に通されました。

 ベスティアはネブリナ湾に浮かぶ小島に建造されている海上都市ですが、アウラ島周辺の海が氷っても、ここだけは絶対に氷らないそうです。

 ラインハルト陛下や大和様達はお城で、先程鹵獲した蒸気戦列艦という船の見分とソレムネとの戦争に向けたお話をされることになっていますし、ウイング・クレストのハンターも半数以上が護衛として参加します。

 ですが私やプリムさん、フラムさん、アテナさん、そして真子さんは会議には参加せず、プリムさんにベスティアの街を案内してもらいつつ、プリスターズギルド・トラレンシア本部に向かうことになっています。

 あ、クラフターのエドワードさん、マリーナさん、フィーナさん、フィアナさん、レイナさんは、アルカに戻られています。

 こんなことになるとは思いませんでしたから、足手纏いになると判断されて自発的に帰られてしまったんです。


「海に浮かぶ都市か。綺麗ね」

「あたしも何度か来てるけど、毎回そう思うわ」


 真子さんは、つい先程ヘリオスオーブに転移してきた客人まれびとです。

 私も驚きましたが、目の前で空に穴が空き、その中から真子さんが現れたのですから、疑う余地はありません。

 長距離転移魔法トラベリングだと魔法陣が浮かび上がるそうですが、真子さんの場合は違いましたから。


 フロライトの引く獣車の中から街並みを見学しながら、プリムさんが案内をしてくれています。

 ベスティアは雪の国にあることもあって、僅かに雪が積もっていますが、特に肌寒いわけではないようです。

 川が多く流れ、橋も多く架かっていますが、ネブリナ湾に流れていることもあって、この川も氷らないんだとか。


「本当に中世ヨーロッパって雰囲気なのね。でも街行く人達は和服と洋服がミックスされたような服を着てるから、違和感が半端ないわ」


 私にとってはトラレンシアに来たんだなと実感するような光景ですが、客人まれびとの真子さんからすると、そうではないみたいです。

 ちゅーせーよーろーっぱ?

 わふくとよーふく?

 よく分からない言葉を使っていますけど、客人まれびとの世界の物ということなんでしょう。


「大和やサユリ様も、そんなこと言ってたわね。まあ、建国に客人まれびとが関わってるからだと思うけど」

「ついでにアリアちゃんの巫女服も、客人まれびとが持ち込んだんですって?」

「ええ。大和は違和感がするって言ってたわ」

「そりゃ神社の息子なんだから、違和感の1つもするでしょうね」


 私の法服にまで話が飛んでいますが、確かにプリスターズギルドの法服は、客人まれびとであり初代教皇様の伴侶でもあられるシンイチ・ミブ様がデザインをされたと伝わっています。

 シンイチ様の世界の神官や巫女が着る服とのことですが、プリスターズギルドの正式な法服にもなっていますから、私としてはこんなものかという感想しか浮かびません。


「あ、ごめんね、アリアちゃん。その服を悪く言うつもりじゃないのよ」

「構いません。大和様にも違和感があると言われていますから」


 大和様はその服を日常的にご覧になる家のお生まれだそうですから、実際に違和感がすると言われたことがあります。

 そんなことを言われても、としか返せませんでしたよ。

 それに私にとっては、プリスターズギルドの法服という以上の意味はありませんからね。


「なんかアリアって、プリスターらしくない気がするわね」

「それもよく言われます。もう少し神々に敬意を払いなさいとか、しっかりとお勤めをしなさいとかも、よく言われましたね」


 私なりに敬意を払っていますし、しっかりとお勤めもしていたつもりなのですが、他のプリスターからすれば、そうは見えなかったようです。

 バシオン教の教えでは、神々は敬われるより友人のように接することを望むとありますから、私はその教えに忠実に従っているつもりなんですよ。


「なるほどね。だからアリアちゃんが、神託の巫女に選ばれたんだ」

「どういうことですか?」

「私の世界にも宗教はあるし、神様は敬われてるんだけど、実在しているかも分からないのよ。特に私の住んでた国では顕著で、敬うと言ってもいい加減に近いし、本当に困った時に適当に祈るだけだったりもするから、プリスターズからしたら信じられない世界だとも思うわ」


 私もそうだし、多分大和君もね、と真子さんは続けられました。

 確かにプリスターが聞いたら怒りそうですね。

 私は、そんなものですか、という感想しか浮かびませんが。


「だからアリアさんがって、どういうことなんですか?」

「ヘリオスオーブだと、神様って結構身近な存在なんでしょう?だけど私達にはそういった感覚がよく分からないから、普通のプリスターが巫女として派遣されても、逆にギクシャクしちゃうと思うのよ。だけどアリアちゃんは、こう言ったら失礼だけど、普通のプリスターとは少し違うし、どちらかと言うと私達に近い気がするのよ」

「だからアリアが、大和の神託の巫女になったってこと?」

「多分だけどね」


 客人まれびとの方からしたら、私はそう見えるのですね。

 そんなことを言われたのは初めてですし、何というか、少し照れてしまいます。

 何故私が神託の巫女に選ばれたのかは分かりませんでしたから、そう思って頂けているのなら、私としてもありがたいことだと思います。

 もっとも神々が、面白半分で私を選んだという可能性も残っていますから、心から納得することも出来ませんでしたが。

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